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第三章
37・互いの気持ち
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※ ※ ※
「──そんなことが、あったんですね」
彼の話を聞いて、気が動転してしまっている。思うことも、たくさんあった。
何やってるの、タクト。こんなの、ただの迷惑行為。業務妨害だ。
「あいつの怒りの矛先は俺にある。都合がいい」
「都合がいいだなんて。危険ですよ!」
「何が危険なんだ?」
「オーナーの身に何かあったら、私……」
「俺があんなヒョロヒョロ野郎にやられるわけないだろう」
「だけど」
私はタクトの恐ろしさを知っている。怒り狂うと何をしでかすかわからない。
「アスカは心配するな」
「心配するに決まってます。タクトが今日だけで事を済ますなんて、考えられませんし」
元はと言えば、私がタクトから逃げ出したことがきっかけだ。神楽オーナーがたまたまアパートを訪れたから、救われただけで。
下唇を噛み、私は小さく呟くように口を開いた。
「オーナーに迷惑をかけたくありません。タクトに今後このようなことはやめるよう私が説得してみます」
「……は? 無茶言うな! そんなことする必要はない」
「いいえ。私にはわかるんです。このままではもっと大変なことが起こると。私のせいで……」
「アスカのせいじゃない。あの男が全部悪いんだ」
「でも、オーナーを巻き込んでしまったから……」
あの人が、怖い。私に手を上げるだけでなく、今度は神楽オーナーにまで矛先を向けている。
人を虐げることを躊躇わず、自分を正当化し、口先だけの謝罪をして責任から逃れようとする。衝動に任せて行動するような人間だ。
考えたくないけれど。断言したくないけれど。
タクトは、再び悪行を働く。
これだけは間違いない。
「アスカ、大丈夫だよ」
震える私の肩に触れ、オーナーはそっと私の体を抱き寄せた。
もう何度も何度も彼の腕に包まれている。私の体は熱くなって、安らぎを感じて。
離れたくないって思ってしまう。
「言っただろ? 俺はアスカを守ると。こんなことで用心棒をやめるわけにはいかない」
彼の優しさや思いやりは、すごく嬉しい。
だけど……、彼が私を守りたいという気持ちがいまだにわからないよ。
「私はただの、同居人です。神楽オーナーにとって、サロンのいちスタッフに過ぎないんです。たしかに、幼い頃同じ施設で一緒に過ごしてきたことはありますが、そんなの昔のことですし」
「違うよ」
これまでに聞いたこともないほど柔らかい口調。彼は、そっと私の耳元で囁いた。
「アスカは、俺にとって特別だよ」
「特別。……特別って?」
戸惑う私の頬に、彼はそっと触れた。
穏やかな表情や柔らかい口調、手のぬくもりから伝わってくる優しさ。
感じたことがない彼の「愛情」のようなものを受け、私は息を呑む。
「そのままの意味だよ。アスカは俺にとって唯一無二の存在だ。もう、アスカが傷つく姿を見たくない。だから守りたいんだ」
「オーナー……」
私のこと、そんな風に想ってくれていたの?
思ってもみない告白に驚く。胸がドキドキして、顔が熱くなって、どうしようもない。
しかし、彼は真剣な眼差しを向けて、急に声量を落とした。
「だけどな……俺の想いを伝えるからには、アスカに知ってほしいことがある」
「なんですか……?」
彼は息を大きく吐き出す。それから、ゆっくりと続きの言葉を口にした。
「俺は、ヤクザの息子なんだ」
固くなった口調。揺れる瞳。震える手。
彼の緊張が、痛いくらいに伝わってきた。
「ある理由で、父親が統括する組織、菊池組を補佐していた。俺は裏社会の半端者として、生きていたんだ」
ヤクザの息子。組織を補佐。裏社会の人間……。
それぞれの単語を胸中で反芻し、私はなんともいえない気持ちになった。
オーナーがそういう人間だったということに関しての驚きはない。
「なんとなく、わかってましたよ」
私がそう言うと、彼はなんとも切ない表情を浮かべた。
「……すまん」
「なぜ、謝るのですか」
「ヤクザの息子に好意を寄せられても、アスカは困るよな」
「そんな……」
「俺は、自分の気持ちに嘘をつくのに必死だった。誰も愛さないと決めていたから。だがアスカと過ごしていくうちに、それは無理なんだと気づかされた」
「どういうことですか?」
「俺は自分が許した相手しか家に上げない。触れたい人にしか触らない。アスカを守りたいという想いも、どんどん強くなっている。アスカのことが、好きなんだ」
そうやって、怯えたような声で謝らないで。いつもみたいに厳格で、態度が大きくて怖い雰囲気を醸し出す神楽オーナーはどこに行ったんですか?
