私の愛した彼は、こわい人

朱村びすりん

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第三章

36・小野タクトの執着心②

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 DV、モラハラ、さらにはストーカーときた。いい加減、この男に対する嫌悪感が止まらなくなる。

「出勤のときも帰りもお前がアスカを送迎しているなんてさぁ。ホント呆れるよね」
「なぜそんなことまで把握している」

 小野は鼻で笑うだけで、その手段を詳しくは語らない。
 何か隠しているのか。

「おかげで彼女と二人きりになれないじゃないか」
「もうあいつのことは諦めろ」
「うざいなぁ、お前。僕はただ謝りたいだけなんだよ。ひと目でいいからアスカに会いたい。会いたいんだ」
「だから! お前はアスカに会う資格すらないんだよ!!」

 しつこい。話が通じない。
 我慢ならず、俺は衝動的に小野の胸ぐらを掴んだ。
 怯む様子もなく、ニヤニヤ笑ってこちらを見るイカれた男。

「暴力を振るう気か? 名前を変えても人間性は変わらないな。菊池リュウ・・・・・」 
「……その名前で呼ぶなてめえ!」
「怖い怖い。いいよ、殴れよ。だけどさあ、僕を殴ったらお前も人のこと言えないよな? たしかに僕はアスカを傷つけたかもしれないけど、お前も僕を殴れば同類じゃないか」

 カッとして、拳を握った。
 今すぐこいつをボコボコにしてやりたい。ふざけた真似ができなくなるくらい、殴りつけてやりたい。
 俺の中に潜む凶暴性が理性と戦っている。

「オーナー、こいつ調子乗ってますよ」
「舐めた口聞けなくなるくらい痛めつけてやりましょう」

 ボーイ二人がそう喚き散らすが──俺は小さく首を横に振った。握り拳をおろし、俺は乱雑に小野の胸ぐらを放す。
 俺の様子を見た高峰は、そっと俺の肩に手を乗せてきた。

「いいんですね、若?」
「ああ、構ってられねぇよ。こんな奴のために店で騒ぎを起こす必要もない」

 とは言うものの、小野の余裕こいた面が視界に入るだけで腹が立って仕方がない。
 だが……感情に流されるな。

「ふーん? 神楽、店を守るために我慢できる輩なんだね。さすが、利益のためなら手段を選ばないオーナー様だ。立派だよ」

 一切気持ちのこもっていない拍手をすると、小野は事務所内の監視カメラのモニターに視線を向けた。

「この店は防犯対策もバッチリなんだな。カメラに僕が暴れた様子が映っているはず。いま警察を呼べば、すぐ僕を捕えられるよ?」

 サツを呼ぶ? あり得ない提案だ。
 俺が頷かないのを見て、小野はまくし立てる。

「おお? まさか、通報しないのか。これだけ暴れてやったのに。警察を呼べない理由でもあるのか?」

 こいつ。店の事情まで知ってる面をしやがって。
 ドゥマンは、問題を抱えるキャストが多い店だ。未成年もいるし、元組員や未だに裏社会と繋がっている輩もいる。高峰にも前科がある。俺も例外じゃない。警察と絡みたくない理由が死ぬほどあるのだ。
 小野はさらに煽ってくる。

「なあ、神楽。真っ当な商売をしてるんじゃないのかよ。この反社が」

 こいつ。俺をハメるのに必死になっている。
 何を言われても、挑発に乗ってはいけない。

「小野タクトは今後一切、この店には出入り禁止だ」
「オーナー。それだけでいいんですか!」
「いいから。処理しておけ」

 俺の指示にボーイたちは納得できないといった顔をする。
 だが一番不服だったのは他の誰でもない、小野タクトだった。

「神楽……いい子ぶってんじゃないぞ」

 ボーイたちが拘束する手を振り払い、小野は突然俺に向かって拳を掲げてきた。
 油断した。
 避けきれず、俺は左頬を思い切り殴られる。

「若!!」
「てめぇ、なにしやがるっ!」

 高峰とボーイたちは怒号を上げ、小野に殴りかかろうとする。
 
「やめろ」
「でも、若!」
「いいから。そいつに手を出すな」
「なに利口なフリをしてるんだよ神楽」

 こちらが手を出さないのをいいことに、小野はさらに俺に向かって拳を振りあげてきた。

「お前なんかにアスカはもったいない。絶対に奪い返してやる。殺してやるよ、なあ、神楽!!」

 やれるものならやってみろ、小者が。俺はアスカの用心棒だ。必ず守ると約束したんだよ、雑魚。

 小野の攻撃は止まらない。腹を殴られ、衝撃でよろけてしまい、カウンターの角にシャツが引っかかった。
 ビリっと嫌な音がしたんだが。バーバリーのシャツが破れたじゃねえか。
 返り討ちにしてやりたかった。だけど、耐えるんだ。喧嘩はしない。俺は真っ当な人間だから。

 暴れ狂う小野は高峰に制御されると、ボーイたちに再び体を拘束され、店の外へと追い出された。その際、高峰が奴の頭を一発叩いていたが、それくらいは許そうと思う。

 殴られた箇所がヒリヒリと痛む。手で触れると、口から血が出ていた。
 ──大事な女を守るためだ。これくらいの怪我は大したことないし、シャツの一枚くらい破れたって痛くも痒くもない。
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