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第五章:血の旅人
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「……悲しいからだろ」
「え……?」
「悲しいから,泣いているんだ」
彼女の滴を静かに拭き取り,スウェンは囁いた。
目を閉じ,子どもの頃好きだった詩をゆっくりと歌いだす。
「なつかしい道を歩いた
そこは 君がいた場所
誰もこの道を覚えていない
だけど 僕は知っている
そこで君が歩いていたことを……」
スウェンはエイダと共に歩いた,丘の上を思い出していた。この続きを歌おうとすると――,
「神様どうか 全ての人に生きる力を
今日 空を見上げた
そこは 君がいた場所」
彼女が,小さな声でその詩の続きを歌っていたのだ。スウェンは驚いた。
「エイダ……知っているのか」
すると,意外な言葉が返ってきた。
「知ってるもなにも。『君がいた場所』は,私のお母さんが創った詩よ」
「え……!?」
彼女は流れる涙を止めて,こちらを見つめていた。
――エイダのお母さんが,創った詩……?
スウェンは思わず,運命を感じていた。
「俺,この詩大好きなんだよ! エイダの母親は,詩人なのか?」
微笑し,エイダは言った。
「そうよ。私も母の影響で,数年前から詩を書いてるの」
「へぇ! それは知らなかった! エイダの書いた詩,是非聴いてみたい」
久しぶりに,興奮した。
エイダも落ち着いた表情を浮かべているので,スウェンは少し安心していた。
「いいわよ。……私の家に,詩を書いた書物があるから……」
「そっか! じゃあエイダが退院したら,町に連れていってくれよ! エイダの詩も聴きたいし,お母さんにも会ってみたいし」
スウェンは,本気だった。
その話は,いつか実現するものだと思った。しかし――。
エイダの瞳からは再び,一粒の悲しみが流れ落ちた。
「ごめんね……。ごめん……。私、何言ってるんだろう。母には会えない」
「えっ」
スウェンは困惑する。
「私の両親は,賊に……殺されたから……」
「なんだって……!」
思い出すだけでも苦痛なはずなのに,エイダは途切れ途切れ,一生懸命スウェンに全てを話してくれた。
「ある日,私の町は……賊に襲われた。その時に,父と母は私をかばって殺されたの……。みんなの前で,まるで見せしめのように……。その後,賊は逆らった人を……次々に虐殺していったの……私の町は,もう……完全に賊に侵略されてる……毎日毎日,賊の言われたことに従い……働かされたの。少しでも逆らえば……簡単に殺される。何度も何度も……死人を見たわ……これに耐えられなくて,私は……一人で……逃げ出したの……家出なんて嘘。私は,町の皆を置いて……一人で逃げた……裏切り者よ……最低な人間なのよ……」
スウェンは,絶句した。酷い過去を話す彼女は,息を荒くしていた。
――見ていられない
「旅中で出会ったユイコが……言ってた……毒の煙……。私もその被害者なの……」
「!」
「私の場合,一番最悪な症状なの……。皮膚がどんどん腐っていって……最後は……内臓が全部,機能停止して――死に至るの」
そう言うと,エイダは「私はユイコのように強くなれない。あんなに明るくなれない」と叫び,大声で泣いた。
スウェンは掛ける言葉が見つからず,黙っていることしかできなかった。
ただ,優しく彼女を包み込むことはできると思い,スウェンはそっと彼女を抱き締めるのだった。
胸の中でエイダが,止まることのない涙を流し続けている――。スウェンは,さらに抱き締める力を強くした。
――旅の中で満足に休むこともできず,走り続け,賊と戦ってきた。体にも心にも大変な疲労が溜っていたはずなのに。本来ならもっと,早くに限界が来ていたはずなのに。
