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13章 歪な三角星

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ヴェールを被った、長い黒髪の女。俺はロウランの記憶の中で、一瞬だけその顔を見ることができた。そん時の顔に、俺は強烈な既視感を覚えたのだ。

「あの女によく似たやつと、俺は会ったことがあるんだ」

「えっ?だってあれ、もう三百年以上前のことだよ?」

「だから、気になってるんだ。どういうことなんだろうって」

三百年前の人物とそっくりな人間が、この時代にもいる。これは、単なる偶然か?それとも……?
すると、俺たちの話を横で聞いていたフランとウィルも、興味津々の顔でこっちに近づいてきた。

「桜下さん、どういうことなんですか?会ったことがあるって……」

「ああ。実はそいつの顔がさ、ペトラにそっくりだったんだよ」

「ペトラさん……?あの、荒野で出会った旅人さんですか?真っ黒い格好で、真っ黒い馬に乗った……」

ペトラ。黒い旅人。貴重なアーティファクトをいくつも持ち、しかも底知れぬ実力を秘めている……一緒にいたのはわずかな間だったけど、強烈なインパクトを残していった女性だ。

「そう、あいつだ。あいつとよく似た、いや瓜二つの顔の女が、ロウランの記憶の中に出てきた。不思議だろ?」

「そう、ですね。ご先祖様なのか、単なる他人の空似か、はたまたドッペルゲンガーか……」

「案外、同一人物だったりして」

へ?まさか……俺とウィルはそろって、そうつぶやいたフランの顔をまじまじと見た。するとフランは、気まずそうにふいっと顔をそらす。

「……冗談だよ。真に受けないでよ」

「え。ああ、あはは。そうだよな」

フランの冗談なんて、天然記念物級に希少だぞ。おかげで俺たちはつまんない反応しかできず、結果としてすべってしまったフランは、いじいじと拗ねてしまった。それを見てウィルは、声を抑えてくすくす笑っている。

「それで、ロウラン。どうかな?あの女の人について、何か知ってるか?」

「そうだねえ……んーと、ちょっと待ってね。なにせ何百年も前のことだから、記憶が……」

ロウランはこめかみを押さえて、うんうん唸っている。無理もないな、三世紀以上前を辿っているんだから。

「えーっとね。確か名前は、パとか、ペとか……」

「えっ!ま、まさか、ペトラなんて言わないよな……?」

「ううんと、もう少し長かったの……ペンデュラムだとか、ペペロンチーノだとか……」

ぺ、ペペロンチーノ……この世界にもあるのか?

「ペテオ……そう、なんかそんな感じだったの。ペテオールとか……ペテドールとか……」

ペテドール?じゃあ、ちょっと違うか。ペテドール……ペテオール……テオ、ドール……?

「テオドール……?」

「ああ。そんなだったかも。なんだか聞き覚えがあるの」

ぽんとロウランが手を打つと、俺とフランはあんぐりと口を開けた。な、なんだって?

「テオドールって言ったら……魔王の名前じゃないか……」

アドリアから聞いた昔話に登場した魔王。勇者ファーストに討たれたかと思われたが、突如復活して現在に至るという……この話を聞いていたのは、この場にいる中では俺とフランだけだ。ウィルが怪訝そうな顔をしている。

「桜下さん、それにフランさんも。魔王っていうのは、あの魔王ですか?どうしてその名前を?」

「あ、ああ。一の国で、クラークの仲間から聞いたんだ。ほら、パーティーの夜、レベッカを待ってた時に……」

「まあ、そんなことが……ん?ちょっと待ってください。だとしても、どういうことです?つまり、その女性が魔王とおんなじ名前で、しかもペトラさんそっくりの顔をしている……?」

そう、まさにそれだ。この奇妙な符号は、いったいどういうことだろう?

