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第三章
35・小野タクトの執着心
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※ ※ ※
はじまりは、サロンミーティング中にかかってきた一本の電話からだ。
ミーティングを一時中断し、スマホを耳に当てる。電話の相手はドゥマンの従業員からだった。
「なんだ。今は自由が丘のエステサロンにいるが」
『オーナー、お忙しいところすみません、今すぐ来ていただけませんか。男が暴れておりまして……』
ずいぶんと焦ったような声だ。
ドゥマンには色んな客が来る。酒に酔い潰れてわけもなく暴れ回るクソな客もいる。
正直、日常茶飯事だと思った。
「そんなもの、高峰に任せたらどうだ」
『オレたちもそうしたかったのですが……。マネージャーではなく、男は神楽オーナーを出せとうるさくて』
「どういうことだ」
相手の男は、わざわざ俺を名指しにしているのか。
──嫌な予感がした。
「相手の男は、どんな輩だ?」
『見た目は普通のサラリーマンです。小野と名乗っています。小野タクトといえば、オーナーはすぐに来るはずだと喚いていて』
その名を耳にした瞬間、血の気が引いた。
小野タクトだと。
奴の目的など、考えるまでもない。
──彼女だ。アスカに決まっている。
俺が通話中、彼女は心配そうな眼差しでこちらを見ている。俺はわざと彼女から目を逸らした。
状況を把握した俺は、小さく頷く。
「わかった。すぐに行く。他の客には迷惑がかからないよう、そいつは別室へ案内しろ」
通話を終え、スーツの上からコートを羽織る。
小野の名を聞いた瞬間、いつものつまらないトラブルとは違うと判断した。
小野タクト。レガーロ社の社員。アスカの、元恋人。
なぜ奴は俺の店を知っている?
ドゥマンは、俺が所有する店舗の中で四割以上の利益を占めている、経営の要となる店だ。従業員はわけありの奴らがゴロゴロいて、とくに守っていかなければならない。
とにかく急いで車を走らせ店に向かった。
店に着くと、高峰がこちらへ駆けつけてきた。
受付のカウンターが荒れている。植木やグラスの一部が散乱しており、ボーイたちが片付けの真っ最中だ。
小野タクトは入店するなり、ここで暴れたのだという。
店は通常通り営業はしているが、騒ぎのせいか客がいつもより少ない。
この状況のせいで、いつも舐めたような笑みを浮かべている高峰が、今日限りは神妙な面持ちだ。
「小野タクトはどこにいる」
「事務所です」
高峰と共に事務所へ向かう。
小野タクトはそこでボーイ二人に拘束されていた。
俺の顔を見るなり、鬼のような形相で睨みつけてきた。
「神楽。やっと来たか」
しかし口調は冷静。暴れることもせず、大人しく座っている。殺気だけが際立っていた。
──こいつは、俺に恨みを持っている。
レガーロ社との契約を解除した。こいつの愛する女を連れ去った。
どんな理由があろうとも、どちらに非があろうとも、小野タクトは俺を憎んでいるのだろう。
こちらから謝罪をするつもりはないしする理由もない。こいつから謝罪させる必要もない。
まずは気になることだけ聞き出すか。
「ずいぶん派手に暴れたようだな」
「そうでもしないとお前が来ないと思った」
「なんの用だよ」
「お前を、殺しに来たよ」
クククと、不敵に笑う小野。口角は上がっているのに目は笑っていない、狂気に満ちた表情。
ああ。こいつ、本物だ。
「てめぇ、オーナーになんてことを!」
「謝れコラァ!!」
ボーイ二人がキレ散らかすも、小野は返事のひとつもしない。バカにした態度で笑った。
ボーイたちには落ち着いてもらう。小さく首を横に振り、彼らにアイコンタクトを送った。
今は冷静に話をすべきだ、と。
「俺がお前ごときに殺られるとでも」
「ああ、わかってるよ。簡単にはいかないことくらい」
「なぜ俺の店を知っている?」
「お前からアスカを取り戻すためならなんだってするさ。僕は頭がいい。コミュニケーション能力も高い。SNSの力だって最大限に利用した。尾行だってバレないようにするよ。このキャバクラ店以外にも、お前が経営する二十の店舗の場所も全て知っている」
「なんだと」
「お前の過去も調べさせてもらった。とんでもない黒歴史があるみたいだねぇ。アスカが知ったら、どう思うかなぁ」
「……黙れ。アスカは関係ない」
こいつ。俺の過去まで調べただと。信じられるか?
