39 / 41
番外編
プリムの悲しみ
しおりを挟む「――クリスさん、連れの体調が良くないみたいだ。悪いが帰るぞ」
「あ、うん……お気をつけて。お連れさん大丈夫? お耳がペタンとしちゃってるね……」
ダヴィットが再び私の手を掴んで、今度こそギルドを出ることが出来た。
私はきっと顔面蒼白だろう。
ダヴィットさんが何か呟いている。
「――くそ、やっぱりそうか……だが……俺は……どうすれば」
苦しそうな顔で前を見つめる。
一週間しか一緒にいないけど、こんな表情は初めて。
息苦しくて呼吸が出来ない。
私は少しだけマスクをずらして緩めることにした。
マスクに手をかけた時、私の身体に衝撃が走る!?
「痛って!? あわわっ、お姉ちゃんごめんなさい!! 前見てなかったよ!!」
通りで遊んでいた子供が私にぶつかったようだ。
私は地面に倒れた身体を起こそうとする。
「だ、大丈夫です、あ、足が……あなたこそ怪我はない?」
「ほぇ~、お姉ちゃん凄く綺麗だね~」
「リム!! マスク!!」
ダヴィットが私に向かって叫んだ。
私は顔を手で触る。……マスクが無い!?
立ち上がろうとしても足をくじいたのか、上手く立ち上がれない。
優しい帝国民が私達を助けるために大勢近づいてくる。
「くそっ! 捕まってろ!!」
ダヴィットは私にマントを覆い被せて、私をお姫様抱っこをした!?
「は、はい……」
自分の顔をダヴィットさんの胸につける。
男らしい匂いと力強い筋肉を肌で感じる。
さっきの綺麗な人……私は姉様って呼んだの? 私のお姉様なの? あの人に謝ればいいの? そもそも謝罪って何?
頭の中で疑問がぐるぐると回る。
身体の奥底から不安が湧き出てくる。
ダヴィットさんが私を抱きしめる力を強めた。
――あっ。
私の不安が薄れていく。落ち着く。温かい……。
ダヴィットさんはそのまま私を抱っこしたまま自宅まで走り抜けた。
ダヴィットさんは家に着くと、そのまま私をベットの上に優しく置いてくれた。
「はぁはぁ……バレてなきゃいいけどな……」
精悍な顔立ちが焦りを浮かべる。
「ね、ねえダヴィットさん……私迷惑じゃないですか?」
「…………」
ダヴィットさんは無言でキッチンの奥へと入って行き、しばらくするとカップを二つ持ってきた。
「ほら、飲め。今は休め」
「は、はい……」
ホットミルクを受け取り、それを眺める。
「まあ、なんだ、犯罪者だと誤解されると面倒だろ?」
手のひらが温かくなる。
「リムは獣人なんだから、あんな奴とは違う」
ミルクの匂いが何かを刺激する。
「……違うだろ? だってクリスさんが気が付かなかったしな」
一口ミルクをすする。
「じゃないと、俺はお前を……」
優しい味……私が持っていなかった物。私のように薄汚くない。
「おい、どうした?」
ダヴィットさんの顔に見覚えがあった。
私の前で泣き叫んだ……男……。
「――お願いだ。なんとか言ってくれ……」
――ダヴィットさんの目の前で仲間を殺した張本人。
それが私。
「ダヴィットさん、思い出しちゃいました……ははっ……う、うぅぅわぁぁぁんん……」
私は泣き崩れてしまった。
そんな私のダヴィットさんは抱きしめてくれた。
ずっと、ずっと、私が泣き止むまで……。
************
「ぐずっ……わ、私は泣く資格なんて無いです。……共和国を攻めている時、強大な冒険者パーティーがいました」
「ああ、共和国でクエストを受けていてな」
「き、絆が強くて……テンプテーションが効かなくて……私が……直接、殺し……」
「――俺を庇ってみんな死んだ」
「ダヴィットさんも殺したと思ったけど……」
「――身代わりのお守りを仲間から押し付けられてな」
ダヴィットさんはベットの横に椅子を持ってきて、私と向かい合う覚悟を決めていた。
私も覚悟が出来ている。
――ダヴィットさんに殺されるなら……
「ダヴィットさん……なんで私を殺さなかったんですか……」
ダヴィットさんは軽く息を吐いた。
「――俺は精霊の森で自殺しようと思っていた。仲間を守りきれず、俺だけのうのうと生きているなんて出来なかった。……死んで森に帰る精霊術を行使しようとした時、リムが湖から這い出てきた」
「俺はリムを見た瞬間、こいつは聖女だ、と確信した。……だがな、なぜか怒りが沸かなかった」
私は口を挟まずダヴィットさんの話を真剣に聞く。
「目が覚めたら憎しみが湧くかと思ったら、お前は記憶を無くしている。……憎しみを、怒りを思い出してから、俺はリムを殺したかった。だから優しくして、リムが俺に懐いた時、リムの絶望する顔を見ながら殺そうと考えていた……」
「――なんで怒りが沸かないんだよ!! なんで嫌いになれないんだよ!! お前はどんな体験をしてきた? 情が湧いた? そんな事は無い、と思いたかった」
「リムとの冒険者生活が楽しかったんだよ……仲間を無くした俺に、また大切な仲間が出来たようで……リム……俺はどうすればいいんだ……お前を殺したくても殺せない……」
やっぱり私のせいで苦しんでいる人はいる。
私が出来る事は何?
