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10章 死霊術師の覚悟
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「今日こそ、決着をつけてやる!」
屏風岩の上から、俺は四人の旅人を見下ろしている。金髪碧眼の少年、魔法使い風の少女、修道服のシスター、隻眼で長身の女弓士からなるパーティーだ。
輝く剣を俺に突きつけて、金髪碧眼の勇者・クラークはそう言い放った。まったく、だから嫌だったんだ。この時点で、疲れそうな感じがプンプンしてるだろ?
「あー、それもいいけどな。そっちも疲れてるんじゃないか?ずいぶんゆっくり登ってきたもんな」
上から見ていたけど、ほんとに蝸牛かよ!と思うくらい牛歩だった。俺がそれを茶化すと、クラークは顔を赤くして、歯を食いしばった。ぎりり、という音がこっちにまで聞こえてきそうだ。
「黙れ!お前の汚い手に、そう簡単にはまるものか!」
「汚い手って、あのなぁ。なんにもなかったのは、おたくらが一番よくわかってるだろうが。実際にここまで、無傷で登ってこれたんだから」
「う、うるさい!いちいち揚げ足を取るな!」
ふーむ、やっこさん、そうとう頭に血が上っているな。ここまで来るのに神経をすり減らしたせいで、カリカリしているのかもしれない。
「なぁ、そうイライラすんなって。こんなところで会ったのも何かの縁だ、少しくらい、お互いを知る努力をしてみるのもいいと思わないか?」
「なんだって?」
「剣より、言葉を交わそうぜってことだ。それに、そっちのお仲間さんは、ずいぶんくたびれてるみたいだし」
俺はクラークの後ろの、修道服の少女を見た。あちらのシスターは息も絶え絶えと言った様子で、紙みたいな顔色をしていた。目の焦点も若干あってない。
「そっちがどうしてもお望みなら、今すぐケンカしてもいいけどな。ちょっと息を整えてからのほうが、そっち的にもいいんじゃないかなってさ」
「ぐっ……」
クラークは歯噛みすると、さっとシスターの方に振り返った。
「ミカエル、大丈夫かい?」
「ええ……こひゅ、こひゅ……だいじ……です……」
クラークは少なくとも、それを鵜呑みにするほど馬鹿ではなかったようだ。
「ミカエル、無理はしないで。少し休んでいてくれ」
「で、すが……」
「ミカエル、ここはクラークにまかせましょ」
赤毛の、魔法使い風の恰好の少女が、そっとシスターの肩を抱く。
「クラーク、今はあいつの提案に乗って。戦うにしても、ミカエルの聖魔法が使えないと、アンデッドには歯が立たないわ」
「わかった」
二人はひそひそと声を潜めていたが、あいにくと今の俺にはバッチリ聞こえていた。クラークが、こちらを振り向く。
「おい、二の国の勇者よ!癪に障るが、お前の提案に乗ってやる!僕も、お前には聞きたいことがあったんだ」
「そうか。そんなら、まずはそっちの話から聞こうか」
よしよし、乗ってきたな。クラークは面白くなさそうに剣を鞘に戻すと、鼻を鳴らした。
「ふん!……ところで、お前。名は何て言うんだ」
「え?あれ、一度も名乗ってなかったっけか?」
「そうだ!僕は初めに名乗ったというのに、お前は名乗りもせずに、背中を向けて逃げ出したんだ!」
「ちっ、それを言うなら、名前も聞かずに襲い掛かってきたほうもどうかと思いますがね……まあいいさ。俺の名前は、西寺桜下だ」
「ニシデラ……?お前、日本人か?」
「え。ああ、うん……え?」
今、何て言った?日本人?
