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10章 死霊術師の覚悟
16-1 再び車上にて
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16-1 再び車上にて
翌朝。降り続いていた雪はやみ、雲はまだ薄く残りつつも、時折その隙間から、澄んだ空が顔を覗かせるようになった。朝焼けの空は、寒々しい水色をしている。朝日の照らす浜辺を、俺たちと、コルトとボウエブが歩いていた。コルトは相変わらず大きな帽子を被り、ボウエブは黒いローブを体に巻き付けている。
「さてと……この辺でいいよ。人目についてもあれだしな」
俺たちが足を止めると、コルトたちも立ち止まった。白波が砂浜を濡らす。ざざあ、ざざあ。
「いいのかい?こんなところで……」
「ああ。見送りは不要だ……世話になったな」
「そんな。こっちこそ、だよ」
いよいよ、コルトたちともお別れだ。バタバタした二日間だったなぁ。俺は早起きしたせいで、まだ頭がぼーっとしていた。昨日は色々あって、あまり深く寝付けなかったし……
昨夜、俺とエラゼムが戻ってくると、ウィルが俺たちを出迎えてくれた。
「お二人とも、戻られたんですね。おかえりなさい」
「おう、ウィル。ちゃんとエラゼムを見つけてきたぜ」
「ええ、みたいですね……」
あ、あれ?ウィルはエラゼムのことを心配していたから、もっと派手なリアクションが帰ってくると思ったのに。ことのほか、ウィルは冷静だった。こうなることを、最初から知っていたみたいだ。
(……まあ、いいか)
エラゼムは外にいるというので、俺だけではなれの中へと戻る。扉を開けると、赤い瞳がこちらに振り返った。
「戻ってきたんだ」
「あ、フラン……」
俺は、闇の中に浮かぶ、フランの二つの瞳を見つめた。さっきのエラゼムとの会話……フランの目に映る俺は、いったいどんな姿なのだろうか?
「結構遅かったね……どうしたの?」
「あ、いや。エラゼムは無事、見つけたよ」
「そっか。落ち込んでた?」
「ああ。でもたぶん、もう大丈夫だと思う」
「そっか。流石だね」
「お、おう」
フランの素直な賛辞に、俺は気恥ずかしくて目をそらした。
「じゃあ、もう寝なよ。明日も早いんだし」
フランの言う通りだ。明日は人目の少ない早朝のうちに、ここを発つことになっている。勧めに従って、ライラの寝るベッドに潜り込むと、俺は疲れたまぶたを閉じた。
それから数時間後。俺たちはまだ薄明りの内に、こっそりはなれを抜けだし、霊園の中を通って、浜辺へとやって来たと言うわけだ。昨晩の一件は、すべてコルトが主導で起こしたことになっているからな。俺たちの存在は隠されなければならない。
「前にも言ったけど、俺たちのこと、特に俺の正体については、秘密にしてもらえるとありがたいんだけど……」
「大丈夫だよ。僕たちが、だれかの秘密をべらべら喋るわけないじゃないか」
コルトは胸をとんと叩き、ボウエブも力強くうなずいた。うん、この二人が言うと、実に信用できるな。
「じゃあ……コルト。これから、いろいろ大変だろうけど……っていうか、何もかもここからなんだよな。なんにも手伝えなくて、悪いな」
「そんなこと!本当に、桜下たちには感謝してもしきれないくらいさ。今朝だって、エラゼムさんに色々教えてもらったしね」
「え?そうなのか?」
いつの間に。俺はエラゼムの方を見た。
「桜下殿が起きられる少し前です。教えと言っても、大したことではないのですが。メアリー様がなさっていた政策や統治のすべなどを、少々話しただけです」
「そんなことないよ!とっても参考になりました。ね、ボウエブさん?」
ボウエブがうなずき、コルトとそろって頭を下げると、エラゼムは照れ臭そうに謙遜した。
「とんでもない。お二人とも筋がよいので、すぐに吾輩など越えてゆくでしょう」
「あはは、それは頼もしいな。じゃあ、期待してるぜって言っとくな」
「うん!任せて、きっとうまくやって見せるから!」
コルトは、手をグーの形にして、こちらに突き出してきた。おっと、こういうのは漫画でしか見たことなかったな……ちょっと照れ臭くニヤッと笑うと、俺は拳を同じようにして、こつんと付き合わせた。誰がどう見ても、男同士の友情にしか見えないだろう……ほんとは女の子なのにな。くくく。
「それと、ボウエブ。なし崩し的な形になっちまって悪いけど、コルトを助けてやってくれな。前と比べたら、そんなに悪い仕事じゃないと思うんだ」
「とんでもありません、桜下様。むしろ、こちらの方から感謝させていただきたいくらいです」
ボウエブは、深々と頭を下げた。
「私の力を、正しい事のために役立てられる日が来るなどとは、夢にも思っていませんでした。いや、夢には見れど、叶う日が来ると思ってなかったと言いましょうか……とにかく、私にとってもまたとない機会です。全身全霊をもって、コルト様に協力する所存です」
顔を上げたボウエブの瞳は、朝日を受けてキラキラと輝いていた。初めて会ったときの老け顔から、一気に若返ったようだ。彼がまたグラスゴウ伯爵に寝返らないか不安だったが、その心配は当面は必要なさそうだ。
「あ、それと一つ。桜下様、ちょっとよろしいですか?」
「うん?」
ボウエブは、口元に手を当てて、声のトーンを落とした。なんだろう、内緒話か?俺も耳をよせる。
「その……一つだけ、確認したいことがございまして。桜下様のお仲間の、赤髪の女の子のことです」
赤髪って、ライラのことか?