そもそも私は女神様の試練によって一時的に生き返っただけ。
姉様に謝罪をする? 言葉だけの謝罪なんて価値が無い。
じゃあ私はどうすればいいの?
その時、扉がガンガンと叩かれる音が聞こえてきた。
『ダヴィットさん! 街の人から通報があったから来たんだけど! 聖女と瓜二つな奴がいるって!! 聖女と対峙したアリッサ様とミザリー様に同行していただきましたから、確認します!!』
「ダヴィットさん……」
ダヴィットさんが私の手を強く握ってきた。
「いいんだ、リム……俺はきっと精霊の泉から出てきたお前の姿に見惚れただけなんだろうな……ははっ……仲間に笑われちまう……ここは俺に任せろ、お前はどこか遠くに逃げろ……いつか二人で穏やかな暮らしを……」
――ダヴィットさん、今までありがとう……私は夢を見ることが出来ました。幸せな生活でした。もし生まれ変わっても……またダヴィットさんと出会いたいです……。
――これが私の最後のテンプテーション。
「――魅了」
「リム……やめるんだ……俺にそんな技効かない……ぞ……」
――大丈夫です。これは優しい魔術です。あなたは……リムとの出会いを忘れて……私に対する憎悪だけを覚えています……。
私と仲良くしちゃった事が他の人にバレたら大変です。
あなたは悪の聖女を成敗するために、私と一緒にいたんです。
「やめろ……リム……」
私は幸せになっちゃ駄目なんです。
たった一週間でもこれは私の罰です。
私はこの世界で贖罪をします。
……今は亡き賢者様の面倒事と一緒に。
「さよなら……ダヴィット……さん……」
「―――――うおおぉぉぉぉ!!!」
ダヴィットさんに家が光の洪水の飲み込まれる。
「ちょっと何してんのよ!! これって聖女の魔力じゃない!! ミザリー、行くわよ!」
「……はぁ、面倒ね」
扉が蹴破られた。
「はははっ!! ついに、ついに討ち取ったぞ!! まさか聖女が生きていたとな!! ――アリッサ嬢、こいつは聖女だ!!」
私の胸に刀を突き刺して泣きながら笑っているダヴィットさん。
――良かったです。これであなたの心が晴れるなら……
「うわ、マジで聖女じゃん……猫耳生えてるけど?」
「ねえダヴィットさん、それ死んでるの?」
ダヴィットさんは刀を引き抜いて私を床に叩きつけた。
そのまま私の首を跳ねる。
私の首と胴体は離れ離れになってしまった。
――痛いよ……苦しいよ……好きな人から受ける攻撃がこんなに痛いなんて……
「はは……は……は……これで仲間の無念が……なぜだ……なぜ心が晴れない……俺はこいつといつ出会った? なぜこいつは俺に刺された?」
「ダヴィットさん、後は私達に任せてね。セバス! ダヴィットさんを看てあげて」
「了解です、お嬢様」
――これで、あとは時間が彼を癒やしていく。私は……彼の前に二度と現れない……
「およよ!? ちょっとセバス! 聖女の身体が消えてるよ!」
「これは……女神の力? ミザリーさん」
「……そうね。神の力を感じるわ」
――バイバイ、大好きだったダヴィットさん……
私の身体はこの場から完全に消えさってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる