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第四章

自信

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 週が明けた。
 月曜日は朝からリハビリがあって、学校は二時間目からの登校になる。

 最近はもはや体力作りに集中している。病院内の通路を、リハビリ用三輪車に乗ってひたすら漕ぎまくるんだ。
 緩やかな坂道を昇る際は、右足を踏み込むのになかなか苦労する。だけど、かなりの筋肉を使うので効果的なのが実感できた。

「はーい、じゃあもう一周ね」

 休む間もなく、PTの岩野先生は更にコースを追加する。
 でも僕は一切嫌がらず、ただただ無心で三輪車を漕ぎ続けた。汗が滲み出て心拍数も上がっていく。疲れるには疲れるんだけど──結構楽しかったりもする。

 三輪車も自転車も、普段の生活じゃ乗れないし使う機会もない。
 このリハビリ用の三輪車は、踵が浮いてしまう僕の足をテープでしっかりと固定してくれるからなんとか漕げるんだ。
 静かな通路に、僕がペダルを踏み込む音がひたすらに響き渡る。

 ──その後、長い通路を五周ほどしたところで先生が軽く手を叩いた。

「お疲れ様。よく頑張ったわね! 今日はこれでおしまいよ」
「ええ、まだやりたいんだけど! あと一周」
「でももう時間よ。そろそろ二時間目が始まる頃だし、学校に行かないとね?」

 訓練室の時計を確認すると、あと十分ほどで二時間目が始まる時間になっていた。

 時の流れが早すぎる。

 持参してきたタオルで汗を拭き、水分補給をした。名残惜しいけど、授業も絶対に受けたい。

 岩野先生に手伝ってもらいながら、僕は三輪車から車椅子に乗り移った。

「先生、明日も漕がせてくれる?」
「そうね、だいぶ体力はついてきたと思うけど、右脚の筋力はもう少しほしいわね。明日もやりましょう」
「やった!」

 僕は小さくガッツポーズする。
 この様子を見て、先生はクスッと笑うんだ。

「本当、コウキ君はストイックよねぇ。感心しちゃうわ」

 後片付けをしてから、先生は僕の車椅子をゆっくり押した。このままエレベーターに乗って学校へ送ってもらう。

「僕、今まで運動って全然できなかったからむしろ楽しい。もっと動けるようになりたいんだ」
「そうね、コウキ君なら大丈夫よ。太ももの筋力をつけていけば、立つときにバランスが保てるようになると思う。……ただし、無理は禁物よ?」
「無理はしてないよ」

 エレベーターに到着し、ゆっくりドアが開かれた。そのまま六階へと移動していく。
 先生は優しい口調で続けるんだ。

「コウキ君が頑張り屋さんで、目標に向かって努力しているのはよく分かってるわ。不自由なく歩けるようになったら嬉しいものね?」
「ああ。そのために踏ん張ってる。自分の力だけで歩きたいんだよ」
「素敵な心構えだと思うわ。……でもね、きっと焦らないでほしい」
「え?」
 
 僕は思わず首を傾げた。
 どういうことかと聞き返そうとしたとき、エレベーターが六階に到着する。
 それから先生は、五年生の教室まで車椅子を押してくれた。

「気持ちが先走ったら、身体がついていけないことがあるから気を付けて。安全第一よ」
「……うん?」

 いつもハキハキしてる先生なのに、このときはなぜか声が籠もっていた。でもニコッと微笑みながら僕の顔を覗くと、大きく頷いた。

「と言っても、どんどん脚が強くなってるのはたしかよ。正直、想像してたよりも早い段階で回復してる」
「マジ?」
「マジよ。だから、この調子でやっていきましょうね!」

 僕の胸が途端にあたたかくなった。
 そうか、そうなんだ。僕の脚は、確実に強くなってるんだな?
 よし、これからも張り切って訓練を受けていこう。

 岩野先生の言葉が、僕に更なるやる気と自信を与えてくれた。
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