箱庭世界の壁魔法使い ~神様見習いはじめました~

白鯨

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第一章 箱庭の神様見習い

2.初エンカウント

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「壁魔法『アイテムボックス』」

 歩きながら唱えた私の手のひらの上に、小さな黒い箱が現れた。
 壁が六つ組み合わされば箱になる。これも立派な壁魔法なのだ。
 この黒い箱は見た目以上に中は広く、その名前の通り物を入れることができるものだ。

 中身の目録は……頭に浮かんできたので、とりあえず一つずつ出して確認してみる。

 ナイフ。
 革の鞘付きで、腰に引っ掛けるためのベルトが一緒になっている。

 ローブ。
 色は茶色のフード付きで、私が今着ている中世の服っぽいのにはよく似合いそうだ。

 食料。
 コッペパンが三つに水筒代わりの水袋が一つ。

 ウェストポーチ。
 頑丈そうな革製の四角いポーチだ。中には仕切りがあり、外側にはポケットがついている。

 金貨100枚。
 たぶん神様が言ってた当面の資金だ。全て袋に入っている。

 以上がアイテムボックスに入っていた中身の全てだ。

 しかし、黒い箱からヌルリと中身が飛び出す様は、何とも言えない気持ち悪さだった。
 ポーチとナイフは身に付けて、他はそのままアイテムボックスの中入れておこう。

 私は腰の左右にそれぞれナイフとポーチをベルトで固定した。
 アイテムボックスは常時出しっぱなしにできたので、ポーチの中にしまっておく。

 うん、いい感じだ。
 私が一人満足していると、突如何かの咆哮が森に響いた。
 次いで金属をぶつけ合うような轟音が聞こえてきた。

「……そうだ、ここは剣と魔法のファンタジー世界だったな」

 当然のように魔物の類いも存在するのだ。
 その事をすっかり失念していた。

 私はとりあえず音がしている方とは反対から森を抜ける為、音の方向を探ろうと耳をすませた。

「たす……けて……」

 音の出所が私の進行方向だとわかったと同時に、聞きたくないものを聞いてしまった。

 踵を返して遠回りをするべきだと、私の理性が言っている。
 神様にも言ったじゃないか、安全第一でいくって。

 なのに私の足は勝手に動き、どんどん音の大きくなる方へと歩いている。

 ああ、平穏無事な人生が遠ざかっていく。

 それでも私の時は誰も来てくれなかった。
 だから私は理性を振り切り進んで行った。

 そこに適当な理由を付けるなら。

「助けを求められたのに見捨てるのは、後味が悪い」

 それに尽きる。

 見えた。
 音の出所にたどり着くと、そこでは三メートルはある巨大な熊が、丸い金属の塊を殴りつけていた。
 鋭い爪が金属に当たる度に、金属同士をぶつけたような音が響いている。

「うわぁ! 止めれー! 誰か助けてー!」

 助けを求める声は金属の塊から聞こえていた。
 あれは生き物なのか?
 一瞬迷ったが初志貫徹すべく熊の排除に移る。

「オラ! こっちだ熊!」

 私は熊に向かって呼び掛けた。
 瞬間、森に静寂が戻った。

 叩きつけていた手を止めた熊が、ゆっくりとこちらを向いた。
 血走った目が私を捉える。
 私も負けじと睨み返す。

「ビビってんのか? かかって来な」
 
 カンフー映画でよくやる、手のひらを上にしてクイクイとする挑発をする。

『グウオオォーー!!』

 熊が大きく吼えた。
 そこには自慢の爪をいくらぶつけても壊せない金属の塊と、見るからに己より弱そうなくせに挑発してきた生き物に対する、二つ分の苛立ちが込められているようだった。

 身体の芯に響く声は恐ろしくあったが、私は冷静でいられた。
 これが《精神耐性》というスキルの恩恵か。

 熊が四つ足で突進してくる。
 あんな巨体に体当たりでもされたら、死ぬしかないだろう。

 ふいに嫌な記憶が思い起こされた。
 私の死ぬ原因となったトラック。
 目の前の熊がそれと重なった。

 だけど、あの時とは違う。
 私は身を守る術を神様に貰ったのだ。

「壁六枚! 重なれ!」

 壁魔法の初歩の初歩、ただそこに半透明な薄い壁を張るだけの魔法。
 見た目より遥かに頑丈なその壁を、六枚重ねにして一枚の分厚い壁を形成する。
 それを突進してくる熊の前方に出してやった。

 目の前に突然現れた壁に避ける事も止まる事もできず、熊が頭から激突した。

 壁に亀裂が入る。

 あの時と似た、肉が潰れて骨が砕けるような鈍い音が響いた。
 ただし、今度は私ではなく熊の方から。

 頭を強打した熊がよろめき倒れる。
 あの衝撃では、首の骨が折れているかもしれない。
 しかし、念には念を入れておく。
 
「とどめだ! 壁魔法『蜻蛉切り』!」

 刃の如く極限まで薄くなった壁が現れ、熊の首目掛けてギロチンのように振り下ろされた。
 これはナイフを見て思い付いた私のオリジナル壁魔法。
 その名前は、私の名前の由来にもなった、ある戦国武将が使った槍の名前だ。

