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第一章
こども医療総合センター
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七月二十日。今日は一学期最後の授業がある。
だけど学校へ行かずに、僕は父さんと母さんと一緒にある場所に向かっていた。
父さんが運転する車は、高速を走っていく。しばらく変わり映えのない景色が続いた。
ふと空を眺めると、雲がたくさん浮かんでた。太陽が微妙に隠れてるけど、雨は降らなさそうだ。
時刻は八時五〇分。いつもなら一時間目の授業が始まる頃だ。みんな、今頃は国語を受けているかな。
「そろそろ着くぞ」
車はやがて高速を降り、ナビが指す道を進んでいった。
同じ県内だけど、僕たちが住んでる場所と比べると都会だ。車の数がすごく多くて、高いビルも目立つ。
《間もなく目的地です》
ナビのマップを見ると、百メートルくらい直進したところに目的の場所がある。
前方を見ると──たしかにあった。ビル群の中に佇む、大きな総合病院が。
うわぁ……めちゃくちゃでかいな。
まだ新しいのか、外観はとても綺麗でガラス窓がところどころカラフルに塗られている。
建物には大きな看板が掲げられ、そこには『こども医療総合センター』と記されていた。
僕は今日、手術を受ける前の診察を受けに来た。
病院は平日しかやっていなくて、しかも午前中しか予約が取れないらしく、授業は仕方なくお休みしてる。もし間に合えば五時間目からはオンライン授業に参加する予定だけど。
「すげぇ立派な病院だな」
「そうね。ここで色んな治療や手術室が受けられるらしいのよ。県外から来る子たちも多いんですって」
「へぇ」
これだけ大きな病院は見たことがない。横にも縦にも長くて学校よりも遙かに広そうだ。
僕が興味津々で建物を眺めてると、ほどなくして駐車場の入り口が見えてきた。警備員に誘導され、中へ入ると駐車場内もとにかくだだっ広いんだ。既に数え切れないほどの車が停まっている。
「ここはスペースが広いな。駐車しやすいぞ」
いつもは車を停めるときに必ず手こずる父さんが、今日は珍しく一発で駐車に成功していた。驚くほどスムーズだったので、僕は内心、驚いてしまう。
シートベルトを外し、僕はロフストランド杖を手に持つ。扉を開けると──ああ、たしかに。車間が広くてかなり降りやすかった。
母さんの手を握り、余裕を持って歩くことができるんだ。
「さぁ、まずは受け付けね。行きましょ」
僕たちは建物の中へと移動していく。
エントランスをくぐり、検温を済ませる。そこでもやはり建物内の広さに驚かされた。
奥行きのあるロビーにはたくさんの親子がいる。
初めて訪れた場所。父さんも母さんも戸惑っているようだった。
「受け付けはどうすればいいの?」
「初診はこっちみたいだぞ」
「保険証と障害者受給証とあと紹介状は……あったわ」
「とりあえずここに出せばいいんだな?」
二人はてんわやんわしながらも、受け付けの人にあれこれ訊いて手続きをしてもらう。
なんとか初診の受け付けを済ませ、診察室へ向かおうとするけれど……。
「どうしましょう。広すぎて全っ然、分かんないわ」
あはは、と苦笑しながら、母さんは枝分かれしている通路を眺める。
「本日は二十一番窓口の脳神経外科での受診となります。そちらの通路を真っ直ぐ歩いていくと右手にエレベーターがありますので、三階まで上がります。降りたすぐ目の前に診察室がありますから、呼ばれるまでお待ちくださいね」
「は、はい。ありがとうございます!」
あわあわしながら、母さんは僕を連れて受け付けの人に言われた通りに院内を歩き始める。
「こっちか?」
父さんを先頭に、僕たちは診察室へ向かっていく。
エレベーターに辿り着く途中、他の患者の子たちをたくさん見かけた。
僕のように脚に装具をつけている子、杖をついて歩いている子、車椅子移動の子、人工呼吸器をつけている子、その他何かのハンデを抱えている子など、様々な子がいた。
療育センターではよく見かけるけど、それ以外の場所だとなかなか出会わないから僕はなんとなく新鮮な気持ちになる。
「あっ、このエレベーターね」
二機並んでいるエレベーターの前に立ち止まり、母さんが上階のボタンを押した。
扉には太陽と月の絵がそれぞれ描いてある。間もなくして月の方のエレベーターが開き、僕たちはゆっくりと乗り込んだ。
エレベーターの中の広さも十分なスペースがあり、開閉もゆっくりで焦らず乗れた。
いいな。移動がかなり楽に感じる。
あっという間に三階に辿り着いた。診察室の前にはすでに他の親子がたくさん来ている。
僕たちは空いていたソファに座り、診察の時間まで待つことにした。
「ここの病院、迷路みたいだがわりと綺麗だな」
「うん、居心地はいいかも」
院内が新しいのももちろんなんだけれど、何よりも駐車場からここまで来るのに、ほぼストレスがなかった。
エレベーターに乗れるのも嬉しい。段差だって全くなくて、坂道も少ない。完全バリアフリーの病院は本当に助かる。
学校もこうだったらありがたいんだけどなぁ……。
ぼんやり、そんなことを考えた。
可愛らしい人形が飾られたかけ時計が目に入る。今は九時十五分。
ずいぶん、時間の流れがゆっくりに感じた。
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