「その子が、どうかしたのか?」
「いえ、勘違いかもしれないのですが。私がいた部族の者たちは、ある一つの特徴を有していまして。それが、赤毛でございます」
え?そういえば、二人の髪質は、よく似ていた。ボウエブの頭は白髪交じりだが、ライラのそれとそっくりだ。
「えっ。じゃあまさか、ライラはあんたと同じとこの……?」
「まだ、はっきりとはわかりませんが。あの子も、奴隷として連れてこられたのですか?」
「いや……幼いころに、親を亡くしてるんだ。だから、詳しいことは分からないんだけど……」
「そうでしたか……でしたら、このことは忘れてください。あの子も、自分の親が奴隷だったかもと知っては、悲しむでしょうから」
ボウエブはそう言って話を切ると、俺から離れ、コルトの隣へと戻った。
うーん、なかなか考えさせられることを聞いたな。ライラの親が、奴隷だったかも、か……けど、思い当たる節もある。俺がライラの魂と同調して、過去の記憶を覗いた時だ。本に囲まれた部屋で、ライラは鎖につながれていた。あれは、もしかして……?
いや、今は考えるのはよそう。ボウエブの言った通り、まだ可能性の話だ。それでライラを不安にさせても良くない。俺は頭を切り替えて、コルトたちに向き直った。
「じゃあ二人とも、がんばってな。応援しかできないけど」
「あはは、十分だよ」
「あ、でも俺たち、王城に知り合いがいるんだ。次寄るときに、この町に援助ができないか、掛け合ってみるよ」
「ほんとかい?助かるよ!こんな辺境の町じゃ、王国兵の目も届かないからね。だからこそ、伯爵が好き勝手出来てたわけだけど。くふふ、もしそうなったら、きっと伯爵のやつ、大慌てするだろうな」
コルトは、楽し気にききき、と笑った。
びゅうと、強い風が、浜辺に吹き付ける。朝の潮風は、凍り付きそうなほどに冷たい。けれど、海のかなたから指す太陽の光は、確かな暖かさを運んでいた。暖かさと、冷たさと。光にもエネルギーがあるって言うけど、ほんとなんだな。
「じゃあ……いくな」
もう間もなく、始発の汽車が出発する。影の存在である俺たちは、陽の光が町を包み込む前に、ここから消えなければならない。
「うん……」
コルトは、寂し気に地面を見つめる。な、なんだよ。行きづらくなるじゃないか。それでも俺が背を向けようとしたその時、コルトがいきなり、ボウエブに向かって手を合わせた。
「ボウエブさん!ちょっとの間、後ろ向いててくれない!?」
「へ?こ、コルト様?」
「お願い!少しでいいから!」
ボウエブは混乱しながらも、素直にそれに従った。な、なんだなんだ?俺たちが呆気にとられていると、コルトはずんずんと俺の前まで歩いてきて、俺の手をむぎゅっと掴んだ。
「わ。コルト?」
「桜下。僕たち、きっとここをいい町にして見せるから。そしたら、またここに来てくれないかな?」
「え?あ、うん。いいけど……」
「約束、してくれる?」
「ああ」
「きっとだよ?」
「わかった、きっとだ」
俺が三度にわたってうなずくと、コルトはようやく満足したのか、にこりと笑った。う、かわいい。ちょ、ちょっとドキッとしたな……
「じゃあ……まだ、なんにもお礼はできないけど。その時には、きっと恩を返すから。いまは、これだけ……」
え?コルトが、ぐっと顔を近づける。また強い風が吹き、コルトの帽子を吹き飛ばした。長い髪が風に揺れて……
寒さのせいだろうか。少しかさかさした、だけどやわらかいものが、俺の頬に押し当てられた。
「なっ」「あら」
後ろから、ウィルの驚き声と、アルルカの楽し気な声が聞こえてくる。コルトはすっ飛ぶように俺から離れると、落っこちた帽子を被りなおして、全速力で浜辺を走り出した。