エイダはたった一人で,思い悩んでいたのだ。ずっとずっと……スウェンと出会ったあの日も,たった一人で。
「エイダは,最低な人間なんかじゃない」
やっと,見つけた言葉。スウェンはどこまで彼女を癒せるか分からない台詞を使い,口を動かした。
「エイダは強いよ。そんな状況の中,一人で戦ってたんだよな……気付いてやれなくて,ごめんな。俺が,いるから。エイダには,俺がいるから」
スウェンの言葉に,彼女はゆっくりと顏を上げた。
「……スウェン……」
エイダの声は,弱くなっていった。そんな彼女の頬にスウェンは手を当てる。
――じっと,見つめ合う二人。
もう会話は何もないが,お互いの気持ちは分かっているようだった。
(エイダ……)
彼女のことだけを真っ直ぐ見つめるスウェン。
顏を近づけ,すっと瞳を閉じる。
――そして,二人の唇と唇は重なるのだった。
長くて優しい,初めてのキス。
よく分からない不思議な気持ちになった。
――俺は,旅の仲間として,そして一人の人間として君を大切な存在だと思っている。君と初めて同じ気持ちになれたとき,ずっとそばにいたい。そう思ったんだ。
でも――大切な人だからこそ,俺は君を連れていくことはできない。
これは 世界戦争。人間と人間の,殺し合いだ。大切な人だからこそ,俺は君を連れていくことはできない。その尊い命,失わせたくないんだ。血の旅人が戦いから帰ってくるその日まで,きっと待っていてほしい。その君の元気な笑顔で,
「おかえり」
そう言ってほしいんだ。
そんな言葉を残し,スウェンは彼女との時間を過ごしていた。
二人だけの,わずかな時間――。
会話らしい会話などあまりなかったが,二人は互いの愛をたしかに感じ合っていた。
彼女の細くて弱々しい手足。優しい声。悲しみと強さが伝わってくる表情。そして,心地よい彼女のぬくもり――。
何もかも,手放したくはなかった。
しかし時とは残酷なもので,別れはすぐにやって来てしまう――。
「――エイダ」
「……スウェン」
「行かないで」と言うような,エイダの切ない表情。スウェンは胸が痛くなる。
「……そんな顏するな」
「だって……」
まるで子供のように,彼女は顏を赤くする。
もう一度エイダを腕の中に包み込み,スウェンは言った。
「エイダは死なせないから」
「……え?」
スウェンは憎き男のことを思い出しつつ,落ち着いた声でいた。
「毒の煙か何だか知らないが――絶対に,エイダの命は渡さない」
エイダの目を見つめ,力強く言った。
「エイダの病気が治ったら,また旅をしような! 今度は……気楽に,各地を訪れような」
その言葉に,エイダは大きく頷いた。何度流したか分からない涙を瞳に浮かべて――
そんな愛しいエイダを見て微笑み,スウェンは再び唇を重ねた。
「――ありがとう」
最後の,エイダの言葉であった。
「え……?」
「悲しいから,泣いているんだ」
彼女の滴を静かに拭き取り,スウェンは囁いた。
目を閉じ,子どもの頃好きだった詩をゆっくりと歌いだす。
「なつかしい道を歩いた
そこは 君がいた場所
誰もこの道を覚えていない
だけど 僕は知っている
そこで君が歩いていたことを……」
スウェンはエイダと共に歩いた,丘の上を思い出していた。この続きを歌おうとすると――,
「神様どうか 全ての人に生きる力を
今日 空を見上げた
そこは 君がいた場所」
彼女が,小さな声でその詩の続きを歌っていたのだ。スウェンは驚いた。
「エイダ……知っているのか」
すると,意外な言葉が返ってきた。
「知ってるもなにも。『君がいた場所』は,私のお母さんが創った詩よ」
「え……!?」
彼女は流れる涙を止めて,こちらを見つめていた。
――エイダのお母さんが,創った詩……?
