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第四章
夢の正体
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『今まで夢の世界で見てきた出来事は、半分空想で半分は本当。でも今日は、全部が現実に近いものなの。私もチャコちゃんも、ここの風景も。それに、コウ君自身も』
『現実に近い……? どういう意味だ?』
彼女の言葉に首を傾げながら、たまらず僕は俯く。右脚には、現実世界と全く同じ形の装具がつけられている。少しつま先が擦れていて、プラスチック部分は傷だらけだ。ちょっと締めつけられたようなこの履き心地も、妙にリアルなんだ。
肩をすくめ、ふと前を向いた。夕焼け色に染まる水面が目に映る。ゆったりした川の流れは本当に美しい。
景色を眺めているうちに、なぜだか胸が締めつけられた。
『ここは、僕の夢の中だ。自分勝手に作り出した世界だろう。僕が望めば、また君にもチャコにも会えるんじゃないのか?』
僕の問いかけに、彼女は首を横に振るんだ。
『だから、違うの』
『どうして……?』
『夢の中の私は、コウ君が今まで現実で見てきた私そのものだよ。チャコちゃんもそう。生きているとき、コウ君のことをずっと応援してた。その想いが、夢の中に現れて形作られたの』
『なんだって……?』
僕の頭の中にはますます疑問符が浮かぶ。
複雑でとても分かりづらい。けど──彼女曰く、この世界はどうやら僕の想像だけのものではないらしい。彼女とチャコの想いが伝わってきていて、それが夢として現れている。
そう、言いたいんだよな……?
無意識のうちに眉間にしわが寄ってしまった。
すると、今まで僕の腕の中で寛いでいたチャコがぬくっと立ち上がる。伸びをして、のそのそと彼女の膝に乗ったんだ。
『コウ君はきっと、支えがほしかったんだよね。そのときに私たちの想いが、夢の中に呼ばれた。だから今まで私たちがコウ君にかけてきた言葉は、全部が全部作り出されたものなんかじゃない。本当の想いとして綴られていたんだよ』
『……そんな』
信じられない。そんなこと、ありえるわけがない。僕はそういった非現実的なことをあまり信じないタイプだ。
──だけど、目の前にある景色は、あまりにも鮮明すぎた。彼女とチャコから伝わってくるぬくもりも、しっかりと肌で感じられる。風が吹けば、僕の頬をそっと撫でて通り過ぎた。空気に流れてきた川水の匂いが、僕の鼻をつつく。
『コウ君。私のことを、よく見てみて』
彼女は、僕に顔をスッと近づけてくる。
──ハッとした。陽の光に反射する彼女の表情が、少しずつ浮かび上がってきた。
この女の子が、誰なのか僕はなんとなく……というよりも、最初から心の中では気づいていた。
彼女の手を握り返し、僕は静かに口を開く。
『君は……ユナだよね』
この問いかけに、彼女はコクリと頷いた。
その瞬間、彼女の顔がはっきりと僕の目に映り込む。でも──想像していた姿とは違ったんだ。
『やっと、私の名前を呼んでくれたね?』
『うん……。でも、なんだかいつものユナとは違うな。少しお姉さんに見える』
僕の言葉に、ユナはくすりと笑った。
顔立ちが明らかに今のユナよりも大人びている。髪も伸びていて、薄く化粧をしている気がした。
これは、僕が想像している将来のユナ? それとも、本当に大人になったときのユナなのか?
