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道場の味
しおりを挟むき、企業訪問なんてしてる場合じゃないのに……。
まさか私と同じグループに藤堂がいるなんて思わなかったよ!?
「六花ちゃんどうしたの? 暑いの? 汗かいてるよ?」
「あ、あははっ、ちょっとね……」
「あっ、藤堂君がいるから気まずいんでしょ! 六花ちゃん青春してるね~」
いつからだろう。なんだか女友達との距離が近くなった――というよりも、遠慮がなくなったというか、私を下に見ているというか……。私の近くにいた男子たちもそう。友達だと思っていたけど――下に見られている。
クラスで醜態さらしたから仕方ないよ……周りの評価は最低だけどスッキリしたよ。
「燐《りん》ちゃん……、ストレート過ぎだよ。君は前までは笑って流してたのに……」
「え、だって今のカヨワイ六花ちゃんの方が可愛いもん! きっと藤堂君もわかってくれるよ! あっ、六花ちゃんがテストで学年トップ取ったらパーティーね!」
よくよく考えて見たら……私、クラスで一番を取る意味のトップだと思ってたけど、この子たち……学年で一番だと思ってるんだよね……。
「う、うん、が、頑張る――あっ、動いた」
藤堂の横にいるのは田中さんって子ね。
あの子……異常に可愛すぎない? ギャルっぽいけどさ、笑顔がやばいよ。花園……あんた勝てるの? あれは本能が可愛いさを呼び起こしているよ。
わ、私だって可愛いはずなのに自分が虫けらに思えてくる。
藤堂と田中さんとの距離は近い。
――っ、近すぎよ! わ、私だって勉強を教わってた時は藤堂と密着してたんだからね。……藤堂ちょっと困ってたけどさ……。
今の藤堂は違う。笑顔が自然だ。すごく素敵な笑顔だ。
うん、藤堂は特別クラスに移って良かったかもね。
――ちょっと、寂しいけどね。
あとで笹身に教えてあげよっと。
「道場、遅れてるぞ、早くしろよ」
「へっ、大方藤堂のことでも見てたんだろ? 俺たちの事は眼中にないんだろ?」
「おい、お前ら、無駄口はやめろよ――そんなヤツに構うなよ」
同じ班の男子たちは私に冷たい視線を浴びせながら歩き始めた。
これは仕方ない事。私は誰にでも優しくしていた。というよりも、勘違いさせる行動を取っていた。
だって、そうするとみんな私に優しくしてくれた。
調子乗ってたんだよね。
カラオケの時だって、藤堂を呼びたいって言ったら嫌な顔したけど、私のために了承してくれたんだ。
私が暴走して藤堂に暴言吐いたり、泣きわめいたりした姿を見て……みんな離れていった。
うん、傍から見ても逆ギレした面倒な女だったしね……。仕方ないよ。生徒はクラスのカーストの空気に敏感。
私は彼らから馬鹿にされている。
でも……私が馬鹿にされているから藤堂にまで意識が行かない。それだけで十分。
私はみんなの後ろをトボトボと歩き始めた。
傍から見たら仲の良い友達。
……友達だと思っていた人たちの後ろを――
自業自得だね。
燐ちゃん達も男子がいる時は態度が少し違う。
悪ノリがひどい……。
「六花ちゃんって一途だからね~、バカやっちゃったね? あのまま図書室の勉強会? ははっ、笑っちゃ悪いね、あれを続けたら藤堂君と付き合えたかもね~」
「ていうか、カラオケで二時間待たせるって、俺止めたんだぜ? 頭おかしいだろ?」
「俺も気分悪かったぜ! あ、やべ、お姉さんの話聞かなきゃ」
私は自分がいじられている時は無言でいる。嵐が過ぎるのを待つだけだよ。だって、本当の事だもん。
私が馬鹿だった。だから……言われるのは仕方ない。言われるたびに、藤堂に申し訳ないって気分になるよ。
傷つきそうな心は、勉強をすると忘れてしまう。だって、勉強を教えてくれた藤堂を感じられる唯一の手段。
「はーい、ここまでで質問あるかな? これから営業フロアに向かうよ!」
藤堂と田中さんは正前列で真剣に話を聞いていた。
「うむ、質問が――」
「ちょ、藤堂、質問多すぎじゃん!? ほ、ほら、次行こうよ!」
「そうか、ならば後でまとめて――」
藤堂と田中さんのやり取りを見ているとなんだかほっこりする。
知らぬ間に擦り切れた心が安らぐ。
友達か……。
私の頭に思い浮かんだのは……笹身であった。
人を小馬鹿にしたお調子者の彼女だけど、藤堂と真剣に向き合おうとしている。私はその姿に勇気づけられる。
「おい、あいつまた藤堂見てんぞ?」
「カラオケ行きたいんじゃね? 今度は何時間待ちだ?」
「ちょっと男子やめなよ~、六花ちゃんだって反省しているんだからさ~」
その声は真剣味のかけらも感じられなかった。明らかに私を見下している雰囲気。……それでも私は。
「う、うん、ごめんよ。先に進もう」
「あん? お前に言われなくてもな」
「道場は黙ってろよ」
「燐ちゃん行こうぜ!」
自虐をしたいわけじゃない。自分をかわいそうと思いたいわけじゃない。自分がした行為を考えると仕方ない事だと思える。
――だけど、心が沈んで行くよ……。藤堂、どうすればいいの?
