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第五章:血の旅人
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やっとたどり着いた部屋は,密封された個室であった。まるで外の音も侵入させないような,静かすぎる場所。
「……エイダ!」
扉をしっかりと閉め,スウェンは思わず叫んだ。しかし,返事はない。
――顏を赤くし,苦しそうに呼吸をしながら眠るエイダの姿があった。
スウェンはそっと,彼女が眠る隣に座る。
何日も見ていなかったエイダの顏を,ようやく目に入れることができた。それなのに――,少しも安心することができなかった。
本当に本当に,辛そうな顏をしている。
なぜこんなことに。
スウェンは彼女の額に静かに触れた。顔面が,ありえないほど熱くなってしまっている。
(……お願いだ,エイダ。すぐに元気になると言ってくれ)
心の中だけで,スウェンは彼女に話しかけた。
エイダの,あの季節外れのニット帽がベッドの下に落ちていた。
おもむろにスウェンはそれを拾う。見るとそれには,何十本もの赤茶の髪の毛が付着していた。
……エイダの髪の毛だ。
また,泣きたくなってしまった。しかしスウェンは悲しみを必死に抑えた。一番辛いのは,エイダだと思ったからだ。
スウェンは,掛布団の中に手を入れてエイダの手を探った。もうすぐ夏になるというのに,エイダは相変わらず長袖を着ている。スウェンはギュッと彼女の手を握った。
「……え?」
スウェンは驚愕した。
エイダの手は,異常なほど冷たくなっていた。まるで氷のように――死人みたいだ。しかも,いくら強く握ってみても,彼女の指先は動かない。硬くなってしまっていた……。
スウェンは布団の中から彼女の腕を引っ張り出し,袖を恐る恐る捲ってみた。
「……! これは」
スウェンは堪らず,目を閉じた。現実を,疑おうと思った。とても,ショックで――。
その小さくて細い腕には,どす黒い斑点がいくつもいくつも出来ていた。肌は雪のように真っ白。
この腕で,よく剣を振れたものだ。こんなに弱々しい体で彼女が今までずっと旅を続けていたのだと思うと,スウェンは苦しくなった。
目を閉じたままうつむき,スウェンはエイダの笑顔を思い浮かべていた。
「……ス……ウェン……」
ハッとした。
かすれてハッキリしない今の声は,たしかに彼女のもの。スウェンは瞳を開けた。
「エイダ! ……起きたんだな」
「……ええ」
エイダの声は小さすぎた。それでも,よかった。
「大丈夫か,すごく心配したぞ。……この服は,腕を隠すために着てたんだな」
「――見た,のね。スウェンには,見てほしく,なかったな……」
悲しそうにそう言うエイダ。
スウェンには,聞けなかった。彼女の病気について,一言も。
暗い,雰囲気になってしまった。気まずい中で,スウェンはドーナツの存在を思い出した。
袋を開け,できる限りの笑顔でスウェンは言った。
「エイダ,さっき町でドーナツ買ってきたんだ。一緒に食べないか?」
「……ええ,そういえば……お腹が空いたわ。でも……いいの?」
「ああ。エイダのために買ってきたんだから」
スウェンがドーナツを見せると,エイダはかすかに笑った。
「本当に……スウェンはドーナツが好きなのね」
シュガードーナツを受けとると,彼女は「スウェンも食べるでしょ?」と嬉しそうに言った。スウェンは大きく頷いた。
エイダは寝た体を,ゆっくりと起こす。そんな彼女の背中を,スウェンは支えてあげた。
「ありがとう……スウェン。いただきます」
そして,エイダは口を小さく開けてドーナツを食べはじめた。そんな彼女を見ながら,スウェンはチョコレートドーナツを二口で平らげた。
次のものに手を出そうとしたとき,スウェンは動きを止めた。
「エイダ……?」
彼女は目を下に落としたまま,口を止めてしまっていたのだドーナツは,全くと言っていいほど減っていない。
「……食べれないの」
「え?」
「どうしよう……食べれないの……」
スウェンは,言葉に詰まる。どうすればいいのか,分からなかった。
大切な人がこんなに切ない顏をしているのに,スウェンは何もできなかった。
(エイダ……)
無言でスウェンは,彼女の肩に手をそっと置いた。
すると――
「あ……」
彼女の瞳から,ポロリと涙が流れた。慌ててエイダは自分の顏を手で拭う。