「え!?こ、コルト様!?」
置いてけぼりにされたボウエブは、戸惑った様子でこちらに振り返ると、ぺこりと会釈をした。そしてあわただしく、コルトの後を追っていった。
「……」
俺はぽかんと口を開けて、頬に触れていた。嵐のような出来事だった……
「え、え?コルトさんって、え?桜下さん、どーいうことなんですか!?」
「いや、俺に聞かれても……」
ウィルがぐいぐいと、腕をつかんで揺すってくる。けど、俺が分かるわけないだろうが。俺だって、こんなに驚いて……
ぐんっ!ウィルとは反対側の袖が、ものすごい力で引っ張られた。思わずよろめいて振り返ると……
「……」
「……ふ、フラン」
フランが恐ろしい顔をして、俺を睨んでいた。今までは、どうして彼女がこうも怒るのか、分からなかったけど。フランの気持ちを聞いた後だと、これは……ま、まずい。
「あ、あの、フランさん?あれは、俺もさっぱり知らなかったことで……」
「……驚いてなかった。コルトが実は女だって、知ってたんでしょ」
「そぉ……それは……」
この寒いのに、汗がだらだらふき出ている。俺が言葉に詰まっていると、フランは急にそっぽを向いて、ぱっと袖を離した。そして振り返らずに、ずんずん先に行ってしまった。
「た、助かった……の、か?」
それか、ひょっとすると愛想を尽かされたか。だったらちょっと悲しいけど……
「……エラゼム、どう思う?」
「わ、吾輩に聞かれましても……」
この場で唯一事情を知っているエラゼムに訊ねてみても、明確な答えは返ってこない。期待はしていなかったけど。やっぱりオトメゴコロってやつは、複雑怪奇だ。俺は頭の後ろをぽりぽりかくと、フランの後を追って、駅まで歩き始めた。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
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翌朝。降り続いていた雪はやみ、雲はまだ薄く残りつつも、時折その隙間から、澄んだ空が顔を覗かせるようになった。朝焼けの空は、寒々しい水色をしている。朝日の照らす浜辺を、俺たちと、コルトとボウエブが歩いていた。コルトは相変わらず大きな帽子を被り、ボウエブは黒いローブを体に巻き付けている。
「さてと……この辺でいいよ。人目についてもあれだしな」
俺たちが足を止めると、コルトたちも立ち止まった。白波が砂浜を濡らす。ざざあ、ざざあ。
「いいのかい?こんなところで……」
「ああ。見送りは不要だ……世話になったな」
「そんな。こっちこそ、だよ」
いよいよ、コルトたちともお別れだ。バタバタした二日間だったなぁ。俺は早起きしたせいで、まだ頭がぼーっとしていた。昨日は色々あって、あまり深く寝付けなかったし……
昨夜、俺とエラゼムが戻ってくると、ウィルが俺たちを出迎えてくれた。
「お二人とも、戻られたんですね。おかえりなさい」
「おう、ウィル。ちゃんとエラゼムを見つけてきたぜ」
「ええ、みたいですね……」
あ、あれ?ウィルはエラゼムのことを心配していたから、もっと派手なリアクションが帰ってくると思ったのに。ことのほか、ウィルは冷静だった。こうなることを、最初から知っていたみたいだ。
(……まあ、いいか)
エラゼムは外にいるというので、俺だけではなれの中へと戻る。扉を開けると、赤い瞳がこちらに振り返った。
「戻ってきたんだ」
「あ、フラン……」
俺は、闇の中に浮かぶ、フランの二つの瞳を見つめた。さっきのエラゼムとの会話……フランの目に映る俺は、いったいどんな姿なのだろうか?
