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12章 負けられない闘い
16-4
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16-4
時間は経って、その日の深夜の事である。
桜下はあの後、風呂から戻ると早々に床に就き、すぐに泥のような眠りに落ちた。ライラは彼の傍らで寝息を立て、それをエラゼムとウィルが見守る。室内には静かな、安らぎの時間が流れていた。
一方。
「……なんなの。こんなとこに呼び出して」
夜風に髪をなびかせながら、堅い声でそう言ったのは、フランだ。彼女は今、がれきと土砂が散乱する、コロシアムのリングにいる。昼間の試合のせいで完膚なきまでに破壊されたリングは、もはや整備もされることなく放置されている。砕けた石材が転がる様は、さながら古戦場のようだ。
リングの周りには、立ち入りを禁止する木柵が設けられていた。つまりフランは、ここに勝手に入り込んだことになる。だがそれは、彼女が望んだことではない。この場を待ち合わせの場所に指定した人物がいたのだ。
「ここなら、誰も邪魔しに来ないでしょ?」
声の主は砕けたリングの残骸に腰かけ、微笑みを浮かべる。つややかな黒髪がゆるくたなびいている。
「……アルルカ。どういうつもり」
再度問いかけたフランの声には、若干の苛立ちが混じっていた。ヴァンパイア・アルルカは、そんな彼女をからかうような笑みを浮かべた。
「なぁーによ、殺気立っちゃって。なにか嫌なことでもあったかしら?」
「……夜に、ヴァンパイアに呼び出されたこととか」
アルルカはぴくっとまなじりを動かしたが、すぐに表情を戻す。
「ふん。見え透いたウソね」
「嘘?」
アルルカはにやーっと笑う。べたつく視線に、フランは顔をしかめた。
「ええ。だってあんた、あたしが呼び出す前からイライラしてたもん」
「……」
「図星かしら?一体何があったのかしらねぇ?」
「……お前には関係ない」
「はぁ。あんたって、困るといっつもそれね。関係ない、自分たちの問題だ。チッ!この際だから、はっきり言わせてもらうわ」
アルルカは笑みを消すと、びしっと指を突きつける。
「あんた、いい加減自覚しなさいよ。あんたのその自己中心的なふるまいのせいで、ずーっと空気が悪くなってんのよ」
フランは、ガツンと殴られたような顔になった。
「……な。なに、適当なこと……」
「適当?自分で気づかないわけ?あんたがあのガキを取られまいと、ずーっと殺気振りまいてるもんだから、息苦しいったらありゃしないわ」
「そんなこと……」
「ないって?そしたらあんた、バカよ。それを自覚してないんだから、手に負えない大バカね」
「お前……!」
フランの髪が逆立つ。だがアルルカは、フランに付きつけた指を下ろそうとはしない。
「バカなんだとしたら、せめて話は最後まで聞きなさい。あんた、このままだとあいつを失うわよ」
フランの顔は、夜の闇の中でもはっきりとわかるくらい白くなった。
「……い、みが、わから」
「そう思うなら、もういいわ。このまま帰りなさいよ。でもね、そしたらあたしは、手段を選ばずにあんたを桜下から引きはがすわ。あたしはあいつを守らなきゃならないもの」
フランが眉を顰める。守る?桜下を?
