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7章 大根役者
5-2
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俺たちは男の入っていった店へと向かう。スイングドアをくぐると、中は薄暗く、たばこの白い煙で満ちていた。カウンターの前に、何人かの客が座ってグラスを傾けている。やっぱり酒場のようだ。ちょうどいい、情報収集にはうってつけの場所だな。
カウンターの奥にいたマスターらしき爺さんは、入ってきたのが少年少女中心の一団だとわかると、顔をしかめた。まぁ確かに、この場に似つかわしくない一行だわな。俺はとりあえずカウンター席に腰掛けた。
「何か、飲み物を貰えるかな」
「……ガキに出すもんはねえよ」
マスターはペッとつばを吐くと、汚れた布巾でグラスをこすり始めた。む、そっちがそう来るなら、こっちはこうだ。
「俺じゃなくて、この人の飲むものなんだけど」
俺は親指をつき立てて、エラゼムを指し示した。こういう時に頼りになるのが最年長だな。エラゼムはいきなり矢面に立たされて慌てていたが、ごほんと一つ咳払いをした。その独特の響きと鎧姿に、マスターはぴくりと眉を動かした。
「……ちっ、わかった。けどな、ウチには安酒しかないぞ。文句言うなよ」
マスターはグラスに琥珀色の酒を雑につぐと、どんっと俺たちの前に置いた。よし、これでとりあえず、俺たちは客になれたな。
エラゼムは酒が飲めないので、グラスを握ってそれっぽい仕草を見せている。その間に、俺はマスターに声をかけた。
「なあ、マスターさん。俺たち、旅をしてる最中でさ。この町には初めて来たんだけど、ここってどんな所なんだ?」
「なにぃ?」
マスターの爺さんは、濁った瞳をぎょろりとこちらへ向けた。
「見てわからなかったのか。この町にはなんにもありゃせん。チンケな田舎町だ」
「そ、そんなこともないだろ。見どころとか……」
「無、い!てめぇ、ここを観光案内所と勘違いしてんじゃないだろうな?静かに飲めねぇってんなら、よそに行きな」
マスターはぴしゃりと跳ねのけると、それっきりだんまりになってしまった。うへー、困ったな。もう何度目かになる“話を聞いてくれない”タイプだ。
「……どうしますか、桜下さん?」
ウィルがこそっとささやく。うーん、そう言われてもな。
「他の客に聞いてみるか?いや、でもなぁ……」
他の客は他の客で、“私は一人で飲んでいます”と背中に書いてある。とても陽気におしゃべりに興じてくれそうには見えなかった。
「……しょーがない、他を当たるか」
ここでこれ以上の聞き込みは無理だと判断した俺は、最後にもう一度マスターに話かけた。
「なあ、マスター……」
「なんだ!」
「わ、わ。そう怒鳴んないでくれよ、もう行くから。最後にさ、この町の宿だけ、どこにあるか教えてくれないか?それくらいはいいだろ?」
「……」
マスターはイライラした様子でこちらを睨んでいたが、ふいっと目をそらすと、またグラスを拭き始めた。
「……ここを出た、三本目の通りに“マーステン”っつう宿がある。この町唯一の宿屋だ」
「ん、わかった。ありがとな」
俺は礼を言うと、コインをカウンターに置いた。情報料としては割高になってしまったが、しかたない。結局手を付けなかったグラスを残して、俺たちは席を立った。
「……おい」
うん?立ち去ろうとしたその時、マスターがぼそりと声をかけてきた。なんだ、まだ文句が言い足りないのか?
「なんだよ」
「……あまり、この町に長居すんじゃねぇぞ。この町は、よそ者を歓迎しねぇ」
マスターはぼそぼそと告げると、再びグラスを拭く作業に戻った。ありがたい忠告だよ、まったく。俺は肩をすくめると、店の出口へと向かった。
「……はぁ、まいったなぁ」
スイングドアを抜けてから、俺はため息をついた。
「ここの町も、よそ者非歓迎みたいだな。宿の場所を聞きだすだけで一苦労だよ」
エラゼムがうなずく。
「大公の話では、この町はヴァンパイアに支配されているのでしたな。であればなにかしら、口にしづらい理由があるのやもしれませぬ」
「あー、まあよそ者に好きこのんで聞かせる話ではないよな」
ワンパンの町のサラならともかく、ここには伝説でない吸血鬼が住み着いている、らしいのだ。笑い話では済まないだろうな。
「……あの、でしたら」
うん?ウィルが、何か決意を固めた顔をしている。どうしたんだろう?
