私の愛した彼は、こわい人

朱村びすりん

文字の大きさ
38 / 47
第三章

37・互いの気持ち

しおりを挟む
 ※ ※ ※

「──そんなことが、あったんですね」

 彼の話を聞いて、気が動転してしまっている。思うことも、たくさんあった。
 何やってるの、タクト。こんなの、ただの迷惑行為。業務妨害だ。

「あいつの怒りの矛先は俺にある。都合がいい」
「都合がいいだなんて。危険ですよ!」
「何が危険なんだ?」
「オーナーの身に何かあったら、私……」
「俺があんなヒョロヒョロ野郎にやられるわけないだろう」
「だけど」

 私はタクトの恐ろしさを知っている。怒り狂うと何をしでかすかわからない。

「アスカは心配するな」
「心配するに決まってます。タクトが今日だけで事を済ますなんて、考えられませんし」

 元はと言えば、私がタクトから逃げ出したことがきっかけだ。神楽オーナーがたまたまアパートを訪れたから、救われただけで。
 下唇を噛み、私は小さく呟くように口を開いた。

「オーナーに迷惑をかけたくありません。タクトに今後このようなことはやめるよう私が説得してみます」
「……は? 無茶言うな! そんなことする必要はない」
「いいえ。私にはわかるんです。このままではもっと大変なことが起こると。私のせいで……」
「アスカのせいじゃない。あの男が全部悪いんだ」
「でも、オーナーを巻き込んでしまったから……」

 あの人が、怖い。私に手を上げるだけでなく、今度は神楽オーナーにまで矛先を向けている。
 人を虐げることを躊躇わず、自分を正当化し、口先だけの謝罪をして責任から逃れようとする。衝動に任せて行動するような人間だ。
 考えたくないけれど。断言したくないけれど。
 タクトは、再び悪行を働く。
 これだけは間違いない。

「アスカ、大丈夫だよ」

 震える私の肩に触れ、オーナーはそっと私の体を抱き寄せた。
 もう何度も何度も彼の腕に包まれている。私の体は熱くなって、安らぎを感じて。
 離れたくないって思ってしまう。

「言っただろ? 俺はアスカを守ると。こんなことで用心棒をやめるわけにはいかない」

 彼の優しさや思いやりは、すごく嬉しい。
 だけど……、彼が私を守りたいという気持ちがいまだにわからないよ。

「私はただの、同居人です。神楽オーナーにとって、サロンのいちスタッフに過ぎないんです。たしかに、幼い頃同じ施設で一緒に過ごしてきたことはありますが、そんなの昔のことですし」
「違うよ」

 これまでに聞いたこともないほど柔らかい口調。彼は、そっと私の耳元で囁いた。

「アスカは、俺にとって特別だよ」
「特別。……特別って?」

 戸惑う私の頬に、彼はそっと触れた。
 穏やかな表情や柔らかい口調、手のぬくもりから伝わってくる優しさ。
 感じたことがない彼の「愛情」のようなものを受け、私は息を呑む。

「そのままの意味だよ。アスカは俺にとって唯一無二の存在だ。もう、アスカが傷つく姿を見たくない。だから守りたいんだ」
「オーナー……」

 私のこと、そんな風に想ってくれていたの?
 思ってもみない告白に驚く。胸がドキドキして、顔が熱くなって、どうしようもない。
 しかし、彼は真剣な眼差しを向けて、急に声量を落とした。

「だけどな……俺の想いを伝えるからには、アスカに知ってほしいことがある」
「なんですか……?」

 彼は息を大きく吐き出す。それから、ゆっくりと続きの言葉を口にした。

「俺は、ヤクザの息子なんだ」

 固くなった口調。揺れる瞳。震える手。
 彼の緊張が、痛いくらいに伝わってきた。

「ある理由で、父親が統括する組織、菊池組を補佐していた。俺は裏社会の半端者として、生きていたんだ」

 ヤクザの息子。組織を補佐。裏社会の人間……。
 それぞれの単語を胸中で反芻し、私はなんともいえない気持ちになった。
 オーナーがそういう人間だったということに関しての驚きはない。

「なんとなく、わかってましたよ」

 私がそう言うと、彼はなんとも切ない表情を浮かべた。

「……すまん」
「なぜ、謝るのですか」
「ヤクザの息子に好意を寄せられても、アスカは困るよな」
「そんな……」
「俺は、自分の気持ちに嘘をつくのに必死だった。誰も愛さないと決めていたから。だがアスカと過ごしていくうちに、それは無理なんだと気づかされた」
「どういうことですか?」
「俺は自分が許した相手しか家に上げない。触れたい人にしか触らない。アスカを守りたいという想いも、どんどん強くなっている。アスカのことが、好きなんだ」

 そうやって、怯えたような声で謝らないで。いつもみたいに厳格で、態度が大きくて怖い雰囲気を醸し出す神楽オーナーはどこに行ったんですか?

「オーナー」
「……うん?」
「オーナーの気持ち、すごく嬉しいです。ヒゴロモソウで救われたあの日から今までずっと、私の心の中にはあなたがいるんです」

 思いがけないところで再会し、大人になったあなたは「リュウお兄さん」の面影はすっかりなくなっていて。けれども誰かに手を差し伸べる優しさだけは、子どもの頃からちっとも変わっていなくて。
 どれだけ私が嬉しかったか、わかりますか。

「アスカ……本気か」

 目を見張り、彼はおもむろにサングラスを外した。頬を赤くしながら私を捉えるその瞳は温和に包まれていて。

「本気です」

 数十年の時を経て再会した憧れのお兄さんは、雰囲気がすっかり変わっていた。名前を変え、素顔を隠し、別人となって私の前に現れた。
 裏社会で生きてきた人たちの抱える問題だとか、事情だとか、私は詳しいことはわからない。
 だけど、たとえ何があっても私は彼のことが好き。私を守ると宣言し、優しさと厳しさを持ち、大きな体と心で私を包んでくれる神楽オーナーのことが大好きなんだ。

 彼と、見つめ合う。
 今の今まで不安でいっぱいだったのに。彼の強い宣言を聞いただけで、抱いていた憂いなんてあっという間に消え去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん
恋愛
「血の繋がりなんて関係ないだろ!」  彼女を傷つける奴は誰であろうと許さない。例えそれが、彼女自身であったとしても──  それは、元孤児の少女と彼女の義理の兄であるヒルスの愛情物語。  ハニーストーンの家々が並ぶ、ある田舎町。ダンスの練習に励む少年ヒルスは、グリマルディ家の一人息子として平凡な暮らしをしていた。  そんなヒルスが十歳のとき、七歳年下のレイという女の子が家族としてやってきた。  だが、血の繋がりのない妹に戸惑うヒルスは、彼女のことをただの「同居人」としてしか見ておらず無干渉を貫いてきた。  レイとまともに会話すら交わさない日々を送る中、二人にとってあるきっかけが訪れる。  レイが八歳になった頃だった。ひょんなことからヒルスが通うダンススクールへ、彼女もレッスンを受けることになったのだ。これを機に、二人の関係は徐々に深いものになっていく。  ダンスに対するレイの真面目な姿勢を目の当たりにしたヒルスは、常に彼女を気にかけ「家族として」守りたいと思うようになった。  しかしグリマルディ家の一員になる前、レイには辛く惨い過去があり──心の奥に居座り続けるトラウマによって、彼女は苦しんでいた。  さまざまな事件、悲しい事故、彼女をさいなめようとする人々、そして大切な人たちとの別れ。  周囲の仲間たちに支えられながら苦難の壁を乗り越えていき、二人の絆は固くなる──  義兄妹の純愛、ダンス仲間との友情、家族の愛情をテーマにしたドラマティックヒューマンラブストーリー。 ※当作品は現代英国を舞台としておりますが、一部架空の地名や店名、会場、施設等が登場します。ダンススクールやダンススタジオ、ストーリー上の事件・事故は全てフィクションです。 ★special thanks★ 表紙・ベアしゅう様 第3話挿絵・ベアしゅう様 第40話挿絵・黒木メイ様 第126話挿絵・テン様 第156話挿絵・陰東 愛香音様 最終話挿絵・ベアしゅう様 ■本作品はエブリスタ様、ノベルアップ+様にて一部内容が変更されたものを公開しております。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...