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13章 歪な三角星
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ヴェールを被った、長い黒髪の女。俺はロウランの記憶の中で、一瞬だけその顔を見ることができた。そん時の顔に、俺は強烈な既視感を覚えたのだ。
「あの女によく似たやつと、俺は会ったことがあるんだ」
「えっ?だってあれ、もう三百年以上前のことだよ?」
「だから、気になってるんだ。どういうことなんだろうって」
三百年前の人物とそっくりな人間が、この時代にもいる。これは、単なる偶然か?それとも……?
すると、俺たちの話を横で聞いていたフランとウィルも、興味津々の顔でこっちに近づいてきた。
「桜下さん、どういうことなんですか?会ったことがあるって……」
「ああ。実はそいつの顔がさ、ペトラにそっくりだったんだよ」
「ペトラさん……?あの、荒野で出会った旅人さんですか?真っ黒い格好で、真っ黒い馬に乗った……」
ペトラ。黒い旅人。貴重なアーティファクトをいくつも持ち、しかも底知れぬ実力を秘めている……一緒にいたのはわずかな間だったけど、強烈なインパクトを残していった女性だ。
「そう、あいつだ。あいつとよく似た、いや瓜二つの顔の女が、ロウランの記憶の中に出てきた。不思議だろ?」
「そう、ですね。ご先祖様なのか、単なる他人の空似か、はたまたドッペルゲンガーか……」
「案外、同一人物だったりして」
へ?まさか……俺とウィルはそろって、そうつぶやいたフランの顔をまじまじと見た。するとフランは、気まずそうにふいっと顔をそらす。
「……冗談だよ。真に受けないでよ」
「え。ああ、あはは。そうだよな」
フランの冗談なんて、天然記念物級に希少だぞ。おかげで俺たちはつまんない反応しかできず、結果としてすべってしまったフランは、いじいじと拗ねてしまった。それを見てウィルは、声を抑えてくすくす笑っている。
「それで、ロウラン。どうかな?あの女の人について、何か知ってるか?」
「そうだねえ……んーと、ちょっと待ってね。なにせ何百年も前のことだから、記憶が……」
ロウランはこめかみを押さえて、うんうん唸っている。無理もないな、三世紀以上前を辿っているんだから。
「えーっとね。確か名前は、パとか、ペとか……」
「えっ!ま、まさか、ペトラなんて言わないよな……?」
「ううんと、もう少し長かったの……ペンデュラムだとか、ペペロンチーノだとか……」
ぺ、ペペロンチーノ……この世界にもあるのか?
「ペテオ……そう、なんかそんな感じだったの。ペテオールとか……ペテドールとか……」
ペテドール?じゃあ、ちょっと違うか。ペテドール……ペテオール……テオ、ドール……?
「テオドール……?」
「ああ。そんなだったかも。なんだか聞き覚えがあるの」
ぽんとロウランが手を打つと、俺とフランはあんぐりと口を開けた。な、なんだって?
「テオドールって言ったら……魔王の名前じゃないか……」
アドリアから聞いた昔話に登場した魔王。勇者ファーストに討たれたかと思われたが、突如復活して現在に至るという……この話を聞いていたのは、この場にいる中では俺とフランだけだ。ウィルが怪訝そうな顔をしている。
「桜下さん、それにフランさんも。魔王っていうのは、あの魔王ですか?どうしてその名前を?」
「あ、ああ。一の国で、クラークの仲間から聞いたんだ。ほら、パーティーの夜、レベッカを待ってた時に……」
「まあ、そんなことが……ん?ちょっと待ってください。だとしても、どういうことです?つまり、その女性が魔王とおんなじ名前で、しかもペトラさんそっくりの顔をしている……?」
そう、まさにそれだ。この奇妙な符号は、いったいどういうことだろう?
