夢想剣 黄泉蜻蛉

白鯨

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黄泉蜻蛉⑫

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 あの後のことはよく覚えていない。
 気が付いたら家で布団を頭から被り震えていた。まともに外を歩けるようになるまで何日も引き籠り、夜が来るたび怯えていた。

 それでも何とか精神的にも持ち直し、あの日の秘剣が何だったのか、あの黄泉蜻蛉の正体を知るため、私はある人の元を訪れた。

「秋津帯刀の使った秘剣について聞きたい」

 そう伝えると渋い顔をされたが、土産にと持って行った酒を見せるとその人、山田浅右衛門は一転して快く私を招き入れてくれた。
「で、本当に動いたのか?」

 さっそくどこからか出してきた猪口に酒を注ぎながら、私の顔も見ずに浅右衛門はそう聞いてきた。ちなみに私の分の猪口はない。
 あの秘剣の話で動いたのかと問われれば、当然首を斬られた帯刀のことだろう。

「動きました。首を落とされた後に二度刀を振るい倒れました」

 酒を飲み干したらこの人は絶対に私を追い出す。そう思ったので、端的に答える。

「動いたかぁ、恐ろしい執念……いや怨念か」
「何故、帯刀は動けたのですか?」

 怨念によって死した後、身体を動かしたとでも言いそうな雰囲気に、私は思わすそれを否定するように言葉を重ねた。

「そんなの知らねえよ。知らねえけど、人は死んだ後も動くんだよ、ほんの少しだけな」
 浅右衛門が語った話は興味深いものだった。
 山田浅右衛門。御様御用という刀の試し切りを務め、罪人の死刑執行を行うことから『人斬り浅右衛門』とも呼ばれる人物。
 数多行われた死刑執行、その一つ。いつものように蝋燭に火を灯し土壇場に向かう浅右衛門、そこでいつもと違うことが起こった。
 ある罪人の首を落とした時、抑え役の手を振り切り、首をその場に残したまま罪人が走り出したのだ。十歩ほど走り、そのまま倒れるとようやく動かなくなった。
 そして、その時ばかりは浅右衛門も抑え役も、誰一人驚き動けなかったという。

「死んでも逃げたいと思っていた罪人が首を落とされ、身体を抑える手が緩んだ瞬間走り出すように、『こう動く』と確固たる意志があれば、人は死した後も動くのかもしれないな」
「……………」

 知らないうちに身体が震えた。浅右衛門の話に感動してではなく、そんな眉唾な話だけで自分の命を懸けて実行した帯刀の恐るべき心情に、ただただ震えた。

「それで、やつは敵を斬ったのか」

 私は浅右衛門に事の顛末を、帯刀の敗北を伝えた。

「はははっ、その敵はとんでもない奴だな! 死体が振った剣も受けられるとはな!」

 私の話を聞いた浅右衛門が呵々大笑し、掌で膝を打って弦之助を褒め称えた。
 私はそれをどこかムッとした気持ちで聞いていた。
 それが顔に出ていたのか、浅右衛門はまるで好きな物を馬鹿にされ、気を悪くした子どもに向けるような目で私の顔を見て、ニヤリと笑った。

「しかし、負けたってのはお前の中ではってことだな」

 浅右衛門のその言葉に、どこか縋るように尋ねた。

「それはどういう意味でしょうか?」

 浅右衛門は「んん~?」と曖昧な返事を返しつつ、徳利を揺らして酒の残りを確かめている。

「まぁいいか、黄泉蜻蛉という秘剣の正体は必死必勝の剣ということだ。首を落とされても動くかどうかは、おまけに過ぎない」

「死した後に動くという尋常ならざる奇襲こそが黄泉蜻蛉という秘剣ではないのですか?」

 浅右衛門の言葉に疑問を返す。もしあの場で帯刀が動かなかったら秘剣でも何でもないではないか。

「実際に動いたのは上出来すぎる話だな。例え、動いても動かなくても、敵を討っても、討たずとも、奴にとっては敵と対峙し斬られた時点で勝ちなんだよ」

 まるで頓智のような言い回しに、頭の中で整理が追いつかない。

「いいか? 死んだ後なんて誰もわからないんだよ、極楽浄土に逝くか地獄に逝くか、それすら曖昧だ。死ねばそこまで、そう言われればそれで終い。だから奴は選んだのさ、死ねばそれまで、先のことはもうわからなくなると」
「死んだ後は俗世のことを知る術はないと……そういうことですか?」
「よくわかってるじゃねえか」

