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第四章
退院しても……
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──ハッと目を覚ました。
白い天井と、まだ灯りの点いていない電灯が目に映る。すっかり馴染んだ、病室内の変わり映えのない光景。
パジャマのポケットには、猫とクローバーのキーホルダーが入っている。そっと握り締め、僕はぼんやりしながらそれをじっと見つめた。
なんだろう、すごく切ない気持ちになっている。
半分は夢で、でも半分は現実的だったな……。
「はぁ」
思わずため息がこぼれた。
今日もリハビリと学校だ。忙しくなるぞ。夢のことを気にしてる場合じゃないよな。
お守りをポケットの中にそっとしまった。
窓の向こう側から、小鳥のさえずりがかすかに聞こえてくる。
病室内のかけ時計に目をやると、五時五〇分を指していた。あと一〇分ほどで起床時間だ。看護師さんが部屋の電気を点けにくる。
大きなあくびをしながら、全身をぐっと伸ばす。ゆっくりベッドから起き上がると──リョウと目がバッチリと合った。
「よっ、おはよ」
「おはよう。リョウ、ずいぶん早いんだね?」
「コウキもな」
リョウはテーブルに肘を置いて、あるものを両手で持っていた。僕はそれを目にして「あっ」と小さく声を漏らす。
「それ、ゲーム機?」
「そうだよ」
「持ってたのか?」
「持ってたというか、買ってもらった。昨晩、親父に持ってきてもらったんだ」
「へえ、いつの間に!」
「コウキが遊んでるの見てほしくなってさ。手術とリハビリのご褒美として、ねだってみたんだよ。やっと充電が終わって、朝から遊んでる」
「そうだったのかあ。よかったね」
「せっかくだから一緒にやろうぜ」
「もちろん」
それから僕たちは、通信を繫いで向かい合ってゲームを始めた。朝から友だちと遊べるなんて、入院中の特権かも。
しかも、リョウとはゲームの趣味も合うようだ。
「IDも交換しようぜ」
「うん、いいよ!」
「これで退院して離ればなれになっても、いつだってコウキと遊べるな」
「あ……そうだね」
なにげないその一言に、僕の胸がドクンと唸った。
──そうだ。退院したらリョウともお別れなのか。
出会ったばかりの頃は入院中だけ仲良くしようとか、そんな風に軽く考えていた。でも、リョウと関わっていくうちに、僕の想いは確実に変わった。必ず別れが来るのだと思うと、胸が締めつけられる。
……おかしいな。普段の僕は、人付き合いとか得意じゃないし、学校の友だちともよっぽどのことがないとなかなか打ち解けられない。
だけどリョウは特別だ。退院したとしても、ずっと仲良くしていきたいって思ってる。
「なぁ、リョウ」
「ん?」
「退院する日は決まった?」
「ああ。たぶん、この調子なら十月中旬には退院できるって井原先生に言われたよ」
「そっか……」
そうだよ、リョウは僕よりも早く入院したんだ。三週間も先にここからいなくなってしまうのだろう。
いや、残念がってどうする? リョウが退院できることは喜ばしいことだろう。僕だって、早く家に帰りたいし。
だけど、だけど……。
色んな感情が僕の中で渦を巻いている。
リョウ、退院しても僕たちずっと──と、口に出そうとした、その直前。
「おはようございます。あら、二人とも。朝からゲーム?」
看護師さんが部屋にやって来て、灯りがパッと点けられた。
もう起床時間か。
一旦ゲームをストップし、僕たちは検温や血圧を測ってもらう。
「じゃあ今日の予定は──」
看護師さんは、ノートパソコンを見ながらリハビリ時間を確認してくれた。
「あ、二人とも午前のリハビリはないのね。学校が終わってからPTが入ってるわ」
それを聞き、僕とリョウはお互いガッツポーズをした。
「よっしゃあ、リハビリ午後だけなら楽勝だな!」
「リョウと朝から学校に行けるね」
「よし、飯の時間になるまでゲームの続きやろうぜ」
僕たちがはしゃいでいると、看護師さんは呆れた顔をしながらも優しい口調で言うんだ。
「ゲームもいいんだけど、朝ご飯はしっかり食べなさいね」
「分かってるって」
「はーい」
こういうなんでもないやりとりが、すごく楽しかった。
入院生活は辛いことがたくさんある。だけど、リョウがそばにいてくれるだけでそんなこと忘れられる。僕一人だったら、めげていたかもしれない。
リョウが退院するまで、まだ時間はあるんだ。一日一日を大切にして、一緒にいられるのを満喫すればいい。今からお別れのときを悲しんでいたって、なんの意味もない。
うじうじ考えるのは、もうやめだ。
「なあ、コウキ。俺、アウアークラフト始めたばっかりだからさ、やりかたがいまいち分かってねぇんだ。教えてくんね?」
「うん。もちろんだよ。じゃあ、まずは僕のエリアまで来て」
「ええっと、どうやって行けばいい?」
「待って、招待するからね……」
それから僕たちは、朝ごはんの時間になるまでゲームで遊んだ。他愛ない話もしながら、リョウと一緒に笑い合う。