「ロウラン、それ以外に覚えてることはないか?」
「名前以外かぁ。あの人は、お付きの魔術師?みたいな人だったの。たまーに見かけることはあったけど、何をしているのかまでは知らなかったなぁ。眠りにつく日が近づいてきたから、ちょこちょこ会うようにはなったけど……ごめんね、あんまり覚えてないの。いつも黒い格好で、無口な人だった気がするけど」
「そっか……」
お付きの魔術師……王家に仕える立場だったってことだな。魔王がそんなことするか?
「どういうことだ?ペトラそっくりのやつの名前が、魔王と同じ?魔王は実は女で、ペトラの先祖は魔王だってか?ははは、んなバカな……」
「ねえ、でもさ」
俺のくだらない冗談に、フランはいたって真面目な顔で答える。
「ペトラって確か、外国の出身だって言ってたよね。少なくとも、人間の住む一、二、三の国の生まれじゃないって。てことは、魔王の大陸ってこともあり得るんじゃない?」
「あ……で、でも確か、こうも言ってたぞ。もう故郷は滅んでしまったって」
「うん、覚えてる。でもさ、魔王の軍勢って、一度はファーストたちに壊滅させられたんでしょ?」
それは……ファーストら三人の勇者によって、魔王軍はぺしゃんこにされた。国を守る軍を失った時点で、国家としての体制は崩壊したと、そう捉えることもできるのか……?
「け、けど待ってください!」
なんだかおかしな方向へ進みだした話に、ウィルが慌てて待ったをかける。
「でも魔王って、生きているんですよね?つまり、勇者様に倒されたと見せかけて、途中で復活したんですから……」
「あ、ああ。そう聞いてるけど」
「なら、あり得ませんよ!ペトラさんが仮に魔王の子孫だとして、戦争真っ最中の敵国にふらふら遊びに行くだなんて!」
おっと、言われてみればその通りだ。ペトラが魔王の関係者なら、俺たち人類は倒すべき宿敵だ。けど俺たちは、彼女と一緒に茶まで飲んだ。とても敵同士でする行いじゃない。
「そ、そうだよな。じゃあやっぱり、魔王とペトラはただの無関係で……」
……そう言っておいてだけど、なんかまだ引っかかるんだよな。何かを、見落としているような……
「……こうも、考えられない」
再びフランが、硬い表情で口を開く。ウィルはもう聞きたくないと言い出しそうな、引きつった顔をしていた。
「魔王軍は今、ほとんど活動していないんだったよね。そのせいでにらみ合いが続いてるとかなんとか」
「ああ、そうだな」
「その理由が、魔王が国を離れているからだとしたら?」
「魔王が……?」
「そう。アドリアやエラゼムの話を聞く限り、魔王は戦争にすごく熱心だったわけじゃない。だから煩い勇者たちを適当にあしらって、ほとぼりが冷めてから復活して見せた。その間に人間たちは内ゲバで弱体化したから、魔王としては願ったり叶ったりだ。やかましい人類は大人しくなり、戦う必要はなくなった。それから……」
「……それから?」
「それから、国を離れて、かつての同胞だった竜が倒された場所を巡ることにした、とか」
「……!まさか!ペトラが、魔王だって言いたいのか?」
突拍子もない考えだ。だがフランは、再度うなずく。
「ペトラっていうのは偽名。当然だよね、魔王の名前で旅をするわけにもいかないから。ふらふら旅をしているくらいなんだから、戦況が動かないのも当たり前だ。魔王もペトラも、余計ないさかいを嫌う正確みたいだし。それに、ペトラがやたらと貴重なアイテムを持っていたり、すごい力を秘めていたり、普通の人間が知らないようなことにも詳しかったのも、そう考えると納得できる」
ぞわぞわ。背筋に震えが走った。点と点が、フランの言葉によってどんどん線に繋がっていく。ウィルも顔を青ざめさせている。
「じゃあ、そのロウランさんのお付きの女性と、私たちが会ったペトラさんは同一人物で、しかも魔王だった……?でも、確かにそれなら、三百歳以上の長生きでもおかしくはないんですね。だって、魔王なんですし……」
「ああ……でも、魔王か……まさか、本当に……?」
俺たちの間に、重苦しい空気が満ちる。俺たちは、人類の敵に出会っていたのか?もし俺が勇者をやめていなかったら、いつかはペトラと戦うことになっていたのか……?周囲の闇が濃さを増した気がする。暗闇が俺たちを押しつぶそうと、何重にも折り重なってのしかかってくるようだ……
