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12章 負けられない闘い
16-2
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16-2
わざと負けた、か。
俺はクラークをぼんやりと見てから、十分ほど前のことを思い出す。
俺とクラークの技がぶつかり合い、白い光に包まれた後。その光が消えるころには、俺たちは全ての力を使い果たしていた。その状況で、俺は倒れ、クラークは膝をつきながらも、かろうじて意識を保っていた。猛烈な閃光の衝撃から立ち直ったアナウンス係は、直ちに一の国を勝者とみなし、クラークの名を高らかに叫んだのだった……
というのが、延長戦第四試合の顛末だ。絵面だけ見れば、誰がどう見てもクラークの勝ち。だがやつは、俺がわざと負けたという。
「その根拠は?」
「とぼけるのはよせ。僕はブリキの王冠を被って浮かれるほど、愚か者じゃないぞ」
「ブリキの王冠、ねえ。もし仮にそうだったとして、俺がそれを認めたら、本物になるわけでもないだろうに」
「分かっている。僕は勝利を確かなものにしたいんじゃない。君がどうしてそんなことをしたのか、その理由が知りたいんだ」
おっと、少しやつを侮っていたな。クラークは済んだ話を蒸し返して、事態をややこしくしたいわけではないらしい。そうか、やつの性格的に、確かめずにはいられないんだろう。俺は肩をすくめる。
「別に、八百長をしたつもりはないぜ。あん時の俺は、全力でお前にぶつかった。そこに偽りはない。けど……一方で、俺は勝ち負けにはこだわっちゃいなかった」
「……それで?」
「ま、ようするに満足したってことだ。あれだけ大暴れすれば、誰も俺をひ弱なザコとは思わないだろうって。俺のちっぽけなプライドが満たされたから、それ以上の闘いは必要ない。それに、普通に限界だったってのもある。あの後すぐに、俺とフランの融合は解除されちまったからな」
「……だけど!君はまだ、完全に倒れてはいなかった。拳一発くらいなら繰り出せたんじゃないか?あの時は僕の方こそ、指一本動かせないほどだったんだ。もし君が攻撃していれば、僕は……」
「だーから、そうする気はなかったんだってば。俺もへとへとだったし、そんなやる気も起きなかった。早い話、気持ちが折れたんだよ。お前は膝をついても踏ん張ってた。その気持ちの差が、今回は勝敗って形で現れただけだろ」
「しかし……」
「まだ気になるっていうなら……この際はっきり言っておくけどな。俺は何も、お前に花を持たせたつもりはないぞ。今後、もしどっかの荒野でおたくらと睨みあうことがあったら、そん時は遠慮なく立ち向かわせてもらうからな」
俺がびしっと言い切ると、クラークは呆れた顔になった。
「……もうそんな時はこないよ。言っただろう、もう君たちを悪だとは思っていない。もちろん、君の気が変わった時には、僕もまた考えを改めるだろうけど」
「へっ。いちいちお前の許しを請うとでも?俺は俺のやりたいようにやるまでだ」
俺とクラークの間に火花が散る。ウィルがその様子をはらはらと見守っていた。
「……ふっ。君の言いたいことは分かったよ。君は君自身の為にやったんだろう。そのことに対して、僕が引け目を感じる必要はない」
「お。珍しく話が分かるじゃないか。そういうことだよ」
俺がクラークの為にわざと負けた?とんでもない。俺とやつは、友達でも何でもないんだ。そんなやつの為に、そこまでしてやる義理はない。だけど俺たちは、少なくとも敵同士ではなくなったようだ。クラークは疲れたように肩を回すと、同じく疲れた顔で笑った。
「なんだかおかしなことになってしまったけれど、ひとまずはこれで終わりだ。ともに闘ったものとして、お疲れとだけ言っておくよ」
「……ああ。そっちにも世話になったしな。特にミカエルには、助かったって伝えといてくれ。直接でなくて悪いけど」
「気にすることないさ。彼女もそう言うはずだ。それじゃあ……もし、またどこかで会うことがあれば」
別れの挨拶にしちゃおかしな言葉を残して、クラークはマントをひるがえし、静かに部屋を出ていった。その背中を見送った後で、エラゼムが穏やかな声で言う。
「どうやら、かの勇者との間に、奇妙な友情が生まれたようですな」
「友情?冗談じゃないぜ。俺は苦手だよ、ああいうお堅いやつは」
俺が鼻を鳴らすと、エラゼムは何も言わず、静かに笑った。
「けどまあ、やつの言う通り……これで全部終わりだ。みんな、お疲れさん」
