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10章 死霊術師の覚悟

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「なんで、あいつがここに!?」

魔法が解け、視界が戻るや否や、俺は叫んだ。

「桜下さん、何が見えたんですか……?」と、不安そうなウィル。

「あいつだ。クラークとか言う、一の国の勇者だよ。そいつらが、俺たちの後を追ってきてる」

「え!な、なんでですか?どうして私たちの行く先を知ってるんでしょう……?」

「さっぱりわからないよ、ちっ。けど、アイツらのことだ。友好的かつ平和的な目的のために追っかけてるとは、とても思えないんだよな」

前回の交戦では、俺たちは何百メートルもの崖から転落して、危うく死にかけた。その相手が、仲直りのために俺たちを訪ねてきたと考えるのは、いくらなんでも楽観的すぎるだろう。

「どうする、迎え撃つ?」

好戦的なフランの意見。フランはあいつらに借りがあるからな。

「けどさ……俺たちとアイツの相性って、はっきり言って最悪だぜ」

勇者であるクラークは、一人で千人分もの戦力を持つと言っても過言ではない。奴の操る雷魔法は、威力、範囲、速度どれを取ってもピカイチだ。そして仲間にシスターもいるので、アンデッドに対しての特効も持つ。それに、なにより……過去のトラウマから、俺は重度の雷恐怖症だ。

「……正面切っての戦いは、不利と言わざるを得んでしょうな」

重々しく告げるエラゼム。だがそのあとには、「ですが」と続けた。

「現状、吾輩たちには地の利があります。高低差のある山腹という地形において、敵の上を取ることは、戦力を何倍にも引き上げる効果を持ちます」

ふむ……幸い、かなり早い段階であいつらに気付くことができたおかげで、俺たちにはたっぷり準備をする時間がある。

「例えばですが、簡易的な砦のようなものを築けば、ライラ嬢とアルルカ嬢の魔法で、遠距離から一方的に攻撃することができます。さしもの勇者と言えど、魔法が雨つぶてのように降り注げばたまりますまい」

「なるほど……」

二人の魔術師の力があれば、砦どころか城まで築くことができそうだ。エラゼムの案は、かなり現実味を帯びていると思う。けど……

「けどさ、無理にあいつらと戦う必要って、あんのかなって」

「はい?」

俺は、頬をぽりぽりかきながら言った。

「あいつと戦うのって、なんかしんどいというか、ぶっちゃけ面倒くさいんだよな。うるさいじゃないか、正義がどうだとか、固い事ばっかりで……」

「ですが、桜下殿。あやつらを背後に置いての旅は、いささか危険ではないでしょうか?」

「あ、別にあいつらを追っ払うことには反対じゃないんだ。めんどくさいから、うっちゃっちまおうぜって話」

「おお、なるほど。そういうことでしたか」

戦わずに済むなら、そっちの方がいい。リスクもあるし……それに俺は、ああいうタイプは苦手だ。面と向かって顔を合わせるのは、できれば避けたい。

「であれば、吾輩から申すことは何もありません。桜下殿にお任せいたします」

「そうか?じゃ、そういう方向で行きたいんだけど……ちょっとだけ、気になる事もあるんだよな」

クラークたちはどうして、俺たちの動向を知っていたのだろう?俺たちを監視していた?発信機でも付いてるか?そのカラクリがわからないと、さいあくいたる所で、あいつらと鉢合わせになるかもしれないじゃないか。

「どうにかして、ちょこっと話ができないかな……」

「えぇ?」

ウィルが困惑気味に眉をひそめる。フランがむっつりした顔(混乱半分、呆れ半分ってとこか)で、これまでの話をまとめた。

「つまり、あなたはこう言いたいの?あいつらと直接戦いはせず、だけど追跡は撒きたいし、最低限の話もしたい。こういうこと?」

「は、は、は。しょうゆうこと……」

往年のギャグは全く受けなかった。

「……我ながら、無茶苦茶を言ってるとは思ってるよ。けど、どうにかならないかな?」

「大丈夫だよ、桜下!」

ぽんと無い胸を叩いて、ライラがふんぞり返った。

「ライラにいー考えがあるから。これなら、きっとうまくいくよ!」

「おっ!さすがライラ、頼もしいな。どんな作戦なんだ?」

「えへへ。それはね……」

ライラの計画を聞いて、俺たちは目を丸くした。



「……止まれ」

隻眼のアドリアが、すっと手を上げた。後ろに続いていたコルルとミカエルは足を止め、先を歩いていたクラークは振り返った。

「アドリア、どうしたんだい?」

「どうやら、気付かれたようだ。こちらを見ている」

クラークはハッとして、前方の山上にじっと目を凝らした。はるか遠くの山腹の岩の上に、かすかにだが、人影が見える気がする。

「アドリア、やつらかい?」

「恐らくそうだろう。背格好からして、間違いなさそうだ」

クラークは舌を巻いた。目が片方しかないというのに、アドリアはこの中で一番目がいい。研ぎ澄まされた直感によるものじゃないかと、クラークは時々思うほどだった。

「くそ、どうして気づかれたんだろう。あいつら、攻撃してくる気かな」

「いや、今のところ、その動きは見られん。こちらを見ているだけのようだ」

見ているだけ……?クラークは眉をひそめた。向こうは、こちらの正体までは把握していないのだろうか。それとも、クラークたちだと気づいていながらも、攻撃する気がないのだろうか。地形的には、山頂に近いあちらが圧倒的に有利だ。どっしり構えているのも、それゆえの余裕かもしれない。

「……気付かれているなら、こそこそ隠れる必要はないね。正面から行ってやろう」

強気なクラークの発言に、コルルが不安そうな顔をする。

「大丈夫なの?罠があるかもしれないわよ」

「うん。けど、もともとこっそり忍び寄ってだまし討ちなんて、するつもりはなかったから。正々堂々、真正面から、あいつらを叩き潰す。大丈夫、僕たちが負けるはずないよ」

「そうかもだけど……」

きっぱりと言い切ったクラークに、コルルは眉尻を下げたが、反論はしなかった。

「だけど、十分に警戒していこう。こちらにその気はなくても、あちらは卑怯な手段を取ってくるかもしれない。みんな、気は抜かないようにね」

一同に、ピリリとした緊張が走った。ミカエルは緊張しすぎて、しゃっくりが止まらなくなった。

クラークたちは、じれったいほどゆっくりと、険しい山道を登っていった。一歩踏み出すのに一秒かけるほどで、足が新しい地面を踏みしめるたびに、さっとあたりを見回し、飛んでくる岩はないか、襲い掛かる炎はないかと確認した。クラークの額には玉のような汗が浮かび、それが緊張からくる冷や汗なのか、単にぎらつく日差しによるものなのか自分でも分からなかった。ミカエルのしゃっくりは止まっていたが、代わりに顔が土気色になっていた。

そうして少しずつ山を登り、こうやってあえて時間を掛けさせ、こちらの気力を削る作戦なんじゃとコルルが思いはじめたころ、ようやくクラークが足を止めた。クラークの憎悪のこもった視線の先には、山肌に突き出した大きな屏風岩があった。その上に、数人の人影が立ち並び、クラークたちを見下ろしている。

「よう。久しぶりだな、一の国の勇者」

人影の中の一人が、声を投げかけた。クラークは憎しみのこもった声で、それに答えた。

「ああ。この時を待っていたぞ、二の国の勇者!」

クラークはシュリーンと剣を抜き、その切っ先を声の主へと向けた。クラークの魔法剣は、陽光を受けてまばゆく光り輝いている。

「今日こそ、決着をつけてやる!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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