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10章 死霊術師の覚悟
16-2
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16-2
汽車は行きと同じで、乗客の姿はほとんどなかった。代わりに、貨物車にはたくさんの生臭い木箱が積まれている。行きは工業製品っぽいものが多かったが、帰りは魚介類を積んでいるんだろう。
前回の汽車に揺られる時間は、だいたい半日くらいだったか?アラガネの町に着くのは夕方になるだろう。今日はアラガネの町で寝泊まりして、それから山を登れば、ちょうどいいタイミングでドワーフの町に戻ってこられるはずだ。
「ミストルティンの町か……居た期間のわりに、いろんなことがあったな」
車窓を眺めながら俺がつぶやくと、隣に浮かぶウィルが、遠い目をしてうなずいた。
「そうですね……コルトさんたち、うまくやっていけるといいんですけど」
「だな。やっぱり、心配なところはあるけど……そこはもう、祈るしかない。ボウエブがいるから、いざとなれば人手は増やせるし……」
こういう時、ネクロマンサーの能力は便利だ。一人で複数人分の戦力を担えるから。コルトだって、見た目よりはずっと力持ちだ。
「……なんだけどな。はあ~あ、やっぱり不安だなぁ。もっとうまくやれたんじゃないかって、今でも思うよ」
「え、そうなんですか?だって、ぜんぶ桜下さんの狙い通りになったじゃないですか。よくあんな事考えつくなぁって、びっくりしましたよ」
「えぇ?そんなことないだろ。発案は俺だけど、みんなの知恵もたくさん借りたしな」
「そうですかねぇ。でもそれならなおさら、桜下さんだけが悩むこともないんじゃないですか?私たちみんなの責任ですよ」
「……確かに」
「ね?」
あんまり俺だけくよくよしてもしょうがない。ウィルは、その事を言っているんだろう。
「桜下殿。吾輩が言っても、気休めにもならないかもしれませぬが……」
通路挟んだ隣の席に座るエラゼムが、声を掛けてきた。
「吾輩は、コルト殿……おっと、コルト嬢でしたか。彼女ならば、うまくやってくれるのではないかと思っています」
「へぇ、エラゼムが……理由は?」
「そうですな。彼女の能力や、あの死霊術師の活躍にも期待したいところですが……吾輩は、コルト嬢と桜下殿が似ていらっしゃると感じたのです」
「え?俺とコルトが?」
「はい。誰にでも分け隔てなく接するところや、心持ちなどが……彼女ならば、きっと多くの人の心を動かすことができる。先導する立場において、もっとも重要な要素を彼女は持っています。足りない部分があったとしても、きっと仲間が補ってくれましょう」
はぁー。エラゼムはコルトを、そういう風に見たんだな。そう聞くとすごく立派な人に思えてくるけど、そんな人が俺に似ているだって?ほんとかよ?
「……まあ、そうだといいよな。俺も、コルトも」
「ふふ。そうですな」
エラゼムはそれ以上言わずに、ただ静かにうなずいた。俺が自分に自信がない事を知っているからだろう。
「それなら、コルトさんたちは大丈夫そうですけど……」
ウィルが今度は、エラゼムを見やった。
「エラゼムさんの方は……残念、でしたね」
「ウィル嬢、お気遣いありがとうございます。確かにメアリー様の探索は、全くの白紙に戻ってしまいました。ですが、実は吾輩、そこまで落胆してはいないのです」
「え?そうなんですか?」
「ええ。皆様と旅を続けていけば、おのずと各地の町を巡ることができましょう。幸い、吾輩たちには、無限に等しい時間が与えられています。吾輩が心折れない限り、きっといつかは、メアリー様を見つけ出すことができる。そう思うことにしたのです」
「エラゼムさん……それって、とっても素敵だと思います!きっと、きっと見つかりますよ!」
「はっはっは、ありがとうございます。もうしばらくの間、皆様にご厄介になりますな」
エラゼムの声は、実に晴れやかだった。完全に吹っ切れたみたいだな。俺は窓枠に頬杖をつくと、こっそりとほくそ笑んだ。
(なんだけど……)
エラゼムは、もう心配ないと思う。だけど、あと一人。そいつのことが、俺の胸の中に引っかかり続けている。それをどうにかしないとな……うぅ、緊張する。