「結構遅かったね……どうしたの?」
「あ、いや。エラゼムは無事、見つけたよ」
「そっか。落ち込んでた?」
「ああ。でもたぶん、もう大丈夫だと思う」
「そっか。流石だね」
「お、おう」
フランの素直な賛辞に、俺は気恥ずかしくて目をそらした。
「じゃあ、もう寝なよ。明日も早いんだし」
フランの言う通りだ。明日は人目の少ない早朝のうちに、ここを発つことになっている。勧めに従って、ライラの寝るベッドに潜り込むと、俺は疲れたまぶたを閉じた。
それから数時間後。俺たちはまだ薄明りの内に、こっそりはなれを抜けだし、霊園の中を通って、浜辺へとやって来たと言うわけだ。昨晩の一件は、すべてコルトが主導で起こしたことになっているからな。俺たちの存在は隠されなければならない。
「前にも言ったけど、俺たちのこと、特に俺の正体については、秘密にしてもらえるとありがたいんだけど……」
「大丈夫だよ。僕たちが、だれかの秘密をべらべら喋るわけないじゃないか」
コルトは胸をとんと叩き、ボウエブも力強くうなずいた。うん、この二人が言うと、実に信用できるな。
「じゃあ……コルト。これから、いろいろ大変だろうけど……っていうか、何もかもここからなんだよな。なんにも手伝えなくて、悪いな」
「そんなこと!本当に、桜下たちには感謝してもしきれないくらいさ。今朝だって、エラゼムさんに色々教えてもらったしね」
「え?そうなのか?」
いつの間に。俺はエラゼムの方を見た。
「桜下殿が起きられる少し前です。教えと言っても、大したことではないのですが。メアリー様がなさっていた政策や統治のすべなどを、少々話しただけです」
「そんなことないよ!とっても参考になりました。ね、ボウエブさん?」
ボウエブがうなずき、コルトとそろって頭を下げると、エラゼムは照れ臭そうに謙遜した。
「とんでもない。お二人とも筋がよいので、すぐに吾輩など越えてゆくでしょう」
「あはは、それは頼もしいな。じゃあ、期待してるぜって言っとくな」
「うん!任せて、きっとうまくやって見せるから!」
コルトは、手をグーの形にして、こちらに突き出してきた。おっと、こういうのは漫画でしか見たことなかったな……ちょっと照れ臭くニヤッと笑うと、俺は拳を同じようにして、こつんと付き合わせた。誰がどう見ても、男同士の友情にしか見えないだろう……ほんとは女の子なのにな。くくく。
「それと、ボウエブ。なし崩し的な形になっちまって悪いけど、コルトを助けてやってくれな。前と比べたら、そんなに悪い仕事じゃないと思うんだ」
「とんでもありません、桜下様。むしろ、こちらの方から感謝させていただきたいくらいです」
ボウエブは、深々と頭を下げた。
「私の力を、正しい事のために役立てられる日が来るなどとは、夢にも思っていませんでした。いや、夢には見れど、叶う日が来ると思ってなかったと言いましょうか……とにかく、私にとってもまたとない機会です。全身全霊をもって、コルト様に協力する所存です」
顔を上げたボウエブの瞳は、朝日を受けてキラキラと輝いていた。初めて会ったときの老け顔から、一気に若返ったようだ。彼がまたグラスゴウ伯爵に寝返らないか不安だったが、その心配は当面は必要なさそうだ。
「あ、それと一つ。桜下様、ちょっとよろしいですか?」
「うん?」
ボウエブは、口元に手を当てて、声のトーンを落とした。なんだろう、内緒話か?俺も耳をよせる。
「その……一つだけ、確認したいことがございまして。桜下様のお仲間の、赤髪の女の子のことです」
赤髪って、ライラのことか?
「その子が、どうかしたのか?」
「いえ、勘違いかもしれないのですが。私がいた部族の者たちは、ある一つの特徴を有していまして。それが、赤毛でございます」
え?そういえば、二人の髪質は、よく似ていた。ボウエブの頭は白髪交じりだが、ライラのそれとそっくりだ。
「えっ。じゃあまさか、ライラはあんたと同じとこの……?」
「まだ、はっきりとはわかりませんが。あの子も、奴隷として連れてこられたのですか?」
「いや……幼いころに、親を亡くしてるんだ。だから、詳しいことは分からないんだけど……」
「そうでしたか……でしたら、このことは忘れてください。あの子も、自分の親が奴隷だったかもと知っては、悲しむでしょうから」
ボウエブはそう言って話を切ると、俺から離れ、コルトの隣へと戻った。
うーん、なかなか考えさせられることを聞いたな。ライラの親が、奴隷だったかも、か……けど、思い当たる節もある。俺がライラの魂と同調して、過去の記憶を覗いた時だ。本に囲まれた部屋で、ライラは鎖につながれていた。あれは、もしかして……?