「ロウラン、それ以外に覚えてることはないか?」

「名前以外かぁ。あの人は、お付きの魔術師?みたいな人だったの。たまーに見かけることはあったけど、何をしているのかまでは知らなかったなぁ。眠りにつく日が近づいてきたから、ちょこちょこ会うようにはなったけど……ごめんね、あんまり覚えてないの。いつも黒い格好で、無口な人だった気がするけど」

「そっか……」

お付きの魔術師……王家に仕える立場だったってことだな。魔王がそんなことするか?

「どういうことだ?ペトラそっくりのやつの名前が、魔王と同じ?魔王は実は女で、ペトラの先祖は魔王だってか?ははは、んなバカな……」

「ねえ、でもさ」

俺のくだらない冗談に、フランはいたって真面目な顔で答える。

「ペトラって確か、外国の出身だって言ってたよね。少なくとも、人間の住む一、二、三の国の生まれじゃないって。てことは、魔王の大陸ってこともあり得るんじゃない?」

「あ……で、でも確か、こうも言ってたぞ。もう故郷は滅んでしまったって」

「うん、覚えてる。でもさ、魔王の軍勢って、一度はファーストたちに壊滅させられたんでしょ?」

それは……ファーストら三人の勇者によって、魔王軍はぺしゃんこにされた。国を守る軍を失った時点で、国家としての体制は崩壊したと、そう捉えることもできるのか……?

「け、けど待ってください!」

なんだかおかしな方向へ進みだした話に、ウィルが慌てて待ったをかける。

「でも魔王って、生きているんですよね?つまり、勇者様に倒されたと見せかけて、途中で復活したんですから……」

「あ、ああ。そう聞いてるけど」

「なら、あり得ませんよ!ペトラさんが仮に魔王の子孫だとして、戦争真っ最中の敵国にふらふら遊びに行くだなんて!」

おっと、言われてみればその通りだ。ペトラが魔王の関係者なら、俺たち人類は倒すべき宿敵だ。けど俺たちは、彼女と一緒に茶まで飲んだ。とても敵同士でする行いじゃない。

「そ、そうだよな。じゃあやっぱり、魔王とペトラはただの無関係で……」

……そう言っておいてだけど、なんかまだ引っかかるんだよな。何かを、見落としているような……

「……こうも、考えられない」

再びフランが、硬い表情で口を開く。ウィルはもう聞きたくないと言い出しそうな、引きつった顔をしていた。

「魔王軍は今、ほとんど活動していないんだったよね。そのせいでにらみ合いが続いてるとかなんとか」

「ああ、そうだな」

「その理由が、魔王が国を離れているからだとしたら?」

「魔王が……?」

「そう。アドリアやエラゼムの話を聞く限り、魔王は戦争にすごく熱心だったわけじゃない。だからうるさい勇者たちを適当にあしらって、ほとぼりが冷めてから復活して見せた。その間に人間たちは内ゲバで弱体化したから、魔王としては願ったり叶ったりだ。やかましい人類は大人しくなり、戦う必要はなくなった。それから……」

「……それから?」

「それから、国を離れて、かつての同胞だった竜が倒された場所を巡ることにした、とか」

「……!まさか!ペトラが、魔王だって言いたいのか?」

突拍子もない考えだ。だがフランは、再度うなずく。

「ペトラっていうのは偽名。当然だよね、魔王の名前で旅をするわけにもいかないから。ふらふら旅をしているくらいなんだから、戦況が動かないのも当たり前だ。魔王もペトラも、余計ないさかいを嫌う正確みたいだし。それに、ペトラがやたらと貴重なアイテムを持っていたり、すごい力を秘めていたり、普通の人間が知らないようなことにも詳しかったのも、そう考えると納得できる」

ぞわぞわ。背筋に震えが走った。点と点が、フランの言葉によってどんどん線に繋がっていく。ウィルも顔を青ざめさせている。

「じゃあ、そのロウランさんのお付きの女性と、私たちが会ったペトラさんは同一人物で、しかも魔王だった……?でも、確かにそれなら、三百歳以上の長生きでもおかしくはないんですね。だって、魔王なんですし……」