「……どういうこと」
「今のあんたは、あいつにとって害悪でしかないってこと。このままいけば、あいつはいずれダメになる。そうなったら困るのよ、今のあたしはね」
「……血、か」
「そーよ。はぁ、まさかこんなことになるなんてね。でも、こればっかりは本能だからね。認めざるを得ないわ」
アルルカはやれやれと首を振ると、肩にかかった髪をかき上げる。
「あたし、あいつの血の味に惚れちゃった。もうあれナシなんて考えられないわ。それに、この鬱陶しいマスクもあるし」
アルルカは口元の枷を、ピンと指ではじいた。
「こうなっちゃった以上、あたしにもあいつが必要なの。あんたがあいつとどれだけ盛りあおうが知ったこっちゃないけど、独り占めは容認できないわ」
「……それがどうして、わたしがあの人をダメにすることに繋がるの」
「分からない?あんたはあいつさえ居ればいいかもしれないけどね、あいつはあんただけじゃダメなのよ」
フランは再び殴られたような顔になった。さっきのが後頭部への一撃だったとしたら、今のはボディブローだ。
「あいつは、あたしたち……ふふん、こう言うと笑えるわね。でも言うわ。あいつは、あたしたち全員を必要としてるの。あいつも大概バカよね、死霊ばっかりでハーレムをつくるだなんて。でも、そういうことよ。あんたもうすうす分かってたでしょ?だからあんたは、いつまでたっても一線を越えられなかった。違う?」
フランは、くらりと眩暈がする気がした。実際には、ゾンビに立ち眩みはないのだろうが。目の前で話している相手は、本当にあの、いかれたヴァンパイアなのか?それくらい、彼女の指摘は的確だった。
「そうよ、あんただってわかってる。あの大バカ小僧は、誰か一人にかまけて、他の連中を見捨てることができない。あんたと一つになったとしても、あいつきっと、あたしへの血の提供はやめないわよ。きゃはは、どうしようもないわよね。人間の腕は二本しかないって知らないのかしら?」
「……」
「とまあ、そういうことよ。そこであんたが、自分以外を見ないでって駄々をこねたらどうなると思う?あいつは板挟みになるわ。あんたを見捨てることも、あたしたちを見捨てることもできずに、悩んで、苦しんで、自分を責めて、のたうち回って」
「……やめて」
「そうなった人間が、最後にどうなるか知ってる?あたし、そういうやつは腐るほど見てきたの。そいつらは、みーんな最期にはね?」
「やめて」
「自分で自分を殺すのよ」
「やめて!」
最後の声は、悲鳴に近かった。フランの絶叫が、誰もいないコロシアムに虚しくこだまする。やめて……やめて……
「……わかった。もう、わかったから……」
「ダメよ、やめない。あんたはまだわかっちゃないわ。そんなだから、あんたがあいつを死に導くの」
「……わたしが?」
「そう。あんたのせいよ」
「……じゃあ」
フランの瞳がぎらりと、血のように赤く光った。
「じゃあ、どうしろっていうのっ!!!」
ビリビリビリッ。空気が震える。それは声量というよりは、放たれる気迫によるものだ。
「わたしだって、わかってる!わたしじゃ、あの人を支えてあげられないことくらい!わたしだけじゃ、あの人の願いを叶えられないことくらい、分かってるよ!」
フランは髪を激しく振り乱し、口をめいっぱい広げながら、叫び続ける。
「さっきだってそうだ!ウィルだけが、あの人が無理してることに気付いてた!ウィルが居なかったら、あの人は今よりもっと笑わなくなってたはずだ!ウィルがいたおかげで……わたしじゃなくて、ウィルが……」
フランはがっくりと膝をつくと、拳で地面を殴りつけた。ズズン!
「でも、じゃあどうしろっていうの!ウィルは、ウィルはわたしのことを応援してくれてるんだよ!わたしが抜け駆けしたことだって、分かってるはずのに!なのにいまさら、ウィルに譲るの?そんなことできるわけないじゃん!それに、それに……」
フランの体から、だんだん力が抜けていく。両腕を地面に付き、首を垂れる。
「……諦め、きれない……好きなんだよ。こんなこと、初めてなんだ。どうにかしなきゃって思ってるけど、どうしたらいいのか、わかんないんだ……」