長かった勇演武闘も、これでようやく幕引きだ。思えばここ数日間、生きた心地がしなかったな。体はくたくただったが、心は嵐の後の空のように晴れやかだった。俺たちは、やり遂げたんだ!仲間たちの顔も明るい。
「なら、こんなところさっさと帰ろーよ」
ライラが俺の手を引っ張る。うぐ。腕にピーンと流れる電流……
「あ、ああ……」
「……?帰らないの?」
「いや、なんてーか、気が抜けたと言うか……エラゼム、悪いけど肩貸してくれないか?」
するとエラゼムより早く、フランがずいっと俺の顔を覗き込んだ
「どうしたの?まさか、どこか怪我したんじゃ」
「いや、ほんとに大丈夫だって。ただ、ちょっと疲れたんだ。あはは、歩くのがめんどいなーって」
「そう……じゃあ、わたしが運ぶから」
「え?うわっ」
フランは有無を言わさずに、俺の腕を引っ張ると、そのまま自分の背中にひょいと担いでしまった。
「ふ、フラン……なにもそこまで」
「いいから。わたしにおんぶされるのなんて、今さらでしょ」
それもそうだが。申し訳ない気もするな、フランだって闘ったばかりなのに。
「あれ?そういやフラン、お前……足は?」
「動くよ。あなたと一つなった時から」
フランは自分の脚でしっかりと立ちながら言う。怪我がすっかり治っている……不思議なもんだな、一度魂だけになったからだろうか?今回初めて使った技だから、分からないことだらけだ。うーん……
「……やめよう。今悩んでも、いい考えは出てこなそうだ」
「そうしなよ。悪いことじゃないんだから」
フランが歩き出したので、俺はもうそれ以上は言わず、おとなしく背中で揺られることにした。
勇演武闘は、そうして幕を閉じた。
「……ん」
喉の渇きで目が覚めた。唇がかさかさする。
「桜下さん、起きましたか?」
頭の上から声が聞こえてくる。重いまぶたを無理やり開けると、ウィルがこちらを見下ろしていた。
「……」
「……桜下さん?起きてます?寝てます?」
「……どっちだろ」
「確かめてあげましょっか」
「ふがっ」
こ、こいつ!ウィルは俺の鼻をつまんでいた指を放すと、けらけらと笑った。
「あははは。ばっちり目が覚めましたね」
「て、てめえ……起き抜けの人間に対する、シスターの礼儀か、これが!」
「ええ。私の神殿では、寝坊するといつもこうやって起こされましたもん。呆れるほどシスター流です」
俺はあんぐりと口を開けた。呆れたいのはこっちだぞ……ったく、あまりいい寝覚めだとは言えないな。
「……ウィル、今何時くらいだ?」
「今さっき、陽が落ちたところです」
「うーん……それじゃ、あんまり寝てないな」
「ええ、そうですね。ひょっとして、あまりよく眠れませんでしたか……?」
ウィルが心配そうな顔をする。それならもっと優しく起こしてほしかったもんだが?
「やっぱり、試合の後だったからかな。夢の中でまで闘ってた気がするよ」
勇演武闘が終わり、レストハウスに戻ってくるなり、俺は自分でも気付かぬうちに眠ってしまったようだ。激しい運動の直後で、クールダウンもなにもしてないから、眠り心地は最悪だ。服の中に小石が入っていてチクチクするし、体はカチカチ、喉もカラカラだ。それを察してか、ウィルは枕元にあった水差しから、コップに水を注いで渡してくれた。
「お水、飲んでください。喉が渇いたでしょう?」
「わり、さんきゅー……」
体を起こして水を飲むと、ひび割れた喉に潤いが戻っていく気がした。一気にコップ一杯を飲み干す。
「ぷは。生き返るな」
人心地つくと、俺は部屋を見渡した。夕闇迫る室内はロウソクがともされ、ほのかな明かりに照らされている。テーブルの上には差し入れだろうか、料理が乗ったトレイと、大きな魔導書が開かれたまま置かれている。魔導書の持ち主は、ソファに丸くなって寝息を立てていた。ライラと俺に配慮してか、エラゼムは部屋の隅でぴくりとも動かずに立っている。知らない人が見れば、甲冑が飾られているだけだと勘違いするだろう。
「フランとアルルカは?」
「外にいますよ。あと、途中でヘイズさんが来ました。ほら、テーブルの料理を」
「ああ、ヘイズの差し入れだったのか」
「ええ。今日はゆっくりしたいだろうからって。本当は女帝さまから食事のお誘いもあったみたいなんですけど……そこは任せとけって言っていました」
「ふむ。あいつがそう言うんなら、任せときゃいいだろ」
さすがにへとへとだ。この上でノロのご機嫌を伺えだなんて、拷問にもほどがある。
「それなら、ご飯にしますか?また眠るにしても、何かお腹に入れておいた方がいいですよ」
「そうだな……んー、でもその前に、一度風呂に入っときたいかも」
「お風呂……」
ウィルが俺の体を見て、ぼーっとする。なんだ?
