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5章 幸せの形
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エラゼムが息をのみ、唸る。
「エラゼム?」
「これは、どうしたものか……みなさん、少しこれを見てくださらぬか。あいや、近づきすぎぬよう、そうっとですが……」
コレって、グールのことだよな?なんでそんな言い方を?いわれた通り、俺たちは遠巻きに倒れたグールの様子をうかがった。エラゼムがグールのそばにかがみ、頭部の毛をかき分ける。毛の下からは、目を閉じた幼い子どもの顔が現れた。
「え」
「人間の、子ども……?」
「違うでしょ。これはグールだよ」
フランが鉤爪をグール……に向ける。しかし、その顔はどこか自信なさげだった。
「グール……だよね?」
「お、おう。だって、俺たちを攻撃してきたし、ほら、手足だって真っ黒だ……」
グールらしきそいつの手と足は、まるで死人のように変色し、とても正常な人間には見えなかった。けど……俺も自信がなくなってきた。だって、変色したうえでも、形は人間の手足だってわかったから。鉤爪があるわけでも、うろこが生えてるわけでもない……
「ど、どういうことですか?人間が、グールのふりをしていた……?」
うろたえるウィル。誰もが、コイツをグールだとは断言できなくなっていた。
「けど、この墓場にはもうずいぶん前からグールが出てたんだぜ?そんなに長い間、こいつはいったい何してたんだ?」
「知りませんよ、そんなこと。考えたくもない……」
ウィルは人間が人間の骨を食っているところでも想像したのか、いまにも吐きそうな顔をしていた。
「……本人に聞いてみるしかないか。目を覚ますといいんだけど」
「でしたら桜下殿、まずはこやつの動きを封じましょう。また魔法を撃たれては厄介です」
「あ、それもそうだな。待ってくれ、たしか……」
俺はカバンから飛び散らかった荷物の中から、革ひもを見つけ出した。エラゼムはそれを受け取ると、謎のグールの腕を後ろ手に縛り、口に軽くひもを噛ませた。
「これでよし。では、吾輩が気付けを行ってみます。危ないといけないので、皆さんは離れて……」
俺たちがまた一歩下がると、エラゼムはグールのみぞおちのあたりに手のひらを当て、ぐっと押し込んだ。
「ぐほっ!ごほごほごほ!」
激しくむせて、グールが意識を取り戻した。よかった、気絶していただけらしい。
グールは長い毛の隙間からきょろきょろとあたりを見回し、すぐに自分が縛られていること、すぐそばでエラゼムが脅すように立っていることに気付いたようだ。
「う゛ぐー!む゛ううぅぅー!」
「おとなしくせぬか!勝手な発言は許さん!」
ドスン!エラゼムが大剣を振り下ろした。足の間に剣が生え、グールはぎくりとして呻くのをやめた。
「よいか?命が惜しいのなら、軽はずみな行動は控えるべきだ。さもなくば、貴様の胴体は一本ずつパーツを失っていくだろう。両手、両足。最後がどこかは、言わずともわかるな?」
グールはうなずきこそしなかったが、反抗的に叫ぶこともなかった。もじゃもじゃの毛で表情を読み取れないが、いちおう言葉は通じているらしい。
「よし。これから貴様にいくつか質問をする。貴様は嘘偽りなくそれに答えよ。誠意がお前の命の担保だ。もしも嘘をついたり、魔術を唱えようとした時には、それが貴様の最期となるだろう。わかったな?」
ほとんど気づかないくらいわずかに、グールはうなずいた。よく見ると、体が震えているようにも見える……おびえているのか?
