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9章 金色の朝
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「あの……親方は、このロッドを作った人を知ってるのか?」
ロッドを調べた挙句、予想外の結論を出した親方に、俺はそろそろとたずねた。
「ん?ああ。それがウィルだ。ウィリアム・オトラント」
「ウィリアム・オトラント……?誰だ……?」
「なに?お前たち、ウィルの話をしていたんじゃないのか?」
親方が眉根を上げる。
わけが分からなくなってきた。どうにも、俺たちと親方との話が食い違っている。親方は、まったく違う“ウィル”をイメージしているみたいだった。
「あの、親方。俺たちが知ってるウィルは、女の子のなんだけど」
「女?なんだ、人違いか。ウィリアムは男だ」
ああ、やっぱりそうか。そりゃ知らない名前なわけだ。けど、それならそれでおかしいぞ。
「でも、待ってくれ。このロッドの持ち主も、ウィルっていうんだ。んで、このロッドを作ったのも、ウィルさんなのか?」
ウィルってのは、ウィリアムの愛称だろう。けど、そんな偶然あるか?同じ名前の持ち主が、ロッドを譲り受けるなんて……
俺はそのとき、ウィルが目を見開いて、わなわなと震えていることに気付いた。唇がかすかに開いていて、そこから蚊の鳴くような声が漏れ出ている。
「ウィリアム・オトラント……姓が、“O”で始まってる……」
……あ!そうだ、思い出した!ウィルのフルネームは、ウィル・O・ウォルポール。でも孤児であるウィルは、育ての親であるプリースティスの名字を名乗っていると言っていた。そして本当の親の姓は、ミドルネームであるOから始まることしか知らないとも。
「まさか……なあ、親方!そのウィリアムさんって、子どもとかっていたのか!?」
「あ?いや、どうだったか……嫁さんはいたと思うが、詳しくは知らん。あいつは、あまり人と話さない男だった」
「そ、そっか……」
だが、それにしたって話が出来すぎている。偶然だけじゃない理由が、そこにはあるんじゃないのか。俺は心臓がドキドキ言うのを感じながら、再び親方にたずねた。
「親方。その、ウィリアムさんのこと、少し教えてもらえないかな?」
俺の態度の変わりように、親方も何か思うところがあったらしい。ウィルのロッドをこちらに差し出すと、ぐいと一口酒を飲み、それからゆっくり口を開いた。
「……あいつは、ウチの職人見習いだった。手先が器用な男でな。そのロッドみたいな、飾り細工を作る腕は随一だったが、一方で人と話すことは得意じゃなかった。そのせいで工房の連中とはなじめず、いつも一人で、黙々と作業を続けているような奴だった」
いつも一人……あまり、社交的な人じゃなかったらしい。俺は少し、共感を覚えた。
「そんなだから、俺もそこまで奴について知っているわけじゃない。仕事以外はほとんど口を利かなかったからな。だがある日、そんなそぶりをまったく見せていなかったのに、奴はいきなり工房を辞めると言ってきた。理由を聞けば、家族ができたとか、大切な人がいるとかで、要領を得なくてな。それでも意志は固そうだったから、俺は奴を引き留めはしなかった」
「じゃあ、そのウィリアムさんは、まだこの王都にいるのか?」
「いいや。しばらくしてから奴の家の前を通ったら、空き家になっていた。もうこの町にはいないだろうよ」
「そう、なのか……どこに行ったかもわからないのか?」
「さてな。今どこで何をしているのか、てんでわからん。やっこさんの実家は西の方にあるとかは聞いたが、そこにでも行ったのか、はたまた、だ」
消息はわからず、か……これじゃ、ウィリアムさんが本当にウィルの父親かどうか、確かめようがないな。
「それより、俺からも一つ聞かせてくれ。そのロッドの持ち主のウィルって娘は、ウィリアムの娘か?」
今度は親方が俺たちにたずねてきた。が、それを聞きたいのはこっちも同じだ。
「いや、俺たちも分からないんだ。今の話を聞いてそうかもって思ったんだけど、それだけじゃまだ断定もできないし……」
「そうか……」
むぅ、糸口が途絶えてしまった。俺も親方も口をつぐむ。しかし、偶然にしてはできすぎている気がした。その人の居場所がわかれば、もしかしたら……
「……みなさん、もう、いいですよ」
沈黙を、ぽつりと破ったのは、ウィルだった。
「これ以上は、もう分かりようもないですし。私も、今さら自分の出自を確かめたいとは、思いませんから……」
ウィル……俺はいつかにした、ウィルの昔の話を思い出した。彼女は言っていた。自分を捨てた親に二度と会いたくないし、会って一発殴ってやりたい、と……
「……親方。悪いけど、やっぱりよくわからないや」
「そうか。気にすんな、単なる興味だ。俺も今日になるまで、ウィルのことなんざすっかり忘れていたからな」