日が暮れてきた。車内に電灯のようなものは当然なく、わずかな西日だけが、座席の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
(……そろそろだな)
あれからずーっと頭を悩ませていたが、ようやくある程度、思考がまとまってきた。おかげでこんな時間になってしまったが、まだギリギリ動き回れるだろう。俺はおもむろに席から立ち上がった。今は対面の席にはフラン、ライラ、ウィルの三人がいて、俺の隣にはアルルカが座っていた。
フランたち三人は、ライラがやろうと言い出したなぞなぞ遊びに興じていた。考え事をしていた俺は不参加だったが、思い返せばあれは、縛り付きのしりとりの一種だったような気がする。突然立ち上がった俺を、みんなが不思議そうに見つめる中、俺はフランを見据えた。
「フラン。あー、ちょっといいか?」
「わたし?」
「ああ。すこーしだけ、付き合ってくれないかな。まあ、なんだ。大したことじゃないんだけど」
「はぁ。いいけど……」
フランは怪訝そうにしながらも、座席から立ち上がった。
俺たちが連れたって通路に出ると、エラゼム以外のみんなが、不思議そうにこちらを見ていた。う、さすがにちょっと不自然だったかな……
「えー、じゃ、ちょっと行ってくるな。すぐ戻るからさ」
なんだかかえって言い訳臭い事を口走ってから、俺は足早に車両の後ろへと向かった。
扉を開けて、次の車両へ移動していく。前にフランに連れ出された時と同じように、俺たちは最後尾の車両へとやって来た。最後の扉を開け、外のステップへと出ると、日没間際の薄暗闇が俺たちを出迎えてくれた。
俺は、手すりの上に腕を乗せた。それを見て、フランも隣に来ると、手すりに背中から寄りかかる。
「それで?ここまで連れてきて、何するの?告白でもする気?」
「えっ?い、いや。そうじゃなくてだな……」
「ふふ。冗談だよ」
くすくすと、からかうようにフランが笑う。こ、こいつめ……出鼻をくじかないでくれ、もう。
「わかってる。この前のことの、続きでしょ?」
「……なら、茶化すなよ」
「ごめんね。ちょっとだけ、不安だったの。断られるかもって。わたしってこんなだし」
え?思わず振り向いたが、フランの長い銀髪が風に乱れて、表情まではうかがえない。
「そうじゃない。フランは可愛いよ。ただ……」
「なに?いいよ、言って。ちゃんと聞くから」
「ああ……この前の、な。正直、嬉しかったよ。フランのことは、仲間として頼りにしてるし、一緒にいて楽しい友達だと思ってるし、守ってあげたい女の子だとも思うし、俺をきっと守ってくれるって信頼もしてる。そんな子が俺を好いてくれてるってのは、純粋に、すごく嬉しいんだ」
「……でも、なんでしょ?」
「……フランに、不満はないんだ。ただ、どうしても俺は、自分自身が信じられないんだ」
「あなた自身を?」
「俺は……俺はな。みんなが思ってるより、どうしようもないやつなんだ。前に比べりゃましになったけど、それでも根っこの部分は、暗くて、自信がなくて、ネガティブなままなんだよ」
あの地下牢を思い出す……骸骨剣士に“こころのくさり”を切られたことで、俺は生きることに前向きになることができた。けど、俺という人間の根本が変わったわけではない。心の奥底では、俺はあの日のままなんだ。
「そんな状態で、フランの好意に甘えちまったら、きっと俺はフランに依存しちまう。そんなんじゃ、お前も嫌だろ?」
フランは、考えるように一拍置いた後、こう言った。
「それはそれでいいけど……」
「お、おいおい……」
「冗談。でも、正直わたし、それでもいいよ。あなたが完ぺき超人だと思ったら好きになったわけじゃないもの」
う。またそういう、甘やかすことを……いかんいかん。それをしないために、俺は決意したんだから。
「ありがとな。でもやっぱさ、今のままの俺で、フランの隣に立ちたくないんだよ……もっと、強くなりたい」
「強く?戦いでってこと?」
「いや、というよりか……俺さ、エラゼムと話したんだ。それで俺、あいつに主として認めろって言ったんだよ」
「あなたが?珍しいね。そういうの、興味ないと思ってた」
