24 / 78
第二章
手術前日
しおりを挟む◆
手術まであと一日。
僕は面談室に連れられ、看護師さんから明日のことについて説明を受けていた。隣に母さんもいる。
「検査は全て異常なし。先生からの許可もいただきましたので、明日は予定通り手術を行います。コウキ君、緊張してる?」
「まあ、それなりに」
いよいよ明日か。そう思うと、なんだかすごく実感が湧いてきた。
でも、大丈夫だ……。
ユナからもらった猫とクローバーのお守りを手の中に包み込み、僕は大きく頷く。
「コウキなら絶対に大丈夫よ! お母さんも応援してるわ」
隣に腰かけながら母さんは言うけど、かなり顔が引きつってる。
おいおい。緊張しまくってるのが伝わってくるんだけど……。声だって震えてるし。なんか、こっちまで余計にドキドキしちゃうんだけど。
「大きい手術を受けるんですから、緊張するのは仕方がないです。でも、寝てる間に終わるから安心してくださいね」
何度も説明されたけど、本当に僕は寝てるだけでいいんだ。だったら明日はむしろ余裕じゃないか。
できるだけ前向きに、気軽に考えよう。
「手術は朝の九時から始めます。当日は全身麻酔を投与するのですが、その際マスクを付けていただきます。好きな香りが選べるのですが──コウキ君、どれがいいかな?」
看護師さんはパソコンのモニターを僕に見せた。そこには、桃やりんご、レモン、チョコレート、アイスクリームなどのイラストが表示されているんだ。
「香り?」
「マスクから麻酔のお薬を送るんだけどね、そのときに好きな香りを嗅ぐことができるの。この中に好きな食べ物はある?」
へえ。そんなシステムがあるんだな。
初めてのことに僕は感心しながら、すぐさまマスクの香りを選んだ。
「じゃあ、アイスで」
「分かりました。では明日手術のときにアイスクリームの香りが出るようにしておくね」
モニターに映るバニラアイスのイラストを見て、ふと思い出してしまった。
入院中はガスティのキッズアイスすら食べられないんだよなぁ。毎年夏になるとよく連れていってもらってるんだけど、今年はボトックスを打ちに行ったあの日以来、一度も食べてない。
落胆する僕の肩に手を添え、母さんは優しく微笑んだ。
「退院したら食べに行きましょ」
「えっ?」
「ガスティのアイス。今年はまだ一回しか食べに行ってないでしょう?」
「う、うん」
驚いた。母さんには僕の心が読めるのか? さすが。母親ってすごいよなと、しみじみ思う。
「基本的にはコウキ君は手術中、寝てもらうだけなので何も難しいことはありません。手術が終わったら、集中治療室で一晩休んでもらいますね」
「えっ、集中治療室? 病室には戻らないのか?」
「大きな手術をして、全身麻酔もまだ完全に身体から抜けていない状態だから、手術を受けた子たちはみんなそうよ。朝になったら病室には戻れると思うけど、一週間ほどナースステーションから近いお部屋に入院してもらうわ」
「それって……今とは違う病室になるってこと?」
「そうなの。傷が大きいし、何かあったときのためにすぐ看護師が駆けつけられるようにしているの。今コウキ君がいる部屋は病棟の一番奥にあるからね」
「ああ、そうか……」
これは、僕にとってはかなり打撃がでかいかも。リョウと離ればなれになってしまう。
「一週間経てば今の部屋に戻してくれますか?」
「ふふ。言うと思った。リョウ君と同じ部屋がいいのよね?」
「あ……まあ」
「仲がいいものね。今のところ部屋は空いてるし、入院患者がすごく増えるわけじゃないから戻れると思うわよ」
それを聞いて、ちょっと安心した。なんだかんだ、リョウと話してると楽しいんだ。出会ってから数日しか経ってないのに、リョウと違う部屋になると知っただけでショックを受けるなんて。
人付き合いが苦手な僕にとっては、この感情はかなり珍しい。
「手術当日の流れは以上になります。何か質問はありますか?」
訊きたいこと、か。とくにないかな。明日は一日中、寝てるだけだし。
僕はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、ないです。ありがとうございました」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
53
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる