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第五章
家族にただいま
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「あー! やっと、終わったんだ!」
深く深く息を吐き出し、僕は勢いよく大の字で寝転がった。
「なぁに、コウキ! 帰ってくるなり寛いじゃって!」
荷物を片しながら母さんが呆れた声で言うんだ。
構わずに僕は大あくびする。
「いいだろ? やっと帰ってこれたんだから」
今日は思いっきりダラダラしたい。リハビリもないし、勉強もしない。頭を空っぽにして、ただただ家に帰ってきたことを実感していたい。
僕がボーッと天井を眺めていると、母さんが真横にやって来た。
……なんだ? 荷物くらい片付けなさいとか言われるのかな。
仕方がない。僕が上体を起こそうとすると、母さんはぐっと顔を覗き込んできた。柔らかい表情で、なんかよく分かんないけど嬉しそうなんだ。
「そうね」
「えっ?」
「今日は特別な日だものね」
母さんは僕の髪の毛にそっと触れる。あったかい指先で髪をすいたと思ったら、いきなり覆い被さってきた。
「コウキ、おかえり。本当に本当におかえり!」
それから母さんは、僕に思いっきり抱きついてきたんだ。
「うわっ。なんだよ」
「だって、すっごく安心したの! コウキ、よかったわね。頑張ったわね!」
「ぐっ……ちょっと待て。マジ、やめてくれ」
僕が嫌がっても、母さんはなかなか放してくれない。この歳で親に抱きしめられるって、かなりキツいんだけど。
「なぁ、もういいだろ。僕は赤ちゃんじゃないんだ!」
「なーに、照れちゃって。病院でもハグしたでしょ!」
「勘弁しろよ」
喜びを爆発させる母さんは、その後もしばらく抱きついたままだった。
……まあ、本気で抵抗しなかった僕も僕だけどな。母さんにバレないよう、僕は密かに口元を緩めた。
──でも、歓喜しているのは母さんだけじゃない。
午後三時。おやつに僕がポテチをつまんでソファで寛いでいると、玄関ドアが勢いよく開かれる音がした。
すぐさま慌ただしい足音がバタバタと響き、廊下の奥からうっとうしい奴が顔を覗かせてきた。
「にいに!」
顔を真っ赤にしながらべそをかいてるのは、いつもいつもうるさい妹、リオだ。ランドセルを床に転がし、拳を握りながら僕の目の前に歩み寄ってきた。
「にいに!」
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないよ! にいに……!」
リオはみるみる泣き顔になり、ボロボロと涙を流し出す。
あー。めちゃくちゃやかましいのがはじまるぞ、これ。
ガシッと僕の両肩を掴むと、リオは僕に抱きついてきた。
おい……なんだよ、母さんと同じことすんなよ。きっつ。
思わず僕は心の中で苦笑した。
リオは抱きついたまま泣きじゃくるんだ。
「にいにがいなくて全然つまんなかった! 一緒に遊べなかったもん!」
「ああ? オンラインでゲームやっただろう」
「違う、それじゃ嫌! にいにが隣にいないとだめなの! 学童行ってもおうちに帰ってもごはん食べるときもにいにがいなかった。寂しかったよ……」
甲高い声でリオは、ノンストップで気持ちをぶちまけてくる。
まあ、うるさいっちゃうるさいんだけど……こいつの素直なところは見習いたいよな。
僕はさりげなくリオの肩を掴んで身を遠ざけ、お菓子の袋を差し出してやった。
「ポテチ」
「……えっ?」
「食べるか、一緒に。コンソメ味」
僕からの誘いに、リオはたちまち目を輝かせた。
「うん! 食べる。絶対食べる!」
「じゃあ手洗ってこいよ」
「おやつ食べたら、ゲームも一緒にやろう?」
「仕方ねぇな」
僕の返事を聞くと、リオは猛ダッシュでキッチンに駆けていく。
その一部始終を眺めていた母さんは、なにげに笑ってるんだ。
「ただいまー」
リオが手洗いをして、ランドセルを片している最中だ。玄関の方から父さんの声が聞こえてきた。
……ん? まだ四時前だぞ?