「そっか……でも、王都を出る前に、もう一度会えてよかったよ。明日にはここを発つんだ」
「確か、ドワーフの坑道へ行くんだったか?」
「そのつもりだよ」
すると親方は少しだけ考え込んでから、こう言った。
「……なら、もしも鍛冶屋へ寄ることがあったら、そこに金髪で、金色の目をした男がいないかどうか、確かめてみてくれないか」
金髪金眼……同じだ、ウィルと。
「それって……」
「ああ。ウィリアムの容姿だ。奴は、鍛冶以外にろくな取り柄のない男だ。もしかすると、今も鍛冶の仕事をやっているかもしれない」
「なるほど……けど、ドワーフの鉱山にいるかどうかは、わからないぜ?」
「それならそれでいい。忘れちまったなら、それはそれでかまわん」
親方はぶっきらぼうにそう言ったが、内心では、ウィリアムってやつのことを気にかけているんだろう。じゃなかったら、わざわざ家を訪ねたり、行き先を聞いたりはしないはずだよな。
「わかった。探してみるよ」
「ああ……俺が言いたいのは、それだけだ」
親方はぼそっと言うと、カウンターに向き直って、ちびちび酒を飲み始めた。会話が終わったところで、俺たちは今度こそ立ちあがった。
「っと、そうだ。もう一つ」
すると親方が、思い出したようにこちらへ振り返った。
「そこで酔いつぶれちまった男は、お前たちの知り合いか?」
へ??もしかして、デュアンのことか?親方は気絶したデュアンを、酒に酔っていると勘違いしたらしい。
「ぅあーっと、いや、さっき声をかけられたんだ。別に知り合いとかじゃ、ないよ。ははは……」
「そうか。そいつもウィルがどうだとか、この辺で聞きこんでいたからな」
「え?もしかして、親方もこいつと会ったの?」
「ああ。一週間前くらいに、うちの工房に来た」
デュアン、そんなところまで聞き込みに言っていたのか。もしかしたらこの半月、ずっと王都中を探し回っていたのか……?
「ずいぶん必死に尋ねまわっていたんで、印象に残ってな。自分は村の代表だ、故郷の人たちを代表してそいつを探している、だとよ」
故郷の人たちという言葉に、ウィルが息を飲むのがわかった。今の彼女には、酷な話だろう……
「そう、なのか……俺たちも、よくわからないって答えたところだよ」
「ウチも同じだ。お前たちの知り合いじゃないならそれでいい。何度も引き留めて悪かった」
「いや……それじゃ」
俺は会釈すると、再び背を向けた親方の後ろを通り過ぎ、仲間たちに先立って、にぎやかな酒場の外へと出た。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ん?ああ。それがウィルだ。ウィリアム・オトラント」
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「なに?お前たち、ウィルの話をしていたんじゃないのか?」
親方が眉根を上げる。
わけが分からなくなってきた。どうにも、俺たちと親方との話が食い違っている。親方は、まったく違う“ウィル”をイメージしているみたいだった。
「あの、親方。俺たちが知ってるウィルは、女の子のなんだけど」
「女?なんだ、人違いか。ウィリアムは男だ」
ああ、やっぱりそうか。そりゃ知らない名前なわけだ。けど、それならそれでおかしいぞ。
「でも、待ってくれ。このロッドの持ち主も、ウィルっていうんだ。んで、このロッドを作ったのも、ウィルさんなのか?」
ウィルってのは、ウィリアムの愛称だろう。けど、そんな偶然あるか?同じ名前の持ち主が、ロッドを譲り受けるなんて……
俺はそのとき、ウィルが目を見開いて、わなわなと震えていることに気付いた。唇がかすかに開いていて、そこから蚊の鳴くような声が漏れ出ている。
「ウィリアム・オトラント……姓が、“O”で始まってる……」
……あ!そうだ、思い出した!ウィルのフルネームは、ウィル・O・ウォルポール。でも孤児であるウィルは、育ての親であるプリースティスの名字を名乗っていると言っていた。そして本当の親の姓は、ミドルネームであるOから始まることしか知らないとも。
「まさか……なあ、親方!そのウィリアムさんって、子どもとかっていたのか!?」
「あ?いや、どうだったか……嫁さんはいたと思うが、詳しくは知らん。あいつは、あまり人と話さない男だった」
「そ、そっか……」
だが、それにしたって話が出来すぎている。偶然だけじゃない理由が、そこにはあるんじゃないのか。俺は心臓がドキドキ言うのを感じながら、再び親方にたずねた。
「親方。その、ウィリアムさんのこと、少し教えてもらえないかな?」
俺の態度の変わりように、親方も何か思うところがあったらしい。ウィルのロッドをこちらに差し出すと、ぐいと一口酒を飲み、それからゆっくり口を開いた。