「……なんだよ。えっちなやつだな」
「なっ!ち、違います!何言って……!」
「うわ、ばか。ライラが起きちゃうぞ!」
「あっ。あ、う……」
ウィルは自分の口をぱっと押えると、頬を赤らめて俺を睨む。
「う~……私今、ある人に優しくしたことをすっごく後悔してるんです」
「わっはっは。情けは人の為ならずってな」
「はい?人のためにならないってことですか?」
おっと、そういう意味じゃなかった気がするけど……はて、どうだったかな?
「まあいいや。確か風呂場って、外の建物だっけ。うえ、ちょっとめんどくさいな……」
「……大丈夫ですか?一人でいけます?なんなら、フランさんに頼んで……」
「いや、さすがに風呂入るのに、女の子に頼むのはちょっと……それに大丈夫、少し寝たから元気になったよ。一人で平気だ」
「でも……」
「平気だって。ははは、ありがとな」
俺は笑い飛ばすと、ベッドから起き上がった。ウィルはなおも心配そうにこちらを伺っている。そんなにヘロヘロに見えるかな?エラゼムもこちらを見ていたが、俺は大丈夫だと言うように、軽く手を振ってから部屋を出た。
「どこか行くの?」
「わっ、と……フラン。ここにいたのか」
部屋を出てすぐの廊下には、フランが壁にもたれて立っていた。
「ああ。ちょっと風呂に行ってくる」
「一人で?」
「すぐそこだろ?大丈夫だよ。それより、体中砂まみれでかゆくてしょうがないんだ」
「……」
フランは赤い瞳で、俺をじっと見つめている。ま、まさか、自分もくっついてくるとは言わないよな……?
「……そう。気を付けてね」
「あ、ああ。そんじゃ、行ってくるな」
ふう。さすがに髪を洗えとは言わないだろうとは思っていたけど、逆に今のフランなら、俺の体を洗うと言い出しても不思議はない。そればっかりは、さっっっっすがに無理だ。俺はフランの気が変わらないうちに、そそくさと廊下を進んでいった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺とクラークの技がぶつかり合い、白い光に包まれた後。その光が消えるころには、俺たちは全ての力を使い果たしていた。その状況で、俺は倒れ、クラークは膝をつきながらも、かろうじて意識を保っていた。猛烈な閃光の衝撃から立ち直ったアナウンス係は、直ちに一の国を勝者とみなし、クラークの名を高らかに叫んだのだった……
というのが、延長戦第四試合の顛末だ。絵面だけ見れば、誰がどう見てもクラークの勝ち。だがやつは、俺がわざと負けたという。
「その根拠は?」
「とぼけるのはよせ。僕はブリキの王冠を被って浮かれるほど、愚か者じゃないぞ」
「ブリキの王冠、ねえ。もし仮にそうだったとして、俺がそれを認めたら、本物になるわけでもないだろうに」
「分かっている。僕は勝利を確かなものにしたいんじゃない。君がどうしてそんなことをしたのか、その理由が知りたいんだ」
おっと、少しやつを侮っていたな。クラークは済んだ話を蒸し返して、事態をややこしくしたいわけではないらしい。そうか、やつの性格的に、確かめずにはいられないんだろう。俺は肩をすくめる。
「別に、八百長をしたつもりはないぜ。あん時の俺は、全力でお前にぶつかった。そこに偽りはない。けど……一方で、俺は勝ち負けにはこだわっちゃいなかった」
「……それで?」
「ま、ようするに満足したってことだ。あれだけ大暴れすれば、誰も俺をひ弱なザコとは思わないだろうって。俺のちっぽけなプライドが満たされたから、それ以上の闘いは必要ない。それに、普通に限界だったってのもある。あの後すぐに、俺とフランの融合は解除されちまったからな」
「……だけど!君はまだ、完全に倒れてはいなかった。拳一発くらいなら繰り出せたんじゃないか?あの時は僕の方こそ、指一本動かせないほどだったんだ。もし君が攻撃していれば、僕は……」
「だーから、そうする気はなかったんだってば。俺もへとへとだったし、そんなやる気も起きなかった。早い話、気持ちが折れたんだよ。お前は膝をついても踏ん張ってた。その気持ちの差が、今回は勝敗って形で現れただけだろ」
「しかし……」
「まだ気になるっていうなら……この際はっきり言っておくけどな。俺は何も、お前に花を持たせたつもりはないぞ。今後、もしどっかの荒野でおたくらと睨みあうことがあったら、そん時は遠慮なく立ち向かわせてもらうからな」
俺がびしっと言い切ると、クラークは呆れた顔になった。