よく分からない。
『なんで大人になった姿をしているのって、不思議に思うよね』
『う、うん。まあ……』
『これはコウ君の想いと、私の想いが重なってるんだよ』
『どういうこと?』
『大人になっても、一緒にいられますようにって』
ユナがそこまで話すと、チャコが軽やかにジャンプした。彼女の腕から離れたチャコは、音を立てずに地面に着地する。
それからまた喉を鳴らして、僕の足もとに身体をすり寄せてくるんだ。
『チャコ……』
僕がそっと頭を撫でると、チャコは甘えたような声を出す。まるで『さよなら』を伝えるように。
『ねぇ、コウ君』
『うん?』
『この世界ではもう私たちに会えなくなるけど、ずっとコウ君を見守ってるから安心してね。チャコちゃんは天国からこれからも応援してる。それだけは、忘れないで』
繰り返し言われたその話に、僕は頷くことができなかった。
──でも、そうだよな。いつまでも、夢の中でユナとチャコに頼るわけにはいかないよな。
もう充分、心を支えてもらった。空想だとしても現実だとしても、僕は「本当の自分」と向き合わなければならないんだ。
装具なしで歩けたのも、素早く走れたのも、誰の手を借りずにすべり台を上れたことも、夢の中ではいくらでもできた。
現実ではどこまでやれるのかはまだ分からない。
でも、それでも、僕はこれからも前向きに生きていきたい。
『分かった』
僕はユナとチャコに、大きく頷いた。
『僕は僕として生きるよ。もう大丈夫。楽しい時間をありがとう』
僕の言葉に、ユナは目を細めた。チャコも、もう一度僕の腕の中に飛びついてきて顔を寄せてきた。ひげが腕に触れて、ちょっとくすぐったい。
『コウ君は、これから先何があっても大丈夫だね。あの約束、きっと果たせるよ』
『ミャオ』
彼女たちの言葉に、僕はもう一度大きく首を縦に振った。
手術を受けると決意した頃から現れた、ユナとチャコ。
単なる空想で、僕が無意識のうちに創造したものだったとばかり思っていた。だけど、もしユナの言う通り、それぞれの想いが形作られてこの世界に現れたのだとしたら、なんだかとても面白いし貴重な体験をしたなと思う。
答えも正解も真実も分からないけれど、彼女たちと過ごした時間は忘れない。
だって、今目の前に流れる川の流れは、夕陽に照らされてあまりにも綺麗だから。これが僕だけの想像力だけで作られたなんて到底思えない。
僕たちは夢が終わる最後の時間まで寄りそい、語り合った──
『現実に近い……? どういう意味だ?』
彼女の言葉に首を傾げながら、たまらず僕は俯く。右脚には、現実世界と全く同じ形の装具がつけられている。少しつま先が擦れていて、プラスチック部分は傷だらけだ。ちょっと締めつけられたようなこの履き心地も、妙にリアルなんだ。
肩をすくめ、ふと前を向いた。夕焼け色に染まる水面が目に映る。ゆったりした川の流れは本当に美しい。
景色を眺めているうちに、なぜだか胸が締めつけられた。
『ここは、僕の夢の中だ。自分勝手に作り出した世界だろう。僕が望めば、また君にもチャコにも会えるんじゃないのか?』
僕の問いかけに、彼女は首を横に振るんだ。
『だから、違うの』
『どうして……?』
『夢の中の私は、コウ君が今まで現実で見てきた私そのものだよ。チャコちゃんもそう。生きているとき、コウ君のことをずっと応援してた。その想いが、夢の中に現れて形作られたの』
『なんだって……?』
僕の頭の中にはますます疑問符が浮かぶ。
複雑でとても分かりづらい。けど──彼女曰く、この世界はどうやら僕の想像だけのものではないらしい。彼女とチャコの想いが伝わってきていて、それが夢として現れている。
そう、言いたいんだよな……?