最後の方はか細く、すすり泣いているようですらあった。その姿を見て、アルルカは満足そうにうなずいた。
「はぁ。やぁっと素直になったわね。いっつもムッツリ黙り込んで。まどろっこしいのよ、あんた」
「……」
「でも、朗報よ。あたし、解決策を知ってるわ」
「……え?」
フランが顔を上げる。
「始めに言ったでしょ。あたしは、今のこの状況を何とかするために、あんたを呼び出したんだから。策があるに決まってるじゃない」
「……どうすればいいの?」
「ふふん。安心なさい、あんたにその気持ちを諦めろ、とは言わないわ。身を引いたところで、あいつの方がほっとかないでしょうし。だけど代わりに、あんたには別のものを諦めてもうわよ」
「……別のもの?」
「そ。と言っても、今すぐの必要はないかもしれないけど。ま、心構えみたいなもんね。たぶんこのままいけば、いずれあのシスターが限界を迎えると思うのよ」
「……ウィルが?」
「あんたも分かってんでしょ。まず間違いなく惚れてるわよ」
「……」
「んで、シスターも似たような状況になると思うわ。そん時になってようやく、あのトーヘンボクは事態を把握するの。そのタイミングであんたとシスターがギスギスなんてしてたら、一気にドロ沼一直線ね」
「……なんなの?その、諦めなきゃいけないものって」
アルルカはにんまり笑う。その笑顔が、フランにはひどく残忍に見えた。
「独占。あんた、あのガキを自分のものにするのを諦めなさい」
「な……」
フランは目を見開き、その次に歯をギリッと食いしばる。
「……結局、あの人を諦めろってことじゃない」
「はぁ?あんた、ちゃんと脳ミソ使いなさいよ。独り占めを諦めろって言ってんの。あいつはどうせ、自分からあたしたちに絡んでくるわよ。だったらもう、それごと受け入れるほかないわ」
「それって……!」
「そーよ。シスターのことも受け入れるの。自分だけじゃなくて、あたしたち全員のもんだって認めるのよ」
「なっ……」
フランは激しく混乱した。アルルカの言っていることが何一つ理解できない。フランの脳裏に、ノロ女帝と四人の夫の姿がちらついた。それを、自分たちでも……?
だが、アルルカは自信満々だし、さっきまでの指摘は残酷なまでに正確だった……
「でも、そんな……あの人がそれを望むかもわからないし……それに、ウィルだって……」
「だーかーらー、望む望まないじゃなくて、そうするしか他ないんだってば。シスターにもあんたから説明なさいな。二人で仲良くシェアしましょって」
「……あの人は、物なんかじゃない。一人の、生きた、人間だ!そんな風に言うな!」
フランの瞳に、力が戻った。それを見て、アルルカはなぜか楽し気に笑う。
「きゃはは、何いまさらカマトトぶってんの?高尚なお話でもしてると思ってたわけ?あたしたちが今話してんのは、どろっどろの、きったない、欲望まみれの事柄なんですけど?」
「……ちっ。いかれたヴァンパイア。やっぱりお前なんか、信用できない」
「へーえ、いつもの調子が戻ってきたわね。まあけど、正直あたしも、あんたが素直に従うとは思っちゃなかったわ。あんたみたいな石頭が、そんなに従順なわけないもの」
するとアルルカは、腰かけていたがれきからぴょんと飛び降りると、なぜか壊れたリングの端まで歩いていく。
「……?何のつもり」
「どうしてこの場所を選んだと思う?」
アルルカの唐突な問い掛け。フランは眉をひそめて考える。理由ならさっき、人がいないからだとアルルカ自らが言っていたはずだ。だが、それをここで訊ねるということは……
ここは、コロシアムのリング。その用途は、闘争のために。
「……やり合おうってわけ?」
「きひゃははは!あんたみたいな跳ねっ返りには、一発ガツンとやってやるのが手っ取り早い気がすんのよねー。それに一度、生意気なあんたをボコってやりたいっていうのもあったし」
アルルカはリングの端につくと、くるりとフランの方へ向き直った。手にはいつのまにやら、愛用の竜を模した杖を構えている。
