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第二章 箱庭の発展と神の敵対者

20.叡智の壁

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 時刻は間もなく夜明け。
 ラプタスへ向かって来るスタンピード。
 その通り道にある広い平野に、私は陣取っていた。

「トンボよ、本当にたった一人で戦うのか?」
「当たり前だ。仮に冒険者と領軍全員で迎え撃つとなったら、混戦は避けられないだろ? 私達にそういう戦いの経験は無いから、逆にやりづらいんだよ」

 常に他人を気にしながら戦うなんて私には無理だ。
 敵を切ったら味方も一緒に切りました。
 なんて事になりかねない。

「だがな……」
「ちゃんとラプタスの防衛の為に新しい壁作ったろ?」

 急遽エメトとピンを大量動員して、ラプタスの街外側に、更に一回り大きい壁を新しく作ってもらったのだ。

 冒険者及び領軍にはそこで、討ち漏らしなどがあった場合に備え、防衛にあたってもらっている。

 ちなみに、ラウとミウは箱庭で留守番だ。

「いや、俺様が言っているのはトンボの心配であって……あれ程の防壁があるのなら、あの場で迎え撃てばよいだろう?」
「それだと味方に被害が出る可能性があるだろ。それに、力を隠したいって言ったよな」
「待て待て、あれだけの壁を簡単に作り出した時点で隠すも何もあるまい」
「壁作成は私の特技として公表してるから問題無いんだよ」

 ギルドカードの特技欄には『壁作成』って、ちゃんと書かれている。

 だというのに、フィレオのおっさんは呆れたようにため息を吐いた。

「そういう問題ではないだろう……」
「ていうか、なんでおっさんがここに居るんだよ。防壁で領軍の指揮してろよ」

 何故かずっと側にいるフィレオのおっさん。
 ここが一番の戦場になるんだから、おとなしく帰って欲しい。

 ロジャーは冒険者の指揮があるから防壁の方にいるんだから、おっさんもそうすりゃいいのに。

「俺様は辺境伯。常に前線に立つのが習いだ。それに、いざという時にトンボを逃がす時間稼ぎ位はできるだろう」
「……領主ならもう少し自分の身を大切にしろよ」

 気持ちはありがたいが、私なら箱庭に逃げ込めば一瞬で逃げられるのだ。
 まぁ、おっさんなりに、私を引っ張り出した責任だのなんだのと考えてるんだろう。

「それに指揮ならば、ムートンが万事抜かりなくこなすであろう。あやつは俺様の右腕だからな」
「ムートンさん指揮もできんのか!」

 ムートンさんの万能ぶりには驚かされる。

「む?! 来たか!」
「うわ……あれ全部魔物なのか?」

 遠くの方に大量の砂ぼこりが舞っているのが確認できた。
 地平線から押し寄せる魔物の群れは、パッと見ただけで数千は軽くいる。
 後ろにいるのを含めると万はいきそうだ。
 多すぎて少し引くわ。

「よし、全員出てこい」
『ぼくがんばるー!』
『ーーん!』
『熊での苛立ちを全てぶつけるでござる!』
『ようやく自分にも活躍する機会が巡ってきたっす!』

 ポーチから四匹のペットが飛び出す。
 ピンとエメト、コタローとカルデラだ。

 ソルとナルは今回は控えだ。
 相手が一人なら問題無いが、大勢と戦うにはまだ操作スキルの制御が甘い。
 乱戦になれば誤爆の可能性もある。

 一応戦いに出す場合に備えてセヨンとプランは練ったが、使われない事を祈るばかりだ。

「私が初手で大量に減らすから、お前達は残りを殲滅しろ」
『らじゃー!』
『ーーん!』
『承知したでござる!』
『任せるっす!』

 良い返事だ。
 
「しっかり守ってやるから、フィレオのおっさんは私の側を離れるなよ!」
「ふはは! 頼もし過ぎるな!」

 フィレオのおっさんはひとしきり笑うと、腰に差した剣を抜いた。

「ならば! 迷惑をかけぬよう、俺様も全力で己の身を守ろう!」

 それでいい。
 私はおっさんに頷くと、改めてスタンピードの魔物を見据えた。
 さて、私の新しい壁魔法でどれくらい魔物を減らせるかな。
 
 私は空に向かって手を伸ばし。

「壁、一万枚! 並べ!」

 壁魔法を発動させた。

 私の手の先から次々と現れては飛んでいく壁。
 それが隙間なく並び、空を覆うように一枚板の屋根を作り上げていく。
 一辺が数百メートルに及ぶ巨大な壁だ。

「刻印!」

 巨大な壁に刻むのは、円陣に炎を模したマークに見える魔力回路。

「これは……火の魔方陣か?!」

 おっさん正解。
 セヨンに作らされた魔道具の一部。
 火を着けるだけの魔方陣だ。

「カードサイズで焚き火の火種に、二十センチ四方でコンロの火に、なら数百メートルの大きさの魔方陣はどれだけの火を生み出すんだろうな……」
「ま、まさか……トンボ!」
「そのまさかだ」