「……あいつは、ウチの職人見習いだった。手先が器用な男でな。そのロッドみたいな、飾り細工を作る腕は随一だったが、一方で人と話すことは得意じゃなかった。そのせいで工房の連中とはなじめず、いつも一人で、黙々と作業を続けているような奴だった」
いつも一人……あまり、社交的な人じゃなかったらしい。俺は少し、共感を覚えた。
「そんなだから、俺もそこまで奴について知っているわけじゃない。仕事以外はほとんど口を利かなかったからな。だがある日、そんなそぶりをまったく見せていなかったのに、奴はいきなり工房を辞めると言ってきた。理由を聞けば、家族ができたとか、大切な人がいるとかで、要領を得なくてな。それでも意志は固そうだったから、俺は奴を引き留めはしなかった」
「じゃあ、そのウィリアムさんは、まだこの王都にいるのか?」
「いいや。しばらくしてから奴の家の前を通ったら、空き家になっていた。もうこの町にはいないだろうよ」
「そう、なのか……どこに行ったかもわからないのか?」
「さてな。今どこで何をしているのか、てんでわからん。やっこさんの実家は西の方にあるとかは聞いたが、そこにでも行ったのか、はたまた、だ」
消息はわからず、か……これじゃ、ウィリアムさんが本当にウィルの父親かどうか、確かめようがないな。
「それより、俺からも一つ聞かせてくれ。そのロッドの持ち主のウィルって娘は、ウィリアムの娘か?」
今度は親方が俺たちにたずねてきた。が、それを聞きたいのはこっちも同じだ。
「いや、俺たちも分からないんだ。今の話を聞いてそうかもって思ったんだけど、それだけじゃまだ断定もできないし……」
「そうか……」
むぅ、糸口が途絶えてしまった。俺も親方も口をつぐむ。しかし、偶然にしてはできすぎている気がした。その人の居場所がわかれば、もしかしたら……
「……みなさん、もう、いいですよ」
沈黙を、ぽつりと破ったのは、ウィルだった。
「これ以上は、もう分かりようもないですし。私も、今さら自分の出自を確かめたいとは、思いませんから……」
ウィル……俺はいつかにした、ウィルの昔の話を思い出した。彼女は言っていた。自分を捨てた親に二度と会いたくないし、会って一発殴ってやりたい、と……
「……親方。悪いけど、やっぱりよくわからないや」
「そうか。気にすんな、単なる興味だ。俺も今日になるまで、ウィルのことなんざすっかり忘れていたからな」
「そっか……でも、王都を出る前に、もう一度会えてよかったよ。明日にはここを発つんだ」
「確か、ドワーフの坑道へ行くんだったか?」
「そのつもりだよ」
すると親方は少しだけ考え込んでから、こう言った。
「……なら、もしも鍛冶屋へ寄ることがあったら、そこに金髪で、金色の目をした男がいないかどうか、確かめてみてくれないか」
金髪金眼……同じだ、ウィルと。
「それって……」
「ああ。ウィリアムの容姿だ。奴は、鍛冶以外にろくな取り柄のない男だ。もしかすると、今も鍛冶の仕事をやっているかもしれない」
「なるほど……けど、ドワーフの鉱山にいるかどうかは、わからないぜ?」
「それならそれでいい。忘れちまったなら、それはそれでかまわん」
親方はぶっきらぼうにそう言ったが、内心では、ウィリアムってやつのことを気にかけているんだろう。じゃなかったら、わざわざ家を訪ねたり、行き先を聞いたりはしないはずだよな。
「わかった。探してみるよ」
「ああ……俺が言いたいのは、それだけだ」
親方はぼそっと言うと、カウンターに向き直って、ちびちび酒を飲み始めた。会話が終わったところで、俺たちは今度こそ立ちあがった。
「っと、そうだ。もう一つ」
すると親方が、思い出したようにこちらへ振り返った。
「そこで酔いつぶれちまった男は、お前たちの知り合いか?」
へ??もしかして、デュアンのことか?親方は気絶したデュアンを、酒に酔っていると勘違いしたらしい。
「ぅあーっと、いや、さっき声をかけられたんだ。別に知り合いとかじゃ、ないよ。ははは……」
「そうか。そいつもウィルがどうだとか、この辺で聞きこんでいたからな」
「え?もしかして、親方もこいつと会ったの?」
「ああ。一週間前くらいに、うちの工房に来た」
デュアン、そんなところまで聞き込みに言っていたのか。もしかしたらこの半月、ずっと王都中を探し回っていたのか……?
「ずいぶん必死に尋ねまわっていたんで、印象に残ってな。自分は村の代表だ、故郷の人たちを代表してそいつを探している、だとよ」
故郷の人たちという言葉に、ウィルが息を飲むのがわかった。今の彼女には、酷な話だろう……
「そう、なのか……俺たちも、よくわからないって答えたところだよ」
「ウチも同じだ。お前たちの知り合いじゃないならそれでいい。何度も引き留めて悪かった」
「いや……それじゃ」
俺は会釈すると、再び背を向けた親方の後ろを通り過ぎ、仲間たちに先立って、にぎやかな酒場の外へと出た。
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