「なあ、やっぱりその子、本当にただの子どもなんじゃ……」
『主様、今は黙っていてください。魔法で我々を攻撃する人間は、だれがどう見ても“ただの子ども”ではないです』
「はい……」
俺が黙ると、エラゼムは尋問を再開した。慎重に口にかませていた革ひもを外し、しゃべれるようにする。
「では、貴様にたずねよう。なぜ吾輩たちを攻撃したのだ?」
「……」
グールはだんまりのまま答えない。エラゼムはそれを見て、無言で大剣を振り上げた。
「ひぃ!」
甲高い悲鳴が上がる。今の、グールが発したのか?人間の子どもそっくりじゃないか。
「質問に答えよ」
「いやぁ!やだやだやだ!」
「っ!エラゼム!」
『主様!いけません!』
いてもたっても居られなくなった俺に、アニが鋭く警告する。
「アニ、でも!」
『モンスターの中には、平然と人間の言葉を話す種もいるのです!とりついた宿主の体を利用したり、殺して食った声を模倣したりです。少し人の声で悲鳴を上げたからと言って、油断してはなりません!』
「……っ」
そういわれちゃ、ぐうの音も出なかった。アニが言っていることのほうが正しい。ここは俺の知らない世界で、俺の常識の多くは通用しないところだからだ。
「質問に答えよ」
エラゼムは騒ぎを聞いていないふりをして、冷淡に繰り返す。
「いや、いやぁ……殺さないで……」
「聞こえなかったのか?答えよ」
「答える!答えるから……」
ぐずぐずと、べそをかく音が聞こえてくる。俺は胃のあたりがキリキリ締め付けられる思いで、それを見つめていた。
「じゃま、だったの……」
「何のだ?」
「だからぁ!じゃまだったの!ごはんを食べようと思ったら、おまえたちがいたから……」
「ふむ。食事の邪魔をしたから、吾輩たちを排除しようとしたわけか。お前の言う食事とは、この墓に眠る屍たちをむさぼることだな?」
「そ、そうだよ……ここは、いっぱい骨があるから……」
「では、やはり貴様はグールか?」
「え……?ぐ、なに?」
「今更とぼけるでない!」
「きゃあああぁぁ!ちがうちがうちがう、わか、わかんない!わかんないの!」
「何がだ!」
「おま……お、おじさんの言ってることが!うそじゃない!」
「なにぃ?」
なんだって?グールかどうかが、わからない?
「では、お前はなんだ」
「な、なんだって……ぐす。わかんないよぉ……」
「人間か?名はあるのか」
「うん……ら、ライラっていうの……」
ズガーーン!
頭のてっぺんに雷が落ちたようだ。なんだって?俺は聞き間違いじゃないか確かめようと隣を見たが、雷に打たれたのは俺だけではなかったようだ。ウィルとフランの開いた口を見て、俺は自分の空耳じゃないことに確証を得た。
ライラ?俺たちが探していた赤髪の女の子と同じ名前じゃないか!そして目の前のグール(今じゃとてもグールだとは思えないが……)の毛は……夜の闇のせいで判別しづらいが、確かに赤色だ。嘘だろ、どうして今まで気づかなかったんだ。
「そっ……んんっ。では、お前はライラという名の、人間だと?」
エラゼムは動揺してかすれた声をごまかして質問した。
「うん……みんなは、化け物だっていうけど……」
「なに?」
「でも、ちがう!ライラは化け物なんかじゃない!」
「黙れ。それを決めるのは吾輩だ。そして吾輩からしても、人の屍を食う者を人間だとは思わん」
「でも、でも……」
わけがわからなかった。ライラが、グール?だって、ライラは五年前に姿を消していて、そしてグールは……あれ?グールって、いつからここに出だしたんだ?俺たちは、ずいぶん前からとしか聞いていない。五年前って、ずいぶん前にも含めるような微妙な時間だよな?もしかして、その二つは同時期に起こったことなんじゃ……
いや、だとするとやっぱり、わけわかんないだろ。話に聞いたライラは普通の人間で、今目の前にいる少女は死体をむさぼり、魔法をぶっ放すグールなんだぜ。つまり、人間がグールになるなんてこと、あり得るのか?それとも目の前の少女は、実はただの人間なのか……?うわぁ、頭がこんがらがりそうだ!