「怖いならしっぽ巻いて逃げてもいいわよ?ま、背中から撃たない保証はできないけど」
「……冗談じゃない。コウモリ女の一匹くらい、わたし一人で十分だ」
「チッ。言ってくれるじゃない……」
二人は静かに睨みあった。昼間と違い、観客は頭上に輝く星たち以外にはいない。しかしフランは、昼間の試合以上に、この闘いに勝たなければという強い意思を感じていた。この闘いの勝者の意見が、正しい意見となる、気がする。
アルルカの提案は、常識的に考えればまず間違いなく受け入れがたいものだった。それもそのはず、アルルカは常識外れのヴァンパイアだから。だがフラン自身もまた、答えを見いだせずにいる。この闘いに勝てば、その先に答えがあるのだろうか。その為にも。
(……負けられない。絶対に)
夜風が吹くと、庭園の木立がざわざわと揺れた。風が唸りを上げている。ウウゥゥゥゥー。
「……行くわよおっ!!!」
「かかって、こいっ!!!」
乙女の闘いが、静かに、だが激しく、幕を開けた。
第二部 完
第三部 十三章へつづく
時間は経って、その日の深夜の事である。
桜下はあの後、風呂から戻ると早々に床に就き、すぐに泥のような眠りに落ちた。ライラは彼の傍らで寝息を立て、それをエラゼムとウィルが見守る。室内には静かな、安らぎの時間が流れていた。
一方。
「……なんなの。こんなとこに呼び出して」
夜風に髪をなびかせながら、堅い声でそう言ったのは、フランだ。彼女は今、がれきと土砂が散乱する、コロシアムのリングにいる。昼間の試合のせいで完膚なきまでに破壊されたリングは、もはや整備もされることなく放置されている。砕けた石材が転がる様は、さながら古戦場のようだ。
リングの周りには、立ち入りを禁止する木柵が設けられていた。つまりフランは、ここに勝手に入り込んだことになる。だがそれは、彼女が望んだことではない。この場を待ち合わせの場所に指定した人物がいたのだ。
「ここなら、誰も邪魔しに来ないでしょ?」
声の主は砕けたリングの残骸に腰かけ、微笑みを浮かべる。つややかな黒髪がゆるくたなびいている。
「……アルルカ。どういうつもり」
再度問いかけたフランの声には、若干の苛立ちが混じっていた。ヴァンパイア・アルルカは、そんな彼女をからかうような笑みを浮かべた。
「なぁーによ、殺気立っちゃって。なにか嫌なことでもあったかしら?」
「……夜に、ヴァンパイアに呼び出されたこととか」
アルルカはぴくっとまなじりを動かしたが、すぐに表情を戻す。
「ふん。見え透いたウソね」
「嘘?」
アルルカはにやーっと笑う。べたつく視線に、フランは顔をしかめた。
「ええ。だってあんた、あたしが呼び出す前からイライラしてたもん」
「……」
「図星かしら?一体何があったのかしらねぇ?」
「……お前には関係ない」
「はぁ。あんたって、困るといっつもそれね。関係ない、自分たちの問題だ。チッ!この際だから、はっきり言わせてもらうわ」
アルルカは笑みを消すと、びしっと指を突きつける。
「あんた、いい加減自覚しなさいよ。あんたのその自己中心的なふるまいのせいで、ずーっと空気が悪くなってんのよ」
フランは、ガツンと殴られたような顔になった。
「……な。なに、適当なこと……」
「適当?自分で気づかないわけ?あんたがあのガキを取られまいと、ずーっと殺気振りまいてるもんだから、息苦しいったらありゃしないわ」
「そんなこと……」
「ないって?そしたらあんた、バカよ。それを自覚してないんだから、手に負えない大バカね」
「お前……!」
フランの髪が逆立つ。だがアルルカは、フランに付きつけた指を下ろそうとはしない。
「バカなんだとしたら、せめて話は最後まで聞きなさい。あんた、このままだとあいつを失うわよ」
フランの顔は、夜の闇の中でもはっきりとわかるくらい白くなった。
「……い、みが、わから」
「そう思うなら、もういいわ。このまま帰りなさいよ。でもね、そしたらあたしは、手段を選ばずにあんたを桜下から引きはがすわ。あたしはあいつを守らなきゃならないもの」
フランが眉を顰める。守る?桜下を?