「ああ、そっか。あんたも召喚されてるんだから、日本のことを知ってるのか……」
「ああ……そうか、同じところの出身だったのか……」
「うん……え?ちょっと待て、あんたも日本人なのか?嘘だろ?だって、金髪だし、名前だって……」
「僕のこの顔と名前は、この世界に召喚された際に、新たに授かったものだ。お前もそうじゃないのか?」
「いや、俺は産地直送だ……」
なんてこった、一の国では、勇者の外見すら変えることができるのか?だからあんなに、絵にかいたような勇者像だったわけだ。うーん、俺も超絶イケメンになれるって聞いてたら、少し考えたかも……
「ニシデラ……それに、その顔、その帽子……」
衝撃に打ち震える俺をよそに、クラークはしきりに何かつぶやいていたが、やがてあっ!と大声を出した。
「お前、まさか!“比良坂病院”にいたことがあるんじゃないか!?」
「えぇ!ウソだろ!?」
まさか、その名をここで聞くことになるなんて……遠い昔の、ガラスのようにぎざついた、記憶のカケラだった。
「もしかして、俺とあんたって……一度、会ったことがあるのか?向こうの世界で……」
「……どうやら、そうみたいだ。名前を聞いて、ようやく思い出せたよ。確かに僕は、一度きみを見ている」
「俺は……って、わかるわけないか。向こうでの名前、知らないし」
「そうだろう。僕も、君を見かけただけだ。直接話したわけじゃないから」
「はぁー、そんなんでよく覚えてたな。俺、目立つ方じゃなかったと思うけど」
「ああ……それは、僕が君を見かけたのが……君が、“尊”さんと一緒にいるところだったからだよ」
「……ッ!」
どくんと、心臓がおかしな鼓動を打った。耳の奥が、ズキズキと痛い……今日は、懐かしい名前をよく聞く日だな。過去の記憶は、辛い物ばかりだけど……その名前だけは、できれば忘れていたかった。だって、取り戻したくなってしまうだろうから……鼻の奥で、血の匂いを嗅いだ気がした。
俺は唇を湿らせ、慎重に口を開く。
「……あんた、尊のことを知ってるんだな」
「ああ……知っているさ。知っているからこそ……お前のしたことが、許せないんだっ!」
ビリビリッ。クラークの全身から、殺気が放たれている。思わず身震いしそうだ。
突如豹変したクラークの態度に、彼の仲間たちも困惑の表情を浮かべている。だが、遠巻きに見つめるだけで、口を挟もうとはしなかった。俺とクラークとが知り合いだったということは、彼女らも知らなかったみたいだ。クラークも、自分の過去のことはあまり話してないんだろう。
「お前は!尊さんのそばにいたのに、あんなことをしでかしたのか!女性を襲うようなことを!」
「だから、何度も言ってるだろ……それは誤解だ。尊のことを知らなくてもするわけないし、知っていたとしたら、なおさら……するわけ、ないだろうが」
「く……」
クラークの青色の瞳は、迷うように揺れていた。アイツの中の冷静な気持ちと、激情に任せて俺をぶった切ってしまいたい気持ちとが、戦っているみたいだった。けど、あいにく俺には、それに付き合ってやる気はさらさらない。
「……まぁ、その話は、もうよそうぜ。俺が何を言ったところで、結局信じる信じないはお前次第だ。そんなことを言い合ったって、不毛だよ」
それに俺は、もうこれ以上、尊の名前を口にしたくなかった。
「それより、今度はこっちの質問に答えてくれ。お前、どうして俺たちの行き先がわかったんだ?」
「それは……手紙が、来たんだ」
「手紙?」
「そうさ。君たちの旅程について、詳細に記されていた。僕は、君たち自身か、そこに近しい人物が送ってきたんだと思ったんだけど」
「ばか言え、そんなの送るわけないだろ。俺たちに近いやつっつっても、数えるほどしかいないし……」
ロアやエドガーには、俺たちが北へ向かうと知らせてある。だけど、あいつらがわざわざそんなことをする意味が分からないだろ。もし仮に、まだ俺を恨んでいて破滅させたいのだとしても、だったら王都にいる間にいくらでもチャンスはあったはずだ。
「それ、差出人はわからないのか?」
「わからない。手紙には、何も書かれていなかった」