「……もうそんな時はこないよ。言っただろう、もう君たちを悪だとは思っていない。もちろん、君の気が変わった時には、僕もまた考えを改めるだろうけど」
「へっ。いちいちお前の許しを請うとでも?俺は俺のやりたいようにやるまでだ」
俺とクラークの間に火花が散る。ウィルがその様子をはらはらと見守っていた。
「……ふっ。君の言いたいことは分かったよ。君は君自身の為にやったんだろう。そのことに対して、僕が引け目を感じる必要はない」
「お。珍しく話が分かるじゃないか。そういうことだよ」
俺がクラークの為にわざと負けた?とんでもない。俺とやつは、友達でも何でもないんだ。そんなやつの為に、そこまでしてやる義理はない。だけど俺たちは、少なくとも敵同士ではなくなったようだ。クラークは疲れたように肩を回すと、同じく疲れた顔で笑った。
「なんだかおかしなことになってしまったけれど、ひとまずはこれで終わりだ。ともに闘ったものとして、お疲れとだけ言っておくよ」
「……ああ。そっちにも世話になったしな。特にミカエルには、助かったって伝えといてくれ。直接でなくて悪いけど」
「気にすることないさ。彼女もそう言うはずだ。それじゃあ……もし、またどこかで会うことがあれば」
別れの挨拶にしちゃおかしな言葉を残して、クラークはマントをひるがえし、静かに部屋を出ていった。その背中を見送った後で、エラゼムが穏やかな声で言う。
「どうやら、かの勇者との間に、奇妙な友情が生まれたようですな」
「友情?冗談じゃないぜ。俺は苦手だよ、ああいうお堅いやつは」
俺が鼻を鳴らすと、エラゼムは何も言わず、静かに笑った。
「けどまあ、やつの言う通り……これで全部終わりだ。みんな、お疲れさん」
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「なら、こんなところさっさと帰ろーよ」
ライラが俺の手を引っ張る。うぐ。腕にピーンと流れる電流……
「あ、ああ……」
「……?帰らないの?」
「いや、なんてーか、気が抜けたと言うか……エラゼム、悪いけど肩貸してくれないか?」
するとエラゼムより早く、フランがずいっと俺の顔を覗き込んだ
「どうしたの?まさか、どこか怪我したんじゃ」
「いや、ほんとに大丈夫だって。ただ、ちょっと疲れたんだ。あはは、歩くのがめんどいなーって」
「そう……じゃあ、わたしが運ぶから」
「え?うわっ」
フランは有無を言わさずに、俺の腕を引っ張ると、そのまま自分の背中にひょいと担いでしまった。
「ふ、フラン……なにもそこまで」
「いいから。わたしにおんぶされるのなんて、今さらでしょ」
それもそうだが。申し訳ない気もするな、フランだって闘ったばかりなのに。
「あれ?そういやフラン、お前……足は?」
「動くよ。あなたと一つなった時から」
フランは自分の脚でしっかりと立ちながら言う。怪我がすっかり治っている……不思議なもんだな、一度魂だけになったからだろうか?今回初めて使った技だから、分からないことだらけだ。うーん……
「……やめよう。今悩んでも、いい考えは出てこなそうだ」
「そうしなよ。悪いことじゃないんだから」
フランが歩き出したので、俺はもうそれ以上は言わず、おとなしく背中で揺られることにした。
勇演武闘は、そうして幕を閉じた。
「……ん」
喉の渇きで目が覚めた。唇がかさかさする。
「桜下さん、起きましたか?」
頭の上から声が聞こえてくる。重いまぶたを無理やり開けると、ウィルがこちらを見下ろしていた。
「……」
「……桜下さん?起きてます?寝てます?」
「……どっちだろ」
「確かめてあげましょっか」
「ふがっ」
こ、こいつ!ウィルは俺の鼻をつまんでいた指を放すと、けらけらと笑った。
「あははは。ばっちり目が覚めましたね」
「て、てめえ……起き抜けの人間に対する、シスターの礼儀か、これが!」
「ええ。私の神殿では、寝坊するといつもこうやって起こされましたもん。呆れるほどシスター流です」
俺はあんぐりと口を開けた。呆れたいのはこっちだぞ……ったく、あまりいい寝覚めだとは言えないな。
「……ウィル、今何時くらいだ?」
「今さっき、陽が落ちたところです」
「うーん……それじゃ、あんまり寝てないな」
「ええ、そうですね。ひょっとして、あまりよく眠れませんでしたか……?」
ウィルが心配そうな顔をする。それならもっと優しく起こしてほしかったもんだが?