忙しない毎日の、楽しいひとときだ。
白い天井と、まだ灯りの点いていない電灯が目に映る。すっかり馴染んだ、病室内の変わり映えのない光景。
パジャマのポケットには、猫とクローバーのキーホルダーが入っている。そっと握り締め、僕はぼんやりしながらそれをじっと見つめた。
なんだろう、すごく切ない気持ちになっている。
半分は夢で、でも半分は現実的だったな……。
「はぁ」
思わずため息がこぼれた。
今日もリハビリと学校だ。忙しくなるぞ。夢のことを気にしてる場合じゃないよな。
お守りをポケットの中にそっとしまった。
窓の向こう側から、小鳥のさえずりがかすかに聞こえてくる。
病室内のかけ時計に目をやると、五時五〇分を指していた。あと一〇分ほどで起床時間だ。看護師さんが部屋の電気を点けにくる。
大きなあくびをしながら、全身をぐっと伸ばす。ゆっくりベッドから起き上がると──リョウと目がバッチリと合った。
「よっ、おはよ」
「おはよう。リョウ、ずいぶん早いんだね?」
「コウキもな」
リョウはテーブルに肘を置いて、あるものを両手で持っていた。僕はそれを目にして「あっ」と小さく声を漏らす。
「それ、ゲーム機?」
「そうだよ」
「持ってたのか?」
「持ってたというか、買ってもらった。昨晩、親父に持ってきてもらったんだ」
「へえ、いつの間に!」
「コウキが遊んでるの見てほしくなってさ。手術とリハビリのご褒美として、ねだってみたんだよ。やっと充電が終わって、朝から遊んでる」
「そうだったのかあ。よかったね」
「せっかくだから一緒にやろうぜ」
「もちろん」
それから僕たちは、通信を繫いで向かい合ってゲームを始めた。朝から友だちと遊べるなんて、入院中の特権かも。
しかも、リョウとはゲームの趣味も合うようだ。
「IDも交換しようぜ」
「うん、いいよ!」
「これで退院して離ればなれになっても、いつだってコウキと遊べるな」
「あ……そうだね」
なにげないその一言に、僕の胸がドクンと唸った。
──そうだ。退院したらリョウともお別れなのか。
出会ったばかりの頃は入院中だけ仲良くしようとか、そんな風に軽く考えていた。でも、リョウと関わっていくうちに、僕の想いは確実に変わった。必ず別れが来るのだと思うと、胸が締めつけられる。
……おかしいな。普段の僕は、人付き合いとか得意じゃないし、学校の友だちともよっぽどのことがないとなかなか打ち解けられない。
だけどリョウは特別だ。退院したとしても、ずっと仲良くしていきたいって思ってる。
「なぁ、リョウ」
「ん?」
「退院する日は決まった?」
「ああ。たぶん、この調子なら十月中旬には退院できるって井原先生に言われたよ」
「そっか……」
そうだよ、リョウは僕よりも早く入院したんだ。三週間も先にここからいなくなってしまうのだろう。
いや、残念がってどうする? リョウが退院できることは喜ばしいことだろう。僕だって、早く家に帰りたいし。
だけど、だけど……。
色んな感情が僕の中で渦を巻いている。
リョウ、退院しても僕たちずっと──と、口に出そうとした、その直前。
「おはようございます。あら、二人とも。朝からゲーム?」
看護師さんが部屋にやって来て、灯りがパッと点けられた。
もう起床時間か。
一旦ゲームをストップし、僕たちは検温や血圧を測ってもらう。
「じゃあ今日の予定は──」
看護師さんは、ノートパソコンを見ながらリハビリ時間を確認してくれた。
「あ、二人とも午前のリハビリはないのね。学校が終わってからPTが入ってるわ」
それを聞き、僕とリョウはお互いガッツポーズをした。
「よっしゃあ、リハビリ午後だけなら楽勝だな!」
「リョウと朝から学校に行けるね」
「よし、飯の時間になるまでゲームの続きやろうぜ」
僕たちがはしゃいでいると、看護師さんは呆れた顔をしながらも優しい口調で言うんだ。
「ゲームもいいんだけど、朝ご飯はしっかり食べなさいね」
「分かってるって」
「はーい」
こういうなんでもないやりとりが、すごく楽しかった。
入院生活は辛いことがたくさんある。だけど、リョウがそばにいてくれるだけでそんなこと忘れられる。僕一人だったら、めげていたかもしれない。
リョウが退院するまで、まだ時間はあるんだ。一日一日を大切にして、一緒にいられるのを満喫すればいい。今からお別れのときを悲しんでいたって、なんの意味もない。
うじうじ考えるのは、もうやめだ。
「なあ、コウキ。俺、アウアークラフト始めたばっかりだからさ、やりかたがいまいち分かってねぇんだ。教えてくんね?」
「うん。もちろんだよ。じゃあ、まずは僕のエリアまで来て」
「ええっと、どうやって行けばいい?」
「待って、招待するからね……」
それから僕たちは、朝ごはんの時間になるまでゲームで遊んだ。他愛ない話もしながら、リョウと一緒に笑い合う。
忙しない毎日の、楽しいひとときだ。
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