【完結】君と国境を越えて

朱村びすりん

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第三章

パンダの絵文字

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 昨晩、彼女からメッセージが届いた。彼女のアイコンは、綺麗な青い薔薇の写真で、俺はそれを見て思わず頬が緩んだ。
 薔薇の花か。彼女にすごく似合っている。

 俺は自室のベッドで横になりながら、初めて彼女からのメッセージ受信に心がわくわくした。心臓が早鐘を打って忙しない。

 だがメッセージを開いた瞬間、俺はたちまち困惑させられてしまう。

「……パンダ?」

 画面には、たったひとつ「パンダの絵文字」だけが表示された。スタンプでも画像でもなんでもない。本当にただのパンダの絵文字だけ。
 彼女がクールな性格というのは知っていた。でもまさか、メッセージでもこんなに淡泊だなんて。

 なめんなよ。こんな風にあしらわれたって俺はめげないぜ。

 俺は返信せずに、通話ボタンをタップした。規則正しい呼び出し音が数回鳴った後、電話の向こうから冷めた声が聞こえてくる。

『……もしもし?』

 面と向かって聞くときと、電話口とでは彼女の声の印象が違う。自分からコールしておいてなんだが、ちょっと緊張してしまう。

『ちょうど勉強しようと思ってたんだけど』

 呆れたような彼女のため息が聞こえてきた。
 まずい、機嫌を損ねてしまったか。俺はベッドの上で胡坐をかき、一人頭を下げる。

「邪魔してごめん」
『なにか用?』
「ええっと。用事は……とくにないんだけど」
『はぁ? だったら切るわよ』
「いや、ちょっと待て!」
『用はないんでしょ』
「でもちょっとだけ! メッセージありがとう。あのー、連絡先教えてくれたのは嬉しいんだけどさ、なんでパンダなんだ?」
『なんでって? 可愛いでしょ』
「あまりにも適当だなって」
『失礼ね。パンダを貶しているつもり?』
「そんなつもりは毛頭ありません! パンダは可愛いです!」

 おいおい……なんだよ、この会話。こんな話をするために電話したわけじゃないんだが。と言っても、最初から用がないのは変わりない。

 背中から変な汗が滲んでくる。
 意味のないやり取りをしていると、彼女は電話越しでぽつりとこう呟くんだ。

『ごめんなさいね……わからないのよ』
「えっ。わからないって?」
『私、誰かにメッセージを送ることなんて滅多にないから。どう送ったらいいか悩んじゃったの』
「……それで、悩んだあげくにあのパンダってわけか」

 遠慮のない俺の言葉に、彼女は『悪かったわね』と声を荒げた。顔が見えなくてもご立腹な表情がうかがえる。

『私の連絡先を知ったところでこんなものよ。つまらない女なの。残念でした』

 彼女は鼻で笑い、寂しそうな口調でそう言った。
 
 出たよ。彼女の、自分を下げるような言いかた。つまらないかどうかは、彼女自信が決めることじゃないと俺は伝えたはずだろ。

「サエさんは、つまんない人なんかじゃないからな」
『……え?』
「こうやって電話できて、俺は嬉しいし楽しい。サエさんがパンダ好きなのも知れたしな」

 俺の素直な気持ちに対して、彼女はなにも言わない。なんとなく戸惑っているような空気が感じられた。

「それにしても、相変わらず勉強頑張ってるんだな。サエさんってやっぱり超真面目」
『別に。義務でやってるようなものよ』
「大学に行くためなんだろ? でも、無理しないでたまには息抜きも必要じゃないかな。休みの日に遊びにいったりしないのか?」
『全くしないわね。土曜日は塾があるし、休日もほぼ自習してるし』
「ええっ。俺だったら確実に頭パンクする。もしサエさんがリフレッシュしたくなったら、俺が付き合うよ。二人でどこかへ出掛けよう」

 ──そこまで話したところで、急に顔が熱くなった。 

 はっきり言って、彼女と初めての通話で俺は完全に浮ついている。
 その勢いと流れでデートに誘ってるみたいになってしまった。

 リュウジさんに言われたのに。彼女に近づくな、と。俺は完璧に彼の忠告を無視している。

 とは言っても、どうせ断られるに決まってるんだ。彼女は勉強で忙しい。だからデートをする暇なんてない。そもそも、俺とどこかへ出かける義理なんてないと思われていそうだ。

 考えていたら、すごく虚しくなってきた。口から滑り出た誘い文句を、俺はすぐさま取り消そうとした。

 だが──電話口で微かに聞こえてきたんだ。彼女の、笑い声が。
 優しい笑みを浮かべているのが伝わってくる。

『いいわよ』
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