「私、あの酒場に残って張り込みをしてみます」
「え?ウィルが?」
「はい。だって、私は普通の人には見えないじゃないですか。酒場の人たちだって、よそ者がいないのなら、うっかり口が滑ることもあるんじゃないでしょうか」
それは、確かにそうだ。町の人間同士なら、愚痴の一つや二つくらいこぼしていても不思議じゃない。
「でも、いいのか?」
「ええ。情報収集は、手分けしたほうが効率がいいでしょう?あ、ロッドだけ預かっててもらえますか」
ウィルは唯一他人にも見えるロッドを、俺に差し出した。俺がそれを受け取ると、ウィルはぴしっと敬礼して見せた。
「では、行ってきますね。頃合いを見て引きあげますから、後は宿で落ち合いましょう。それでは!」
ウィルはふわふわと酒場の壁をすり抜けて、見えなくなってしまった。あいつ、意外にビビリなところがあったのにな……俺は内心で驚いていた。
「……それじゃあ、わたしも別行動にしようかな」
「え!?フラン、お前もか?」
これまた驚いた。フランまで……
「うん。酒場に入る前、遠くにちらっと、城みたいなのが見えたんだ」
「城……?こんな田舎町に、か?」
「うん。不自然でしょ。もしかしたら、そこがヴァンパイアの根城かもしれない」
「えっ。でも、だったら一人で行くのは危険じゃないか……?」
「そうでもないよ。わたし、ゾンビだし。吸われる血も、取られる命も持ってない。さいあく襲われても、ある程度は応戦できる」
まぁ、確かに……フランの怪力と俊足があれば、よほど恐ろしい敵じゃない限りどうにかなりそうではある。
「それに……もし敵に捕まっても、助けに来てくれるでしょ?」
「……ずるいな。もちろんだって言うしかないじゃないか」
フランはほんの少しだけ微笑むと、エラゼムのほうを向いた。
「この人のこと、よろしくね」
「承知いたしました。御武運を」
コクリとうなずき、フランは銀色の髪をふわりと翻して、あっというまに走って行ってしまった……
「……なあ、エラゼム」
「はい?」
「みんなが、すごく頼りになって、すげー嬉しいんだけど……なんでだろうな。少しだけ、寂しい……」
「うぅむ……吾輩には子はおりませんでしたので、正確ではないかもしれませぬが。それは俗にいう、巣立つ子を見る親心、というやつなのでは?」
「そっかぁ……親心、かぁ……」
しょぼしょぼになった俺を、ライラが意味が分からない、という顔で見つめていた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「俺じゃなくて、この人の飲むものなんだけど」
俺は親指をつき立てて、エラゼムを指し示した。こういう時に頼りになるのが最年長だな。エラゼムはいきなり矢面に立たされて慌てていたが、ごほんと一つ咳払いをした。その独特の響きと鎧姿に、マスターはぴくりと眉を動かした。
「……ちっ、わかった。けどな、ウチには安酒しかないぞ。文句言うなよ」
マスターはグラスに琥珀色の酒を雑につぐと、どんっと俺たちの前に置いた。よし、これでとりあえず、俺たちは客になれたな。
エラゼムは酒が飲めないので、グラスを握ってそれっぽい仕草を見せている。その間に、俺はマスターに声をかけた。
「なあ、マスターさん。俺たち、旅をしてる最中でさ。この町には初めて来たんだけど、ここってどんな所なんだ?」
「なにぃ?」
マスターの爺さんは、濁った瞳をぎょろりとこちらへ向けた。
「見てわからなかったのか。この町にはなんにもありゃせん。チンケな田舎町だ」
「そ、そんなこともないだろ。見どころとか……」
「無、い!てめぇ、ここを観光案内所と勘違いしてんじゃないだろうな?静かに飲めねぇってんなら、よそに行きな」
マスターはぴしゃりと跳ねのけると、それっきりだんまりになってしまった。うへー、困ったな。もう何度目かになる“話を聞いてくれない”タイプだ。
「……どうしますか、桜下さん?」
ウィルがこそっとささやく。うーん、そう言われてもな。
「他の客に聞いてみるか?いや、でもなぁ……」
他の客は他の客で、“私は一人で飲んでいます”と背中に書いてある。とても陽気におしゃべりに興じてくれそうには見えなかった。
「……しょーがない、他を当たるか」
ここでこれ以上の聞き込みは無理だと判断した俺は、最後にもう一度マスターに話かけた。
「なあ、マスター……」
「なんだ!」
「わ、わ。そう怒鳴んないでくれよ、もう行くから。最後にさ、この町の宿だけ、どこにあるか教えてくれないか?それくらいはいいだろ?」
「……」
マスターはイライラした様子でこちらを睨んでいたが、ふいっと目をそらすと、またグラスを拭き始めた。
「……ここを出た、三本目の通りに“マーステン”っつう宿がある。この町唯一の宿屋だ」
「ん、わかった。ありがとな」
俺は礼を言うと、コインをカウンターに置いた。情報料としては割高になってしまったが、しかたない。結局手を付けなかったグラスを残して、俺たちは席を立った。
「……おい」
うん?立ち去ろうとしたその時、マスターがぼそりと声をかけてきた。なんだ、まだ文句が言い足りないのか?