いや、今は考えるのはよそう。ボウエブの言った通り、まだ可能性の話だ。それでライラを不安にさせても良くない。俺は頭を切り替えて、コルトたちに向き直った。
「じゃあ二人とも、がんばってな。応援しかできないけど」
「あはは、十分だよ」
「あ、でも俺たち、王城に知り合いがいるんだ。次寄るときに、この町に援助ができないか、掛け合ってみるよ」
「ほんとかい?助かるよ!こんな辺境の町じゃ、王国兵の目も届かないからね。だからこそ、伯爵が好き勝手出来てたわけだけど。くふふ、もしそうなったら、きっと伯爵のやつ、大慌てするだろうな」
コルトは、楽し気にききき、と笑った。
びゅうと、強い風が、浜辺に吹き付ける。朝の潮風は、凍り付きそうなほどに冷たい。けれど、海のかなたから指す太陽の光は、確かな暖かさを運んでいた。暖かさと、冷たさと。光にもエネルギーがあるって言うけど、ほんとなんだな。
「じゃあ……いくな」
もう間もなく、始発の汽車が出発する。影の存在である俺たちは、陽の光が町を包み込む前に、ここから消えなければならない。
「うん……」
コルトは、寂し気に地面を見つめる。な、なんだよ。行きづらくなるじゃないか。それでも俺が背を向けようとしたその時、コルトがいきなり、ボウエブに向かって手を合わせた。
「ボウエブさん!ちょっとの間、後ろ向いててくれない!?」
「へ?こ、コルト様?」
「お願い!少しでいいから!」
ボウエブは混乱しながらも、素直にそれに従った。な、なんだなんだ?俺たちが呆気にとられていると、コルトはずんずんと俺の前まで歩いてきて、俺の手をむぎゅっと掴んだ。
「わ。コルト?」
「桜下。僕たち、きっとここをいい町にして見せるから。そしたら、またここに来てくれないかな?」
「え?あ、うん。いいけど……」
「約束、してくれる?」
「ああ」
「きっとだよ?」
「わかった、きっとだ」
俺が三度にわたってうなずくと、コルトはようやく満足したのか、にこりと笑った。う、かわいい。ちょ、ちょっとドキッとしたな……
「じゃあ……まだ、なんにもお礼はできないけど。その時には、きっと恩を返すから。いまは、これだけ……」
え?コルトが、ぐっと顔を近づける。また強い風が吹き、コルトの帽子を吹き飛ばした。長い髪が風に揺れて……
寒さのせいだろうか。少しかさかさした、だけどやわらかいものが、俺の頬に押し当てられた。
「なっ」「あら」
後ろから、ウィルの驚き声と、アルルカの楽し気な声が聞こえてくる。コルトはすっ飛ぶように俺から離れると、落っこちた帽子を被りなおして、全速力で浜辺を走り出した。
「え!?こ、コルト様!?」
置いてけぼりにされたボウエブは、戸惑った様子でこちらに振り返ると、ぺこりと会釈をした。そしてあわただしく、コルトの後を追っていった。
「……」
俺はぽかんと口を開けて、頬に触れていた。嵐のような出来事だった……
「え、え?コルトさんって、え?桜下さん、どーいうことなんですか!?」
「いや、俺に聞かれても……」
ウィルがぐいぐいと、腕をつかんで揺すってくる。けど、俺が分かるわけないだろうが。俺だって、こんなに驚いて……
ぐんっ!ウィルとは反対側の袖が、ものすごい力で引っ張られた。思わずよろめいて振り返ると……
「……」
「……ふ、フラン」
フランが恐ろしい顔をして、俺を睨んでいた。今までは、どうして彼女がこうも怒るのか、分からなかったけど。フランの気持ちを聞いた後だと、これは……ま、まずい。
「あ、あの、フランさん?あれは、俺もさっぱり知らなかったことで……」
「……驚いてなかった。コルトが実は女だって、知ってたんでしょ」
「そぉ……それは……」
この寒いのに、汗がだらだらふき出ている。俺が言葉に詰まっていると、フランは急にそっぽを向いて、ぱっと袖を離した。そして振り返らずに、ずんずん先に行ってしまった。
「た、助かった……の、か?」
それか、ひょっとすると愛想を尽かされたか。だったらちょっと悲しいけど……
「……エラゼム、どう思う?」
「わ、吾輩に聞かれましても……」
この場で唯一事情を知っているエラゼムに訊ねてみても、明確な答えは返ってこない。期待はしていなかったけど。やっぱりオトメゴコロってやつは、複雑怪奇だ。俺は頭の後ろをぽりぽりかくと、フランの後を追って、駅まで歩き始めた。
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