「いや、その通りだ。けどそれで、エラゼムが悩んでたからさ……それにどうあれ、やっぱり俺は、フランたちの主なんだよ。ネクロマンサーとしてな」
フランは、こくりとうなずいた。やっぱりフランも、そう思っていたんだな。
「俺、これからもっと頑張るよ。みんなの主だって、胸張って言えるように。ただその、それには時間が掛かりそうって言うか……だから、返事はもう少し、待ってほしいっていうか……俺が、自分に自信が持てるようになるまで……いや、自分でも都合のいい事言ってるって、分かってるんだけど……」
カッコつけたこと言っておいてなんだが、結局俺の出した結論は、保留だった。いや、いつまでもってわけじゃないぞ?きちんと向き合うつもりだ、もちろん。けど、フランが何て言うか……
「いいよ」
「え。いいの?」
「だって、最初からそう言ってるじゃん。返事はいらないって」
「あ、ああ……そうだったな」
「たぶん答えられないだろうなって、分かってたんだよ。だって、そんな余裕なさそうだったから。あなた、この世界に来てから、まだ一年も経ってないんだよ?普通だったら、もっとパニックになっててもおかしくないよ。だから、あなたが相っ当ずぶとくて、鈍感なんだってことは知ってたんだ」
「あ、そうね……」
「それに、こうも言ったでしょ?わたしはずるい女だって。あなたがそんなだから、無理やり意識させてやろうって思ってたんだよ?」
「えっ」
そうなの?フランは、ちらりとこちらを横目に見て、心臓に悪い微笑みを浮かべた。
「あなた、もう少し警戒したほうがいいと思う。案外、いろんな人から狙われてるかもよ」
「ま、まさか、そんな……あはは、ないない」
「つい数時間前に、実例があったと思うけど?」
「……」
「……まあ、それはいい。そういうわけだから、その時まで待つよ。エラゼムも言ってたみたいに、旅はまだまだ続きそうだし」
フランは、それでも待つと言ってくれた。申し訳ないやらありがたいやらで、胃がねじ切れそうだ。
「……悪いな、フラン。こんなんで」
「お互い様だよ」
ふむ。ダメ男と、ずるい女か。案外、相性はいいのかもしれないな、なんて。
俺とフランは、お互いを横目で見て、お互いにニヤッと笑った。やれやれ、あんなに考え抜いたのに、フランには最初からお見通しだったってわけか。まったく、こういうのを徒労って言うんだよな。
「でもね」と、フランは手すりから背中を離して、こちらにくるりと向き直った。
「わたしも、ただ黙って待つつもりはないから。あなたが朴念仁だってことは、よくわかったし。い、色々、覚悟しててよ」
「いろいろ……?」
「あ……甘えたりとか……」
「ああ、なんだ、そんなことか。そんなの、しょっちゅうじゃんか」
「え?」
「だって、いっつも俺が髪を洗ってるじゃないか。実際、結構甘えんぼなところあるよな、フランって」
「なっ……」
お、珍しくフランがうろたえている。一矢報いられたみたいだな、ははは。
「に、ニヤニヤしないで!そんなんじゃないから!」
フランはほんのり赤くなった顔で唸ると、バタン扉を開けて、列車の中に戻っていってしまった。俺はぷはははと笑った。
「でも、そっか……わかってくれてたんだな」
俺は正直、もっとフランが怒ると思っていた。だって、今は返事できないけど待ってくれなんて、都合よくキープしているみたいじゃないか。典型的な悪い男のセリフだろ?ビンタをされても文句は言えないと、覚悟していたのだが……
(……やっぱり、俺にはもったいないとか、考えちゃうよな)
フランは強く、賢く、美しい。フランだけじゃない、俺の仲間たちは、みんなそれぞれ、素晴らしい才能を持っている。一方、俺は元勇者とはいえ、ただの人間だ。王都でのウィルの気持ちが痛いほど分かるな……
だけど。フランは、待つと言った。俺は、みんなの主になると決めた。人間とアンデッド、死者と生者。その差は大きいが、一生懸命走っていれば、いつかきっと……
「……これも、覚悟ってやつだな」
さてと。俺は車両の扉に手を掛けた。俺の予想では、たぶん……やっぱり。扉を開け、数歩進んだところで、フランが顔を半分だけ向けて、俺を待っていた。こういう所は、やっぱり可愛いなって思っちまうんだよな。