「しっ。静かに、何か音が聞こえる……」
俺が頭を抱えていたその時、フランが鋭い声で言った。音?変な音なんか、聞こえたかな。
森の中を、ざわざわと不気味な風が通り抜けていく。木々が揺れ、鳥が数羽飛び立つ音がするが……俺はその中に、奇妙な音を聞いた。金属がぶつかるような衝突音と、かすかに聞こえた悲鳴を……
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「エラゼム?」
「これは、どうしたものか……みなさん、少しこれを見てくださらぬか。あいや、近づきすぎぬよう、そうっとですが……」
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「え」
「人間の、子ども……?」
「違うでしょ。これはグールだよ」
フランが鉤爪をグール……に向ける。しかし、その顔はどこか自信なさげだった。
「グール……だよね?」
「お、おう。だって、俺たちを攻撃してきたし、ほら、手足だって真っ黒だ……」
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「ど、どういうことですか?人間が、グールのふりをしていた……?」
うろたえるウィル。誰もが、コイツをグールだとは断言できなくなっていた。
「けど、この墓場にはもうずいぶん前からグールが出てたんだぜ?そんなに長い間、こいつはいったい何してたんだ?」
「知りませんよ、そんなこと。考えたくもない……」
ウィルは人間が人間の骨を食っているところでも想像したのか、いまにも吐きそうな顔をしていた。
「……本人に聞いてみるしかないか。目を覚ますといいんだけど」
「でしたら桜下殿、まずはこやつの動きを封じましょう。また魔法を撃たれては厄介です」
「あ、それもそうだな。待ってくれ、たしか……」
俺はカバンから飛び散らかった荷物の中から、革ひもを見つけ出した。エラゼムはそれを受け取ると、謎のグールの腕を後ろ手に縛り、口に軽くひもを噛ませた。
「これでよし。では、吾輩が気付けを行ってみます。危ないといけないので、皆さんは離れて……」
俺たちがまた一歩下がると、エラゼムはグールのみぞおちのあたりに手のひらを当て、ぐっと押し込んだ。
「ぐほっ!ごほごほごほ!」
激しくむせて、グールが意識を取り戻した。よかった、気絶していただけらしい。
グールは長い毛の隙間からきょろきょろとあたりを見回し、すぐに自分が縛られていること、すぐそばでエラゼムが脅すように立っていることに気付いたようだ。
「う゛ぐー!む゛ううぅぅー!」
「おとなしくせぬか!勝手な発言は許さん!」
ドスン!エラゼムが大剣を振り下ろした。足の間に剣が生え、グールはぎくりとして呻くのをやめた。
「よいか?命が惜しいのなら、軽はずみな行動は控えるべきだ。さもなくば、貴様の胴体は一本ずつパーツを失っていくだろう。両手、両足。最後がどこかは、言わずともわかるな?」
グールはうなずきこそしなかったが、反抗的に叫ぶこともなかった。もじゃもじゃの毛で表情を読み取れないが、いちおう言葉は通じているらしい。
「よし。これから貴様にいくつか質問をする。貴様は嘘偽りなくそれに答えよ。誠意がお前の命の担保だ。もしも嘘をついたり、魔術を唱えようとした時には、それが貴様の最期となるだろう。わかったな?」
ほとんど気づかないくらいわずかに、グールはうなずいた。よく見ると、体が震えているようにも見える……おびえているのか?