「オーナー」
「……うん?」
「オーナーの気持ち、すごく嬉しいです。ヒゴロモソウで救われたあの日から今までずっと、私の心の中にはあなたがいるんです」
思いがけないところで再会し、大人になったあなたは「リュウお兄さん」の面影はすっかりなくなっていて。けれども誰かに手を差し伸べる優しさだけは、子どもの頃からちっとも変わっていなくて。
どれだけ私が嬉しかったか、わかりますか。
「アスカ……本気か」
目を見張り、彼はおもむろにサングラスを外した。頬を赤くしながら私を捉えるその瞳は温和に包まれていて。
「本気です」
数十年の時を経て再会した憧れのお兄さんは、雰囲気がすっかり変わっていた。名前を変え、素顔を隠し、別人となって私の前に現れた。
裏社会で生きてきた人たちの抱える問題だとか、事情だとか、私は詳しいことはわからない。
だけど、たとえ何があっても私は彼のことが好き。私を守ると宣言し、優しさと厳しさを持ち、大きな体と心で私を包んでくれる神楽オーナーのことが大好きなんだ。
彼と、見つめ合う。
今の今まで不安でいっぱいだったのに。彼の強い宣言を聞いただけで、抱いていた憂いなんてあっという間に消え去った。
「──そんなことが、あったんですね」
彼の話を聞いて、気が動転してしまっている。思うことも、たくさんあった。
何やってるの、タクト。こんなの、ただの迷惑行為。業務妨害だ。
「あいつの怒りの矛先は俺にある。都合がいい」
「都合がいいだなんて。危険ですよ!」
「何が危険なんだ?」
「オーナーの身に何かあったら、私……」
「俺があんなヒョロヒョロ野郎にやられるわけないだろう」
「だけど」
私はタクトの恐ろしさを知っている。怒り狂うと何をしでかすかわからない。
「アスカは心配するな」
「心配するに決まってます。タクトが今日だけで事を済ますなんて、考えられませんし」
元はと言えば、私がタクトから逃げ出したことがきっかけだ。神楽オーナーがたまたまアパートを訪れたから、救われただけで。
下唇を噛み、私は小さく呟くように口を開いた。
「オーナーに迷惑をかけたくありません。タクトに今後このようなことはやめるよう私が説得してみます」
「……は? 無茶言うな! そんなことする必要はない」
「いいえ。私にはわかるんです。このままではもっと大変なことが起こると。私のせいで……」
「アスカのせいじゃない。あの男が全部悪いんだ」
「でも、オーナーを巻き込んでしまったから……」
あの人が、怖い。私に手を上げるだけでなく、今度は神楽オーナーにまで矛先を向けている。
人を虐げることを躊躇わず、自分を正当化し、口先だけの謝罪をして責任から逃れようとする。衝動に任せて行動するような人間だ。
考えたくないけれど。断言したくないけれど。
タクトは、再び悪行を働く。
これだけは間違いない。
「アスカ、大丈夫だよ」
震える私の肩に触れ、オーナーはそっと私の体を抱き寄せた。
もう何度も何度も彼の腕に包まれている。私の体は熱くなって、安らぎを感じて。
離れたくないって思ってしまう。
「言っただろ? 俺はアスカを守ると。こんなことで用心棒をやめるわけにはいかない」
彼の優しさや思いやりは、すごく嬉しい。
だけど……、彼が私を守りたいという気持ちがいまだにわからないよ。
「私はただの、同居人です。神楽オーナーにとって、サロンのいちスタッフに過ぎないんです。たしかに、幼い頃同じ施設で一緒に過ごしてきたことはありますが、そんなの昔のことですし」
「違うよ」
これまでに聞いたこともないほど柔らかい口調。彼は、そっと私の耳元で囁いた。
「アスカは、俺にとって特別だよ」
「特別。……特別って?」
戸惑う私の頬に、彼はそっと触れた。
穏やかな表情や柔らかい口調、手のぬくもりから伝わってくる優しさ。
感じたことがない彼の「愛情」のようなものを受け、私は息を呑む。
「そのままの意味だよ。アスカは俺にとって唯一無二の存在だ。もう、アスカが傷つく姿を見たくない。だから守りたいんだ」
「オーナー……」
私のこと、そんな風に想ってくれていたの?
思ってもみない告白に驚く。胸がドキドキして、顔が熱くなって、どうしようもない。
しかし、彼は真剣な眼差しを向けて、急に声量を落とした。
「だけどな……俺の想いを伝えるからには、アスカに知ってほしいことがある」
「なんですか……?」
彼は息を大きく吐き出す。それから、ゆっくりと続きの言葉を口にした。
「俺は、ヤクザの息子なんだ」
固くなった口調。揺れる瞳。震える手。
彼の緊張が、痛いくらいに伝わってきた。
「ある理由で、父親が統括する組織、菊池組を補佐していた。俺は裏社会の半端者として、生きていたんだ」
ヤクザの息子。組織を補佐。裏社会の人間……。
それぞれの単語を胸中で反芻し、私はなんともいえない気持ちになった。
オーナーがそういう人間だったということに関しての驚きはない。
「なんとなく、わかってましたよ」
私がそう言うと、彼はなんとも切ない表情を浮かべた。
「……すまん」
「なぜ、謝るのですか」
「ヤクザの息子に好意を寄せられても、アスカは困るよな」
「そんな……」
「俺は、自分の気持ちに嘘をつくのに必死だった。誰も愛さないと決めていたから。だがアスカと過ごしていくうちに、それは無理なんだと気づかされた」
「どういうことですか?」
「俺は自分が許した相手しか家に上げない。触れたい人にしか触らない。アスカを守りたいという想いも、どんどん強くなっている。アスカのことが、好きなんだ」
そうやって、怯えたような声で謝らないで。いつもみたいに厳格で、態度が大きくて怖い雰囲気を醸し出す神楽オーナーはどこに行ったんですか?
「オーナー」
「……うん?」
「オーナーの気持ち、すごく嬉しいです。ヒゴロモソウで救われたあの日から今までずっと、私の心の中にはあなたがいるんです」
思いがけないところで再会し、大人になったあなたは「リュウお兄さん」の面影はすっかりなくなっていて。けれども誰かに手を差し伸べる優しさだけは、子どもの頃からちっとも変わっていなくて。
どれだけ私が嬉しかったか、わかりますか。
「アスカ……本気か」
目を見張り、彼はおもむろにサングラスを外した。頬を赤くしながら私を捉えるその瞳は温和に包まれていて。
「本気です」
数十年の時を経て再会した憧れのお兄さんは、雰囲気がすっかり変わっていた。名前を変え、素顔を隠し、別人となって私の前に現れた。
裏社会で生きてきた人たちの抱える問題だとか、事情だとか、私は詳しいことはわからない。
だけど、たとえ何があっても私は彼のことが好き。私を守ると宣言し、優しさと厳しさを持ち、大きな体と心で私を包んでくれる神楽オーナーのことが大好きなんだ。
彼と、見つめ合う。
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