「……なんてね」
え?ふっと、フランは真面目な顔を崩して、ほほ笑みを浮かべた。
「今言ったことは、全部わたしの想像の中のことだよ。あまり本気にしないで」
な、なんだぁ。俺とウィルは、そろってぶっ飛びそうなほどのため息をついた。
「なんだよフラン。また冗談だったのか?」
「ふざけて言ったわけじゃない。けど、事実とするには、あまりにも不確定なところが多すぎる。憶測に過ぎない、ってやつ」
まあ、それもそうか。冷静になって振り返ってみれば、いくつか苦しい点もある。俺は胸元に目を落として、アニに話しかけた。
「なあ、アニ。お前って、戦争の事にも詳しかったよな。だったら戦況が固まってる理由って知ってる?」
『ええ、明確な原因は判明していませんが。ただ、魔王が死亡したと思われた直後は、指揮系統が目に見えて混乱したようです。当然ですね、大将が死んだのですから。その後復活を果たした後も、最低限の統率が戻るのにすら、かなりの時間を要したそうです。おそらく、大混乱だったのでしょう』
「それって、今もか?」
『はい。以前の魔王軍は、完全に統率の取れた優れた軍団でしたが、今は見る影もありません。ファーストらに受けた打撃も大きいのでしょう。魔王復活後は散発的な襲撃を繰り返し、近隣の村々を襲っていたそうですが、ここ数年はそれも無くなって、完全に沈黙しています』
「だから、ここ最近はずっと膠着状態なのか」
『ええ。人類は最強の勇者たちを失って、攻め込む為の切り札を失った。ですが魔王軍も損失が大きく、先に述べた理由もあって、攻勢に転じれない。付け加えれば、魔王が戦争に積極的でなかったこともあるでしょうか』
「なるほど……じゃあ、魔王がどっかに行っちまったから、なんて話は出回ってないんだな?」
『私の知る限りは、そのような話は聞いたこともありません』
じゃあ、やっぱりフランの推測には穴があるな。ウィルはほっとしたように胸を押さえている。俺も、なんだか安心した。ペトラは不思議なやつだったけど、魔王だったなんていうのは、あまり信じたくないよな。
「だけど……全く無関係だって断定するには、色々と一致する点が多すぎるよな」
フランがうなずく。
「うん。次に会うことがあったら、もう少し注意したほうがいいかも」
注意か……ペトラと魔王の、奇妙な共通点。彼女が敵なのか、味方なのか……その答えは、もうしばらく保留になりそうだ。
「……ぷぅー。アタシには、何が何だかわからないの」
ぷくーっと頬を膨らませたロウランに腕を引っ張られて、俺は彼女の存在を思い出した。あ、そういやロウランは、ペトラのことを知らないんだったっけ。
「ていうかロウランって、ひょっとして俺たちの今までを全然知らない?」
「うん。ペトラってひと、ダーリンのカノジョ?」
「違います……まあ、ちょうどいい機会か。教えるよ、今までどんなことがあったのか」
「わーい!楽しみなのー♪」
ぐえっ。ロウランがぎゅうっと腕を抱き込んだもんだから、俺は肩が引っこ抜けそうになった。こ、この馬鹿力!姿を現したのが久々なせいで、加減がデタラメだ。
「いてて、ロウラン放せ!話しづらいだろが。それにちょっと当たってるぞ!」
「当ててんの~。うりうり」
「だあアァァ!」
俺が腕を振り解こうとジタバタもがいていると、急にロウランがぴたっと動きを止めた。しめた!その隙に腕を引っこ抜く。だけど俺が離れても、ロウランは目をぱちくりしているだけだった。
「……どうした?」
「いや……おかしいなって。いつもならこの辺で……ねえ、突っかかってこないの?」
うん?そう言ってロウランが振り向いたのは、フランの方だった。あ、確かに。いつもならこの辺でツッコミが……
フランはしかめっ面をしているが、やっぱり飛び掛かってはこない。
「……まあね。少し、考え方を変えたの」
「ふーん。シンキョーの変化ってやつなの?まあけど、いいことだと思うの。アタシも無駄に喧嘩はしたくないし。ダーリンが仲良くしてる娘とは、アタシも仲良くしたいの♪」
「……勝手にすれば」
フランはふいっとそっぽを向いてしまったが、ロウランは構わずにこにこと笑っている。
へーえ、フランのやつ、本当に怒らなくなったんだな。どうやら彼女の中で何かが変わったらしい。
(ひょっとして、あのアルルカとのケンカのおかげか?)
