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5章 幸せの形

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俺たちが森を抜け、サイレンヒル墓地に戻ってくると、俺は内心でガッツポーズをした。そこにライラの姿を見つけたからだ。ライラは墓石の上に腰かけていたが、俺たちの気配にこちらを振り返った。

「ライラ。待っててくれたのか?」

「あ、さっきの……」

ライラはエラゼムの姿をみとめると、びくりと墓石から飛び降り、さっと墓石の影に隠れてしまった。

「あ、おい。もう手荒なことはしないって。話がしたいだけなんだ、約束するよ」

「……お前は、誰なの?なんでライラの話を聞きたいの」

「ん、そうだな。まずは改めて……さっきも名乗ったけど、俺は桜下だ。こっちはフランとウィル、そんであの鎧が、エラゼム」

俺の紹介に、ウィルは安心させるように微笑み、エラゼムはただ黙ってうなずき、フランはノーリアクションだった。ライラは小さくうなずくだけの反応を返した。

「ねぇ、その人はだぁれ?」

俺が全員を紹介し終えたかと思ったとき、ライラが俺のほうを指さした。いや、正確には俺の胸から下がる、ガラスの鈴を言っているんだ。驚いた、説明が難しいからあえて言わなかったのに。しかもライラは、アニのことを物じゃなく、人と捉えた。いつ気づいたのだろう?こうなると、かえって隠すほうがややこしくなるな。

「あー、こいつはアニだ。知ってるかな?自我字引エゴバイブルっていう……」

「っ!知ってる!魂写しの、カルマの術でしょ!本で読んだ!」

ライラの予想外の食いつきに、たじろいだのは俺のほうだった。魂写しの、なんだって?俺のほうが知らない単語が出てきちまった。

「ず、随分詳しいんだな。じゃあ、それを持っている人間のことも知ってるか?」

「うん。別の世界から呼び出される人たちのことでしょ。……お兄さん、そうなの?」

「まぁ、そういうことだ」

「勇者?」

「正確には元、だな。今はもう勇者はやめたんだ。俺の仲間がアンデッドばっかりなのは、そういう理由だよ」

「アンデッド……みんな、死んでるの?」

「ああ……あ、間違っても食うんじゃないぞ?」

「むっ……」

ライラが何とも言えない目でみんなを見ていたので、俺は慌てて付け加えた。が、これがライラの機嫌を害したようで、ライラはむくれてしまった。やべ、話題を変えよう。

「あ、そうだ!さっきの雨、きみが降らしてくれたんだろ?すごかったなぁ」

「うん……“アメフラシ”の魔法を使ったの。あのままじゃ、みんな焼けちゃうと思ったから」

「助かったよ、どうしようかと思ってたんだ。ライラは、随分魔法に詳しいんだな」

「ふふん。ライラは偉大なまほーつかいなんだから」

ライラは小さな胸を反らす。魔法使い、ねぇ。ライラの魔法はこの目で見てるから、それは疑いようもないことだけど、そもそもこんな小さな女の子が魔法を扱えるものなのか?ウィルみたいに神殿で専用の教育を受けていたわけでもなさそうだし……

「ライラ、きみはどうして、そんなにいろいろな魔法が使えるんだ?」

「どうしてって、べんきょーしたからだよ」

「ああ、うん、そうね……大事だな、勉強は」

「それと、ライラが天才だからかな」

「あ、そう……」

「ねえ、それより、誰かがライラのことを探してるんでしょ?それって誰なの?」

「おっと、そうだった。さっきは話が途中になっちまったけど、俺たちはきみを探してほしいって頼まれたんだ。その人はきみの友達らしくって、名前をハクっていうんだけれど」

「ハク……!」

ライラは目を見開いた。

「ハク、まだこの近くにいるの?いなくなったと思ってた」

「ああ、ここのふもとの川で会ったんだ。それでなライラ。ハクは、きみのことを心配してたんだぜ。きみがこの村でうまくやってるかってな。で、村の人にも聞いてみたんだけど、どうにも俺はきみが幸せに暮らしていたとは思えない」

「……」

「ライラ、きみにいったい何があったんだ?どうしてそんな姿になった?一緒にいたはずの家族は?」

「……」

「よければ、話してくれないか」

俺は命令口調にならないよう、極力優しい声色で頼んだ。ライラはふいっと俺から目をそらし、もじもじとつま先で足元の雑草を踏みつぶしている。となりでフランがイライラとまなじりをひくつかせているが、今は我慢だ。
やがてライラはしゃがみこんで、自分の膝の間に顔を突っ込んでしまった。ひょっとして、話す気が無いのか?俺が肩を落としかけたその時、ぼそぼそとライラが語りだした。