僕がキョトンとしていると、父さんもリビングへやって来た。スーツ姿でニコニコしながら買い物袋を両手いっぱい抱えている。
「父さん? 帰ってくるの、早すぎじゃないか?」
「今日はコウキの退院日だぞ! 仕事を早く終わらせてきたんだ! ほら、お祝いに刺身とケーキを買ってきたぞ」
父さんはダイニングテーブルに袋をどさっと並べる。置ききれないほどの量だった。
それらを目にして、母さんは驚いた表情になる。
「あら、あなた! このケーキ……シャルルで買ったの? 高いでしょうに」
「めでたい日なんだ。奮発しない理由がないだろう! コウキ、今日はおいしいものたくさん食べような」
満ち足りた様子で父さんは声を上げて笑い出す。
──本当に、僕の家族はみんな色々とオーバーだよな。僕が一番冷静じゃないかって思う。
とは思うけど……まあ、退院祝いをするのもいいか。なんだかんだ嬉しいよ。
だけど何よりも幸せに感じるのは、家でみんなとごはんを食べられるひとときだ。特別なことはしなくたっていい。
最高に寛げるこの場所で、今日からまた家族と一緒に暮らせる。
なんでもないただの日常が、僕にとっては尊いものなんだ。
父さん、母さん、リオ。今日からまた、この家でどうぞよろしく。
深く深く息を吐き出し、僕は勢いよく大の字で寝転がった。
「なぁに、コウキ! 帰ってくるなり寛いじゃって!」
荷物を片しながら母さんが呆れた声で言うんだ。
構わずに僕は大あくびする。
「いいだろ? やっと帰ってこれたんだから」
今日は思いっきりダラダラしたい。リハビリもないし、勉強もしない。頭を空っぽにして、ただただ家に帰ってきたことを実感していたい。
僕がボーッと天井を眺めていると、母さんが真横にやって来た。
……なんだ? 荷物くらい片付けなさいとか言われるのかな。
仕方がない。僕が上体を起こそうとすると、母さんはぐっと顔を覗き込んできた。柔らかい表情で、なんかよく分かんないけど嬉しそうなんだ。
「そうね」
「えっ?」
「今日は特別な日だものね」
母さんは僕の髪の毛にそっと触れる。あったかい指先で髪をすいたと思ったら、いきなり覆い被さってきた。
「コウキ、おかえり。本当に本当におかえり!」
それから母さんは、僕に思いっきり抱きついてきたんだ。
「うわっ。なんだよ」
「だって、すっごく安心したの! コウキ、よかったわね。頑張ったわね!」
「ぐっ……ちょっと待て。マジ、やめてくれ」
僕が嫌がっても、母さんはなかなか放してくれない。この歳で親に抱きしめられるって、かなりキツいんだけど。
「なぁ、もういいだろ。僕は赤ちゃんじゃないんだ!」
「なーに、照れちゃって。病院でもハグしたでしょ!」
「勘弁しろよ」
喜びを爆発させる母さんは、その後もしばらく抱きついたままだった。
……まあ、本気で抵抗しなかった僕も僕だけどな。母さんにバレないよう、僕は密かに口元を緩めた。
──でも、歓喜しているのは母さんだけじゃない。
午後三時。おやつに僕がポテチをつまんでソファで寛いでいると、玄関ドアが勢いよく開かれる音がした。
すぐさま慌ただしい足音がバタバタと響き、廊下の奥からうっとうしい奴が顔を覗かせてきた。
「にいに!」
顔を真っ赤にしながらべそをかいてるのは、いつもいつもうるさい妹、リオだ。ランドセルを床に転がし、拳を握りながら僕の目の前に歩み寄ってきた。
「にいに!」
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないよ! にいに……!」
リオはみるみる泣き顔になり、ボロボロと涙を流し出す。
あー。めちゃくちゃやかましいのがはじまるぞ、これ。
ガシッと僕の両肩を掴むと、リオは僕に抱きついてきた。
おい……なんだよ、母さんと同じことすんなよ。きっつ。
思わず僕は心の中で苦笑した。
リオは抱きついたまま泣きじゃくるんだ。
「にいにがいなくて全然つまんなかった! 一緒に遊べなかったもん!」
「ああ? オンラインでゲームやっただろう」
「違う、それじゃ嫌! にいにが隣にいないとだめなの! 学童行ってもおうちに帰ってもごはん食べるときもにいにがいなかった。寂しかったよ……」
甲高い声でリオは、ノンストップで気持ちをぶちまけてくる。
まあ、うるさいっちゃうるさいんだけど……こいつの素直なところは見習いたいよな。
僕はさりげなくリオの肩を掴んで身を遠ざけ、お菓子の袋を差し出してやった。
「ポテチ」
「……えっ?」
「食べるか、一緒に。コンソメ味」
僕からの誘いに、リオはたちまち目を輝かせた。
「うん! 食べる。絶対食べる!」
「じゃあ手洗ってこいよ」
「おやつ食べたら、ゲームも一緒にやろう?」
「仕方ねぇな」
僕の返事を聞くと、リオは猛ダッシュでキッチンに駆けていく。
その一部始終を眺めていた母さんは、なにげに笑ってるんだ。
「ただいまー」
リオが手洗いをして、ランドセルを片している最中だ。玄関の方から父さんの声が聞こえてきた。
……ん? まだ四時前だぞ?
僕がキョトンとしていると、父さんもリビングへやって来た。スーツ姿でニコニコしながら買い物袋を両手いっぱい抱えている。
「父さん? 帰ってくるの、早すぎじゃないか?」
「今日はコウキの退院日だぞ! 仕事を早く終わらせてきたんだ! ほら、お祝いに刺身とケーキを買ってきたぞ」
父さんはダイニングテーブルに袋をどさっと並べる。置ききれないほどの量だった。
それらを目にして、母さんは驚いた表情になる。
「あら、あなた! このケーキ……シャルルで買ったの? 高いでしょうに」
「めでたい日なんだ。奮発しない理由がないだろう! コウキ、今日はおいしいものたくさん食べような」
満ち足りた様子で父さんは声を上げて笑い出す。
──本当に、僕の家族はみんな色々とオーバーだよな。僕が一番冷静じゃないかって思う。
とは思うけど……まあ、退院祝いをするのもいいか。なんだかんだ嬉しいよ。
だけど何よりも幸せに感じるのは、家でみんなとごはんを食べられるひとときだ。特別なことはしなくたっていい。
最高に寛げるこの場所で、今日からまた家族と一緒に暮らせる。
なんでもないただの日常が、僕にとっては尊いものなんだ。
父さん、母さん、リオ。今日からまた、この家でどうぞよろしく。
応援ありがとうございます!
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