「やっぱり、試合の後だったからかな。夢の中でまで闘ってた気がするよ」
勇演武闘が終わり、レストハウスに戻ってくるなり、俺は自分でも気付かぬうちに眠ってしまったようだ。激しい運動の直後で、クールダウンもなにもしてないから、眠り心地は最悪だ。服の中に小石が入っていてチクチクするし、体はカチカチ、喉もカラカラだ。それを察してか、ウィルは枕元にあった水差しから、コップに水を注いで渡してくれた。
「お水、飲んでください。喉が渇いたでしょう?」
「わり、さんきゅー……」
体を起こして水を飲むと、ひび割れた喉に潤いが戻っていく気がした。一気にコップ一杯を飲み干す。
「ぷは。生き返るな」
人心地つくと、俺は部屋を見渡した。夕闇迫る室内はロウソクがともされ、ほのかな明かりに照らされている。テーブルの上には差し入れだろうか、料理が乗ったトレイと、大きな魔導書が開かれたまま置かれている。魔導書の持ち主は、ソファに丸くなって寝息を立てていた。ライラと俺に配慮してか、エラゼムは部屋の隅でぴくりとも動かずに立っている。知らない人が見れば、甲冑が飾られているだけだと勘違いするだろう。
「フランとアルルカは?」
「外にいますよ。あと、途中でヘイズさんが来ました。ほら、テーブルの料理を」
「ああ、ヘイズの差し入れだったのか」
「ええ。今日はゆっくりしたいだろうからって。本当は女帝さまから食事のお誘いもあったみたいなんですけど……そこは任せとけって言っていました」
「ふむ。あいつがそう言うんなら、任せときゃいいだろ」
さすがにへとへとだ。この上でノロのご機嫌を伺えだなんて、拷問にもほどがある。
「それなら、ご飯にしますか?また眠るにしても、何かお腹に入れておいた方がいいですよ」
「そうだな……んー、でもその前に、一度風呂に入っときたいかも」
「お風呂……」
ウィルが俺の体を見て、ぼーっとする。なんだ?
「……なんだよ。えっちなやつだな」
「なっ!ち、違います!何言って……!」
「うわ、ばか。ライラが起きちゃうぞ!」
「あっ。あ、う……」
ウィルは自分の口をぱっと押えると、頬を赤らめて俺を睨む。
「う~……私今、ある人に優しくしたことをすっごく後悔してるんです」
「わっはっは。情けは人の為ならずってな」
「はい?人のためにならないってことですか?」
おっと、そういう意味じゃなかった気がするけど……はて、どうだったかな?
「まあいいや。確か風呂場って、外の建物だっけ。うえ、ちょっとめんどくさいな……」
「……大丈夫ですか?一人でいけます?なんなら、フランさんに頼んで……」
「いや、さすがに風呂入るのに、女の子に頼むのはちょっと……それに大丈夫、少し寝たから元気になったよ。一人で平気だ」
「でも……」
「平気だって。ははは、ありがとな」
俺は笑い飛ばすと、ベッドから起き上がった。ウィルはなおも心配そうにこちらを伺っている。そんなにヘロヘロに見えるかな?エラゼムもこちらを見ていたが、俺は大丈夫だと言うように、軽く手を振ってから部屋を出た。
「どこか行くの?」
「わっ、と……フラン。ここにいたのか」
部屋を出てすぐの廊下には、フランが壁にもたれて立っていた。
「ああ。ちょっと風呂に行ってくる」
「一人で?」
「すぐそこだろ?大丈夫だよ。それより、体中砂まみれでかゆくてしょうがないんだ」
「……」
フランは赤い瞳で、俺をじっと見つめている。ま、まさか、自分もくっついてくるとは言わないよな……?
「……そう。気を付けてね」
「あ、ああ。そんじゃ、行ってくるな」
ふう。さすがに髪を洗えとは言わないだろうとは思っていたけど、逆に今のフランなら、俺の体を洗うと言い出しても不思議はない。そればっかりは、さっっっっすがに無理だ。俺はフランの気が変わらないうちに、そそくさと廊下を進んでいった。
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