「……どこから話せばいい?」

「っ!そ、そうだな。ライラは、どこで産まれたんだ?この村の出身じゃないんだろ?」

「わかんない。どこか遠くの町。でも、まほーの学校だったと思うなぁ」

「魔法の学校?」

「うん。ライラ、そこでまほーを習ったの。その時の教科書をまだ持ってるんだ。卒業する時にもらったのよって、おかーさんが……」

ライラの声は尻すぼみにかすれた。

「おかーさん……」

「……ライラ。きみの家族は、その……」

「……死んじゃった。おかーさんも、おにぃちゃんも」

ウィルが小さく息をのむのが聞こえた。やっぱり、そうか。こんな小さな子を遺して……

「きみたちは、ここの村にあまり良くしてもらえなかったらしいな」

「……うん。ライラが、まほーを使えるから。でも、ライラは悪くない!村の大人はまほーが使えないから、羨ましがってるだけだって、おかーさんは言ってたもん!」

「ああ、俺たちだって悪いとは思わ……ちょっと待てよ。まさかお前、俺たちにしたみたいに、村中で魔法をぶっ放してたんじゃないだろうな」

「しないよ!いつもまほーを使うのは、おにぃちゃんと一緒に練習する時だけだもん。おかーさんがそうしなさいって。でも、大人にみられちゃって……」

「ああ、それで噂が広まっちまったのか。じゃあ、炭鉱で起きた落盤事故も、きみは全然関係ないんだな?」

「知らないよ。あの日ライラは、おにぃちゃんと食べられる草を探しに行ってたんだもん」

「そうか……」

俺は内心でヴォール村長へのため息をついた。ライラに何もかもを擦り付けたあの村長は、一体どこまで性根が腐ってるんだ。

「でもきみだけは、今まで生きてこられたんだな。それは、そんな体になっちまったことと関係あるのか?つまり、人の死体を食うような……」

「……わかんない。気付いたらこうなってた」

気付いたら……ウィルみたいに、自分がグールになった直後の記憶が無いのだろうか?それとも……

「……まあいいか。きみが無事に生きてて何よりだ。まあ、ちょこっと普通の人間とは言えないかもしれないけど……ハクのやつ、きっと喜ぶぜ」

ハク、と聞いて、ライラがようやく膝の間から顔を上げた。

「ねぇ、ハクは今どこにいるの?川の近くに住んでるの?」

「ん、ああ。あいつはだな、わけあって川から離れられないんだ……」

カッパだから、というのはどうにも気が引けた。俺の口からいうのもなぁ……

「あ、じゃあライラ、いっしょにハクに会いに行こうぜ」

「いっしょに?ハクのとこへ?」

「ああ。俺たちの口からきくより、お前に直接会えたほうがハクも喜ぶだろ?友達なんだからさ、顔見せてやれよ」

俺は気を利かせたつもりだった。ライラはきっと、二つ返事で了承してくれるだろうと……そう思っていたのに。ライラの顔は、石のように強張っていた。

「……」

「ら、ライラ……?」

「わたし、会いたくない」

「え」

「村の人間になんか、絶対に会うもんか!」

うわ!ライラの周りで火花が散った。比喩じゃない、本物だ。エラゼムがさっと身構え、いつでも俺たちの間に割って入れるよう姿勢をとる。しかしライラは全く動じなかった。

「あんな村、大っ嫌い!」

「お、落ち着けよライラ。村の人間って言ったって、ハクはお前の友達じゃないか」

「ずっと前の話だよ!今まで一度も会いに来てくれなかった!おかーさんが死んだときも……それに、ハクだって村に住んでた!あっち側の人間だ!」

「じゃ、じゃあさっき火事から助けた人たちは?お前はあの人たちの命を守ったろ」

「あそこは村の一部なんかじゃない!村から追い出された人たちが追いやられてる、別の町だ!」

う、そう言われると。確かにスラムと村の中心は距離が離れているし、人の暮らしだってとても同じとは言い難い。

「なぁおい、どうしてそんなに嫌うんだよ?そりゃ、お前たちを見殺しにした人たちを好きになれるとは思わないけど、でもハクは……」

「ちがう!見殺しなんかじゃない!あいつらが、おかーさんを殺したんだ!あいつらがおかーさんにひどいことしなければ、おかーさんは死ななかったもん!」

え……その言いかただと、まるで死因は村人たちが直接手を下したせいみたいじゃないか……?