オトメゴコロに詳しいウィル曰く、あのケンカにはそれなりの意味があるのだとか。俺にはさっぱり想像もつかないけど。二人の間になにがあったんだろう?
「ねぇねぇ、それでさぁ。聞かせてほしいの、ダーリンたちのこと」
「あ、そういやそうだった。えーっと、じゃあまず、俺がこの世界に呼び出された時のことから……」
そこから俺は、今までの冒険について順を追って話して聞かせた。たまにあやふやな部分をフランに訊ねたり、ウィルによる妨害にあったりしたが(おもに彼女のパーソナルな部分で。事実なんだから認めりゃいいのに)、長話は気楽で退屈な馬車の旅の時間つぶしにはもってこいだった。ロウランはいちいちはしゃいだり笑ったり忙しいので、話している俺も楽しかったしな。
遺嶺洞を抜けたのは、それから数日後のことだった。後は王都まで一直線だ!街道をひたすら、東へ、東へ!
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ヴェールを被った、長い黒髪の女。俺はロウランの記憶の中で、一瞬だけその顔を見ることができた。そん時の顔に、俺は強烈な既視感を覚えたのだ。
「あの女によく似たやつと、俺は会ったことがあるんだ」
「えっ?だってあれ、もう三百年以上前のことだよ?」
「だから、気になってるんだ。どういうことなんだろうって」
三百年前の人物とそっくりな人間が、この時代にもいる。これは、単なる偶然か?それとも……?
すると、俺たちの話を横で聞いていたフランとウィルも、興味津々の顔でこっちに近づいてきた。
「桜下さん、どういうことなんですか?会ったことがあるって……」
「ああ。実はそいつの顔がさ、ペトラにそっくりだったんだよ」
「ペトラさん……?あの、荒野で出会った旅人さんですか?真っ黒い格好で、真っ黒い馬に乗った……」
ペトラ。黒い旅人。貴重なアーティファクトをいくつも持ち、しかも底知れぬ実力を秘めている……一緒にいたのはわずかな間だったけど、強烈なインパクトを残していった女性だ。
「そう、あいつだ。あいつとよく似た、いや瓜二つの顔の女が、ロウランの記憶の中に出てきた。不思議だろ?」
「そう、ですね。ご先祖様なのか、単なる他人の空似か、はたまたドッペルゲンガーか……」
「案外、同一人物だったりして」
へ?まさか……俺とウィルはそろって、そうつぶやいたフランの顔をまじまじと見た。するとフランは、気まずそうにふいっと顔をそらす。
「……冗談だよ。真に受けないでよ」
「え。ああ、あはは。そうだよな」
フランの冗談なんて、天然記念物級に希少だぞ。おかげで俺たちはつまんない反応しかできず、結果としてすべってしまったフランは、いじいじと拗ねてしまった。それを見てウィルは、声を抑えてくすくす笑っている。
「それで、ロウラン。どうかな?あの女の人について、何か知ってるか?」
「そうだねえ……んーと、ちょっと待ってね。なにせ何百年も前のことだから、記憶が……」
ロウランはこめかみを押さえて、うんうん唸っている。無理もないな、三世紀以上前を辿っているんだから。
「えーっとね。確か名前は、パとか、ペとか……」
「えっ!ま、まさか、ペトラなんて言わないよな……?」
「ううんと、もう少し長かったの……ペンデュラムだとか、ペペロンチーノだとか……」
ぺ、ペペロンチーノ……この世界にもあるのか?
