20 / 53
第三章
親しくなりたい
しおりを挟む
俺は、その場から動けなくなってしまう。
あからさまにあの三人の女たちは、悪意を持った言いかたをしていた。まるで彼女を馬鹿にしたように、嘲るように、貶すように。
俺が困惑している間にも、彼女はどんどん廊下の奥へと歩いていってしまう。
待ってくれ。
自分の中に湧き出るモヤモヤした気持ちを、俺は無理やり封じ込めようとした。胸を抑え、必死に彼女の後を追った。
電気がひとつも点いていない廊下を無言で進んでいく。突き当たりまで差し掛かったところで、彼女は階段を下っていった。歩く速度が速くて、追いつくのが大変だ。
やがて一階に着くと、目の前に古い扉があった。鍵はかかっておらず、彼女はそっとドアノブを回す。
すると扉の向こう側に、見覚えのある風景が広がった。
食堂の入り口だ。すぐ隣には、一台の自販機と二人がけの古いベンチ。
そこは……
間違いない。以前、放課後に彼女と話した場所だ。
扉の向こうへ出てみれば、登校してきたときに比べて雨がより一層強くなっていた。でも、屋根が頭上を守ってくれているので濡れることはない。
彼女はおもむろにベンチに腰かけた。
「どういうつもりなの」
鋭い目つきで、彼女は俺を見上げる。
妙な緊張感が走った。雨音にも負ける声量で、俺は弱々しく口を開いた。
「昨日、メッセージをくれなかったじゃないか」
「……は?」
「ちゃんとサエさんが家に帰れたのか心配だった。だから、クラスまで行ってひと目でいいから顔を見ようと」
「あなたって意外に心配性なのね。それとも、実はストーカー気質とか?」
「はっ? そんなわけ!」
「冗談。メッセージひとつでそこまで気にするとは思わなかったの。送り忘れてごめんね」
彼女は肩をすくめ、浮かない表情になる。
「でもね、もう教室には来ないでほしいの」
「えっ」
「あなたと関わっているところを他の子たちに見られたら、どう思われるか。この前も言ったでしょう? 面倒事は避けたいって」
「……面倒事」
ついさっき、二年の女子たちが陰口のようなものをひっそりと話していた光景を思い出す。
こんなこと訊いてもいいのかわからなかった。でも、勝手に口が動いてしまうんだ。
「サエさん。大丈夫か……?」
俺の問いかけに対して、彼女は表情を無にした。
「大丈夫って? なにが?」
「いや。その。なんか、トラブってるのかなって」
はっきりとは言えなかった。
どうしても無理だ。「同級生たちが、サエさんの陰口を言っているのが聞こえてしまった」。こんな無神経な台詞、口にできるわけがない。
彼女は眉を潜めた。
「まさか、クラスの子たちがなにかぐちぐち言ってるの、聞いちゃった?」
当然のように、彼女はそう言った。
どう答えていいものかわからず、俺は狼狽える。
ため息を吐き、彼女は呆れたような口調になった。
「平気よ。女子の間でよくあるいざこざみたいなものだから。いちいち気にしてたらやっていけないわよ」
「え……」
「男子のあなたには理解しがたいかもしれないけどね? 女の世界って、ちょっと複雑で面倒なのよ」
だから、全然平気。彼女はそう言って、クスッと笑った。
──そういうもの、なのか。それじゃあ、心配しなくてもいいんだよな?
頭の中でよぎる嫌な予感を打ち消そうとするのに俺は必死だった。
「ひとつ訊かせて。どうして私なんかと関わろうとするの?」
「えっ、なんでって?」
なんだよ、今さら。理由ならわかってるだろ?