「うーん……なんかそれ、きな臭いな」
差出人不明の手紙だって?しかもそいつは、わざわざ俺とクラークとが引き合うように仕向けている。俺たちが気まずい関係だってことを知っているってわけだ。しかも、俺たちの動向まで把握している……
「お前、よくそんな胡散臭い手紙、信じようと思ったな?」
「ふん、余計なお世話だよ。君みたいな性悪な勇者を放っておくほうが、僕は何倍も危険だと思えたんだ」
「だーかーらー……」
バチバチバチ。俺たちの間に再び火花が散る。昔話のショックからも立ち直り、俺たちの間の空気は、また始めの険悪さを取り戻しつつあった。
「……どうやらお互い、言いたいことは言いつくしたみたいだな。どうする?まだ俺をふんじばって、タコ殴りにしなきゃ気が済まないか?」
「ああ……僕はまだ、君を完全に正義だとは認めていない。勇者としての責を果たさず、勝手に逃げ出してフラフラしていることは、正しいとは言えないな」
クラークの手は、そろそろと剣の柄へと伸びている。そろそろ潮時だな。
「ははは。そりゃ確かに、優等生とは言えないわな。けどだからと言って、お前にケツを叩かれるつもりはないぜ」
「なに。何を……」
「ここいらで、俺たちはおさらばさせてもらうってことだ!あばよ!」
ぼふん。もうもうと煙を上げて、“俺の姿”が忽然とかき消えた。
「なっ!消えた!?」
クラークが目を見開いて、あちこちにきょろきょろ顔を向けている。彼の仲間たちも、突如消えた俺の姿を探して、山の四方八方に目を向けていた。やがて、隻眼の女性が鋭い声を発する。
「あそこだ!十時の方角!」
女性が指さした先、ここからかなり離れた山の斜面には、大慌てでとんずらする“俺たちの姿”があった。
「くそ!また逃げる気か!みんな、追おう!」
「え、ちょっとクラーク!」
仲間の制止も聞かず、クラークは猛然と斜面を走り出した。
「クラーク!待ってったら!」
仕方なく、彼の仲間もあとに続く。クラークたちは、山頂とはぜんぜん見当違いの、別の尾根へと続く山道を走っていってしまった。
俺はそんな彼らの後姿を、にやにやと見送っていた。くくく、うまくいったな。ひとしきり満足した後で、俺はもう大丈夫だとサインを送った。そのとたん、俺の視界はその場を離れ、もとの場所へと戻っていった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「今日こそ、決着をつけてやる!」
屏風岩の上から、俺は四人の旅人を見下ろしている。金髪碧眼の少年、魔法使い風の少女、修道服のシスター、隻眼で長身の女弓士からなるパーティーだ。
輝く剣を俺に突きつけて、金髪碧眼の勇者・クラークはそう言い放った。まったく、だから嫌だったんだ。この時点で、疲れそうな感じがプンプンしてるだろ?
「あー、それもいいけどな。そっちも疲れてるんじゃないか?ずいぶんゆっくり登ってきたもんな」
上から見ていたけど、ほんとに蝸牛かよ!と思うくらい牛歩だった。俺がそれを茶化すと、クラークは顔を赤くして、歯を食いしばった。ぎりり、という音がこっちにまで聞こえてきそうだ。
「黙れ!お前の汚い手に、そう簡単にはまるものか!」
「汚い手って、あのなぁ。なんにもなかったのは、おたくらが一番よくわかってるだろうが。実際にここまで、無傷で登ってこれたんだから」
「う、うるさい!いちいち揚げ足を取るな!」
ふーむ、やっこさん、そうとう頭に血が上っているな。ここまで来るのに神経をすり減らしたせいで、カリカリしているのかもしれない。
「なぁ、そうイライラすんなって。こんなところで会ったのも何かの縁だ、少しくらい、お互いを知る努力をしてみるのもいいと思わないか?」
「なんだって?」
「剣より、言葉を交わそうぜってことだ。それに、そっちのお仲間さんは、ずいぶんくたびれてるみたいだし」
俺はクラークの後ろの、修道服の少女を見た。あちらのシスターは息も絶え絶えと言った様子で、紙みたいな顔色をしていた。目の焦点も若干あってない。