「ペテオ……そう、なんかそんな感じだったの。ペテオールとか……ペテドールとか……」
ペテドール?じゃあ、ちょっと違うか。ペテドール……ペテオール……テオ、ドール……?
「テオドール……?」
「ああ。そんなだったかも。なんだか聞き覚えがあるの」
ぽんとロウランが手を打つと、俺とフランはあんぐりと口を開けた。な、なんだって?
「テオドールって言ったら……魔王の名前じゃないか……」
アドリアから聞いた昔話に登場した魔王。勇者ファーストに討たれたかと思われたが、突如復活して現在に至るという……この話を聞いていたのは、この場にいる中では俺とフランだけだ。ウィルが怪訝そうな顔をしている。
「桜下さん、それにフランさんも。魔王っていうのは、あの魔王ですか?どうしてその名前を?」
「あ、ああ。一の国で、クラークの仲間から聞いたんだ。ほら、パーティーの夜、レベッカを待ってた時に……」
「まあ、そんなことが……ん?ちょっと待ってください。だとしても、どういうことです?つまり、その女性が魔王とおんなじ名前で、しかもペトラさんそっくりの顔をしている……?」
そう、まさにそれだ。この奇妙な符号は、いったいどういうことだろう?
「ロウラン、それ以外に覚えてることはないか?」
「名前以外かぁ。あの人は、お付きの魔術師?みたいな人だったの。たまーに見かけることはあったけど、何をしているのかまでは知らなかったなぁ。眠りにつく日が近づいてきたから、ちょこちょこ会うようにはなったけど……ごめんね、あんまり覚えてないの。いつも黒い格好で、無口な人だった気がするけど」
「そっか……」
お付きの魔術師……王家に仕える立場だったってことだな。魔王がそんなことするか?
「どういうことだ?ペトラそっくりのやつの名前が、魔王と同じ?魔王は実は女で、ペトラの先祖は魔王だってか?ははは、んなバカな……」
「ねえ、でもさ」
俺のくだらない冗談に、フランはいたって真面目な顔で答える。
「ペトラって確か、外国の出身だって言ってたよね。少なくとも、人間の住む一、二、三の国の生まれじゃないって。てことは、魔王の大陸ってこともあり得るんじゃない?」
「あ……で、でも確か、こうも言ってたぞ。もう故郷は滅んでしまったって」
「うん、覚えてる。でもさ、魔王の軍勢って、一度はファーストたちに壊滅させられたんでしょ?」
それは……ファーストら三人の勇者によって、魔王軍はぺしゃんこにされた。国を守る軍を失った時点で、国家としての体制は崩壊したと、そう捉えることもできるのか……?
