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2章.不意討ちの祭と風の試練
8.不意討ちと大神殿
しおりを挟む昼を過ぎた頃、ようやく風の大神殿が見える所まで来た。
大神殿の見た目は神殿というよりも、塔に近い2本の大きな建造物を足したようなものだった。
テレビで見たサグラダ・ファミリアに似ているかもしれない。
塔の間には石橋が渡されており、橋の真ん中に鐘楼が建っている。
キラキラと輝く巨大な緑色の鐘が、遠目にも確認できた。
「そこの馬車! その場で止まりなさい!」
風の大神殿の偉容に私が目を丸くしていると、神殿の方から馬に乗った騎士風の男達が、そう言いながら駆け寄ってきた。
パッキーさんはそれに従い、ゆっくりと速度を落として馬車を止めた。
馬車から少し離れた所で男達も止まった。
「ご協力感謝します! 私は風の大神殿所属の騎士、フー・テンパースと言います! それが何か、答えて頂きたい!」
騎士達の代表らしき男、フーさんが前に出て、空に浮かんだ馬車を指差して問いかけてきた。
丁寧な言葉遣いだけど、内容次第では拘束すると続きそうな剣呑さだ。
「僕はパック商会のパッキーと申します。ラプタスの街から寄付の荷を運んで来ました。上の馬車は、道中で壊れた馬車を装った盗賊に襲われたので、撃退してそのまま魔法で運んで来たものです」
「なんと、パック商会の方でしたか! 確認の為、商人ギルドのカードを見せて頂いてもよろしいですか?」
パック商会の名前を聞くと、騎士達の剣呑な雰囲気は霧散した。
パッキーさんがギルドカードを見せると、フーさんは頭を勢いよく下げて謝罪をした。
パック商会の代替わりで、会頭が荷を運んでくる事は聞いていたらしい。
「仕方ありませんよ、僕だって浮いた馬車が近づいてきたら警戒します。それよりも盗賊の引き渡しをしてもいいですか? このまま神殿まで行くと、いらない混乱を招くことになりそうですし」
「はい! お任せを!」
フーさんの返事を聞き、パッキーさんが私に視線を向けてきたので頷いて応える。
「中の盗賊は拘束していません。武器を持っていると思うので、皆さんも気をつけてくださいね」
私は念のために忠告してから、ゆっくりと馬車を地面に下ろしていく。
「……お嬢さんの魔法だったのですね」
私の手に合わせて降りてくる馬車を見て、フーさんが目を丸くしている。
私は地上まで後2メートル位の高さで、壁魔法を解除した。
地面に勢いよく落下した馬車。
馬車が地面に激突した音に混じり、盗賊達の悲鳴が聞こえたが無視する。
「パンチだロボ!」
「ちぇりゃ」
私の指示により、セヨンさんの弍式手甲が馬車の幌を叩き壊した。
盗賊達が情けない悲鳴が再度響く。
往生際が悪く、反抗的な奴がいるかもしれないから、盗賊の意気を挫くのだ。
セヨンさんは楽しくなったのか、盗賊に向けた手甲をワキワキさせながら近付けている。
盗賊達は馬車の隅で身を寄せ合い、震えている。
かっかっかっ! これも自業自得よ!
気分は水戸の御老公だ。
いつ落ちるかわからない空の旅と、セヨンさんの操る巨大な手甲を前に、盗賊達の心は折れたらしく、騎士達によって、おとなしく縛り上げられていった。
「盗賊の討伐ご苦労様でした! 事情聴取した後、討伐報酬と討伐証明書をお渡しします。お手数ですがお帰りの前に受け取りに来てください!」
「ありがとうございました」
「い、いえ! これも我々の職務ですから!」
なぜかフーさんが私に怯えている気がする。
おかしいな何もしてないのに。
「いきなり馬車ぶっ壊して、それ見ながら笑ってるのを見たら、そりゃビビるだろと、おっさんは思うよ?」
「トンボちゃんが楽しそうでなにより!」
「そうかなー」
後ろで『チームTF』が何か言っているが、聞こえなかった。
盗賊の引き渡しも終わり、私達は風の大神殿に向かった。
神殿は壁に囲まれており、街に入る時のように審査があったが、フーさんの計らいで直ぐに入る事ができた。
「ほぁ~、いい風~」
神殿の中は広く、ショッピングセンターの様にお土産屋や食堂、雑貨屋なんかが壁にズラッと並んでおり、商人が景気よさげに客引きをしている。
そして風の神殿らしく、風が絶えず吹いているのだ。
強風ではなく、暖かな春風のような優しく穏やかな風が。
「これぞ、風と商人の神殿って感じだよな」
シャルムスさんの言葉に全面的に同意する。
神殿はもっと厳かなものだと思ってたけど、ここは活気に溢れている。
「冒険者の皆さん、道中の護衛ありがとうございました。宿はこちらで用意してますので、パック商会の名前を出せば使えるはずです。明日は朝に出発しますので、帰り道もよろしくお願いします」
「パッキーさんはこの後どうするんですか?」
「荷を卸したら、風の神に商売繁盛のお祈りをする予定です」
祈り……ねぇ。
大神殿に行けば加護が与えられるって、うっかり神の手紙に書いてあったけど、今のところ何の変化もない。
なら、祈れば何か起こるかな?