「そっちがどうしてもお望みなら、今すぐケンカしてもいいけどな。ちょっと息を整えてからのほうが、そっち的にもいいんじゃないかなってさ」
「ぐっ……」
クラークは歯噛みすると、さっとシスターの方に振り返った。
「ミカエル、大丈夫かい?」
「ええ……こひゅ、こひゅ……だいじ……です……」
クラークは少なくとも、それを鵜呑みにするほど馬鹿ではなかったようだ。
「ミカエル、無理はしないで。少し休んでいてくれ」
「で、すが……」
「ミカエル、ここはクラークにまかせましょ」
赤毛の、魔法使い風の恰好の少女が、そっとシスターの肩を抱く。
「クラーク、今はあいつの提案に乗って。戦うにしても、ミカエルの聖魔法が使えないと、アンデッドには歯が立たないわ」
「わかった」
二人はひそひそと声を潜めていたが、あいにくと今の俺にはバッチリ聞こえていた。クラークが、こちらを振り向く。
「おい、二の国の勇者よ!癪に障るが、お前の提案に乗ってやる!僕も、お前には聞きたいことがあったんだ」
「そうか。そんなら、まずはそっちの話から聞こうか」
よしよし、乗ってきたな。クラークは面白くなさそうに剣を鞘に戻すと、鼻を鳴らした。
「ふん!……ところで、お前。名は何て言うんだ」
「え?あれ、一度も名乗ってなかったっけか?」
「そうだ!僕は初めに名乗ったというのに、お前は名乗りもせずに、背中を向けて逃げ出したんだ!」
「ちっ、それを言うなら、名前も聞かずに襲い掛かってきたほうもどうかと思いますがね……まあいいさ。俺の名前は、西寺桜下だ」
「ニシデラ……?お前、日本人か?」
「え。ああ、うん……え?」
今、何て言った?日本人?
「ああ、そっか。あんたも召喚されてるんだから、日本のことを知ってるのか……」
「ああ……そうか、同じところの出身だったのか……」
「うん……え?ちょっと待て、あんたも日本人なのか?嘘だろ?だって、金髪だし、名前だって……」
「僕のこの顔と名前は、この世界に召喚された際に、新たに授かったものだ。お前もそうじゃないのか?」
「いや、俺は産地直送だ……」
なんてこった、一の国では、勇者の外見すら変えることができるのか?だからあんなに、絵にかいたような勇者像だったわけだ。うーん、俺も超絶イケメンになれるって聞いてたら、少し考えたかも……
「ニシデラ……それに、その顔、その帽子……」
衝撃に打ち震える俺をよそに、クラークはしきりに何かつぶやいていたが、やがてあっ!と大声を出した。
「お前、まさか!“比良坂病院”にいたことがあるんじゃないか!?」
「えぇ!ウソだろ!?」
まさか、その名をここで聞くことになるなんて……遠い昔の、ガラスのようにぎざついた、記憶のカケラだった。
「もしかして、俺とあんたって……一度、会ったことがあるのか?向こうの世界で……」
「……どうやら、そうみたいだ。名前を聞いて、ようやく思い出せたよ。確かに僕は、一度きみを見ている」
「俺は……って、わかるわけないか。向こうでの名前、知らないし」
「そうだろう。僕も、君を見かけただけだ。直接話したわけじゃないから」
「はぁー、そんなんでよく覚えてたな。俺、目立つ方じゃなかったと思うけど」
「ああ……それは、僕が君を見かけたのが……君が、“尊”さんと一緒にいるところだったからだよ」
「……ッ!」
どくんと、心臓がおかしな鼓動を打った。耳の奥が、ズキズキと痛い……今日は、懐かしい名前をよく聞く日だな。過去の記憶は、辛い物ばかりだけど……その名前だけは、できれば忘れていたかった。だって、取り戻したくなってしまうだろうから……鼻の奥で、血の匂いを嗅いだ気がした。
俺は唇を湿らせ、慎重に口を開く。
「……あんた、尊のことを知ってるんだな」
「ああ……知っているさ。知っているからこそ……お前のしたことが、許せないんだっ!」
ビリビリッ。クラークの全身から、殺気が放たれている。思わず身震いしそうだ。
突如豹変したクラークの態度に、彼の仲間たちも困惑の表情を浮かべている。だが、遠巻きに見つめるだけで、口を挟もうとはしなかった。俺とクラークとが知り合いだったということは、彼女らも知らなかったみたいだ。クラークも、自分の過去のことはあまり話してないんだろう。