 目を丸め意外そうにこちらを見る浅右衛門。その目が無性に癇に障り「一応物書きの端くれですので」とそっけなく言葉を返した。

「しかし、奴は首がなくとも人間が動くということを知った。肉体の反射に過ぎずそこに魂などなくともな」
「なるほど肉体の反射……ですが、それと黄泉蜻蛉に何の関係が?」

 死体が動く原理。肉体の反射といわれると納得がいくような気がする。それならばやはり黄泉蜻蛉の正体とはその反射を利用した技なのでは?

「知ったからって普通はできないだろ。お前自分が首を落とされても動ける自信あるか?」

 そう言われると、動いた人間を実際に見た私でも、『動ける』とは言えないものがある。

「それを微塵の疑いも持たず『応』と言えることが黄泉蜻蛉習得の第一歩になるわけだ」
 沈黙を返した私に、浅右衛門が諭すように語り掛ける。

「首を落とされても動ける。その考えを前提に死した後相手を殺せる動きを想定し、その通りに動けるという確信を持つ……ほら結果を待たずに勝てたろう?」
「それは……」

 酷い術理を聞いている気がする。

「つまり、死んだ後のことはわからないから、死んだ後に相手を殺せる手段を実行できると確信した時点で、死後結果がどうあれ勝ったのと同義だということですか?」

 阿呆か。なんとかその言葉を飲み込み、辛うじて理解したことを口に出してまとめる。
 
「言葉にするのは簡単だがな。考えてみろ、死んだ後の動きを想定するため、敵のことを知り尽くし、ただひたすら身体に動きを教え込む。きっと何百、何千、いや何万かもしれない数、自分の死を考えて刀を振るったのだろうな。それも死後動くことに確信が持てる程綿密に、それこそ夢に見る程かもしれん。正に」

 狂気の沙汰だ。

 浅右衛門の言葉に、陰から弦之助を観察し、自分の死とその先の動きを繰り返し、夢うつつの中でさえ自分の死を思う、痩せこけて幽鬼のようになっていく男の姿が脳裏に浮かぶ。
 死人のような顔だと思っていたが、事実だった訳だ。
 私の顔を黙って見ていた浅右衛門が、徳利を掴むと口元で傾け、がぶりと中身を飲み干した。

「わかったか? そこまでして勝ちを確信し、ようやくそれは秘剣となり、秘剣を振るうためには死ぬしかない。ある意味、誰にでも使える秘剣だが割に合わない秘剣だろう。勝つことと死ぬことが同義なんだからな。死して先の分からぬまま、夢想の中でしか相手に勝てぬ剣。夢想剣、黄泉蜻蛉。なんとも物悲しい剣だ」

 それで話は終わりだとばかりに背を向けた浅右衛門。その背はひどく小さく見え、酒を飲むのも素面で死者を語れぬ生真面目さ故のようにも見えた。

 私はその背に頭を下げ、そっとその場を後にした。


 風のうわさで守谷弦之助の死を知った。
 常に何かに怯え、夜もまともに眠れず、肩の傷が悪化し徐々に衰弱していき、今際の際はひどく窶れて別人のようになっていたらしい。
 それはそうだ、弦之助はあの顔を見ているのだから。
 自分の死を覚悟しそれでも勝利を確信して浮かんだ、あの怨念の籠った歪んだ笑顔を。
 あれを向けられた人間が正気でいられるはずがない。他人の私でも今も悪夢に見ることがある。
 筆を走らせる手をふと止める。外で子どもが蜻蛉釣りをして遊んでいる。一人力加減を間違えらしく、蜻蛉の小さい玉のような頭が取れた。
 頭を失った蜻蛉が地面の上で翅をバタつかせる。
 その姿を見るたびに重なって見えるのだ、首を失ってなお動いた秋津帯刀の姿に。
 そしてあの悍ましい笑顔と共に思い出すのだ。


 夢想剣『黄泉蜻蛉』を。
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みんなの感想(1件)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

 怨念じみた妄執の秘剣、いたく堪能しました。浅右衛門が渋くてかっこいいです。

2019.05.27 白鯨


 感想ありがとうございます。

 自分の中の剣豪のお爺ちゃんをイメージして書きました。

 拙作を読んでいただき感謝します。

解除

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