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第二章:出会い
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女の両親は,殺された――。
混乱した中で彼女は必死に逃げていた。
もうどのくらい時が過ぎただろうか。暗い森の奥まで来てしまった。もう村には戻ることは,できないだろう。
悪名高き“賊”――。
奴らは地響きを鳴らしながら,どこまでも追いかけてくる。五人はいるだろう。
そんな人数で,女一人を襲う意味が分からない。女は,バッグの中にある短剣を取り出そうともしたが,戦えるわけがなかった。
このまま殺されてしまうのだろうか……。
この上ない恐怖に包まれた。
(もう,限界……)
倒れそうになる直前,何やら二人の人間の姿が目に入った。だがすぐに目の前が真っ黒に――。
全身の力が抜けて彼女は地面に倒れていった。
※
「誰だ,この人」
突然のことだったので,スウェンは非常に困惑していた。
「誰だっていいよ。それよかスウェン! か弱そうな女の子が襲われてんだ。こりゃ助けてやるしかねぇよな!」
ジャックが張り切りながら言った。
見ず知らずのそのか弱そうな女の子は,スウェンの前で気を失っている。
――女を襲っていた賊どもは鉄製のハンマーを手に持ち,スウェンたちを睨みつけていた。服はボロい布を身に纏っただけのような,汚らわしい物だった。
「なんだ貴様ら」
一人の男がしゃがれた声で言った。
薄い白髪を肩まで伸ばし,歯がほとんど抜け落ちている。年は七十歳くらいか。
右目がなく,完全にそちらの瞼は閉まっている。
スウェンは息を飲んだ。初めて見る賊に対し,多少の恐れがあった。
しかし,ジャックはというと少しも怖がっている様子は見せず,その片目の男に言うのだ。
「オレの名は,ジャック・マーティン!」
「……あっ? 貴様の名前なんてどうでもいい! その女の知り合いなのか?」
「ふむ……そうか。まぁ別に,お嬢さんとはお知り合いでも顔見知りでもないんだなぁ」
随分,余裕のある態度であった。慣れた手つきでジャックは矢筒にある矢を一本取り出し,さりげなくそれを弓で構える。
冷静でいられるジャックは,何だかいつもと違って凄い人に見えた。
「その女をよこしな」
目無しは言った。
スウェンは賊たちを睨みつけ,気絶している女の前に立ち塞がる。
「できないな。他人だとしても,放っておけないからな。あんたら,この人をどうするつもりなんだ」
「け。正義ぶってんのか! そいつをどうしようと,オレたちの勝手だ」
賊のその言葉を聞いて,スウェンは胸がむかむかしてきた。いつもより鎌の柄を握る手の力が自然と強くなる。
うだうだそんな会話をしていると,またもや一人の男が前に出てきた。五人の中で一番若く見える。
「ボビー」
男はそう呼ばれた。センスのいいサングラスを掛け,牛みたいに鼻にピアスをひとつ付けている。
禿げた頭の左上あたりに,大きな切傷があった。
機嫌を悪そうにして,ボビーが言った。
「おい,ルーカス。こんな所で時間を無駄にするな。邪魔者はさっさと殺してしまえばいい」
「くくく。そうだったな」
ルーカスと言われた片目男は,不気味に笑った。賊どもは一斉に武器を振り回しはじめ,こちらを睨んでくる。眼そのものが殺人鬼であった。
人数的にはスウェンたちが不利であった。
――ここでやられるわけにはいかない。
狩りをするときのように戦おうと,スウェンは思った。
しかし相手は賊でも,れっきとした人間なのだ。殺すのではなく,加減して気絶させてしまおうとスウェンは考えた。
「死ねっ!」
一斉に賊たちはこちらに突進してきた。スウェンは二人の男に狙いを定め,鎌を構える。――だが。
突然に視界から,その男たちの姿が消えた。どすどす,という妙な音が耳の中を通過した。
何が起きたのか。
すぐに理解した。
「……うあっ!!」
腰を抜かしそうになるほど,スウェンは仰天した。
たった今,動いていたはずの二人の人間が,目の前で倒れていた。
目が死んでいる。
死んでいる……。