 蜻蛉切りが通り抜け、熊の首がコロリと転がる。

 残酷と言われようが、私は敵に容赦するつもりはない。
 もう二度と殺されるのは嫌だからだ。 
 熊の首から流れ出る大量の血が周囲に広がる様は、正直あまり気分の良いものじゃないけどな。

 完全に熊が動かなくなったのを確認して、熊の死体に手を合わせてから、私は金属の塊に近付いた。 
 近くで見ると金属の塊は樽のような形をしていた。
 その蓋のような部分が動き、隙間から覗く紫色の瞳が私を見た。

「あんたが助けてくれたんか。ありがとー!」

 少し高い声でお礼を言った金属の樽。
 叫び声を聞いている時から思っていたけど、この金属の樽は女の子みたいだ。

「どういたしまして」

 私がそう言うと、金属の樽に手と足が生えた。
 いや、丸まっていたから気が付かなかっただけで、最初から手足は付いていたらしい。

「ゴーレム?」

 金属の樽に金属の手足が生えて動いている姿は、不恰好なロボットに見えなくもない。
 ファンタジー世界でロボットみたいな存在といえば、それぐらいしか思い当たる節がない。

「しっ、失礼な! うちはカルーア工房んセヨン・カルーアや! こん格好よか鎧のどこば見たらゴーレムと間違うったい!」

 おお? 人間だったのか。
 というか、それ鎧だったんだな。

 金属の樽は、立ち上がっても140センチ位しかない、ずんぐりした形の鎧だったらしい。

「そいつは失礼。私はトンボだ。よろしくなセヨン。で、工房の人がこんな森で何をしてたんだ?」
「……わかればよかよ、よろしゅうトンボ。いやー、魔道具ん実験んために森に来たらマーダーグリズリー会うわ、武器は壊されるわで、大ピンチやったんばい」

 マーダーグリズリーとは、熊の名前ごっついなぁ。

 セヨンは金属の手で、樽鎧の蓋をガリガリかきながら笑っている。
 死にかけていたのにお気楽過ぎないか?

 そしてさっきから一番気になってるのが、セヨンの言葉だ。
 何故博多弁?
 あれ? 翻訳機能がちゃんと働いてないのか?
 
「うちゃ冒険者ギルドにもよう行くばってん、トンボば見た事はなかね。別ん街から来た冒険者なんやろうか?」
「ん? 違うぞ冒険者じゃない。ただ、別の街というか遠い国から来たんだ。だから良かったら街まで案内してくれないか?」

 一旦翻訳機能の事は置いておくか。
 街に行けばわかるんだし。

 冒険者は異世界版の何でも屋みたいなものだ。
 遠い国から来たというのも嘘にはならない。

「よかばい。命ん恩人ん頼みやけんね。うちが街まで案内しようか」
「ありがとうセヨン。じゃあ案内よろしく頼む」
「ん? マーダーグリズリーはどうすると?」

 どうするって、どうするんだ?
 持って帰って食べるのか?

「マーダーグリズリーは冒険者ギルドでは高値で取引しとるよ」

 ああ、なるほど。貰った知識の中にあった。
 どうやら魔物の死体から素材を剥ぎ取れば、冒険者ギルドで売れるらしい。
 死体ごと引き渡すと、手数料は掛かるが解体もしてくれるみたいだ。

「なら持って行くか」

 回収するために私達は熊の死体に近付いた。

「凄か綺麗な断面や。トンボは剣士なんか?」
「いや私は一応、魔法使い? になるのか」

 熊の死体。その首の断面を見たセヨンが私に聞いてきた。
 私には《魔法技能取得不可》が付いてるけど、壁魔法を使うし、魔法使いで合っているはず。

「カッター系が強か風属性に耐性んあるマーダーグリズリーん首ば、魔法でここまで綺麗に切断しきるなんて、トンボは凄か魔法使いばい」
「これマイナーな魔法らしいけどな」

 私は熊に向かってポーチから取り出したアイテムボックスをかざし、その中に熊の死体を入れた。
 アイテムボックスは色々と設定をいじれるらしいので、時間の進みを止めておく。
 これで腐ったりはしないはずだ。

「そりゃなんや?! マジックバッグとは違うみたいばってん、見たことなかぞ!」

 セヨンが樽鎧をガシャガシャいわせながら、興奮気味に聞いてくる。
 
 マジックバッグ? ああ、これも知識にあった。
 アイテムボックスと同じように、見た目より中に沢山物を入れられる鞄のことか。

「あー、今のは内緒で」

 マジックバッグの方が一般的らしいので、今度からはポーチから出してる風に見える様にしておこう。

「むー、特殊なスキルか? 命ん恩人が秘密にしたいなら、聞かんしバラしゃなか」
「悪いなセヨン」

 セヨンが義理堅い性格のようで良かった。

 準備も終わったので、セヨンに案内されながら私はラプタスの街に向かったのだ。
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