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7章 大根役者
5-1 ヴァンパイアの町
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5-1 ヴァンパイアの町
部屋を出た俺たちは、シリス大公に言われた通り、突き当りを左に曲がった。するとそこに、さっきの執事のじいさんが待ちかまえていた。
「お待ちしておりました、皆さま。ご案内差し上げたい場所がございますので、わたくしめについて来て下さいますでしょうか」
「はぁ……」
出口にでも案内してくれるのだろうか?シリス大公の手先について行くのは、いささか不安もあったが、ここで迷子になっているわけにもいかないだろ。おとなしくうなずくと、執事のじいさんは俺たちを連れて階段を下り、大きなホールへと出た。しかし……
「うわ……なんだここ……」
ホールと、呼んでもいいのだろうか。部屋の天井はとんでもない高さの吹き抜けになっていて、上の方は暗くなってよく見えないほどだ。そして壁からは、大木の枝のような太さの鎖が何本も生えており、それらがこれまた巨大なクリスタルを、部屋の中央にぶら下げていた。そのクリスタルの大きいのなんの……夜空の星を一つ捕まえて、この部屋に閉じ込めたみたいだ。でっかい金平糖のようなフォルムのクリスタルは、白、黄色、緑、青と、虹色にゆらめいている。ちょうど、エリスの髪みたいだな。中心には何かが埋め込まれているようだが、複雑に屈折しているせいで正確にはわからない。
「これはなんなんだ……?」
「こちらは、我が国の誇る魔術の真髄。文字通り、我が国の叡智の結晶……ディメンション・クリスタルです」
執事のじいさんが、おごそかな声で答えた。
「このクリスタルのおかげで、我々は異なる世界の座標を特定、固定化することに成功いたしました。この技術こそが、今日の勇者召喚システムを確立させたのです」
「え……これが?」
じゃあこの巨大なクリスタルが、この世界と、俺の元いた世界とをつなげたってことなのか。こいつがあったから、俺はこの世界に呼ばれたんだ……言っちまえば、すべての元凶ってことだな。
「なんでこんなものがあるんだ?ここって、王宮なんだよな?」
「はい。ここは王宮であると同時に、最先端の魔法技術を探求する研究所でもあるのです。皆様も、首都へ来られた際に見ませんでしたか?町の中心にそびえる、巨大な塔を」
……あ!そういや、あったな。ほかの建物より、ひときわ高いのっぽな塔。
「じゃあ、ここがあの塔?」
「左様でございます。ここは“宙の塔”。この国で最も高く、そして人類の技術においても、頂点を極める場所でございます」
はー……国の研究機関みたいなもんか。二の国の王城とはずいぶん違うな。あそこは、戦うための城って感じだったし。
「それはわかったけど……ここに俺たちを案内した理由はなんなんだ?」
「みなさまをお送りするようにと、陛下から申し付かりました。セイラムロットまでお送りさせていただきます」
へ?送るって、このじいさんが馬車でも引くのか?だが執事のじいさんは馬を連れてくることもなく、床の一角まで歩いていくと、そこでぶつぶつと呪文を唱え始めた。あ、このじいさんも魔術師なのか?
「ワンダーフォーゲル!」
執事のじいさんが渋い声で叫ぶと、大理石の床に白く輝く魔法陣が浮かび上がった。規模は小さいが、俺たちが国境で使ったトラベルゲートによく似ている。
「こちらの陣にお乗りください。町まで転送いたします」
ああ、そういうことか。なるほど、段取りがいい。こうなることは、すべて予想していたってか?
