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7章 大根役者

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「ほら、ここが工房通りだよ。最先端の魔道具が集まる、人類の叡智の最前線さ」

ミルコが俺たちを案内しながら言った。石畳の通りには、様々な店のショーウィンドウが立ち並んでいる。ライラは大はしゃぎで店々のウィンドウに張り付いて回った。その店の品物ときたら、どれも奇妙な物ばかりで……何に使うのかもわからない、銀とガラス製の道具ばかり取り揃えた店、色とりどりの鉱石をきっちりした格子状のケースに入れて飾っている店、古いものから最新のものまで、様々な時代の魔法書を集めた本屋など……見ている分には楽しかったけれど、一体どういう目的で買うものなんだろうな?中には動物の目玉や内臓まで扱う店もあった。ひぃ、使い道すら見当もつかないぞ。俺とウィルは揃って顔を青くした。
しかも、一つ一つが恐ろしく高価だ……魔法使いってのは、みんな金持ちなのかもしれない。ライラは楽しげだったが、懐事情を察してか、何かをねだるような事はしなかった。
工房通りを抜けると、ミルコがこちらを振り向く。

「さて、では次のスポットを案内しようと思うけど、君たちは疲れてないかい?この近くには僕のおすすめのカフェもあるから、いつでも休憩できるからね」

ミルコは、良いガイドだった。気さくで、常に笑顔を絶やさず、気配りもうまい。ミルコの案内する場所は全てライラのツボに嵌ったし、残った俺たちが飽きないように、その場所のうんちくや小話なんかをいろいろと話してくれた。

「それじゃあ、次へ向かおうか。次は魔法のお店ではないんだけど、ぜひ紹介したいな。この先に、マナとヘカのモニュメントがあるんだ」

本屋の棚に張り付き、全ての本を立ち読みしてやろうと息巻くライラを何とか引っぺがすと(店主のじいさんはウンザリだという顔をした……)、俺たちはミルコに続いて、モニュメントとやらまで向かった。さっきまでいたエリアは、やっぱり専門街的なところだったみたいだ。一本道をずれると、俺の見知った野菜市やパンの屋台なんかの、生活品を扱う店が並んでいる。人通りもこっちのが多い。そうだよな、鉱石や本じゃ腹はふくれないだろうから。ところで、俺は町ゆく人々を眺めながら、ミルコに話しかけた。

「なあ、ミルコ。聞いてもいいか?」

「ん、なんだい?気になることがあったかな」

「ああ。この国では、ピアスが流行ってるのか?」

俺がすれ違う人たちは、そのほとんどが耳に金色のピアスを付けていた。輪っかから四角いプレートを吊るすという独特なデザインのピアスを、みんなこぞって付けている。このデザインが大流行したんだろうか?

「ああ、“ノーマ”のことだね。あのピアスは、おしゃれのために付けているわけじゃないんだ」

「ノーマ?なんだそれ?それに、なんのために?」

「あれは、自分の職業を表しているんだよ。ノーマの人たちは、魔術師の助手や、生活の手伝いをしているんだ。この町は魔術師が中心だから、魔力を扱えない人たちは、ああして魔術師のもとで働くんだ」

「へー……じゃあ、ピアスをしてる人は、魔法使いじゃないってことなんだ」

「そういうことだね。ノーマの人は魔術師のお使いでいろいろな店に顔を出すことが多いから、分かりやすいようにしているんだ。魔術師が町の発展を支え、その魔術師をノーマたちが支える……魔法を中心としたこの国のライフスタイルだよ」

「ふーん……」

わざわざ魔法使いと、そうでない人とを区別しているんだな。ちょっと不思議な気もするけど……

「それって、俺たちは別にしなくてもいいんだよな?」

「あはは、もちろんさ。国境でもらわなかったかい?滞在許可状。あれがあれば、旅人として細かいことは免責されるんだけど」

「あれ?もらってないな。俺たち、ファインダーパスで国境をくぐってきたから、そのせいかも」

「なんだって……」

ファインダーパス、と聞いて、ミルコが目を丸くした。

「驚いたな……君たちくらいの若さでパスを持っている人に会うのは初めてだよ。なるほど、道理で強い魔力の波動を感じるはずだ」

「そう……なのか?」

「ああ。特に君と、あの女の子にはね」

ミルコは大はしゃぎであちこち走り回るライラを指さした。

「君たちのような若い才能の案内ができて光栄だよ。あの女の子の手足も、おおかた魔法の実験か何かの影響なんだろう?」

「えっ?あ、ああ~、あはは。そうなんだ……」

しまった、うっかりしていた。ライラの手足は、グールになった後遺症か、真っ黒な色をしているから。見る人が見なくても、一目で普通の少女じゃないことが分かるくらいだ。しかしミルコは、勝手に納得してくれたみたいだった。