俺はくすりと笑って、フランの下へと歩いて行った。
十一章へ続く
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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前回の汽車に揺られる時間は、だいたい半日くらいだったか?アラガネの町に着くのは夕方になるだろう。今日はアラガネの町で寝泊まりして、それから山を登れば、ちょうどいいタイミングでドワーフの町に戻ってこられるはずだ。
「ミストルティンの町か……居た期間のわりに、いろんなことがあったな」
車窓を眺めながら俺がつぶやくと、隣に浮かぶウィルが、遠い目をしてうなずいた。
「そうですね……コルトさんたち、うまくやっていけるといいんですけど」
「だな。やっぱり、心配なところはあるけど……そこはもう、祈るしかない。ボウエブがいるから、いざとなれば人手は増やせるし……」
こういう時、ネクロマンサーの能力は便利だ。一人で複数人分の戦力を担えるから。コルトだって、見た目よりはずっと力持ちだ。
「……なんだけどな。はあ~あ、やっぱり不安だなぁ。もっとうまくやれたんじゃないかって、今でも思うよ」
「え、そうなんですか?だって、ぜんぶ桜下さんの狙い通りになったじゃないですか。よくあんな事考えつくなぁって、びっくりしましたよ」
「えぇ?そんなことないだろ。発案は俺だけど、みんなの知恵もたくさん借りたしな」
「そうですかねぇ。でもそれならなおさら、桜下さんだけが悩むこともないんじゃないですか?私たちみんなの責任ですよ」
「……確かに」
「ね?」
あんまり俺だけくよくよしてもしょうがない。ウィルは、その事を言っているんだろう。
「桜下殿。吾輩が言っても、気休めにもならないかもしれませぬが……」
通路挟んだ隣の席に座るエラゼムが、声を掛けてきた。
「吾輩は、コルト殿……おっと、コルト嬢でしたか。彼女ならば、うまくやってくれるのではないかと思っています」
「へぇ、エラゼムが……理由は?」
「そうですな。彼女の能力や、あの死霊術師の活躍にも期待したいところですが……吾輩は、コルト嬢と桜下殿が似ていらっしゃると感じたのです」
「え?俺とコルトが?」
「はい。誰にでも分け隔てなく接するところや、心持ちなどが……彼女ならば、きっと多くの人の心を動かすことができる。先導する立場において、もっとも重要な要素を彼女は持っています。足りない部分があったとしても、きっと仲間が補ってくれましょう」
はぁー。エラゼムはコルトを、そういう風に見たんだな。そう聞くとすごく立派な人に思えてくるけど、そんな人が俺に似ているだって?ほんとかよ?
「……まあ、そうだといいよな。俺も、コルトも」
「ふふ。そうですな」
エラゼムはそれ以上言わずに、ただ静かにうなずいた。俺が自分に自信がない事を知っているからだろう。
「それなら、コルトさんたちは大丈夫そうですけど……」
ウィルが今度は、エラゼムを見やった。
「エラゼムさんの方は……残念、でしたね」
「ウィル嬢、お気遣いありがとうございます。確かにメアリー様の探索は、全くの白紙に戻ってしまいました。ですが、実は吾輩、そこまで落胆してはいないのです」
「え?そうなんですか?」
「ええ。皆様と旅を続けていけば、おのずと各地の町を巡ることができましょう。幸い、吾輩たちには、無限に等しい時間が与えられています。吾輩が心折れない限り、きっといつかは、メアリー様を見つけ出すことができる。そう思うことにしたのです」
「エラゼムさん……それって、とっても素敵だと思います!きっと、きっと見つかりますよ!」
「はっはっは、ありがとうございます。もうしばらくの間、皆様にご厄介になりますな」
エラゼムの声は、実に晴れやかだった。完全に吹っ切れたみたいだな。俺は窓枠に頬杖をつくと、こっそりとほくそ笑んだ。
(なんだけど……)
エラゼムは、もう心配ないと思う。だけど、あと一人。そいつのことが、俺の胸の中に引っかかり続けている。それをどうにかしないとな……うぅ、緊張する。
日が暮れてきた。車内に電灯のようなものは当然なく、わずかな西日だけが、座席の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