スウェンは思わず,運命を感じていた。
「俺,この詩大好きなんだよ! エイダの母親は,詩人なのか?」
微笑し,エイダは言った。
「そうよ。私も母の影響で,数年前から詩を書いてるの」
「へぇ! それは知らなかった! エイダの書いた詩,是非聴いてみたい」
久しぶりに,興奮した。
エイダも落ち着いた表情を浮かべているので,スウェンは少し安心していた。
「いいわよ。……私の家に,詩を書いた書物があるから……」
「そっか! じゃあエイダが退院したら,町に連れていってくれよ! エイダの詩も聴きたいし,お母さんにも会ってみたいし」
スウェンは,本気だった。
その話は,いつか実現するものだと思った。しかし――。
エイダの瞳からは再び,一粒の悲しみが流れ落ちた。
「ごめんね……。ごめん……。私、何言ってるんだろう。母には会えない」
「えっ」
スウェンは困惑する。
「私の両親は,賊に……殺されたから……」
「なんだって……!」
思い出すだけでも苦痛なはずなのに,エイダは途切れ途切れ,一生懸命スウェンに全てを話してくれた。
「ある日,私の町は……賊に襲われた。その時に,父と母は私をかばって殺されたの……。みんなの前で,まるで見せしめのように……。その後,賊は逆らった人を……次々に虐殺していったの……私の町は,もう……完全に賊に侵略されてる……毎日毎日,賊の言われたことに従い……働かされたの。少しでも逆らえば……簡単に殺される。何度も何度も……死人を見たわ……これに耐えられなくて,私は……一人で……逃げ出したの……家出なんて嘘。私は,町の皆を置いて……一人で逃げた……裏切り者よ……最低な人間なのよ……」
スウェンは,絶句した。酷い過去を話す彼女は,息を荒くしていた。
――見ていられない
「旅中で出会ったユイコが……言ってた……毒の煙……。私もその被害者なの……」
「!」
「私の場合,一番最悪な症状なの……。皮膚がどんどん腐っていって……最後は……内臓が全部,機能停止して――死に至るの」
そう言うと,エイダは「私はユイコのように強くなれない。あんなに明るくなれない」と叫び,大声で泣いた。
スウェンは掛ける言葉が見つからず,黙っていることしかできなかった。
ただ,優しく彼女を包み込むことはできると思い,スウェンはそっと彼女を抱き締めるのだった。
胸の中でエイダが,止まることのない涙を流し続けている――。スウェンは,さらに抱き締める力を強くした。
――旅の中で満足に休むこともできず,走り続け,賊と戦ってきた。体にも心にも大変な疲労が溜っていたはずなのに。本来ならもっと,早くに限界が来ていたはずなのに。
エイダはたった一人で,思い悩んでいたのだ。ずっとずっと……スウェンと出会ったあの日も,たった一人で。
「エイダは,最低な人間なんかじゃない」
やっと,見つけた言葉。スウェンはどこまで彼女を癒せるか分からない台詞を使い,口を動かした。
「エイダは強いよ。そんな状況の中,一人で戦ってたんだよな……気付いてやれなくて,ごめんな。俺が,いるから。エイダには,俺がいるから」
スウェンの言葉に,彼女はゆっくりと顏を上げた。
「……スウェン……」
エイダの声は,弱くなっていった。そんな彼女の頬にスウェンは手を当てる。
――じっと,見つめ合う二人。
もう会話は何もないが,お互いの気持ちは分かっているようだった。
(エイダ……)
彼女のことだけを真っ直ぐ見つめるスウェン。
顏を近づけ,すっと瞳を閉じる。
――そして,二人の唇と唇は重なるのだった。
長くて優しい,初めてのキス。
よく分からない不思議な気持ちになった。
――俺は,旅の仲間として,そして一人の人間として君を大切な存在だと思っている。君と初めて同じ気持ちになれたとき,ずっとそばにいたい。そう思ったんだ。
でも――大切な人だからこそ,俺は君を連れていくことはできない。
これは 世界戦争。人間と人間の,殺し合いだ。大切な人だからこそ,俺は君を連れていくことはできない。その尊い命,失わせたくないんだ。血の旅人が戦いから帰ってくるその日まで,きっと待っていてほしい。その君の元気な笑顔で,
「おかえり」
そう言ってほしいんだ。
そんな言葉を残し,スウェンは彼女との時間を過ごしていた。
二人だけの,わずかな時間――。
会話らしい会話などあまりなかったが,二人は互いの愛をたしかに感じ合っていた。
彼女の細くて弱々しい手足。優しい声。悲しみと強さが伝わってくる表情。そして,心地よい彼女のぬくもり――。
何もかも,手放したくはなかった。
しかし時とは残酷なもので,別れはすぐにやって来てしまう――。
「――エイダ」
「……スウェン」
「行かないで」と言うような,エイダの切ない表情。スウェンは胸が痛くなる。
「……そんな顏するな」
「だって……」
まるで子供のように,彼女は顏を赤くする。
もう一度エイダを腕の中に包み込み,スウェンは言った。
「エイダは死なせないから」
「……え?」
スウェンは憎き男のことを思い出しつつ,落ち着いた声でいた。
「毒の煙か何だか知らないが――絶対に,エイダの命は渡さない」
エイダの目を見つめ,力強く言った。
「エイダの病気が治ったら,また旅をしような! 今度は……気楽に,各地を訪れような」
その言葉に,エイダは大きく頷いた。何度流したか分からない涙を瞳に浮かべて――
そんな愛しいエイダを見て微笑み,スウェンは再び唇を重ねた。
「――ありがとう」
最後の,エイダの言葉であった。
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