俺は胸中で焦りを感じる。平静を装うのに必死なほどに。
「異常な執着心だな」
「なんとでも言えよ。ホントはさぁ、ベル・フルールに顔を出した方が手っ取り早いかなとも思ったんだ。でもお前がサロンのセキュリティを強化したせいで、アスカに気軽に会えなくなった。超迷惑だ。最近アスカが通いはじめたBarオアシスにも遊びに行こうと思ったんだけど、あそこも会員じゃないとドアすら開けられないね。本音はこういうキャバクラ店には凸したくなかったんだ。怖い人たちもいるんだろう? まあ、アスカを取り戻すためなら仕方ないかって。今日は来てやったよ」
抑揚のない口調で淡々と話す小野だが、話の内容は衝撃が続いた。
アスカの行動範囲まで知られている……。
「アスカをお前に渡すつもりはない。あいつも、お前のところには戻らない」
俺の言葉に、小野は眉間にしわを寄せた。
怒りのボルテージがさらに上がっているのが見てとれる。
「お前がアスカを連れ去ったあの日。彼女は怯えた目で僕を見ていた。まるで悪魔にでも遭遇したかのような目で……。しかも、翌日仕事から帰ったら、アスカからこんな手紙が置かれていたんだ!」
──タクトへ
短い間でしたが、お世話になりました。私はこれ以上あなたと一緒にいることはできません。暴力に怯える日々に耐えられなくなりました。一方的に別れを告げてごめんなさい。さようなら。アスカより──
「僕は手紙を読んで、すごく悲しくなった」
「てめぇがしてきた結果だろ」
「ひとことでいい。アスカに謝りたい。それなのに、お前が邪魔をする。アスカはお前の家にいるんだろ?」
「な」
畜生めが。そんなことまで知られているのか。
はじまりは、サロンミーティング中にかかってきた一本の電話からだ。
ミーティングを一時中断し、スマホを耳に当てる。電話の相手はドゥマンの従業員からだった。
「なんだ。今は自由が丘のエステサロンにいるが」
『オーナー、お忙しいところすみません、今すぐ来ていただけませんか。男が暴れておりまして……』
ずいぶんと焦ったような声だ。
ドゥマンには色んな客が来る。酒に酔い潰れてわけもなく暴れ回るクソな客もいる。
正直、日常茶飯事だと思った。
「そんなもの、高峰に任せたらどうだ」
『オレたちもそうしたかったのですが……。マネージャーではなく、男は神楽オーナーを出せとうるさくて』
「どういうことだ」
相手の男は、わざわざ俺を名指しにしているのか。
──嫌な予感がした。
「相手の男は、どんな輩だ?」
『見た目は普通のサラリーマンです。小野と名乗っています。小野タクトといえば、オーナーはすぐに来るはずだと喚いていて』
その名を耳にした瞬間、血の気が引いた。
小野タクトだと。
奴の目的など、考えるまでもない。
──彼女だ。アスカに決まっている。
俺が通話中、彼女は心配そうな眼差しでこちらを見ている。俺はわざと彼女から目を逸らした。
状況を把握した俺は、小さく頷く。
「わかった。すぐに行く。他の客には迷惑がかからないよう、そいつは別室へ案内しろ」
通話を終え、スーツの上からコートを羽織る。
小野の名を聞いた瞬間、いつものつまらないトラブルとは違うと判断した。
小野タクト。レガーロ社の社員。アスカの、元恋人。
なぜ奴は俺の店を知っている?