「……どういうこと」
「今のあんたは、あいつにとって害悪でしかないってこと。このままいけば、あいつはいずれダメになる。そうなったら困るのよ、今のあたしはね」
「……血、か」
「そーよ。はぁ、まさかこんなことになるなんてね。でも、こればっかりは本能だからね。認めざるを得ないわ」
アルルカはやれやれと首を振ると、肩にかかった髪をかき上げる。
「あたし、あいつの血の味に惚れちゃった。もうあれナシなんて考えられないわ。それに、この鬱陶しいマスクもあるし」
アルルカは口元の枷を、ピンと指ではじいた。
「こうなっちゃった以上、あたしにもあいつが必要なの。あんたがあいつとどれだけ盛りあおうが知ったこっちゃないけど、独り占めは容認できないわ」
「……それがどうして、わたしがあの人をダメにすることに繋がるの」
「分からない?あんたはあいつさえ居ればいいかもしれないけどね、あいつはあんただけじゃダメなのよ」
フランは再び殴られたような顔になった。さっきのが後頭部への一撃だったとしたら、今のはボディブローだ。
「あいつは、あたしたち……ふふん、こう言うと笑えるわね。でも言うわ。あいつは、あたしたち全員を必要としてるの。あいつも大概バカよね、死霊ばっかりでハーレムをつくるだなんて。でも、そういうことよ。あんたもうすうす分かってたでしょ?だからあんたは、いつまでたっても一線を越えられなかった。違う?」
フランは、くらりと眩暈がする気がした。実際には、ゾンビに立ち眩みはないのだろうが。目の前で話している相手は、本当にあの、いかれたヴァンパイアなのか?それくらい、彼女の指摘は的確だった。
「そうよ、あんただってわかってる。あの大バカ小僧は、誰か一人にかまけて、他の連中を見捨てることができない。あんたと一つになったとしても、あいつきっと、あたしへの血の提供はやめないわよ。きゃはは、どうしようもないわよね。人間の腕は二本しかないって知らないのかしら?」
「……」
「とまあ、そういうことよ。そこであんたが、自分以外を見ないでって駄々をこねたらどうなると思う?あいつは板挟みになるわ。あんたを見捨てることも、あたしたちを見捨てることもできずに、悩んで、苦しんで、自分を責めて、のたうち回って」
「……やめて」
「そうなった人間が、最後にどうなるか知ってる?あたし、そういうやつは腐るほど見てきたの。そいつらは、みーんな最期にはね?」
「やめて」
「自分で自分を殺すのよ」
「やめて!」
最後の声は、悲鳴に近かった。フランの絶叫が、誰もいないコロシアムに虚しくこだまする。やめて……やめて……
「……わかった。もう、わかったから……」
「ダメよ、やめない。あんたはまだわかっちゃないわ。そんなだから、あんたがあいつを死に導くの」
「……わたしが?」
「そう。あんたのせいよ」
「……じゃあ」
フランの瞳がぎらりと、血のように赤く光った。
「じゃあ、どうしろっていうのっ!!!」
ビリビリビリッ。空気が震える。それは声量というよりは、放たれる気迫によるものだ。
「わたしだって、わかってる!わたしじゃ、あの人を支えてあげられないことくらい!わたしだけじゃ、あの人の願いを叶えられないことくらい、分かってるよ!」
フランは髪を激しく振り乱し、口をめいっぱい広げながら、叫び続ける。
「さっきだってそうだ!ウィルだけが、あの人が無理してることに気付いてた!ウィルが居なかったら、あの人は今よりもっと笑わなくなってたはずだ!ウィルがいたおかげで……わたしじゃなくて、ウィルが……」
フランはがっくりと膝をつくと、拳で地面を殴りつけた。ズズン!