「け、けど待ってください!」
なんだかおかしな方向へ進みだした話に、ウィルが慌てて待ったをかける。
「でも魔王って、生きているんですよね?つまり、勇者様に倒されたと見せかけて、途中で復活したんですから……」
「あ、ああ。そう聞いてるけど」
「なら、あり得ませんよ!ペトラさんが仮に魔王の子孫だとして、戦争真っ最中の敵国にふらふら遊びに行くだなんて!」
おっと、言われてみればその通りだ。ペトラが魔王の関係者なら、俺たち人類は倒すべき宿敵だ。けど俺たちは、彼女と一緒に茶まで飲んだ。とても敵同士でする行いじゃない。
「そ、そうだよな。じゃあやっぱり、魔王とペトラはただの無関係で……」
……そう言っておいてだけど、なんかまだ引っかかるんだよな。何かを、見落としているような……
「……こうも、考えられない」
再びフランが、硬い表情で口を開く。ウィルはもう聞きたくないと言い出しそうな、引きつった顔をしていた。
「魔王軍は今、ほとんど活動していないんだったよね。そのせいでにらみ合いが続いてるとかなんとか」
「ああ、そうだな」
「その理由が、魔王が国を離れているからだとしたら?」
「魔王が……?」
「そう。アドリアやエラゼムの話を聞く限り、魔王は戦争にすごく熱心だったわけじゃない。だから煩い勇者たちを適当にあしらって、ほとぼりが冷めてから復活して見せた。その間に人間たちは内ゲバで弱体化したから、魔王としては願ったり叶ったりだ。やかましい人類は大人しくなり、戦う必要はなくなった。それから……」
「……それから?」
「それから、国を離れて、かつての同胞だった竜が倒された場所を巡ることにした、とか」
「……!まさか!ペトラが、魔王だって言いたいのか?」
突拍子もない考えだ。だがフランは、再度うなずく。
「ペトラっていうのは偽名。当然だよね、魔王の名前で旅をするわけにもいかないから。ふらふら旅をしているくらいなんだから、戦況が動かないのも当たり前だ。魔王もペトラも、余計ないさかいを嫌う正確みたいだし。それに、ペトラがやたらと貴重なアイテムを持っていたり、すごい力を秘めていたり、普通の人間が知らないようなことにも詳しかったのも、そう考えると納得できる」
ぞわぞわ。背筋に震えが走った。点と点が、フランの言葉によってどんどん線に繋がっていく。ウィルも顔を青ざめさせている。
「じゃあ、そのロウランさんのお付きの女性と、私たちが会ったペトラさんは同一人物で、しかも魔王だった……?でも、確かにそれなら、三百歳以上の長生きでもおかしくはないんですね。だって、魔王なんですし……」
「ああ……でも、魔王か……まさか、本当に……?」
俺たちの間に、重苦しい空気が満ちる。俺たちは、人類の敵に出会っていたのか?もし俺が勇者をやめていなかったら、いつかはペトラと戦うことになっていたのか……?周囲の闇が濃さを増した気がする。暗闇が俺たちを押しつぶそうと、何重にも折り重なってのしかかってくるようだ……
「……なんてね」
え?ふっと、フランは真面目な顔を崩して、ほほ笑みを浮かべた。
「今言ったことは、全部わたしの想像の中のことだよ。あまり本気にしないで」
な、なんだぁ。俺とウィルは、そろってぶっ飛びそうなほどのため息をついた。
「なんだよフラン。また冗談だったのか?」
「ふざけて言ったわけじゃない。けど、事実とするには、あまりにも不確定なところが多すぎる。憶測に過ぎない、ってやつ」
まあ、それもそうか。冷静になって振り返ってみれば、いくつか苦しい点もある。俺は胸元に目を落として、アニに話しかけた。
「なあ、アニ。お前って、戦争の事にも詳しかったよな。だったら戦況が固まってる理由って知ってる?」
『ええ、明確な原因は判明していませんが。ただ、魔王が死亡したと思われた直後は、指揮系統が目に見えて混乱したようです。当然ですね、大将が死んだのですから。その後復活を果たした後も、最低限の統率が戻るのにすら、かなりの時間を要したそうです。おそらく、大混乱だったのでしょう』
「それって、今もか?」
『はい。以前の魔王軍は、完全に統率の取れた優れた軍団でしたが、今は見る影もありません。ファーストらに受けた打撃も大きいのでしょう。魔王復活後は散発的な襲撃を繰り返し、近隣の村々を襲っていたそうですが、ここ数年はそれも無くなって、完全に沈黙しています』