「恥じる必要はないよ。魔法にそれだけ熱意を注いでいる証拠なんだからね。それに、この国には実験の反動で腕や足を吹っ飛ばしてしまった魔術師がごろごろいるから、そんなに目立たないさ」

「あ、そうなの……」

すごい国だな、三の国。これならエラゼムが兜を外しても、案外ばれないかもしれない……無理かな、さすがに。ミルコは勝手に俺たちを魔術師の集団みたいに思っているようだが、そのほうが都合がよさそうなので黙っておくことにした。

「あ、じゃあミルコ、あんたも魔法使いなのか?ピアスしてないけど」

俺はミルコの両耳を見たが、そこにノーマの人たちと同じピアスはなかった。

「ん、ああ、僕は魔術師ではないよ。ただ、僕の祖父が魔術師でね。代々魔術師だった家系は、僕みたいに他の職業に就くことが多いんだ。だからノーマの人たちは、外国から移り住んできた人たちが多いんだよ」

「そうなんだ」

でも、それだと大変だな。ノーマの人たちは、働くうえで必ずピアスを空けなきゃならないんだ。そんなに痛くはないって聞くけれど……するとその時、ちょうど俺たちの歩くすぐわきの店から、一人のノーマの男性が通りに出てきた。俺は思わず、その人のピアスを目で追ってしまった……

(……え?)

見間違いか?いや、そうじゃない。あのピアス、四角い部分に、何か文字が彫ってあるぞ。ちらりとしか見えなかったが……俺にはその文字列が、人の名前と、何桁かの番号に見えたんだ。それを見た瞬間、俺は前いた世界の、アレを思い出してしまった。そう、あれだ。牛や豚なんかの耳に付いている、黄色いタグ……

(まさか……そんな、まさかな。だってあの人たちは、家畜じゃなくて人間なんだし……)

「さあ、そんなことより。見えてきたよ、あれがマナとヘカのモニュメントだ」

俺が葛藤しているとはつゆ知らず、ミルコが明るい声で前を指差した。ミルコがこの調子なんだから、きっと俺の考えすぎだろう……
前方には、大きな岩のようなモニュメントが鎮座していた。岩の表面はつるつると平らで、細かい文字が彫りつけられている。岩のてっぺんにはミニチュアの風車が取り付けられていて、その下には銀色の管があり、水が湧き出している。岩の中から水をくみ上げ続けているようだ。その水は岩の表面をさらさらと流れていき、最終的には岩の足もとに吸い込まれていく。そして岩の両脇では、ガラス製のランプの中で、赤々とした炎が絶えずゆらゆらと燃え続けていた。

「うわぁ……なんだこれ、どうなってるんだ?」

「ふふふ。これは、大地の魔力を象徴しているんだ」

「大地の魔力?」

「そう。この世界に普遍的に溢れるマナ。そして魂に宿るヘカの内、もっとも重要とされる四大幻素エレメンタルを表しているんだよ」

「あー、たしか火・水・風・地の四つの属性のことを言うんだっけ」

なるほど、風車が風、流れる水はそのまま水、岩が地を表していて、最後に火が燃えているってわけか。

「そうだよ。これらの魔力は普段世界に満ち溢れているものだけれど、日常生活の中ではそれを実感しにくいからね。だからこうして自然の力を感じさせ、感謝できるようなモニュメントが作られたんだ」

「ははー、なるほどな。でもすごいな、これ。岩の中で水が循環してるのか?それとも、地下からくみ上げてるとか?」

「え?まさか。全部永久化された魔法で動かしてあるんだよ。水もくみ上げているように見えて、実際は魔力で転移させているんだ。ははは、そんな非効率なこと、魔術師がするわけないじゃないか」

