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第四章:八年間の友情
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人で賑わう夜の飲み屋。大騒ぎしながら馬鹿笑いする客たちの中,カウンターでぽつんと座るスウェンがいた。
「お客さん,ちょっと飲みすぎだよ。旅人なんだろ? 二日酔いはまずいよ」
男らしい若い女の店主が,心配そうにスウェンに尋ねた。スウェンは五杯目になる酒を飲みほし,乱暴にボトルをカウンターに置いた。
「うるせえ! 旅なんてばかばかひい。もお一本もってこひ!」
「……呂律が回ってないじゃないか。何があったか知らないけど,酒に溺れるのはよくないよ」
そんな店主に苛立ち,スウェンは酔った勢いで立ち上がった。
「うだうだ言ってんぢゃねえ! 俺は客だ。酒だ。酒もってこひ!」
手を挙げて平手打をしようとした瞬間。
「――スウェン!!」
背後から,聞き覚えのある声がした。
振り向くとそこに,息を切らせてこちらを睨むエイダがいた。
「お前……なんでここに……」
「何でじゃないわよ! あなたのこと,ずっと捜し回ってたんだから! やっと見つけたと思ったらなに? こんな所でお酒飲んでるなんて――」
まるでうるさい母親のように,エイダはがみがみ言っていた。スウェンはそんな彼女の話,半分も聞いていられなかった。頭ががんがんしていた。
「うるせえ……黙れ……」
立っていることすら苦になり,スウェンはその場にしゃがみこんだ。
「あっ,スウェン!」
エイダも座り,スウェンの肩に手を置いた。
「お客さん……大丈夫かい? さっきから相当飲んでるんだよ」
「……そこのボトルの量を見たら分かります」
エイダは小さな声で,店主に言った。
スウェンは突然,虚しさに襲われた。蹲りながら,呟いた。
「なんでだよ……」
「え?」
エイダと店主が耳を傾けた。
「なんでだ……俺は,あいつを信じてたのに。王子? 国のため? 世界がまるで違うじゃねぇか……。ふざけんな……ふざけんなジャック……」
涙が出そうだったが,スウェンは堪えた。泣くのは心の中だけで十分だ――。
「スウェン……」
エイダが背中辺りをさすってきた。彼女に優しくしてもらうのは,初めてのことだった。
スウェンは,こんな自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「何だかよく分からないけど,相当参ってるね。お客さん,宿は取ってあるかい?」
「……生憎,私たちそんなお金なくて……」
「……そうかい」
二人の会話が,スウェンの耳の中に流れていく。何を話しているか,スウェンには分からなかった。
視界がボヤけていく――。
「じゃあ,この店の2階に,部屋があるから。寝床もあるし,お客さんたちに一晩貸してやるよ」
「……え? 本当に?」
「ああ。こっちのお客さんには,だいぶお酒飲んでもらったからね――。特別に。一部屋しかないけど,それでもいいなら」「助かります! ありがとうございます!」
エイダが嬉しそうに言った。そして,スウェンの耳元で囁いた。
「スウェン。店主さんが,部屋貸してくれるって。屋根の下で寝れるわよ。2階まで行こう?」
「……あー……」
頭痛が激しくて,返事もままならなかった。
「スウェン……しっかりしてよ」
彼女のその言葉を最後に,スウェンの瞼は閉ざされた――。
*
少し肌寒い春の夜。地面にはピンク色の桜が,積もっていた。
スウェンは,実家の前に立っていた。しかし,どこか,家の様子が違う気がした。
しばらくすると,家の中から髭を生やした男が出てきた。両腕の中には,一人の赤ん坊。大声で泣き叫んでいる。
しかし男は気にもしない様子で,自分のポケットの中に手を入れた。何かを探っているようだ。
そして,男が出したものは,何かの液体が入った小ビンであった。
それを見た瞬間,なぜかスウェンの心臓がドクンと唸った。
――何をしようとしてる?
スウェンがそう言葉を放とうとすると,どういうわけか口を動かすことができなかった。
その間に,男は辺りを見回していた。一瞬目が合った気もしたが,スウェンの存在に全く気づいていないようだった。
(どうなってるんだ……?)
そう思わずにはいられなかった。
「ははは……」
不気味に,男が笑った。
「この実験が成功すれば,生きてることが楽しくなるぜ……」
意味不明なことを言いながら,男は小ビンのふたを開けた。
赤ん坊の泣き声は,更に酷くなる。
「ついでに,世界もおれたちの物になるのだ」
と言いながら,腕の中の赤ん坊の頭を,急に片手で掴んだ。
――まだ首が据わっていない子を,あんな風に扱うなんて。
(まさか虐待か!)
そう思ってスウェンは止めに行こうとするが,体すら動いてくれなかった。何がなんだか,分からなかった――。
もう片方の手に持っていたビンの飲口を,無理矢理赤ん坊の口に当てた。
中の液体は,見る見る内に減っていく。
――赤ん坊に得体の知らない液体を飲ませるなど,この男は一体――?
「さあ……効果はあるか。おれを喜ばせてくれ」
男が言った直後,赤ん坊が急に激しい咳を始めた。涙がどんどん流れ,大量の尿も出していた。やがて咳は止まり,赤ん坊は全身の激しい痙攣を起こしはじめた。
――とても,恐ろしい光景だった。
「あぎやああぎやああぎやあ!!!!」
乳児とは思えない奇声を発し,スウェンの耳は痛くなるほどだった。
(な……なんなんだ!?)
見ていられなくなり,スウェンは目をそらした。
その瞬間,男が叫んだ。
「世界はおれたちの物だぞスウェン!!」
――え?
それから,スウェンの目の前は,真っ暗になった――。
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