【完結】Good Friends

朱村びすりん

文字の大きさ
12 / 56
第一章:金色の神様

12

しおりを挟む




 目覚めると,すでに母が仕事から帰っていた。
 今日も母と二人きりで食事をする。テーブルの上には,シカの肉を使った料理がずらり。特製スープとシカの焼肉は,スウェンの好物だった。
 静かな部屋で食事を取り,会話をし,笑い合った。スウェンにとってこれが一家団欒の時だった。
 当たり前のように過ごすこの時間。それが明日も,明後日も続く。そのはずなのに,なぜか先ほどジャックと話したことが頭から離れない。
「スウェン。お前がいつもいい肉を取ってきてくれるから本当に助かってるよ。お店で買うより,息子が狩ってくるもののほうが断然いいからね――」
 母はいつもそう言ってくれる。それがどういう意味なのか,スウェンは知っていた。
「なぁ……母さん。聞きたいことがあるんだ」
「何?」
 スウェンは口ごもった。なぜ,こんな話をしようと思ったのか――。
「もし俺がいなくなったら……どうする?」
「――え?」
「もし俺が,明日にでもどこかへ旅立ったら,母さんはどう思う」
 母はとても驚いた顏をした。
 しばしの沈黙。
 うつむき,しばらくして母は口を開いた。
「……エドガー・シュタイナー」
「!」
 スウェンは自分の耳を疑った。
――なぜ,母がその人の名を?
「母さん……どうして」
「……やっぱり。スウェン,知ってしまったんだね」
「?」
「こんなに急だとはねぇ,……こういう日がいつか来るだろうとは思ったよ。スウェン,お前は明日にでもこの家を出ていこうとしてるんだろ?」
「なに? そ,そんなことは……」
 なぜかその時,ジャックの顔が頭に浮かんだ。音を立てながらスウェンはスープを飲み干した。
「分かっているよ,I・Bのことが知りたいんだろう。……それで旅に出ようと考えたんだね」
「ち,違うって。別に俺はそんなつもりない」
「いいよ,母さんにはお見通しだ。
本当は全部,知っていたよ。エドガー・シュタイナーは唯一,I・Bの手掛かりとなる人物。そうだろう?」
「……!」
 スウェンは目を見開いた。
 視線を下に落としたまま,母は目を合わせようとしなかった。久しく,こんな母に怒りを覚えた。
「酷い……俺はずっと悩んでたんだ。なのにどうして,今までそのことを黙ってたんだ!」
「ス,スウェン。怒らないで。悪気があったわけじゃないんだよ。ただ母さんは少しでも長く,お前に家にいてほしくて」
「……そんな理由かよ」
 裏切られた気分である。
――自分の悩みを,母は理解してくれているんだとばかり思っていたのに。
 子離れできないからと言って,言うべきことを話してくれないとは。
 スウェンは母を睨む。食が全く進んでいないようだった。
 スウェンは席を立ち,皿を片付けた。
「もういい。明日,家を出ていくよ。
支度するから,部屋には一切来ないでくれ。おやすみ」
 哀しそうな顏をして,母は何も言わなかった。
 部屋に戻り,スウェンはそのままベッドに寝転がるのだった。



――翌朝。
 スウェンは早朝に起床し,いつもと同じ服を着て,とりあえず鎌を持った。結局,昨晩は何の準備もせずに眠ってしまったのである。
 出発前に,自分の部屋を振り返った。生活感のない寂しい所だが,何かと思い出はたくさんあるものだ。
 勢いで旅立つことになったのだが,よく考えるとここには長らく帰ってこなくなる気がした。それはそれで何だか切ない。
 前を向き,スウェンは家の外に出た。
 すると,家の前で母が洗濯物を干す姿を目にする。非常に天気が良い日だ。
「母さん」
 声を掛けると,母はこちらを見た。
「スウェン……」
 昨日のこともあり,母とどう話をしていいか分からないでいた。スウェンは無理に笑顔を作り,空の果てにある朝日を見つめる。

――このまま行ってしまおうか。

 スウェンは歩き始めた。すると,
「待ちなさい!」
「えっ」
「お前は親に挨拶もしないで行くつもりなのかい」
 怒ったような口ぶりだったが,母の表情は笑っていた。スウェンは立ち止まる。
「ごめん……。行ってくるよ,母さん」
「いいんだ。必ず悩みを解決してから帰ってくるんだよ。
……行ってらっしゃい」
 スウェンは大きく頷いた。そして,生まれ育った家を一度も振り返らずに,スウェンは離れていった。
(行ってきます)
 心の中でもう一度だけ,母に挨拶をした。

 歩く道のひとつひとつを,スウェンはじっくり眺める。
いつもは何となく目に映っていた町の背景は,こうして見ているとたくさんの出来事を思い出す。
――途中,マイケルの家の前を通った。
 庭を覗いてみると,そこには寝癖のひどいマイケルがいた。まだ寝起きのようである。片手だけを使い,何やら木刀で素振りをしているようだ。左腕にはしっかりと包帯が巻かれている。大事には至らなかった様子なので,スウェンはホッとした。
 そこを通り過ぎ,しばらく歩き続ける。
 I・Bの謎を解くための旅。これから新しい出会いや見たこともない外の世界,様々なことが待ち受けているのだろう。そう思うと,自然と心がわくわくした。
「――ジャック!」
 やっと森林前にたどり着く。すでにそこでジャックが待っていた。
 彼の容姿は,スウェンと違って旅人らしい。大きい鞄を背負い,しっかり準備をしていた。しまった,スウェンは密かに思う。
 しかしジャックは気にした様子もせず,
ニコッと笑った。
「おお,スウェン! おはよう。お前,やっぱり来てくれたな!」
「まあ,な……」

――スウェンはもう一度,後ろを振り向いた。
 二十一年間ずっとこの町で過ごしてきたけれど,本格的に外の世界に足を踏み入れようとしたことなどなかった。

今後,いつ戻ってくるか分からないのだ。

 苦い思い出や最高の思い出もくれた,パウダントシティ。スウェンは心の中で,大きく「行ってきます」と叫んだ。

「スウェン! なにボーッとしてんだ」
「ああ,悪い。
――よし。行こうか」

 こうして二人の旅は,始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...