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第一章
真っ白の世界
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真っ白の世界に降り立つ。辺りを見回しても、道も何にもない。建物もないし、空もない。
なんだろう、ここは。
僕は一人、立ち尽くす。
足もとを見ると──なぜか、装具をつけていなかった。ロフストランド杖すらも持ってない。
あ……これってもしかして、夢の中?
杖も装具もない状態で、僕がバランスを保てるはずがないんだから。
ひらめいた瞬間、背後に誰かの気配がした。
後ろを振り向くと──そこには、一人の少女が立っていた。
誰?
姿が曖昧にしか目に映らない。一体どんな服を着ていて、どういう表情をしてるのかすら分からないんだ。
ただなんとなく、彼女からは優しい空気が醸し出されている。
僕が呆然としてると、彼女は僕の目の前まで歩み寄ってくる。
『ねえ、コウ君』
可愛らしい声で名を呼ばれる。どういうわけか、僕はその声色に癒された。
『手術、受けるんでしょう?』
『えっ』
少女の問いかけに、僕は驚きながらも静かに頷いた。
『手術って、どんなことをするのかな?』
『えっと……それは、僕もまだよく知らないんだ。これから、病院で聞くことになってるから』
『そっか。でも手術って、きっと大変だよね。怖くないの?』
『うーん。怖くはないかな。身体が今よりもよくなるかもしれないって考えると、逆にワクワクするよ』
『そっか。前向きで素敵だね』
なんとなく彼女が微笑んでいる気がした。
僕のこんな言葉も、実際はまだ手術を受ける実感が湧かないから出ただけなんだけどね。
『ミャオ』
僕たちが話す横で、また違う声が聞こえてきた。
反射的に振り向くと、そこにいたのは──
『え……?』
声の主を見て、僕は目を見張った。
クリクリの目でゆっくりとウインクをしてくる、茶色い一匹の猫。喉をゴロゴロ鳴らしながら、お座りしていた。
『チャコ……?』
この可愛らしい顔は、間違いない。去年天国にいったはずの愛猫、チャコだ。チャコが、僕の目の前に現れたんだ。
『コウキ、久しぶり。チャコだよ』
うわ、喋った! しかもめちゃくちゃ愛くるしい声で!
──いやいや、待てよ。ここは夢の中だから、驚く必要はない。チャコが僕の足もとにいるのも、なぜか言葉を発しているのも、なんでもありの世界だ。
チャコは茶色い毛を僕の脚に擦りつけてくる。
可愛い。
『コウキ、チャコは応援するよ。少しでも身体がよくなるように。ミャオ』
また喋った……。濁ってるけど、高くて愛らしさも感じさせられる声質なんだ。
スリスリしてくるチャコを撫でようと、僕はスッとしゃがみ込む。
──あっ。すごい。僕、普通にしゃがめた。
現実だったら脚が突っ張って後ろに倒れてしまう。あまりにも自然に座れたから驚いた。
夢の中って贅沢なんだな。
『チャコ、ありがとう』
ゴロゴロ喉を鳴らし続けるチャコの背中を、よしよしと撫でる。ふわふわな感触が伝ってくる気がした。
『ねぇ、コウ君』
彼女も僕の隣に来て、体育座りしながら顔を覗き込んできた。
だけどやっぱり、どんな容姿をしているのか分からない。
『手術は大変かもしれないけど、頑張ってね』
『うん、頑張るよ』
僕は大きく頷いた。
僕はこの少女が誰なのか、気になってしまう。じっと見つめてみるが、目にハッキリ映らなくてどうしても表情が分からない。
思わず眉間にしわを寄せる。
どうしようもないでいると、突然彼女とチャコが僕のそばから離れていく。
道のない、白い世界をゆっくりと歩いて行き、僕から背を向けた。
『そろそろ目覚めの時間。ミャオ』
『コウ君、またね』
それから彼女たちの姿は見えなくなり──僕は夢の世界から現実へと戻っていった。
初めて見る夢だった。なんだか不思議で、優しくて、あったかい世界だったように思う。
その後の目覚めは信じられないほどすっきりしていた。
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