「やだ……私,どうして泣いてるの……」
言いつつも,涙はどんどん溢れ落ちる。
スウェンはそれを見て,急に胸が熱くなった。
「……エイダ!」
扉をしっかりと閉め,スウェンは思わず叫んだ。しかし,返事はない。
――顏を赤くし,苦しそうに呼吸をしながら眠るエイダの姿があった。
スウェンはそっと,彼女が眠る隣に座る。
何日も見ていなかったエイダの顏を,ようやく目に入れることができた。それなのに――,少しも安心することができなかった。
本当に本当に,辛そうな顏をしている。
なぜこんなことに。
スウェンは彼女の額に静かに触れた。顔面が,ありえないほど熱くなってしまっている。
(……お願いだ,エイダ。すぐに元気になると言ってくれ)
心の中だけで,スウェンは彼女に話しかけた。
エイダの,あの季節外れのニット帽がベッドの下に落ちていた。
おもむろにスウェンはそれを拾う。見るとそれには,何十本もの赤茶の髪の毛が付着していた。
……エイダの髪の毛だ。
また,泣きたくなってしまった。しかしスウェンは悲しみを必死に抑えた。一番辛いのは,エイダだと思ったからだ。
スウェンは,掛布団の中に手を入れてエイダの手を探った。もうすぐ夏になるというのに,エイダは相変わらず長袖を着ている。スウェンはギュッと彼女の手を握った。
「……え?」
スウェンは驚愕した。
エイダの手は,異常なほど冷たくなっていた。まるで氷のように――死人みたいだ。しかも,いくら強く握ってみても,彼女の指先は動かない。硬くなってしまっていた……。
スウェンは布団の中から彼女の腕を引っ張り出し,袖を恐る恐る捲ってみた。
「……! これは」
スウェンは堪らず,目を閉じた。現実を,疑おうと思った。とても,ショックで――。
その小さくて細い腕には,どす黒い斑点がいくつもいくつも出来ていた。肌は雪のように真っ白。
この腕で,よく剣を振れたものだ。こんなに弱々しい体で彼女が今までずっと旅を続けていたのだと思うと,スウェンは苦しくなった。
目を閉じたままうつむき,スウェンはエイダの笑顔を思い浮かべていた。
「……ス……ウェン……」
ハッとした。
かすれてハッキリしない今の声は,たしかに彼女のもの。スウェンは瞳を開けた。
「エイダ! ……起きたんだな」
「……ええ」
エイダの声は小さすぎた。それでも,よかった。
「大丈夫か,すごく心配したぞ。……この服は,腕を隠すために着てたんだな」
「――見た,のね。スウェンには,見てほしく,なかったな……」
悲しそうにそう言うエイダ。
スウェンには,聞けなかった。彼女の病気について,一言も。
暗い,雰囲気になってしまった。気まずい中で,スウェンはドーナツの存在を思い出した。
袋を開け,できる限りの笑顔でスウェンは言った。
「エイダ,さっき町でドーナツ買ってきたんだ。一緒に食べないか?」
「……ええ,そういえば……お腹が空いたわ。でも……いいの?」
「ああ。エイダのために買ってきたんだから」
スウェンがドーナツを見せると,エイダはかすかに笑った。
「本当に……スウェンはドーナツが好きなのね」
シュガードーナツを受けとると,彼女は「スウェンも食べるでしょ?」と嬉しそうに言った。スウェンは大きく頷いた。
エイダは寝た体を,ゆっくりと起こす。そんな彼女の背中を,スウェンは支えてあげた。
「ありがとう……スウェン。いただきます」
そして,エイダは口を小さく開けてドーナツを食べはじめた。そんな彼女を見ながら,スウェンはチョコレートドーナツを二口で平らげた。
次のものに手を出そうとしたとき,スウェンは動きを止めた。
「エイダ……?」
彼女は目を下に落としたまま,口を止めてしまっていたのだドーナツは,全くと言っていいほど減っていない。
「……食べれないの」
「え?」
「どうしよう……食べれないの……」
スウェンは,言葉に詰まる。どうすればいいのか,分からなかった。
大切な人がこんなに切ない顏をしているのに,スウェンは何もできなかった。
(エイダ……)
無言でスウェンは,彼女の肩に手をそっと置いた。
すると――
「あ……」
彼女の瞳から,ポロリと涙が流れた。慌ててエイダは自分の顏を手で拭う。
「やだ……私,どうして泣いてるの……」
言いつつも,涙はどんどん溢れ落ちる。
スウェンはそれを見て,急に胸が熱くなった。
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