俺は勢いあまって彼女の隣に座った。顔を覗き込むと、目を伏せられてしまう。
──ちゃんと伝えてやるよ。俺の気持ちを。
「サエさんはいい人だ。マニーカフェでも身だしなみチェックの日にも助けてくれた。それに、俺のことを理解してくれてるだろ。だから仲良くしたいんだよ」
「いや……だから。それは」
彼女は口ごもってしまう。
構わずに、俺はじっと彼女を見つめ続ける。ノーとは言わせないように、無言の圧をかけてやった。
「もう……あなたって人は」
彼女は困ったような顔をして、ぎこちなく頷いてくれた。
「好きにして」
「お! やっと認めてくれた!」
「私と親しくしても楽しいことなんてないのに」
「とんだ勘違いだな。楽しいかどうかを決めるのはサエさんじゃなくて俺だよ」
「……はいはい」
彼女は俺に向かって、しっしと手を払った。
なんだ、あしらわれてないか。俺。
ちょっと文句でも言ってやろうとしたところで、朝の予鈴が鳴ってしまった。
「戻らなきゃ」
焦ったように、彼女はベンチから立ち上がる。
──彼女と一緒にいる時間はどうしてこうも早く終わってしまうのだろう。名残惜しさのあまり、俺はさっと片手を彼女に差し出した。
「サエさん」
勢いのまま彼女の腕に触れ、そっと握りしめた。
驚いたようにこちらを振り向く彼女。どことなく、頬がうっすらと桃色に染まっているんだ。
「待ってるから」
「え?」
「今度はちゃんと連絡してほしい。サエさんともっと親しくなりたいのは、俺の本心だから」
「……」
束の間、彼女は口を閉ざす。
屋根の上から、ザーザーという大きな雨音だけが鳴り響いた。
数秒経つと、彼女は再び前に目線を戻し、小さく口を開いた。
「わかった。放課後になったら連絡する」
腕から伝わってくる彼女のぬくもりが、ほんの少しだけ上がったように感じる。
今後こそ、期待していいよな。
「──おい、お前たち!」
突然に、遠方から怒号が聞こえてきた。振り向いてみれば、校舎の一階奥側から顔を覗かせるガチ鬼がいた。
俺は慌てて彼女の腕を放した。
「予鈴が鳴ったのが聞こえなかったか! 教室に戻れ!」
「すぐ戻りまーす」
適当に返事をして、俺たちはそれぞれの校舎へと身体を向けた。
「じゃ。サエさん、また!」
「ええ。またね……イヴァン」
そのときの彼女の声は、とても穏やかだった。
あからさまにあの三人の女たちは、悪意を持った言いかたをしていた。まるで彼女を馬鹿にしたように、嘲るように、貶すように。
俺が困惑している間にも、彼女はどんどん廊下の奥へと歩いていってしまう。
待ってくれ。
自分の中に湧き出るモヤモヤした気持ちを、俺は無理やり封じ込めようとした。胸を抑え、必死に彼女の後を追った。
電気がひとつも点いていない廊下を無言で進んでいく。突き当たりまで差し掛かったところで、彼女は階段を下っていった。歩く速度が速くて、追いつくのが大変だ。
やがて一階に着くと、目の前に古い扉があった。鍵はかかっておらず、彼女はそっとドアノブを回す。
すると扉の向こう側に、見覚えのある風景が広がった。
食堂の入り口だ。すぐ隣には、一台の自販機と二人がけの古いベンチ。
そこは……
間違いない。以前、放課後に彼女と話した場所だ。
扉の向こうへ出てみれば、登校してきたときに比べて雨がより一層強くなっていた。でも、屋根が頭上を守ってくれているので濡れることはない。
彼女はおもむろにベンチに腰かけた。
「どういうつもりなの」
鋭い目つきで、彼女は俺を見上げる。
妙な緊張感が走った。雨音にも負ける声量で、俺は弱々しく口を開いた。
「昨日、メッセージをくれなかったじゃないか」
「……は?」
「ちゃんとサエさんが家に帰れたのか心配だった。だから、クラスまで行ってひと目でいいから顔を見ようと」
「あなたって意外に心配性なのね。それとも、実はストーカー気質とか?」
「はっ? そんなわけ!」
「冗談。メッセージひとつでそこまで気にするとは思わなかったの。送り忘れてごめんね」
彼女は肩をすくめ、浮かない表情になる。
「でもね、もう教室には来ないでほしいの」