「それと、皆様にお言伝が。陛下より、この国の治安維持に著しく貢献したものに対しては、王宮から謝礼をする準備がある。諸君らの活躍に期待している……とのことです」
「そりゃ、どうも」
まったく、やる気にさせてくれるぜ。俺はうんざりしながら魔法陣の上に乗った。
「それでは、いってらっしゃいませ。皆様のご健闘をお祈りいたします」
じいさんが深々とお辞儀をすると、魔法陣が光を放ち始めた。トラベルゲートの時のように、体が重力から解放され、軽くなっていく。まぶしさに思わず目をつむり、そして再び開けるころには……俺たちは全く見知らぬ町へと降り立っていた。
「……どーやら、ついちまったみたいだな」
首都の石畳の町並みとは一転、ここは土の多い田舎町だ。くねくね曲がった道の両脇に、ぽつぽつと三角屋根の家が建っている。うねうね捻れた枝をつけた細身の木が、おばけの様にそこかしこに立ち並んでいた。風に揺れる梢が、おいでおいでをしているようだ……
「……ま、まあ。素朴な田舎町って、言えないこともない、よな?」
「ヴァンパイアさえいなければ、ですけどね……」
「そうだった……」
ここが、セイラムロット。吸血鬼が住み着く町……
「……とりあえず、人の多いところに行くか」
人の気配が感じられないと、ちょっと怖い……それに、町の人に話も聞きたいし。俺たちは町の中心部を目指して、枯葉の積もる道を歩き始めた。吸血鬼の町という言葉にのまれてか、道中は誰も口を開くことはなかった。町全体が、退廃的な雰囲気だ……板の打ち付けられた空き家、ボロボロになった案山子、持ち主に忘れ去られた木彫りの人形……
(ひょっとして、もうとっくに滅んでるんじゃ……)
そんなことを思いながら、一軒の建物に近づいた時だ。
「お……あれ、人だよな」
よかった、俺の妄想は見当違いだった。
くすんだ色のコートを着た男が一人、スイングドアを通って、枯葉色の屋根の建物に入っていく。酒屋だろうか?屋根の上には、不思議な形のエンブレムが飾られていた。風見鶏?それにしては、羽がギザギザしているような……
「あの屋根についてるの、なんだろ?」
「鳥……には見えないですよね」
「ライラ、コウモリだと思うな。ギザギザしてるし」
「え?猫じゃないの?」
「え……?」
「え~?」
「え?」
「……まあ、なんでもいいや。店なら人がいるだろ。行ってみようぜ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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9/14 誤字を修正しました。ご報告ありがとうございます。
部屋を出た俺たちは、シリス大公に言われた通り、突き当りを左に曲がった。するとそこに、さっきの執事のじいさんが待ちかまえていた。
「お待ちしておりました、皆さま。ご案内差し上げたい場所がございますので、わたくしめについて来て下さいますでしょうか」
「はぁ……」
出口にでも案内してくれるのだろうか?シリス大公の手先について行くのは、いささか不安もあったが、ここで迷子になっているわけにもいかないだろ。おとなしくうなずくと、執事のじいさんは俺たちを連れて階段を下り、大きなホールへと出た。しかし……
「うわ……なんだここ……」
ホールと、呼んでもいいのだろうか。部屋の天井はとんでもない高さの吹き抜けになっていて、上の方は暗くなってよく見えないほどだ。そして壁からは、大木の枝のような太さの鎖が何本も生えており、それらがこれまた巨大なクリスタルを、部屋の中央にぶら下げていた。そのクリスタルの大きいのなんの……夜空の星を一つ捕まえて、この部屋に閉じ込めたみたいだ。でっかい金平糖のようなフォルムのクリスタルは、白、黄色、緑、青と、虹色にゆらめいている。ちょうど、エリスの髪みたいだな。中心には何かが埋め込まれているようだが、複雑に屈折しているせいで正確にはわからない。
「これはなんなんだ……?」
「こちらは、我が国の誇る魔術の真髄。文字通り、我が国の叡智の結晶……ディメンション・クリスタルです」
執事のじいさんが、おごそかな声で答えた。
「このクリスタルのおかげで、我々は異なる世界の座標を特定、固定化することに成功いたしました。この技術こそが、今日の勇者召喚システムを確立させたのです」
「え……これが?」
じゃあこの巨大なクリスタルが、この世界と、俺の元いた世界とをつなげたってことなのか。こいつがあったから、俺はこの世界に呼ばれたんだ……言っちまえば、すべての元凶ってことだな。
「なんでこんなものがあるんだ?ここって、王宮なんだよな?」
「はい。ここは王宮であると同時に、最先端の魔法技術を探求する研究所でもあるのです。皆様も、首都へ来られた際に見ませんでしたか?町の中心にそびえる、巨大な塔を」
……あ!そういや、あったな。ほかの建物より、ひときわ高いのっぽな塔。
「じゃあ、ここがあの塔?」
「左様でございます。ここは“宙の塔”。この国で最も高く、そして人類の技術においても、頂点を極める場所でございます」
はー……国の研究機関みたいなもんか。二の国の王城とはずいぶん違うな。あそこは、戦うための城って感じだったし。
「それはわかったけど……ここに俺たちを案内した理由はなんなんだ?」
「みなさまをお送りするようにと、陛下から申し付かりました。セイラムロットまでお送りさせていただきます」
へ?送るって、このじいさんが馬車でも引くのか?だが執事のじいさんは馬を連れてくることもなく、床の一角まで歩いていくと、そこでぶつぶつと呪文を唱え始めた。あ、このじいさんも魔術師なのか?