「だから、ここ最近はずっと膠着状態なのか」
『ええ。人類は最強の勇者たちを失って、攻め込む為の切り札を失った。ですが魔王軍も損失が大きく、先に述べた理由もあって、攻勢に転じれない。付け加えれば、魔王が戦争に積極的でなかったこともあるでしょうか』
「なるほど……じゃあ、魔王がどっかに行っちまったから、なんて話は出回ってないんだな?」
『私の知る限りは、そのような話は聞いたこともありません』
じゃあ、やっぱりフランの推測には穴があるな。ウィルはほっとしたように胸を押さえている。俺も、なんだか安心した。ペトラは不思議なやつだったけど、魔王だったなんていうのは、あまり信じたくないよな。
「だけど……全く無関係だって断定するには、色々と一致する点が多すぎるよな」
フランがうなずく。
「うん。次に会うことがあったら、もう少し注意したほうがいいかも」
注意か……ペトラと魔王の、奇妙な共通点。彼女が敵なのか、味方なのか……その答えは、もうしばらく保留になりそうだ。
「……ぷぅー。アタシには、何が何だかわからないの」
ぷくーっと頬を膨らませたロウランに腕を引っ張られて、俺は彼女の存在を思い出した。あ、そういやロウランは、ペトラのことを知らないんだったっけ。
「ていうかロウランって、ひょっとして俺たちの今までを全然知らない?」
「うん。ペトラってひと、ダーリンのカノジョ?」
「違います……まあ、ちょうどいい機会か。教えるよ、今までどんなことがあったのか」
「わーい!楽しみなのー♪」
ぐえっ。ロウランがぎゅうっと腕を抱き込んだもんだから、俺は肩が引っこ抜けそうになった。こ、この馬鹿力!姿を現したのが久々なせいで、加減がデタラメだ。
「いてて、ロウラン放せ!話しづらいだろが。それにちょっと当たってるぞ!」
「当ててんの~。うりうり」
「だあアァァ!」
俺が腕を振り解こうとジタバタもがいていると、急にロウランがぴたっと動きを止めた。しめた!その隙に腕を引っこ抜く。だけど俺が離れても、ロウランは目をぱちくりしているだけだった。
「……どうした?」
「いや……おかしいなって。いつもならこの辺で……ねえ、突っかかってこないの?」
うん?そう言ってロウランが振り向いたのは、フランの方だった。あ、確かに。いつもならこの辺でツッコミが……
フランはしかめっ面をしているが、やっぱり飛び掛かってはこない。
「……まあね。少し、考え方を変えたの」
「ふーん。シンキョーの変化ってやつなの?まあけど、いいことだと思うの。アタシも無駄に喧嘩はしたくないし。ダーリンが仲良くしてる娘とは、アタシも仲良くしたいの♪」
「……勝手にすれば」
フランはふいっとそっぽを向いてしまったが、ロウランは構わずにこにこと笑っている。
へーえ、フランのやつ、本当に怒らなくなったんだな。どうやら彼女の中で何かが変わったらしい。
(ひょっとして、あのアルルカとのケンカのおかげか?)
オトメゴコロに詳しいウィル曰く、あのケンカにはそれなりの意味があるのだとか。俺にはさっぱり想像もつかないけど。二人の間になにがあったんだろう?
「ねぇねぇ、それでさぁ。聞かせてほしいの、ダーリンたちのこと」
「あ、そういやそうだった。えーっと、じゃあまず、俺がこの世界に呼び出された時のことから……」
そこから俺は、今までの冒険について順を追って話して聞かせた。たまにあやふやな部分をフランに訊ねたり、ウィルによる妨害にあったりしたが(おもに彼女のパーソナルな部分で。事実なんだから認めりゃいいのに)、長話は気楽で退屈な馬車の旅の時間つぶしにはもってこいだった。ロウランはいちいちはしゃいだり笑ったり忙しいので、話している俺も楽しかったしな。
遺嶺洞を抜けたのは、それから数日後のことだった。後は王都まで一直線だ!街道をひたすら、東へ、東へ!
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※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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