ドゥマンは、俺が所有する店舗の中で四割以上の利益を占めている、経営の要となる店だ。従業員はわけありの奴らがゴロゴロいて、とくに守っていかなければならない。
とにかく急いで車を走らせ店に向かった。
店に着くと、高峰がこちらへ駆けつけてきた。
受付のカウンターが荒れている。植木やグラスの一部が散乱しており、ボーイたちが片付けの真っ最中だ。
小野タクトは入店するなり、ここで暴れたのだという。
店は通常通り営業はしているが、騒ぎのせいか客がいつもより少ない。
この状況のせいで、いつも舐めたような笑みを浮かべている高峰が、今日限りは神妙な面持ちだ。
「小野タクトはどこにいる」
「事務所です」
高峰と共に事務所へ向かう。
小野タクトはそこでボーイ二人に拘束されていた。
俺の顔を見るなり、鬼のような形相で睨みつけてきた。
「神楽。やっと来たか」
しかし口調は冷静。暴れることもせず、大人しく座っている。殺気だけが際立っていた。
──こいつは、俺に恨みを持っている。
レガーロ社との契約を解除した。こいつの愛する女を連れ去った。
どんな理由があろうとも、どちらに非があろうとも、小野タクトは俺を憎んでいるのだろう。
こちらから謝罪をするつもりはないしする理由もない。こいつから謝罪させる必要もない。
まずは気になることだけ聞き出すか。
「ずいぶん派手に暴れたようだな」
「そうでもしないとお前が来ないと思った」
「なんの用だよ」
「お前を、殺しに来たよ」
クククと、不敵に笑う小野。口角は上がっているのに目は笑っていない、狂気に満ちた表情。
ああ。こいつ、本物だ。
「てめぇ、オーナーになんてことを!」
「謝れコラァ!!」
ボーイ二人がキレ散らかすも、小野は返事のひとつもしない。バカにした態度で笑った。
ボーイたちには落ち着いてもらう。小さく首を横に振り、彼らにアイコンタクトを送った。
今は冷静に話をすべきだ、と。
「俺がお前ごときに殺られるとでも」
「ああ、わかってるよ。簡単にはいかないことくらい」
「なぜ俺の店を知っている?」
「お前からアスカを取り戻すためならなんだってするさ。僕は頭がいい。コミュニケーション能力も高い。SNSの力だって最大限に利用した。尾行だってバレないようにするよ。このキャバクラ店以外にも、お前が経営する二十の店舗の場所も全て知っている」
「なんだと」
「お前の過去も調べさせてもらった。とんでもない黒歴史があるみたいだねぇ。アスカが知ったら、どう思うかなぁ」
「……黙れ。アスカは関係ない」
こいつ。俺の過去まで調べただと。信じられるか?
俺は胸中で焦りを感じる。平静を装うのに必死なほどに。
「異常な執着心だな」
「なんとでも言えよ。ホントはさぁ、ベル・フルールに顔を出した方が手っ取り早いかなとも思ったんだ。でもお前がサロンのセキュリティを強化したせいで、アスカに気軽に会えなくなった。超迷惑だ。最近アスカが通いはじめたBarオアシスにも遊びに行こうと思ったんだけど、あそこも会員じゃないとドアすら開けられないね。本音はこういうキャバクラ店には凸したくなかったんだ。怖い人たちもいるんだろう? まあ、アスカを取り戻すためなら仕方ないかって。今日は来てやったよ」
抑揚のない口調で淡々と話す小野だが、話の内容は衝撃が続いた。
アスカの行動範囲まで知られている……。
「アスカをお前に渡すつもりはない。あいつも、お前のところには戻らない」
俺の言葉に、小野は眉間にしわを寄せた。
怒りのボルテージがさらに上がっているのが見てとれる。
「お前がアスカを連れ去ったあの日。彼女は怯えた目で僕を見ていた。まるで悪魔にでも遭遇したかのような目で……。しかも、翌日仕事から帰ったら、アスカからこんな手紙が置かれていたんだ!」
──タクトへ
短い間でしたが、お世話になりました。私はこれ以上あなたと一緒にいることはできません。暴力に怯える日々に耐えられなくなりました。一方的に別れを告げてごめんなさい。さようなら。アスカより──
「僕は手紙を読んで、すごく悲しくなった」
「てめぇがしてきた結果だろ」
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「な」
畜生めが。そんなことまで知られているのか。
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