(……そろそろだな)
あれからずーっと頭を悩ませていたが、ようやくある程度、思考がまとまってきた。おかげでこんな時間になってしまったが、まだギリギリ動き回れるだろう。俺はおもむろに席から立ち上がった。今は対面の席にはフラン、ライラ、ウィルの三人がいて、俺の隣にはアルルカが座っていた。
フランたち三人は、ライラがやろうと言い出したなぞなぞ遊びに興じていた。考え事をしていた俺は不参加だったが、思い返せばあれは、縛り付きのしりとりの一種だったような気がする。突然立ち上がった俺を、みんなが不思議そうに見つめる中、俺はフランを見据えた。
「フラン。あー、ちょっといいか?」
「わたし?」
「ああ。すこーしだけ、付き合ってくれないかな。まあ、なんだ。大したことじゃないんだけど」
「はぁ。いいけど……」
フランは怪訝そうにしながらも、座席から立ち上がった。
俺たちが連れたって通路に出ると、エラゼム以外のみんなが、不思議そうにこちらを見ていた。う、さすがにちょっと不自然だったかな……
「えー、じゃ、ちょっと行ってくるな。すぐ戻るからさ」
なんだかかえって言い訳臭い事を口走ってから、俺は足早に車両の後ろへと向かった。
扉を開けて、次の車両へ移動していく。前にフランに連れ出された時と同じように、俺たちは最後尾の車両へとやって来た。最後の扉を開け、外のステップへと出ると、日没間際の薄暗闇が俺たちを出迎えてくれた。
俺は、手すりの上に腕を乗せた。それを見て、フランも隣に来ると、手すりに背中から寄りかかる。
「それで?ここまで連れてきて、何するの?告白でもする気?」
「えっ?い、いや。そうじゃなくてだな……」
「ふふ。冗談だよ」
くすくすと、からかうようにフランが笑う。こ、こいつめ……出鼻をくじかないでくれ、もう。
「わかってる。この前のことの、続きでしょ?」
「……なら、茶化すなよ」
「ごめんね。ちょっとだけ、不安だったの。断られるかもって。わたしってこんなだし」
え?思わず振り向いたが、フランの長い銀髪が風に乱れて、表情まではうかがえない。
「そうじゃない。フランは可愛いよ。ただ……」
「なに?いいよ、言って。ちゃんと聞くから」
「ああ……この前の、な。正直、嬉しかったよ。フランのことは、仲間として頼りにしてるし、一緒にいて楽しい友達だと思ってるし、守ってあげたい女の子だとも思うし、俺をきっと守ってくれるって信頼もしてる。そんな子が俺を好いてくれてるってのは、純粋に、すごく嬉しいんだ」
「……でも、なんでしょ?」
「……フランに、不満はないんだ。ただ、どうしても俺は、自分自身が信じられないんだ」
「あなた自身を?」
「俺は……俺はな。みんなが思ってるより、どうしようもないやつなんだ。前に比べりゃましになったけど、それでも根っこの部分は、暗くて、自信がなくて、ネガティブなままなんだよ」
あの地下牢を思い出す……骸骨剣士に“こころのくさり”を切られたことで、俺は生きることに前向きになることができた。けど、俺という人間の根本が変わったわけではない。心の奥底では、俺はあの日のままなんだ。
「そんな状態で、フランの好意に甘えちまったら、きっと俺はフランに依存しちまう。そんなんじゃ、お前も嫌だろ?」
フランは、考えるように一拍置いた後、こう言った。
「それはそれでいいけど……」
「お、おいおい……」
「冗談。でも、正直わたし、それでもいいよ。あなたが完ぺき超人だと思ったら好きになったわけじゃないもの」
う。またそういう、甘やかすことを……いかんいかん。それをしないために、俺は決意したんだから。
「ありがとな。でもやっぱさ、今のままの俺で、フランの隣に立ちたくないんだよ……もっと、強くなりたい」
「強く?戦いでってこと?」
「いや、というよりか……俺さ、エラゼムと話したんだ。それで俺、あいつに主として認めろって言ったんだよ」
「あなたが?珍しいね。そういうの、興味ないと思ってた」
「いや、その通りだ。けどそれで、エラゼムが悩んでたからさ……それにどうあれ、やっぱり俺は、フランたちの主なんだよ。ネクロマンサーとしてな」
