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第一章:金色の神様
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目覚めると,すでに母が仕事から帰っていた。
今日も母と二人きりで食事をする。テーブルの上には,シカの肉を使った料理がずらり。特製スープとシカの焼肉は,スウェンの好物だった。
静かな部屋で食事を取り,会話をし,笑い合った。スウェンにとってこれが一家団欒の時だった。
当たり前のように過ごすこの時間。それが明日も,明後日も続く。そのはずなのに,なぜか先ほどジャックと話したことが頭から離れない。
「スウェン。お前がいつもいい肉を取ってきてくれるから本当に助かってるよ。お店で買うより,息子が狩ってくるもののほうが断然いいからね――」
母はいつもそう言ってくれる。それがどういう意味なのか,スウェンは知っていた。
「なぁ……母さん。聞きたいことがあるんだ」
「何?」
スウェンは口ごもった。なぜ,こんな話をしようと思ったのか――。
「もし俺がいなくなったら……どうする?」
「――え?」
「もし俺が,明日にでもどこかへ旅立ったら,母さんはどう思う」
母はとても驚いた顏をした。
しばしの沈黙。
うつむき,しばらくして母は口を開いた。
「……エドガー・シュタイナー」
「!」
スウェンは自分の耳を疑った。
――なぜ,母がその人の名を?
「母さん……どうして」
「……やっぱり。スウェン,知ってしまったんだね」
「?」
「こんなに急だとはねぇ,……こういう日がいつか来るだろうとは思ったよ。スウェン,お前は明日にでもこの家を出ていこうとしてるんだろ?」
「なに? そ,そんなことは……」
なぜかその時,ジャックの顔が頭に浮かんだ。音を立てながらスウェンはスープを飲み干した。
「分かっているよ,I・Bのことが知りたいんだろう。……それで旅に出ようと考えたんだね」
「ち,違うって。別に俺はそんなつもりない」
「いいよ,母さんにはお見通しだ。
本当は全部,知っていたよ。エドガー・シュタイナーは唯一,I・Bの手掛かりとなる人物。そうだろう?」
「……!」
スウェンは目を見開いた。
視線を下に落としたまま,母は目を合わせようとしなかった。久しく,こんな母に怒りを覚えた。
「酷い……俺はずっと悩んでたんだ。なのにどうして,今までそのことを黙ってたんだ!」
「ス,スウェン。怒らないで。悪気があったわけじゃないんだよ。ただ母さんは少しでも長く,お前に家にいてほしくて」
「……そんな理由かよ」
裏切られた気分である。
――自分の悩みを,母は理解してくれているんだとばかり思っていたのに。
子離れできないからと言って,言うべきことを話してくれないとは。
スウェンは母を睨む。食が全く進んでいないようだった。
スウェンは席を立ち,皿を片付けた。
「もういい。明日,家を出ていくよ。
支度するから,部屋には一切来ないでくれ。おやすみ」
哀しそうな顏をして,母は何も言わなかった。
部屋に戻り,スウェンはそのままベッドに寝転がるのだった。
――翌朝。
スウェンは早朝に起床し,いつもと同じ服を着て,とりあえず鎌を持った。結局,昨晩は何の準備もせずに眠ってしまったのである。
出発前に,自分の部屋を振り返った。生活感のない寂しい所だが,何かと思い出はたくさんあるものだ。
勢いで旅立つことになったのだが,よく考えるとここには長らく帰ってこなくなる気がした。それはそれで何だか切ない。
前を向き,スウェンは家の外に出た。
すると,家の前で母が洗濯物を干す姿を目にする。非常に天気が良い日だ。
「母さん」
声を掛けると,母はこちらを見た。
「スウェン……」
昨日のこともあり,母とどう話をしていいか分からないでいた。スウェンは無理に笑顔を作り,空の果てにある朝日を見つめる。
――このまま行ってしまおうか。
スウェンは歩き始めた。すると,
「待ちなさい!」
「えっ」
「お前は親に挨拶もしないで行くつもりなのかい」
怒ったような口ぶりだったが,母の表情は笑っていた。スウェンは立ち止まる。
「ごめん……。行ってくるよ,母さん」
「いいんだ。必ず悩みを解決してから帰ってくるんだよ。
……行ってらっしゃい」
スウェンは大きく頷いた。そして,生まれ育った家を一度も振り返らずに,スウェンは離れていった。
(行ってきます)
心の中でもう一度だけ,母に挨拶をした。
歩く道のひとつひとつを,スウェンはじっくり眺める。
いつもは何となく目に映っていた町の背景は,こうして見ているとたくさんの出来事を思い出す。
――途中,マイケルの家の前を通った。
庭を覗いてみると,そこには寝癖のひどいマイケルがいた。まだ寝起きのようである。片手だけを使い,何やら木刀で素振りをしているようだ。左腕にはしっかりと包帯が巻かれている。大事には至らなかった様子なので,スウェンはホッとした。
そこを通り過ぎ,しばらく歩き続ける。
I・Bの謎を解くための旅。これから新しい出会いや見たこともない外の世界,様々なことが待ち受けているのだろう。そう思うと,自然と心がわくわくした。
「――ジャック!」
やっと森林前にたどり着く。すでにそこでジャックが待っていた。
彼の容姿は,スウェンと違って旅人らしい。大きい鞄を背負い,しっかり準備をしていた。しまった,スウェンは密かに思う。
しかしジャックは気にした様子もせず,
ニコッと笑った。
「おお,スウェン! おはよう。お前,やっぱり来てくれたな!」
「まあ,な……」
――スウェンはもう一度,後ろを振り向いた。
二十一年間ずっとこの町で過ごしてきたけれど,本格的に外の世界に足を踏み入れようとしたことなどなかった。
今後,いつ戻ってくるか分からないのだ。
苦い思い出や最高の思い出もくれた,パウダントシティ。スウェンは心の中で,大きく「行ってきます」と叫んだ。
「スウェン! なにボーッとしてんだ」
「ああ,悪い。
――よし。行こうか」
こうして二人の旅は,始まった。
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