しかも,スウェンは見てしまった。その死体の胸に一本ずつ,矢が刺さっているのを。
――ジャックのものであった。
混乱した中で彼女は必死に逃げていた。
もうどのくらい時が過ぎただろうか。暗い森の奥まで来てしまった。もう村には戻ることは,できないだろう。
悪名高き“賊”――。
奴らは地響きを鳴らしながら,どこまでも追いかけてくる。五人はいるだろう。
そんな人数で,女一人を襲う意味が分からない。女は,バッグの中にある短剣を取り出そうともしたが,戦えるわけがなかった。
このまま殺されてしまうのだろうか……。
この上ない恐怖に包まれた。
(もう,限界……)
倒れそうになる直前,何やら二人の人間の姿が目に入った。だがすぐに目の前が真っ黒に――。
全身の力が抜けて彼女は地面に倒れていった。
※
「誰だ,この人」
突然のことだったので,スウェンは非常に困惑していた。
「誰だっていいよ。それよかスウェン! か弱そうな女の子が襲われてんだ。こりゃ助けてやるしかねぇよな!」
ジャックが張り切りながら言った。
見ず知らずのそのか弱そうな女の子は,スウェンの前で気を失っている。
――女を襲っていた賊どもは鉄製のハンマーを手に持ち,スウェンたちを睨みつけていた。服はボロい布を身に纏っただけのような,汚らわしい物だった。
「なんだ貴様ら」
一人の男がしゃがれた声で言った。
薄い白髪を肩まで伸ばし,歯がほとんど抜け落ちている。年は七十歳くらいか。
右目がなく,完全にそちらの瞼は閉まっている。
スウェンは息を飲んだ。初めて見る賊に対し,多少の恐れがあった。
しかし,ジャックはというと少しも怖がっている様子は見せず,その片目の男に言うのだ。
「オレの名は,ジャック・マーティン!」
「……あっ? 貴様の名前なんてどうでもいい! その女の知り合いなのか?」
「ふむ……そうか。まぁ別に,お嬢さんとはお知り合いでも顔見知りでもないんだなぁ」
随分,余裕のある態度であった。慣れた手つきでジャックは矢筒にある矢を一本取り出し,さりげなくそれを弓で構える。
冷静でいられるジャックは,何だかいつもと違って凄い人に見えた。
「その女をよこしな」
目無しは言った。
スウェンは賊たちを睨みつけ,気絶している女の前に立ち塞がる。
「できないな。他人だとしても,放っておけないからな。あんたら,この人をどうするつもりなんだ」
「け。正義ぶってんのか! そいつをどうしようと,オレたちの勝手だ」
賊のその言葉を聞いて,スウェンは胸がむかむかしてきた。いつもより鎌の柄を握る手の力が自然と強くなる。
うだうだそんな会話をしていると,またもや一人の男が前に出てきた。五人の中で一番若く見える。
「ボビー」
男はそう呼ばれた。センスのいいサングラスを掛け,牛みたいに鼻にピアスをひとつ付けている。
禿げた頭の左上あたりに,大きな切傷があった。
機嫌を悪そうにして,ボビーが言った。
「おい,ルーカス。こんな所で時間を無駄にするな。邪魔者はさっさと殺してしまえばいい」
「くくく。そうだったな」
ルーカスと言われた片目男は,不気味に笑った。賊どもは一斉に武器を振り回しはじめ,こちらを睨んでくる。眼そのものが殺人鬼であった。
人数的にはスウェンたちが不利であった。
――ここでやられるわけにはいかない。
狩りをするときのように戦おうと,スウェンは思った。
しかし相手は賊でも,れっきとした人間なのだ。殺すのではなく,加減して気絶させてしまおうとスウェンは考えた。
「死ねっ!」
一斉に賊たちはこちらに突進してきた。スウェンは二人の男に狙いを定め,鎌を構える。――だが。
突然に視界から,その男たちの姿が消えた。どすどす,という妙な音が耳の中を通過した。
何が起きたのか。
すぐに理解した。
「……うあっ!!」
腰を抜かしそうになるほど,スウェンは仰天した。
たった今,動いていたはずの二人の人間が,目の前で倒れていた。
目が死んでいる。
死んでいる……。
しかも,スウェンは見てしまった。その死体の胸に一本ずつ,矢が刺さっているのを。
――ジャックのものであった。
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