「えっ」
「あなたと関わっているところを他の子たちに見られたら、どう思われるか。この前も言ったでしょう? 面倒事は避けたいって」
「……面倒事」
ついさっき、二年の女子たちが陰口のようなものをひっそりと話していた光景を思い出す。
こんなこと訊いてもいいのかわからなかった。でも、勝手に口が動いてしまうんだ。
「サエさん。大丈夫か……?」
俺の問いかけに対して、彼女は表情を無にした。
「大丈夫って? なにが?」
「いや。その。なんか、トラブってるのかなって」
はっきりとは言えなかった。
どうしても無理だ。「同級生たちが、サエさんの陰口を言っているのが聞こえてしまった」。こんな無神経な台詞、口にできるわけがない。
彼女は眉を潜めた。
「まさか、クラスの子たちがなにかぐちぐち言ってるの、聞いちゃった?」
当然のように、彼女はそう言った。
どう答えていいものかわからず、俺は狼狽える。
ため息を吐き、彼女は呆れたような口調になった。
「平気よ。女子の間でよくあるいざこざみたいなものだから。いちいち気にしてたらやっていけないわよ」
「え……」
「男子のあなたには理解しがたいかもしれないけどね? 女の世界って、ちょっと複雑で面倒なのよ」
だから、全然平気。彼女はそう言って、クスッと笑った。
──そういうもの、なのか。それじゃあ、心配しなくてもいいんだよな?
頭の中でよぎる嫌な予感を打ち消そうとするのに俺は必死だった。
「ひとつ訊かせて。どうして私なんかと関わろうとするの?」
「えっ、なんでって?」
なんだよ、今さら。理由ならわかってるだろ?
俺は勢いあまって彼女の隣に座った。顔を覗き込むと、目を伏せられてしまう。
──ちゃんと伝えてやるよ。俺の気持ちを。
「サエさんはいい人だ。マニーカフェでも身だしなみチェックの日にも助けてくれた。それに、俺のことを理解してくれてるだろ。だから仲良くしたいんだよ」
「いや……だから。それは」
彼女は口ごもってしまう。
構わずに、俺はじっと彼女を見つめ続ける。ノーとは言わせないように、無言の圧をかけてやった。
「もう……あなたって人は」
彼女は困ったような顔をして、ぎこちなく頷いてくれた。
「好きにして」
「お! やっと認めてくれた!」
「私と親しくしても楽しいことなんてないのに」
「とんだ勘違いだな。楽しいかどうかを決めるのはサエさんじゃなくて俺だよ」
「……はいはい」
彼女は俺に向かって、しっしと手を払った。
なんだ、あしらわれてないか。俺。
ちょっと文句でも言ってやろうとしたところで、朝の予鈴が鳴ってしまった。
「戻らなきゃ」
焦ったように、彼女はベンチから立ち上がる。
──彼女と一緒にいる時間はどうしてこうも早く終わってしまうのだろう。名残惜しさのあまり、俺はさっと片手を彼女に差し出した。
「サエさん」
勢いのまま彼女の腕に触れ、そっと握りしめた。
驚いたようにこちらを振り向く彼女。どことなく、頬がうっすらと桃色に染まっているんだ。
「待ってるから」
「え?」
「今度はちゃんと連絡してほしい。サエさんともっと親しくなりたいのは、俺の本心だから」
「……」
束の間、彼女は口を閉ざす。
屋根の上から、ザーザーという大きな雨音だけが鳴り響いた。
数秒経つと、彼女は再び前に目線を戻し、小さく口を開いた。
「わかった。放課後になったら連絡する」
腕から伝わってくる彼女のぬくもりが、ほんの少しだけ上がったように感じる。
今後こそ、期待していいよな。
「──おい、お前たち!」
突然に、遠方から怒号が聞こえてきた。振り向いてみれば、校舎の一階奥側から顔を覗かせるガチ鬼がいた。
俺は慌てて彼女の腕を放した。
「予鈴が鳴ったのが聞こえなかったか! 教室に戻れ!」
「すぐ戻りまーす」
適当に返事をして、俺たちはそれぞれの校舎へと身体を向けた。
「じゃ。サエさん、また!」
「ええ。またね……イヴァン」
そのときの彼女の声は、とても穏やかだった。
1
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる