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12章 負けられない闘い

6-1 歓迎の宴

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6-1 歓迎の宴

そのパーティーとやらは、俺たち客人を歓迎し、もてなすための宴らしい。
名目上、俺たちは外交使節団ということになっているんだって(どこがだ?)。ヘイズによると、エドガーを助けてもらいたいから来ました、では国のメンツ的にいけないんだそうだ。だからあくまで、両国間の友和と文化の交流を目的とした使節という体を取る必要がある、と。
馬鹿馬鹿しいよな。お互いに目的は百も承知のはずなのに、どうして取り繕う必要があるんだ?この話を聞いたフランは吐きそうだ、という顔をしていた。

そして、時間はあっという間に過ぎ、恐ろしい夜がやってきた。

「今夜は皆に、二の国からいらしたご友人を紹介したいと思う」

ノロが両手を広げて演説をしている。
広々としたパーティーホールには、ゆうに百人を超えそうな数の客人が招かれている。全員きらびやかなドレスを着ているところを見るに、一の国の高名な人たちなんだろう。そして俺たちは、そんな方々の面前に一列に整列させられている。全員の目がこちらに向けられて、卒倒しそうだ。

「これなら百体のアンデッドに囲まれる方がまだマシだ……」

「お、桜下さん……」

俺の溢したつぶやきを聞いて、ウィルが苦笑いをする。
ノロの紹介が終わると、いよいよ俺たちも輪の中に入っていかねばならなくなった。俺は困惑したまま、ヘイズを捕まえて問いかける。

「おいヘイズ。これからどうすりゃいいんだよ?俺たちって、異文化交流の目的で来たことになってんだろ?交流なんてする気ないぞ!」

「ま、そうだろな。こういう時、普通は外交官や学者さまが一緒にくっついてきて、そいつらが主役になるんだ」

「でも今回は、俺たちしかいなくないか?」

「いいや、いちおう最低限の役者はそろえてある。二、三人、そう言うのに強いやつが同行してんだよ。あくまでテイとは言え、いちおうのそぶりくらいは見せないとな」

あれ、そうだったの?そう言えば、外交官っぽい人も馬車にいたような気もする……

「じゃあ、その人たちが全部やってくれんのか?」

「さてな、言っただろ。最低限しか連れてきてないって。もしかしたら、流れ弾が当たるかもしれねえ」

「……そうなったら?」

「演技には自信あるんじゃないか?三の国では一芝居打ったんだろ」

……要するに、各自どうにかしろってことだな。俺はヘイズを恨みのこもった目で睨みつけたが、仮面越しじゃ怖くもないらしい。ひらひらと手を振って行ってしまった。

「困ったな……とりあえず、人目に付かないでおこう」

しかし、ここで問題が起きた。全身鎧のエラゼムが、どうしたって人目を引くのだ。物珍しそうな顔をした数名の貴族が、エラゼムに声を掛ける。

「もし。あなたは、二の国の騎士団の方ですかな?」

「は?いえ、吾輩は……」

「うぅむ、なんて重厚な鎧だ。これだけの鎧で、それだけ機敏に動けるとは……なにか工夫が凝らしてあるのでしょうな?」

「工夫といいますか、日々の鍛錬の成果かと……」

「なるほど!これは、我々もうかうかしてはいられませんな。よろしければ、秘訣のようなものをご教授願えませんかな?」

あーあ、ありゃダメだな。エラゼムは諦めた顔で(あくまで俺の想像だが)こちらを振り向くと、小さく首を振った。

(吾輩は捨て置いて、行ってくだされ)

(わかった)

俺はうなずくと、その場をエラゼムに任せて離脱した。すまないエラゼム、お前の尊い犠牲は忘れないぞ……
エラゼムには悪いが、彼が目線を引き付けてくれたおかげで、こっちは安全になった。俺の仮面や、キテレツな格好のアルルカもそれなりに目立ってはいそうだが、貴族たちはこちらには声を掛けてこなかった。

「なんでだろ?ちらちら目線は感じるけど」

「ふふん。あたしの美貌に恐れをなしたんじゃなくて?隣に並ぶと霞むから」

「……単純に、得体の知れない人に近づきたくないんじゃないですか?」

「ああ、納得」

「あんたたちねぇ……」

腹を立てたアルルカはウィルのスカートをめくり上げようとし、脳天にロッドの直撃を喰らってひっくり返った。ったく、悪目立ちするなっての!
俺は伸びたアルルカをずるずる引きずって、なるべく目立たないところ、つまり壁際の、料理の置かれたテーブルの裏に回った。

「ふぅ。とりあえず、ここなら安全かな。誰かさんがうるさくしなければ」

アルルカが頭のてっぺんをさすりながら、恨みがましい目で俺を睨む。

「このクソガキ……だいたい、これはあんたを歓迎するパーティーなんでしょ。だってのに、主役がコソコソしてるなんて。難儀なもんね」

「うっせ。だいたい、俺じゃなくて、使節団の歓迎だろ。ヘイズが連れてきた連中がメインのはずだ」

「あら、そうかしら?あたしとしては、むしろあんたの為だけに開かれた宴のような気がするけどね。だってあんたを指名したのは、あの女帝なんでしょう」

「……え?」

まさか、そんな。俺は視線を動かし、主催席に座るノロを見やった。女帝は四人の夫に酒を注がせて、楽しそうに宴の様子を眺めているようだが……

「……まさか。なんでそんなことを?」

「そんなの、今の状況を見れば明らかじゃない。あんたが困るって分かってて、やってるのよ」

「んなバカな。嫌がらせだってのか?そんなことしても、何にもならないだろが」

「しーらない。気になるなら直接聞いてみれば?」

アルルカはからかうようにくすくす笑った。こ、こいつ。思わせぶりなこと言いやがって!俺はうんざりして、壁にもたれかかった。

「……あんがい、当たってたりなぁ」

あの女帝は、俺をいじめたいだけなのかもしれない。俺がロアとの約束で大っぴらに動けないことを知ったうえで、こういう事をしてくるんだから。見た目的にも、いかにもSっぽいじゃないか?俺はため息をついた。

「大丈夫?」

フランが気遣って声を掛けてくれる。あれ?けど、その割にはなんだかそわそわしてるな。見れば、ウィルも落ち着かなそうにしている。

「フラン、ウィル?なんかあったのか?」

「え?ああ、いえ。何かあるわけではないんですけど……」

俺の視線に気づいたウィルが、あわてて顔の前で手を振る。フランはやれやれと首を振った。

「わたしの場合は、落ち着かないだけ。パーティーなんて、生まれて初めてだから」

「あ、そうなんだ?」

「うん。あの村じゃ、自分の誕生日さえ祝われなかったし」

そ、そうか。ウィルも同じ理由だという。

「実は、私も……神殿は基本、質実剛健がモットーですから。けど私、物語の中とかに出てくるパーティーは知ってたんです。ほら、お城の舞踏会とか、こんな感じじゃないですか。その場に今、自分がいるなんて……なんだか現実じゃないみたいですね」

ウィルはもじもじしながらも、どこか楽しそうだ。こんな状況じゃなきゃ、もっと楽しめたんだろうけど。

「まあ俺も、こんなでかいパーティーは初めてだな……」

一般庶民だった俺も、パーティーに参加した経験はない。もう少し歳を取れば、誰かの結婚式に呼ばれたかもしれ……無いな。友達いなかったし。うぅ、余計に虚しくなった。

俺たちが居心地悪く隅っこで縮こまっていると、どこからか軽快な音楽が流れ始めた。楽団がやって来て、演奏を始めたんだ。音楽隊の楽器は、見慣れない不思議な楽器だ。ギター?バイオリン?音色は琵琶にも聞こえる。音楽に詳しくないから詳しくは分からない。他にも小さな太鼓や笛もあって、どことなくアラビアンな雰囲気に包まれる。
すると、その音色に合わせるように、一人の妖艶な美女が踊り出てきた。胸だけを覆うチューブトップと、深いスリットの入ったスカート。うわ、生まれて初めて見る。踊り子だ。
踊り子は音楽に合わせて激しく、しかし軽やかに踊る。腰をくねらせ、腕を振り、前にステップ、後ろにジャンプ。動きに合わせて飾り布がふわりと舞う。それほど激しく動いても、口元の笑みは絶やさない。パーティー客もしばし歓談を忘れ、踊り子の舞いに見入っていた。俺もほけーっとそれを眺めていると、突然つま先が爆発したかと思うほどの痛みが走った。

「っっっだ!」

俺は雷に打たれたように伸びあがった。けどダンスの途中だから、叫ぶわけにもいかない。

(な、なんだ!?)

見れば、フランが俺の足をむぎゅっと踏み付けていた。俺は小声でフランに詰め寄る。

「な、なにすんだフラン!」

「……べつに。そこに足があったから踏んだだけ」

「てめぇ……」

俺の足は山か何かか?くそ、ひどいことしやがる。まず間違いなく、俺が踊り子に見惚れていたのが理由だろう。失礼な話だ。俺は芸術鑑賞をしていただけであって、やましい気持ちはこれっぽっちも……しらじらしいかな、我ながら。
俺が踏まれた足を振っていると、ふとライラの様子が気になった。ライラは目を見開き、頬を染め、口をぽけっと開けて、踊り子の舞に見入っている。うわ、俺もこんな感じだったのか?

「ライラ?おーい。……子どもには、刺激が強かったかな」

「……はっ!ちょっと、ライラは子どもじゃないってば!」

ライラは我に返ると、ぷくっと頬を膨らませた。俺は膨れたほっぺを指でぷひょっと潰すと、控えめに踊り子を見た(またフランに足を踏まれないように)。

「踊り子が気になるのか?」

「……うん。だって、すっごくきれいだから……桜下はそう思わない?」

「ん?いや、俺だってきれいだと思うぞ……少しな」

フランの視線を感じて、俺は慌てて付け加える。
しかし、綺麗か。ライラがそう感じるのも分かる。あの踊りは、確かにすごい。目が引き付けられるというか……え、えっちだからって意味じゃないぞ。なんて言うか、扇情的うんぬん以前に、芸術的なんだ。一種のスポーツの演技のように感じる。

「なんだったら、もう少し近くで見てくるか?」

「え?いいの?」

「ああ。みんなあの踊り子を見てるし、今ならこそっと行けば目立たないだろ。でも、なんかあったらすぐ呼べよ」

「……うん!行ってくる!」

ライラは目を輝かせて、たたたっと人波の間を駆けて行った。珍しいな。ライラが目を光らせるものなんて、骨か魔導書くらいだったのに。

「それじゃあ、私もライラさんについてきますかね」

ウィルがふわりと浮き上がる。

「なんだ、ウィルも興味あるのか?」

「う、へ、変な意味に捕えないでくださいよ!ライラさんのお守りのついでですからねっ」

ウィルは早口でそう言うと、ライラの後を追って飛んでいった。アルルカがくすくす笑う。

「あのシスターも、大概むっつりなところがあるわね」

「ウィルは……まあ、なんてーか。耳年増だからな」

しばらくすると、会場から割れんばかりの拍手が上がった。踊り子の舞が終わったのだ。少しして、上気した顔のライラが駆け戻ってくる。

「おかえり、ライラ。楽しかったか?」

「うん!すっごかったよ!」

ライラははしゃいだ声で、あのステップがすごかった、このターンがかっこよかったとまくしたてている。大満足みたいだな。あとからウィルも戻ってくると、ライラの感想にうなずいた。

「近くで見ると圧巻ですね。全然体の軸がぶれないんですよ。相当鍛えているんでしょうけど、それでいて体のラインは筋肉質になりすぎない絶妙なラインでまとまっているんです。あれはかなり気を遣っているはずですよ」

「へー……お前も結構、楽しんだみたいだな?」

「なっ。あ、あくまで参考に、です!同じ女性として、見習いたいなーとですね!」

そうかそうか、くくく。ウィルは頬を赤らめて言い返そうとしたが、ふと目をしばたいて、素っ頓狂な声を上げた。

「あら?あの人、どうして……」

「あん?」

あの人って、どの人だ?ウィルが見ている方を目で追うと、さっきの踊り子が、客たちの称賛を浴びながらステージを去るところだった。ところで、そのまま客の間を通って、こっちに来ている気がするのは気のせいか?

「あれ。おい。やっぱこっちに来てるよな?」

「え、ええ。でも、なんででしょう……?」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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