「でも、じゃあどうしろっていうの!ウィルは、ウィルはわたしのことを応援してくれてるんだよ!わたしが抜け駆けしたことだって、分かってるはずのに!なのにいまさら、ウィルに譲るの?そんなことできるわけないじゃん!それに、それに……」
フランの体から、だんだん力が抜けていく。両腕を地面に付き、首を垂れる。
「……諦め、きれない……好きなんだよ。こんなこと、初めてなんだ。どうにかしなきゃって思ってるけど、どうしたらいいのか、わかんないんだ……」
最後の方はか細く、すすり泣いているようですらあった。その姿を見て、アルルカは満足そうにうなずいた。
「はぁ。やぁっと素直になったわね。いっつもムッツリ黙り込んで。まどろっこしいのよ、あんた」
「……」
「でも、朗報よ。あたし、解決策を知ってるわ」
「……え?」
フランが顔を上げる。
「始めに言ったでしょ。あたしは、今のこの状況を何とかするために、あんたを呼び出したんだから。策があるに決まってるじゃない」
「……どうすればいいの?」
「ふふん。安心なさい、あんたにその気持ちを諦めろ、とは言わないわ。身を引いたところで、あいつの方がほっとかないでしょうし。だけど代わりに、あんたには別のものを諦めてもうわよ」
「……別のもの?」
「そ。と言っても、今すぐの必要はないかもしれないけど。ま、心構えみたいなもんね。たぶんこのままいけば、いずれあのシスターが限界を迎えると思うのよ」
「……ウィルが?」
「あんたも分かってんでしょ。まず間違いなく惚れてるわよ」
「……」
「んで、シスターも似たような状況になると思うわ。そん時になってようやく、あのトーヘンボクは事態を把握するの。そのタイミングであんたとシスターがギスギスなんてしてたら、一気にドロ沼一直線ね」
「……なんなの?その、諦めなきゃいけないものって」
アルルカはにんまり笑う。その笑顔が、フランにはひどく残忍に見えた。
「独占。あんた、あのガキを自分のものにするのを諦めなさい」
「な……」
フランは目を見開き、その次に歯をギリッと食いしばる。
「……結局、あの人を諦めろってことじゃない」
「はぁ?あんた、ちゃんと脳ミソ使いなさいよ。独り占めを諦めろって言ってんの。あいつはどうせ、自分からあたしたちに絡んでくるわよ。だったらもう、それごと受け入れるほかないわ」
「それって……!」
「そーよ。シスターのことも受け入れるの。自分だけじゃなくて、あたしたち全員のもんだって認めるのよ」
「なっ……」
フランは激しく混乱した。アルルカの言っていることが何一つ理解できない。フランの脳裏に、ノロ女帝と四人の夫の姿がちらついた。それを、自分たちでも……?
だが、アルルカは自信満々だし、さっきまでの指摘は残酷なまでに正確だった……
「でも、そんな……あの人がそれを望むかもわからないし……それに、ウィルだって……」
「だーかーらー、望む望まないじゃなくて、そうするしか他ないんだってば。シスターにもあんたから説明なさいな。二人で仲良くシェアしましょって」
「……あの人は、物なんかじゃない。一人の、生きた、人間だ!そんな風に言うな!」
フランの瞳に、力が戻った。それを見て、アルルカはなぜか楽し気に笑う。
「きゃはは、何いまさらカマトトぶってんの?高尚なお話でもしてると思ってたわけ?あたしたちが今話してんのは、どろっどろの、きったない、欲望まみれの事柄なんですけど?」
「……ちっ。いかれたヴァンパイア。やっぱりお前なんか、信用できない」
「へーえ、いつもの調子が戻ってきたわね。まあけど、正直あたしも、あんたが素直に従うとは思っちゃなかったわ。あんたみたいな石頭が、そんなに従順なわけないもの」
するとアルルカは、腰かけていたがれきからぴょんと飛び降りると、なぜか壊れたリングの端まで歩いていく。
「……?何のつもり」
「どうしてこの場所を選んだと思う?」
アルルカの唐突な問い掛け。フランは眉をひそめて考える。理由ならさっき、人がいないからだとアルルカ自らが言っていたはずだ。だが、それをここで訊ねるということは……
ここは、コロシアムのリング。その用途は、闘争のために。
「……やり合おうってわけ?」
「きひゃははは!あんたみたいな跳ねっ返りには、一発ガツンとやってやるのが手っ取り早い気がすんのよねー。それに一度、生意気なあんたをボコってやりたいっていうのもあったし」
アルルカはリングの端につくと、くるりとフランの方へ向き直った。手にはいつのまにやら、愛用の竜を模した杖を構えている。
「怖いならしっぽ巻いて逃げてもいいわよ?ま、背中から撃たない保証はできないけど」
「……冗談じゃない。コウモリ女の一匹くらい、わたし一人で十分だ」
「チッ。言ってくれるじゃない……」
二人は静かに睨みあった。昼間と違い、観客は頭上に輝く星たち以外にはいない。しかしフランは、昼間の試合以上に、この闘いに勝たなければという強い意思を感じていた。この闘いの勝者の意見が、正しい意見となる、気がする。
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(……負けられない。絶対に)
夜風が吹くと、庭園の木立がざわざわと揺れた。風が唸りを上げている。ウウゥゥゥゥー。
「……行くわよおっ!!!」
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【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
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