私は、笑顔で田中さんと話している藤堂を盗み見た。
だって、見つめちゃうと馬鹿にされるから――
昼休みは社員食堂で食べる事になった。
「六花ちゃん、また和食なの? いつも渋いね~」
「う、うん。和食の方が落ち着くからね」
「ふーん、六花ちゃんのお父さんって有名な板前さんだもんね。あっ、だからわがままになっちゃったんだ?」
「あ、はははっ……」
苦笑いしかできない。
美味しいはずの料理が――味を感じない。
友達と食べると美味しいはずなのに……。最近の昼食はずっとそうであった。
私留年しようかな……、そうすれば笹身と一緒に……、って馬鹿! 私はテストでトップ取るって誓ったでしょ? 弱気になっちゃ駄目。
「――おっ、ここが空いてるじゃん! 隣いい?」
「あっ……」
私の隣の席に田中さんが座った。田中さんの前には藤堂がいる。私が前を向くと藤堂が見える――
「やはりここの社員食堂は栄養を考えられて作られているな。素晴らしい」
「そうなの? 美味しいからいいじゃん!」
私の事を全く見ていない。うん、それは大丈夫――
だって、私はもっと成長してから藤堂に――
嫌な空気を感じる。元カースト上位にいたからわかる。立場が変わっても空気を読む力は変わらない。
男子が藤堂に話しかけた。
「おいおい、藤堂、道場の前でいいのかよ? また待たされちゃうぞ?」
「そうだぜ、カラオケ行きたかったんだろ?」
「勉強教えろって言われっぞ?」
うちのクラスの大半は藤堂に対して、悪い感情を持っていない。藤堂が不器用なだけ。私の自爆と佐々木さんのおかげでそれが判明できた。
……この男子たちは違う。カラオケの件もあるけど、彼らは藤堂の事を……自分より下に見ている。カラオケにも行けないボッチな生徒。それが彼らの評価だ。
「やめなよ~、六花ちゃんが気にしちゃうでしょ? それに、藤堂君は特別クラスなんだからさ、もっと仲良くなろうよ」
「おっ、そうだな。藤堂、カラオケの時は悪かったな!」
「道場に言われて仕方なくな。だから、仲良くしようぜ」
私の鼓動がドクドクン聞こえて来る。
嫌な空気……。
藤堂は箸を置いた。
「――失礼。君たちは……俺の知り合いか? 記憶にない」
田中さんの表情が印象的であった。
藤堂を信頼して見守っている。すごい……同い年なのにあんな顔できるなんて……思わず見惚れちゃう。
「はっ? 藤堂何言ってんの? 特別クラスに移動して調子乗ってんの?」
「おい、やめておけよ。ったく、藤堂だって道場の事嫌いだろ? だったら俺たちとイジろ――」
男子はそれ以上言葉を続けられなかった。
藤堂の目だ。生き物を見るような目つきじゃなかった。全身が凍りつく。私もあの目が怖かった――
でも……今ならわかる。あれは――藤堂は疑問に思ってるだけだったんだ。
「――友達と食べるご飯は美味しい。……どうやらここには誰もいなかった。田中、あっちへ行こう」
「うん、いいじゃん」
男子は藤堂の迫力に負けて何も言い返せなかった。
というよりも相手にもされていない。
……この後、私は腹いせにイジられるんだろうな。うん、仕方ないよ。だって私は――
たどたどしい声が聞こえてきた。
「み、道場さん、見たところ友達と一緒ではないようだな。……花園の話では友達はいると聞いたが? うむ、気まずいようだったらあちらに移動しないか? ここの社員さんに色々話を聞こうと思っている……。べ、勉強のヒントになるかもしれない……」
初めてあった時の初々しい藤堂みたいであった。
私は心の中で泣きそうになってしまった――
私は周りを見渡した。
苦々しい顔をしてる男子たち。
面白くなさそうな女友達。
みんなの心の声が聞こえてくる。
――あんだけひどい事したのに行くのか?
――利用したいだけでしょ?
――行ったらもっとイジってやるよ。
――今は私の方がカースト上位よ。
私の心が揺れ動く。だって、私はテストでトップになってから藤堂に顔向けできると思って――だから、まだ――
田中さんが私の背中を叩いた。
「ほら、暗い顔してないでいくじゃん! 藤堂だって勇気を出したんだからさ! あっ、みんなまた後でね!!」
「あ、え、わ、私」
「道場さん借りるよ? みんな仲良くね!」
みんな田中さんの笑顔に見惚れてしまった。
誰もが毒気を抜かれてしまった。
私は少し深呼吸をする。
「ふう……うん。燐ちゃん、行ってくるよ」
「ん、またね~。六花ちゃん良かったね。ははっ、もう帰って来なくていいよ」
その一言が私の心を抉る。――でも、私はもっと強くなればいいんだ。
「うん、しばらく一人で頑張るよ。ありがとね」
「はっ? 六花ちゃん……、馬鹿にしてたボッチになるの?」
「そうだね、カーストとかうんざりだよ。あっ、委員長替わってくれる? キラキラしてる燐ちゃんにピッタリだよ? 私はクラスで地味に過ごすからね」
「ろ、六花ちゃん? じょ、冗談だって~、友達でしょ?」
「今までわがままでごめんね。もう迷惑かけないよ」
そうか、他人の声を気にしちゃ駄目なんだ。……藤堂みたいに心を強く――
藤堂と田中さんが私を待っていてくれる。
私は顔を上げて――ちゃんと前を向いて歩き出した。
――久しぶりに同級生と食事をして、ご飯が美味しく感じられた……、それだけで泣きそうなくらい嬉しかった――
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