フランは、こくりとうなずいた。やっぱりフランも、そう思っていたんだな。
「俺、これからもっと頑張るよ。みんなの主だって、胸張って言えるように。ただその、それには時間が掛かりそうって言うか……だから、返事はもう少し、待ってほしいっていうか……俺が、自分に自信が持てるようになるまで……いや、自分でも都合のいい事言ってるって、分かってるんだけど……」
カッコつけたこと言っておいてなんだが、結局俺の出した結論は、保留だった。いや、いつまでもってわけじゃないぞ?きちんと向き合うつもりだ、もちろん。けど、フランが何て言うか……
「いいよ」
「え。いいの?」
「だって、最初からそう言ってるじゃん。返事はいらないって」
「あ、ああ……そうだったな」
「たぶん答えられないだろうなって、分かってたんだよ。だって、そんな余裕なさそうだったから。あなた、この世界に来てから、まだ一年も経ってないんだよ?普通だったら、もっとパニックになっててもおかしくないよ。だから、あなたが相っ当ずぶとくて、鈍感なんだってことは知ってたんだ」
「あ、そうね……」
「それに、こうも言ったでしょ?わたしはずるい女だって。あなたがそんなだから、無理やり意識させてやろうって思ってたんだよ?」
「えっ」
そうなの?フランは、ちらりとこちらを横目に見て、心臓に悪い微笑みを浮かべた。
「あなた、もう少し警戒したほうがいいと思う。案外、いろんな人から狙われてるかもよ」
「ま、まさか、そんな……あはは、ないない」
「つい数時間前に、実例があったと思うけど?」
「……」
「……まあ、それはいい。そういうわけだから、その時まで待つよ。エラゼムも言ってたみたいに、旅はまだまだ続きそうだし」
フランは、それでも待つと言ってくれた。申し訳ないやらありがたいやらで、胃がねじ切れそうだ。
「……悪いな、フラン。こんなんで」
「お互い様だよ」
ふむ。ダメ男と、ずるい女か。案外、相性はいいのかもしれないな、なんて。
俺とフランは、お互いを横目で見て、お互いにニヤッと笑った。やれやれ、あんなに考え抜いたのに、フランには最初からお見通しだったってわけか。まったく、こういうのを徒労って言うんだよな。
「でもね」と、フランは手すりから背中を離して、こちらにくるりと向き直った。
「わたしも、ただ黙って待つつもりはないから。あなたが朴念仁だってことは、よくわかったし。い、色々、覚悟しててよ」
「いろいろ……?」
「あ……甘えたりとか……」
「ああ、なんだ、そんなことか。そんなの、しょっちゅうじゃんか」
「え?」
「だって、いっつも俺が髪を洗ってるじゃないか。実際、結構甘えんぼなところあるよな、フランって」
「なっ……」
お、珍しくフランがうろたえている。一矢報いられたみたいだな、ははは。
「に、ニヤニヤしないで!そんなんじゃないから!」
フランはほんのり赤くなった顔で唸ると、バタン扉を開けて、列車の中に戻っていってしまった。俺はぷはははと笑った。
「でも、そっか……わかってくれてたんだな」
俺は正直、もっとフランが怒ると思っていた。だって、今は返事できないけど待ってくれなんて、都合よくキープしているみたいじゃないか。典型的な悪い男のセリフだろ?ビンタをされても文句は言えないと、覚悟していたのだが……
(……やっぱり、俺にはもったいないとか、考えちゃうよな)
フランは強く、賢く、美しい。フランだけじゃない、俺の仲間たちは、みんなそれぞれ、素晴らしい才能を持っている。一方、俺は元勇者とはいえ、ただの人間だ。王都でのウィルの気持ちが痛いほど分かるな……
だけど。フランは、待つと言った。俺は、みんなの主になると決めた。人間とアンデッド、死者と生者。その差は大きいが、一生懸命走っていれば、いつかきっと……
「……これも、覚悟ってやつだな」
さてと。俺は車両の扉に手を掛けた。俺の予想では、たぶん……やっぱり。扉を開け、数歩進んだところで、フランが顔を半分だけ向けて、俺を待っていた。こういう所は、やっぱり可愛いなって思っちまうんだよな。
俺はくすりと笑って、フランの下へと歩いて行った。
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