「お前は!尊さんのそばにいたのに、あんなことをしでかしたのか!女性を襲うようなことを!」
「だから、何度も言ってるだろ……それは誤解だ。尊のことを知らなくてもするわけないし、知っていたとしたら、なおさら……するわけ、ないだろうが」
「く……」
クラークの青色の瞳は、迷うように揺れていた。アイツの中の冷静な気持ちと、激情に任せて俺をぶった切ってしまいたい気持ちとが、戦っているみたいだった。けど、あいにく俺には、それに付き合ってやる気はさらさらない。
「……まぁ、その話は、もうよそうぜ。俺が何を言ったところで、結局信じる信じないはお前次第だ。そんなことを言い合ったって、不毛だよ」
それに俺は、もうこれ以上、尊の名前を口にしたくなかった。
「それより、今度はこっちの質問に答えてくれ。お前、どうして俺たちの行き先がわかったんだ?」
「それは……手紙が、来たんだ」
「手紙?」
「そうさ。君たちの旅程について、詳細に記されていた。僕は、君たち自身か、そこに近しい人物が送ってきたんだと思ったんだけど」
「ばか言え、そんなの送るわけないだろ。俺たちに近いやつっつっても、数えるほどしかいないし……」
ロアやエドガーには、俺たちが北へ向かうと知らせてある。だけど、あいつらがわざわざそんなことをする意味が分からないだろ。もし仮に、まだ俺を恨んでいて破滅させたいのだとしても、だったら王都にいる間にいくらでもチャンスはあったはずだ。
「それ、差出人はわからないのか?」
「わからない。手紙には、何も書かれていなかった」
「うーん……なんかそれ、きな臭いな」
差出人不明の手紙だって?しかもそいつは、わざわざ俺とクラークとが引き合うように仕向けている。俺たちが気まずい関係だってことを知っているってわけだ。しかも、俺たちの動向まで把握している……
「お前、よくそんな胡散臭い手紙、信じようと思ったな?」
「ふん、余計なお世話だよ。君みたいな性悪な勇者を放っておくほうが、僕は何倍も危険だと思えたんだ」
「だーかーらー……」
バチバチバチ。俺たちの間に再び火花が散る。昔話のショックからも立ち直り、俺たちの間の空気は、また始めの険悪さを取り戻しつつあった。
「……どうやらお互い、言いたいことは言いつくしたみたいだな。どうする?まだ俺をふんじばって、タコ殴りにしなきゃ気が済まないか?」
「ああ……僕はまだ、君を完全に正義だとは認めていない。勇者としての責を果たさず、勝手に逃げ出してフラフラしていることは、正しいとは言えないな」
クラークの手は、そろそろと剣の柄へと伸びている。そろそろ潮時だな。
「ははは。そりゃ確かに、優等生とは言えないわな。けどだからと言って、お前にケツを叩かれるつもりはないぜ」
「なに。何を……」
「ここいらで、俺たちはおさらばさせてもらうってことだ!あばよ!」
ぼふん。もうもうと煙を上げて、“俺の姿”が忽然とかき消えた。
「なっ!消えた!?」
クラークが目を見開いて、あちこちにきょろきょろ顔を向けている。彼の仲間たちも、突如消えた俺の姿を探して、山の四方八方に目を向けていた。やがて、隻眼の女性が鋭い声を発する。
「あそこだ!十時の方角!」
女性が指さした先、ここからかなり離れた山の斜面には、大慌てでとんずらする“俺たちの姿”があった。
「くそ!また逃げる気か!みんな、追おう!」
「え、ちょっとクラーク!」
仲間の制止も聞かず、クラークは猛然と斜面を走り出した。
「クラーク!待ってったら!」
仕方なく、彼の仲間もあとに続く。クラークたちは、山頂とはぜんぜん見当違いの、別の尾根へと続く山道を走っていってしまった。
俺はそんな彼らの後姿を、にやにやと見送っていた。くくく、うまくいったな。ひとしきり満足した後で、俺はもう大丈夫だとサインを送った。そのとたん、俺の視界はその場を離れ、もとの場所へと戻っていった。
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