無意識のうちに眉間にしわが寄ってしまった。
すると、今まで僕の腕の中で寛いでいたチャコがぬくっと立ち上がる。伸びをして、のそのそと彼女の膝に乗ったんだ。
『コウ君はきっと、支えがほしかったんだよね。そのときに私たちの想いが、夢の中に呼ばれた。だから今まで私たちがコウ君にかけてきた言葉は、全部が全部作り出されたものなんかじゃない。本当の想いとして綴られていたんだよ』
『……そんな』
信じられない。そんなこと、ありえるわけがない。僕はそういった非現実的なことをあまり信じないタイプだ。
──だけど、目の前にある景色は、あまりにも鮮明すぎた。彼女とチャコから伝わってくるぬくもりも、しっかりと肌で感じられる。風が吹けば、僕の頬をそっと撫でて通り過ぎた。空気に流れてきた川水の匂いが、僕の鼻をつつく。
『コウ君。私のことを、よく見てみて』
彼女は、僕に顔をスッと近づけてくる。
──ハッとした。陽の光に反射する彼女の表情が、少しずつ浮かび上がってきた。
この女の子が、誰なのか僕はなんとなく……というよりも、最初から心の中では気づいていた。
彼女の手を握り返し、僕は静かに口を開く。
『君は……ユナだよね』
この問いかけに、彼女はコクリと頷いた。
その瞬間、彼女の顔がはっきりと僕の目に映り込む。でも──想像していた姿とは違ったんだ。
『やっと、私の名前を呼んでくれたね?』
『うん……。でも、なんだかいつものユナとは違うな。少しお姉さんに見える』
僕の言葉に、ユナはくすりと笑った。
顔立ちが明らかに今のユナよりも大人びている。髪も伸びていて、薄く化粧をしている気がした。
これは、僕が想像している将来のユナ? それとも、本当に大人になったときのユナなのか?
よく分からない。
『なんで大人になった姿をしているのって、不思議に思うよね』
『う、うん。まあ……』
『これはコウ君の想いと、私の想いが重なってるんだよ』
『どういうこと?』
『大人になっても、一緒にいられますようにって』
ユナがそこまで話すと、チャコが軽やかにジャンプした。彼女の腕から離れたチャコは、音を立てずに地面に着地する。
それからまた喉を鳴らして、僕の足もとに身体をすり寄せてくるんだ。
『チャコ……』
僕がそっと頭を撫でると、チャコは甘えたような声を出す。まるで『さよなら』を伝えるように。
『ねぇ、コウ君』
『うん?』
『この世界ではもう私たちに会えなくなるけど、ずっとコウ君を見守ってるから安心してね。チャコちゃんは天国からこれからも応援してる。それだけは、忘れないで』
繰り返し言われたその話に、僕は頷くことができなかった。
──でも、そうだよな。いつまでも、夢の中でユナとチャコに頼るわけにはいかないよな。
もう充分、心を支えてもらった。空想だとしても現実だとしても、僕は「本当の自分」と向き合わなければならないんだ。
装具なしで歩けたのも、素早く走れたのも、誰の手を借りずにすべり台を上れたことも、夢の中ではいくらでもできた。
現実ではどこまでやれるのかはまだ分からない。
でも、それでも、僕はこれからも前向きに生きていきたい。
『分かった』
僕はユナとチャコに、大きく頷いた。
『僕は僕として生きるよ。もう大丈夫。楽しい時間をありがとう』
僕の言葉に、ユナは目を細めた。チャコも、もう一度僕の腕の中に飛びついてきて顔を寄せてきた。ひげが腕に触れて、ちょっとくすぐったい。
『コウ君は、これから先何があっても大丈夫だね。あの約束、きっと果たせるよ』
『ミャオ』
彼女たちの言葉に、僕はもう一度大きく首を縦に振った。
手術を受けると決意した頃から現れた、ユナとチャコ。
単なる空想で、僕が無意識のうちに創造したものだったとばかり思っていた。だけど、もしユナの言う通り、それぞれの想いが形作られてこの世界に現れたのだとしたら、なんだかとても面白いし貴重な体験をしたなと思う。
答えも正解も真実も分からないけれど、彼女たちと過ごした時間は忘れない。
だって、今目の前に流れる川の流れは、夕陽に照らされてあまりにも綺麗だから。これが僕だけの想像力だけで作られたなんて到底思えない。
僕たちは夢が終わる最後の時間まで寄りそい、語り合った──
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