「なあ、やっぱりその子、本当にただの子どもなんじゃ……」
『主様、今は黙っていてください。魔法で我々を攻撃する人間は、だれがどう見ても“ただの子ども”ではないです』
「はい……」
俺が黙ると、エラゼムは尋問を再開した。慎重に口にかませていた革ひもを外し、しゃべれるようにする。
「では、貴様にたずねよう。なぜ吾輩たちを攻撃したのだ?」
「……」
グールはだんまりのまま答えない。エラゼムはそれを見て、無言で大剣を振り上げた。
「ひぃ!」
甲高い悲鳴が上がる。今の、グールが発したのか?人間の子どもそっくりじゃないか。
「質問に答えよ」
「いやぁ!やだやだやだ!」
「っ!エラゼム!」
『主様!いけません!』
いてもたっても居られなくなった俺に、アニが鋭く警告する。
「アニ、でも!」
『モンスターの中には、平然と人間の言葉を話す種もいるのです!とりついた宿主の体を利用したり、殺して食った声を模倣したりです。少し人の声で悲鳴を上げたからと言って、油断してはなりません!』
「……っ」
そういわれちゃ、ぐうの音も出なかった。アニが言っていることのほうが正しい。ここは俺の知らない世界で、俺の常識の多くは通用しないところだからだ。
「質問に答えよ」
エラゼムは騒ぎを聞いていないふりをして、冷淡に繰り返す。
「いや、いやぁ……殺さないで……」
「聞こえなかったのか?答えよ」
「答える!答えるから……」
ぐずぐずと、べそをかく音が聞こえてくる。俺は胃のあたりがキリキリ締め付けられる思いで、それを見つめていた。
「じゃま、だったの……」
「何のだ?」
「だからぁ!じゃまだったの!ごはんを食べようと思ったら、おまえたちがいたから……」
「ふむ。食事の邪魔をしたから、吾輩たちを排除しようとしたわけか。お前の言う食事とは、この墓に眠る屍たちをむさぼることだな?」
「そ、そうだよ……ここは、いっぱい骨があるから……」
「では、やはり貴様はグールか?」
「え……?ぐ、なに?」
「今更とぼけるでない!」
「きゃあああぁぁ!ちがうちがうちがう、わか、わかんない!わかんないの!」
「何がだ!」
「おま……お、おじさんの言ってることが!うそじゃない!」
「なにぃ?」
なんだって?グールかどうかが、わからない?
「では、お前はなんだ」
「な、なんだって……ぐす。わかんないよぉ……」
「人間か?名はあるのか」
「うん……ら、ライラっていうの……」
ズガーーン!
頭のてっぺんに雷が落ちたようだ。なんだって?俺は聞き間違いじゃないか確かめようと隣を見たが、雷に打たれたのは俺だけではなかったようだ。ウィルとフランの開いた口を見て、俺は自分の空耳じゃないことに確証を得た。
ライラ?俺たちが探していた赤髪の女の子と同じ名前じゃないか!そして目の前のグール(今じゃとてもグールだとは思えないが……)の毛は……夜の闇のせいで判別しづらいが、確かに赤色だ。嘘だろ、どうして今まで気づかなかったんだ。
「そっ……んんっ。では、お前はライラという名の、人間だと?」
エラゼムは動揺してかすれた声をごまかして質問した。
「うん……みんなは、化け物だっていうけど……」
「なに?」
「でも、ちがう!ライラは化け物なんかじゃない!」
「黙れ。それを決めるのは吾輩だ。そして吾輩からしても、人の屍を食う者を人間だとは思わん」
「でも、でも……」
わけがわからなかった。ライラが、グール?だって、ライラは五年前に姿を消していて、そしてグールは……あれ?グールって、いつからここに出だしたんだ?俺たちは、ずいぶん前からとしか聞いていない。五年前って、ずいぶん前にも含めるような微妙な時間だよな?もしかして、その二つは同時期に起こったことなんじゃ……
いや、だとするとやっぱり、わけわかんないだろ。話に聞いたライラは普通の人間で、今目の前にいる少女は死体をむさぼり、魔法をぶっ放すグールなんだぜ。つまり、人間がグールになるなんてこと、あり得るのか?それとも目の前の少女は、実はただの人間なのか……?うわぁ、頭がこんがらがりそうだ!
「しっ。静かに、何か音が聞こえる……」
俺が頭を抱えていたその時、フランが鋭い声で言った。音?変な音なんか、聞こえたかな。
森の中を、ざわざわと不気味な風が通り抜けていく。木々が揺れ、鳥が数羽飛び立つ音がするが……俺はその中に、奇妙な音を聞いた。金属がぶつかるような衝突音と、かすかに聞こえた悲鳴を……
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