「それ私も一緒に行っていいですか?」
「ええ、構いませんよ。では少し待っていてください」
「はい! ありがとうございます!」
私はパッキーさんのお祈りに、同行する事にした。
自由行動でいいと言ったけど、セヨンさんも加護に興味があるらしく、一緒に行く事に。
『チームTF』の皆は酒盛りすると言って、神殿内の酒場に突撃して行った。
神殿の中に酒場って、いいのか?
私達はパッキーさんを手伝って、荷卸しを早めに終わらせる。
「手伝いまでしてくださり、ありがとうございます。相変わらず、お2人がいれば人件費をかなり削れますね」
「いえいえ、恩には恩を、案内して貰うんですから、これぐらいお安いご用ですよ」
「荷物、軽い、楽勝」
私とセヨンさんのコンビネーション。
ラプタス一の運び屋と言われた『グル・グルヴ』の本領を見せてしまった。
仕事が終わり、お祈りに向かうパッキーさんに案内されて、私達は神殿の奥にある、『風の間』にやってきた。
「……綺麗」
風の間の中央には、祭壇と石像が置かれており、そこに緑を基調としたステンドグラスから光が差し込んで、美しい光景を作り出していた。
「マカベ・トンボ様ですね?」
「えっ?」
ステンドグラスの美しさに見とれていると、名前を呼ばれた。
そちらを見ると、白いローブを肩に羽織った女性が近づいてきた。
勝ち気そうな目に、長いポニーテール、そして頭の上では兎耳がピコピコと動いていた。
「どもっ、風の神シルフィードに仕える巫女にして、風の大神殿の商売部門の部長。サレナ・ロータスでっす」
「……兎耳だ」
独特なイントネーションで、フランクな喋り方をする巫女さん。
何故私の名前を知っているのか?
待っていたとはどういう事なのか?
疑問は尽きないが、そんなことより。
「お布施するんで、耳触らせてください」
「トンボ……」
セヨンさんの呆れたような声が聞こえたが、私は自分の欲望を優先させた。
「トンボさん! 巫女様に対して失礼ですよ!」
「あっはっは! いやぁ、かまへんよ。神託があった時はどんなゴツい女がくんのか思っとったけど、面白い人で良かったわぁ」
パッキーさんが私に注意をするが、当のサレナさんは愉快そうに笑うだけだった。
そしてひとしきり笑うと、「はいどーぞ」と私に頭を向けてきた。
「神託ですか?」
言いながら耳を触る。
スベスベで柔らかい毛と、くにくにする耳の感触がたまらない。
「くひゅ、くすぐったい。実は風の神様が夢に出てきましてん。マカベ・トンボいう黒髪黒目の女が来るから、そしたら祭壇に上げてやりって」
「それで実際に私が来たと」
「せやせや、ここらで黒髪黒目は珍しいからすぐわかったわ、ふひひっ。でも、もうちょい時間が掛かるもんかと思っとったら、意外と早く来たからごっつぅ焦ったわぁ」
どうやらうっかり神の通達は、この世界の神様達にちゃんといっていたらしい。
「そろそろ放してもらろてもいい? くすぐったくてかなんわぁ」
「おーう、残念」
嫌がる相手の耳は触らない。
猫の目亭でウルさんに見張られている鉄の掟なので、名残惜しいけど手を引っ込めた。
「改めてまして、私が冒険者パーティー『グル・グルヴ』のマカベ・トンボです。隣にいるのがパーティーメンバーのセヨンさん」
「ん、よろしく」
「はい、よろしゅう……それにしても、いきなり神託だなんだと言われて、驚かないんやねぇ」
私に興味深そうな目を向けるサレナさん。
神託では見た目と名前だけしか教わらなかったらしく、私が渡り人だとは知らないみたいだ。
「……まぁトンボ様が何者でも、ウチは自分の仕事をするだけ。ちゅう訳で、トンボ様こっちへどうぞ」
サレナさんの手招きに従い、私は中央の祭壇に移動する。
「ゴホン! では祈りを捧げなさい。さすれば優しき風の導きがあるでしょう」
とってつけたように、真面目な喋り方になったサレナさん。
外行きモードか。
祈りって言われても、この世界の祈り方を知らないので、日本式でやってみるか。
今は賽銭は無いけど、後でサレナさんにお布施しておくね。
パンパン、ペコリ、パン。
目を閉じて二拍二礼一拍をした。
次に目を開けると、うっかり神で馴れてしまった、あの白い空間に私はいた。
ーーーーーーーーーー
フーさんには他に5人の兄弟がいます。
それぞれ、エン、ドー、スイ、コウ、アンと言います。
どこに居るかはお察しです。
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