 まぁ、本当はこれだけの広範囲に攻撃する手段がこれぐらいしか無いだけだけどな!
 スタンピード全体を壁で囲むのは時間が掛かりすぎる。
 一度に作れる壁の大きなや量に制限があるのが問題だな。

「ばかな! これだけの魔方陣を発動させるなど……いや、人間の魔力量では半分も魔力を注げないだろう!」
「問題無い。セヨン曰く私の魔力は無尽蔵だからな」
「なに?!」

 そう、無尽蔵であって無限ではない。
 使った側から補充されるが、一度に使える魔力量は私本来の魔力量までだ。
 それが、一度に作れる壁の大きさと量の制限。
 つまり私の壁魔法は、質より量を用意するのが前提の魔法なのだ。

 だから、大規模な攻撃をする時、この魔方陣というのは壁魔法と相性がいい。
 一気に魔力を通して発動させる魔法と違い、ゆっくりと魔力を注いでも発動するし、壁の量がそのまま威力に変換されるからだ。

「……そのまま入ったか」

 魔物の群れは、この巨大な魔方陣を見ても速度を落とす事なく、壁の下に入ってきた。

 警戒して止まったりはしないのか。
 いや、止まれないのか?
 止まったら後続の魔物に呑み込まれ踏み潰されるから。

 止まる事なく、ひたすら目の前の物を破壊して進む。
 まるで津波だな。
 私にこれを止められるのか。
 いや、止めるんだ

「いざ!」

 私は魔方陣に魔力を流しはじめた。
 
「随分と大食いだな!」

 魔方陣はその大きさ相応に私から魔力を吸い上げていき、血管に血が巡るように、魔力回路を魔力が駆け巡る。

「本当にこれ程巨大な魔方陣に魔力を流しきった……?!」
 
 魔方陣が淡く赤く輝き出す。
 
 魔物達はもう近い。
 タイミングは、今!

「壁魔法『叡智の壁モノリス』!」

 その瞬間、巨大な魔方陣が火を吹いた。

 先ず魔方陣の中心近くにいた集団が、地面に向けて放たれた炎に呑まれた。
 そこから魔物の群れを次々と呑み込みながら、炎が大地を這うように広がっていく。

 魔物の断末魔すら聞こえない。
 それは正に灼熱地獄だった。

「なんという光景だ、俺様は夢でも見ているのか……! ん? おいトンボ! 炎がこちらにも向かってきてっ!」
「あ、ヤバ! 壁六枚囲め!」

 私は慌てて私達の周りに壁を張り身を守る。

 地面の所為で横に広がった炎は、魔方陣を刻んだ壁の大きさを越えて、私達をも呑み込んだ。

「危ない危ない……叡智の壁モノリス解除」

 合わせた壁を崩せば魔方陣も消える。
 当然、吹き付けてくる炎は止んだ。

「……これが、本当に生活魔法だと……?」

 フィレオのおっさんが目の前の光景を呆然と見つめている。

 周囲に広がる焼け焦げた大地。
 魔方陣の炎の直撃を受けた中心部は、大地が溶解し抉れていた。
 凄まじい熱気で壁の外の景色が歪んでいる。
 壁で遮断していて伝わらないが、今私達の周りはかなり高温になっているはずだ。

「カルデラは残った火を消火。コタローは壁の外を換気だ」
『了解っす!』
『はっ!』

 カルデラとコタローの操作スキルで、周りの環境を活動できる所まで整えてもらう。

「……ちょっとやり過ぎたか?」

 それが素直な感想だった。
 魔方陣の大きさは半分で良かったかもしれない。
 まぁ、今回は外で実地試験できたのを良しとしよう。

「やり過ぎたか? ではない! 明らかにやり過ぎだ! 我々まで巻き込む馬鹿げた威力の魔法なぞ使いよって! 魔物なんて骨すら残さず焼けてしまったぞ!」
「なんだよ、全力出せって言ったのはおっさんだろ!」
「ぐっ! それはそうなのだが……いや、すまない、トンボよ感謝する! しかし、ただの生活魔法をこのような殲滅魔法にするとは思わなくてな……」

 魔力量によるごり押しだけどな。

「トンボよ……お前は一体……」
「待った。ようやく本命のお出ましみたいだぞ」

 口を開きかけたおっさんを手で制し、空を見上げる。

 そこに、空を飛ぶ六つの影があった。

 翼と尻尾、そして羊のようにねじくれた角。
 肌の色も角の形もバラバラだが、こちらを見下ろすその眼だけが、嗜虐的に妖しく輝いていた。
 あれは、盗賊がラウとミウに向けていたのと同じ、人を玩具としか見ていない奴の眼だ。

 それを見たフィレオのおっさんが、震える声で呟いた。
 
「悪魔が……六体……だと」
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