「あ、そうなんだ……」

でもこれ、自然に感謝するためのモニュメントなんじゃないのか……?思いっきり不自然な気がするんだけど。

「あ、ところで、この細かい文字はなんだ?」

俺は岩の表面に顔を近づけて、文字を眺めてみる。小さな文字列は、どうやら人名のようだが……

「ああ、それはね。戦争で犠牲になった、魔術師たちの名前だよ」

「え……戦争って、魔王との?」

「そうさ。戦争に命を賭した魔術師は、その碑に名前を刻まれる。名誉ある事だよ。その魔力は大地に宿り、巡り巡って、また僕らの下に帰ってくるからね。忘れないために、刻んでおくんだ」

ミルコは羨望と、哀愁が混じった瞳で、石碑を見つめる。じゃあこのモニュメントは、慰霊碑の役割も持っているんだな。俺は戦死者たちの名前を見てから、黙とうした。魔術師に知り合いはいなかったが、下の方に他の名前と分けられるようにして、かつての勇者たちの名が刻まれていたんだ。

(過酷な戦争だったんだな……)

モニュメントのそばにはベンチが置かれていて、休憩ができるようになっていた。そこで少し休んでから、ミルコは次の場所を案内しようと言った。なんでも魔法でつくられた、七色に光るお菓子をだす店があるらしい。

「さあ、それじゃあ付いて来て。こっちだ……」

ミルコが歩き出そうとしたその時、俺たちの前に突然、みすぼらしいローブを着た老人が現れた。あれ、ほんとにいつ、そばまで来たんだ?ぜんぜん気付かなかった、地味な格好だからかな。

「もし、そこのお方々。すこしお待ちくだされ」

老人に声を掛けられ、俺たちは足を止めた。ミルコが怪訝そうな顔で老人にたずねる。

「ん、ご老人?なにかな。僕は今、この人たちをガイドしている最中なんだけど」

「いやはや、その途中で大変申し訳なんだとは思うのですが、どうしてもそのお方々に用がありましてな。ガイドさんには、ちょいと席を外してもらえんじゃろうか」

「なっ……そんなことできるわけないだろう!僕は仕事の真っ最中なんだぞ」

「ええ、ええ。重々承知しております、ですから、これを……」

老人はローブの袖の中に手を差し込むと、中から何かを取り出して、それをミルコの手に握らせた。ちらっと見えたが、どうやら金貨のようだ。思いがけない大金に、ミルコが目を丸くする。

「それで、矛を収めてくれんかの。わしが用があるのは、このお方々だけなのじゃ」

「……わかりましたよ、まったく」

ミルコはぶすっとした顔でそう告げると、本当に俺たちを置いて行ってしまった。えぇ、俺たちはどうすりゃいいんだ?あれよあれよという間に、なぜか俺たちはこの老人と一緒に行くことになってしまった。

「あのー……あんた、いったい誰なんだ?」

警戒しながら老人に声をかけると、老人は再び袖の中に手を突っ込みながら答える。

「すみませんのぅ、強引なことをしてしまいまして。ただ、どうしても好奇心が抑えられませんでしての」

「好奇心?まあ、確かに俺たちは旅人で、珍しく見えるのかもしれないけど……」

「ほっほっほ、いえ、そうではなく。あなた方が、勇者様ご一行だからですよ」

な、に……!?どうして、俺が勇者だって知ってるんだ?俺たちはさっと警戒態勢をとった。今までの経験則から、こういうヤツには注意したほうが賢明だ。

「そう身構えんでください。わしはただ、あなたたちを招待したいだけなんですから」

「招待……?おいあんた、いったい何を知って……」

俺が言いかけた、その時だ。老人がローブの袖から、細長い巻き紙を取り出した。げっ、あれって、スクロールってやつじゃないか?てことは、魔法を使おうとしている!俺があっと叫ぶよりも、フランが前に飛び出すよりも早く、老人は信じられないくらいしなやかな指の動きで、巻き紙の封を切った。その瞬間、光の粒子が俺たちを包み込み……
俺の目の前は、真っ暗になった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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