「なんだよ」
「……あまり、この町に長居すんじゃねぇぞ。この町は、よそ者を歓迎しねぇ」
マスターはぼそぼそと告げると、再びグラスを拭く作業に戻った。ありがたい忠告だよ、まったく。俺は肩をすくめると、店の出口へと向かった。
「……はぁ、まいったなぁ」
スイングドアを抜けてから、俺はため息をついた。
「ここの町も、よそ者非歓迎みたいだな。宿の場所を聞きだすだけで一苦労だよ」
エラゼムがうなずく。
「大公の話では、この町はヴァンパイアに支配されているのでしたな。であればなにかしら、口にしづらい理由があるのやもしれませぬ」
「あー、まあよそ者に好きこのんで聞かせる話ではないよな」
ワンパンの町のサラならともかく、ここには伝説でない吸血鬼が住み着いている、らしいのだ。笑い話では済まないだろうな。
「……あの、でしたら」
うん?ウィルが、何か決意を固めた顔をしている。どうしたんだろう?
「私、あの酒場に残って張り込みをしてみます」
「え?ウィルが?」
「はい。だって、私は普通の人には見えないじゃないですか。酒場の人たちだって、よそ者がいないのなら、うっかり口が滑ることもあるんじゃないでしょうか」
それは、確かにそうだ。町の人間同士なら、愚痴の一つや二つくらいこぼしていても不思議じゃない。
「でも、いいのか?」
「ええ。情報収集は、手分けしたほうが効率がいいでしょう?あ、ロッドだけ預かっててもらえますか」
ウィルは唯一他人にも見えるロッドを、俺に差し出した。俺がそれを受け取ると、ウィルはぴしっと敬礼して見せた。
「では、行ってきますね。頃合いを見て引きあげますから、後は宿で落ち合いましょう。それでは!」
ウィルはふわふわと酒場の壁をすり抜けて、見えなくなってしまった。あいつ、意外にビビリなところがあったのにな……俺は内心で驚いていた。
「……それじゃあ、わたしも別行動にしようかな」
「え!?フラン、お前もか?」
これまた驚いた。フランまで……
「うん。酒場に入る前、遠くにちらっと、城みたいなのが見えたんだ」
「城……?こんな田舎町に、か?」
「うん。不自然でしょ。もしかしたら、そこがヴァンパイアの根城かもしれない」
「えっ。でも、だったら一人で行くのは危険じゃないか……?」
「そうでもないよ。わたし、ゾンビだし。吸われる血も、取られる命も持ってない。さいあく襲われても、ある程度は応戦できる」
まぁ、確かに……フランの怪力と俊足があれば、よほど恐ろしい敵じゃない限りどうにかなりそうではある。
「それに……もし敵に捕まっても、助けに来てくれるでしょ?」
「……ずるいな。もちろんだって言うしかないじゃないか」
フランはほんの少しだけ微笑むと、エラゼムのほうを向いた。
「この人のこと、よろしくね」
「承知いたしました。御武運を」
コクリとうなずき、フランは銀色の髪をふわりと翻して、あっというまに走って行ってしまった……
「……なあ、エラゼム」
「はい?」
「みんなが、すごく頼りになって、すげー嬉しいんだけど……なんでだろうな。少しだけ、寂しい……」
「うぅむ……吾輩には子はおりませんでしたので、正確ではないかもしれませぬが。それは俗にいう、巣立つ子を見る親心、というやつなのでは?」
「そっかぁ……親心、かぁ……」
しょぼしょぼになった俺を、ライラが意味が分からない、という顔で見つめていた。
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