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第四章:八年間の友情
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「ジャッシー様,少しお休みになられたらいかがですか」
「ああティファニーか……。昨日のことが頭に離れなくてな。……この8年間,私は彼に良き事は何一つしてあげられなかった。親友としてではなく,王子としての自分をいつも優先していた」
ジャッシーは昨晩から一睡もせず,自分の寝室に籠りきりだ。もう昼過ぎになる。
窓の外を眺め,親友だった彼のことをずっと想っていた。
長髪を一つに結び,額にはギラギラ輝くダイアの飾り。着心地が最悪な金に光るド派手の服装。こんな姿の自分を見たら,彼はどんな風に思うだろう。
「そんなにご自身を責めることはありませんわ。貴方はお国の為に,正しい行いをしたのですから」
「……果たしてそうだろうか」
姫の優しさが,ひしひしと伝わってきた。
国のためとはいえ,一人の人間を――たった一人の親友を騙し,心に傷を負わせてしまった。最初から大嘘をつき,それからスウェンという人間と親友になってしまって。
「真実」はこれまで何一つとして話してやれなかった。当然の報いなのかもしれない。
それでも,彼のことを忘れられそうにもない。
本当は誰にでも優しくて,いつの日か己の弱さを人に見せなくなった,強い青年。母親思いで,下手をすればマザーコンプレックスにも見えた。短気で,よく彼に怒鳴られたりもしたが,そんな欠点も含めてスウェンの人柄は良いのだ。
何よりも感動したのは,やはり彼の歩む人生。幼い頃,近所に住むマイケルたちにイジメられていたのにも関わらず,彼等の命を救ったことがあった。正義感もあり,たまにとんでもないことをする青年である。
自分にはない良さが,彼にはしっかりとあった。
ジャッシーは,姫の暖かい手をギュッと握った。
「失いたくない大切なものを,私は無くした。国のために貢献すらできず,結局残ったのは哀しみだけ。……今,戦争を起こしてみろ。王国は確実に撲滅させられる」
「……ジャッシー様」
姫は眉を八の字にしながら,ジャッシーをベッドに座らせ,胸元をそっと撫でてきた。
「今回の計画は無念な結果になってしまいましたが……きっと,また名案が浮かびます」
「そうだといいが……」
薄暗い部屋の中で,二人は静かに濃厚な口付けを交した。少しでも癒されればそれで良かった。
だが,頭の中ではしつこくスウェンの顔が浮かんでいる。最終的にこうなるのならば,いっそ王子として生まれてこなければ,とさえ思う。
願いが叶うのならば,誰にも邪魔をされない二人の世界へ行きたい。戦争などとは一切無縁の,平和に満ちた町で彼と共にまた暮らしていきたい。
願わくば,スウェンと過ごしてきたあの日々を返してほしい。神はこの望みを,聞き入れてくれるのだろうか。
――「ジャッシー様,いらっしゃいますか」
誰かが部屋の扉をノックした。
夢を見ている暇など無かった。
ジャッシーは立ち上がり,扉の前に立つ。重いドアノブをぐるっと回した。
「失礼致します」
「……ブライアンか。どうした」
「国王様が,お呼びです。北側の庭園にお越しください」
「父上が……。昨日の失敗を,さぞかしお怒りになられているのではないか」
「国王様は――」と,ブライアンはそこまでで口を閉じ,目線を落とした。
「……いえ。わたくしの口からでは,過ぎたことは言えません。何卒,国王様の所へ」
「そうだな……」
やむを得ない。今はあまり父上とは話す気分でないが,我が儘を言っていられないのだ。
二人に礼を交してから部屋を出て,庭園まで足を運ぶ。
「――父上」
そこで父上は,野鳥たちに餌を与えていた。ジャッシーがゆっくりと近付くと手を止め,こちらを顧みた。
「この,大馬鹿者!」
会うなり怒鳴られ,ジャッシーは思わず後退りしてしまった。
「も,申し訳ありません……計画が失敗に終わってしまって。言い訳は致しません。しかし,私は精一杯……」
「何を言っておる。そんな事ではない」
「えっ」
ジャッシーは首を傾げる。他に心当たりがないからだ。
父上は身に纏っていた黄白のマントの内側から,深緑色の弓を取り出した。何とそれは,自分が“ジャック”だった時持ち歩いていた弓であった。
「なぜ,それを」
「部下が道端に落ちていたのを,拾って届けてきたのだ。お前はこれを,廃棄しようとしていたのだろう」
「そうです。……それが何か」
「儂はそれが許せんのだ! これは非常に価値がある物だぞ」
「…………」
「しかし,その意味を間違えないで考えてほしい」
くちばしで餌をつついていた小鳥たちは,急に空へ舞い上がっていった。ジャッシーはじっと,その様子を見届けた。
「たとえこの弓が古物で折れ曲がっていようと,儂は処分することを許さん。……お前は友との思い出が詰まった物までを,無くそうとしていたのだ」
「……!」
「話は部下から全て聞いた。失敗はたしかにあってはならぬ事。だがな,それよりも儂は,お前の心持ちにガッカリした」
「どういう事ですか?」
「真の友情はどんなことがあっても滅びぬ。お前がよく分かっているはずだ。落ち込むのではない。待つのだ,友を。友が帰ってくることだけを,考えていれば良い」
「待つ……こと」
親友が戻ってきてくれる事など,ジャッシーには考えられなかった。
――しかし,8年間,彼と過ごしてきて築き上げた関係は,そう簡単に崩れるものではない。実際,彼と一緒にいた日々を,ジャッシー自身も心から楽しんでいたからだ。
ジャッシーは父上から,弓を受け取った。その瞬間,彼と狩りをしていた時のことを思い出した。
落ち込んでいても,意味はない。彼を信じて,彼を待ち続けていたい。
強く,ジャッシーはそう思った。
国の為ではなく。ただ単に自分にとって大切なものを,またこの手の中に入れておきたいだけだ。
「三日だ。三日だけ,時間を与えよう。時が過ぎても友が帰らなければ,諦めよ。儂等のみで,帝国と戦うことになるが」
「……承知の上です」
内心,ジャッシーは恐怖心に包まれていた。万一,彼が帰らなかったら――
ジャッシーはこんな自分を恥じた。
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