「きみのお母さんは、村人に何かされたのか?」

「そうだよ……事故が起きて、人がたくさん死んだのは全部わたしたちのせいだって言われた。怒ってる大人の人がいっぱい来て、ライラたちがいるから、生きてるのが悪いんだって。おかーさんはわたしたちを庇って、村の人たちにいっぱい殴られた……顔が、紫色になって、目も鼻もわからなくなって……まるで、おかーさんじゃないみたいだった。そのせいでおかーさんは、死んじゃったんだ」

う……惨い話だ。さっき老婆が、怒りの矛先がライラ達家族に向けられたと言ってたけど、それは感情じゃなくて、暴力としての話だったんだ。想像していたより、ずっとたちが悪い。

「でも、それだけじゃない。あいつらは、ライラたちも殺そうとした!」

「え?でも今こうしてるってことは、助かったんだろ?」

「おにぃちゃんが助けてくれたから……けど、そのせいでおにぃちゃんも死んじゃった。おにぃちゃんが、ライラだけは生きろって、言ってくれたんだ……」

「そんな……」

じゃあライラは、次々と家族が死んでいくのを、たった一人で見送ったってことなのか?最初は母を、次は兄を……それならライラが村を憎むのも当然じゃないか。さっきのスラム街で俺は、スラムの住人がオークを憎むのも無理はないと思った。当然だ、やられたらやり返したいと思うのが人間だから。けど、だったら俺は、目の前の少女になんて声を掛ければいいんだ?
肩を震わせ、運動した後のように荒い息をするライラ。そのライラに声をかけたのは、意外にもフランだった。

「あなたは、憎いと思わなかったの?」

「え?にく、い?」

「そう。村の人たちに、復讐したいとは?あなたは強力な魔法が使える。それを使って、殺された家族の仇をとってやればよかったのに」

な、なんてこと言うんだフラン!
けど、ちょっと待てよ。ライラはずっと村の近くにいたんだから、その機会はいくらでもあったんだ。もしライラにちょっとでもその気があれば、火の玉を二、三発撃ち込むだけで、村を壊滅させられたはずだ。だが現に、今もまだサイレン村は細々と存続している。

「……そんなこと。そんなこと、思ったに決まってるよ!おかーさんにあんなことしたやつら、ライラたちにあんなことしたやつら!燃やして、溺れさせて、切り裂いて、潰してやりたいって、何度だって思った!」

ライラが叫ぶ。しかしフランは、相変わらず無表情だ。

「ならどうして、それを実行に移さないの」

「それは……おかーさんが、言ってたから。まほーを生き物に向かって使っちゃいけないって。ライラのまほーは神様から授かった力だから、悪いことに使っちゃいけないって……」

「立派な教えね、役に立ったかはともかくだけど。けどあなた、最近はそれを守ってないでしょ。わたしたちに向けて、火の玉を投げつけてくれたものね」

「あ、あれは!邪魔だったから、ちょっとおどかしただけだもん!ライラ、まほーを人に当てたことは一度もないよ!」

「ふーん、そう」

「うそじゃないもん!」

「ま、まぁまぁまぁ……」

またバチバチ火花が散ってきたライラをなだめすかすと、俺は“言い過ぎだ!”と、キッとフランを睨んだ(フランはぷいと知らんぷりをした)。

「でも、ライラは偉いよ。魔法で復讐するなんて、きっとお母さんだって望んじゃなかったろうしな」

「そんなのわかんないよ!でも、ライラはおかーさんとの約束を破ったことないから、いまでも我慢してるんだ。だけど仕返しに、あいつらが死んだらみんなライラが食べてやるんだよ。死んだ人は、約束に入ってなかったもん」

「あ、お前、だからここの墓地を荒してんのか?そんな理由で……」

「べっ、べつにいいでしょ!ほんとは村のやつら全員、骨だけにしてもいいんだから!けど、それはしないようにって……」

「ほほーう!みなさん、聞きましたか今の?」

なに?突然墓場に、場違いに明るい男の声が響き渡った。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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