「ワンダーフォーゲル!」
執事のじいさんが渋い声で叫ぶと、大理石の床に白く輝く魔法陣が浮かび上がった。規模は小さいが、俺たちが国境で使ったトラベルゲートによく似ている。
「こちらの陣にお乗りください。町まで転送いたします」
ああ、そういうことか。なるほど、段取りがいい。こうなることは、すべて予想していたってか?
「それと、皆様にお言伝が。陛下より、この国の治安維持に著しく貢献したものに対しては、王宮から謝礼をする準備がある。諸君らの活躍に期待している……とのことです」
「そりゃ、どうも」
まったく、やる気にさせてくれるぜ。俺はうんざりしながら魔法陣の上に乗った。
「それでは、いってらっしゃいませ。皆様のご健闘をお祈りいたします」
じいさんが深々とお辞儀をすると、魔法陣が光を放ち始めた。トラベルゲートの時のように、体が重力から解放され、軽くなっていく。まぶしさに思わず目をつむり、そして再び開けるころには……俺たちは全く見知らぬ町へと降り立っていた。
「……どーやら、ついちまったみたいだな」
首都の石畳の町並みとは一転、ここは土の多い田舎町だ。くねくね曲がった道の両脇に、ぽつぽつと三角屋根の家が建っている。うねうね捻れた枝をつけた細身の木が、おばけの様にそこかしこに立ち並んでいた。風に揺れる梢が、おいでおいでをしているようだ……
「……ま、まあ。素朴な田舎町って、言えないこともない、よな?」
「ヴァンパイアさえいなければ、ですけどね……」
「そうだった……」
ここが、セイラムロット。吸血鬼が住み着く町……
「……とりあえず、人の多いところに行くか」
人の気配が感じられないと、ちょっと怖い……それに、町の人に話も聞きたいし。俺たちは町の中心部を目指して、枯葉の積もる道を歩き始めた。吸血鬼の町という言葉にのまれてか、道中は誰も口を開くことはなかった。町全体が、退廃的な雰囲気だ……板の打ち付けられた空き家、ボロボロになった案山子、持ち主に忘れ去られた木彫りの人形……
(ひょっとして、もうとっくに滅んでるんじゃ……)
そんなことを思いながら、一軒の建物に近づいた時だ。
「お……あれ、人だよな」
よかった、俺の妄想は見当違いだった。
くすんだ色のコートを着た男が一人、スイングドアを通って、枯葉色の屋根の建物に入っていく。酒屋だろうか?屋根の上には、不思議な形のエンブレムが飾られていた。風見鶏?それにしては、羽がギザギザしているような……
「あの屋根についてるの、なんだろ?」
「鳥……には見えないですよね」
「ライラ、コウモリだと思うな。ギザギザしてるし」
「え?猫じゃないの?」
「え……?」
「え~?」
「え?」
「……まあ、なんでもいいや。店なら人がいるだろ。行ってみようぜ」
つづく
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読了ありがとうございました。
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