「ああ……でも、魔王か……まさか、本当に……?」

俺たちの間に、重苦しい空気が満ちる。俺たちは、人類の敵に出会っていたのか?もし俺が勇者をやめていなかったら、いつかはペトラと戦うことになっていたのか……?周囲の闇が濃さを増した気がする。暗闇が俺たちを押しつぶそうと、何重にも折り重なってのしかかってくるようだ……

「……なんてね」

え?ふっと、フランは真面目な顔を崩して、ほほ笑みを浮かべた。

「今言ったことは、全部わたしの想像の中のことだよ。あまり本気にしないで」

な、なんだぁ。俺とウィルは、そろってぶっ飛びそうなほどのため息をついた。

「なんだよフラン。また冗談だったのか?」

「ふざけて言ったわけじゃない。けど、事実とするには、あまりにも不確定なところが多すぎる。憶測に過ぎない、ってやつ」

まあ、それもそうか。冷静になって振り返ってみれば、いくつか苦しい点もある。俺は胸元に目を落として、アニに話しかけた。

「なあ、アニ。お前って、戦争の事にも詳しかったよな。だったら戦況が固まってる理由って知ってる?」

『ええ、明確な原因は判明していませんが。ただ、魔王が死亡したと思われた直後は、指揮系統が目に見えて混乱したようです。当然ですね、大将が死んだのですから。その後復活を果たした後も、最低限の統率が戻るのにすら、かなりの時間を要したそうです。おそらく、大混乱だったのでしょう』

「それって、今もか?」

『はい。以前の魔王軍は、完全に統率の取れた優れた軍団でしたが、今は見る影もありません。ファーストらに受けた打撃も大きいのでしょう。魔王復活後は散発的な襲撃を繰り返し、近隣の村々を襲っていたそうですが、ここ数年はそれも無くなって、完全に沈黙しています』

「だから、ここ最近はずっと膠着状態なのか」

『ええ。人類は最強の勇者たちを失って、攻め込む為の切り札を失った。ですが魔王軍も損失が大きく、先に述べた理由もあって、攻勢に転じれない。付け加えれば、魔王が戦争に積極的でなかったこともあるでしょうか』

「なるほど……じゃあ、魔王がどっかに行っちまったから、なんて話は出回ってないんだな?」

『私の知る限りは、そのような話は聞いたこともありません』

じゃあ、やっぱりフランの推測には穴があるな。ウィルはほっとしたように胸を押さえている。俺も、なんだか安心した。ペトラは不思議なやつだったけど、魔王だったなんていうのは、あまり信じたくないよな。

「だけど……全く無関係だって断定するには、色々と一致する点が多すぎるよな」

フランがうなずく。

「うん。次に会うことがあったら、もう少し注意したほうがいいかも」

注意か……ペトラと魔王の、奇妙な共通点。彼女が敵なのか、味方なのか……その答えは、もうしばらく保留になりそうだ。

「……ぷぅー。アタシには、何が何だかわからないの」

ぷくーっと頬を膨らませたロウランに腕を引っ張られて、俺は彼女の存在を思い出した。あ、そういやロウランは、ペトラのことを知らないんだったっけ。

「ていうかロウランって、ひょっとして俺たちの今までを全然知らない?」

「うん。ペトラってひと、ダーリンのカノジョ?」

「違います……まあ、ちょうどいい機会か。教えるよ、今までどんなことがあったのか」

「わーい!楽しみなのー♪」

ぐえっ。ロウランがぎゅうっと腕を抱き込んだもんだから、俺は肩が引っこ抜けそうになった。こ、この馬鹿力!姿を現したのが久々なせいで、加減がデタラメだ。

「いてて、ロウラン放せ!話しづらいだろが。それにちょっと当たってるぞ!」

「当ててんの~。うりうり」

「だあアァァ!」

俺が腕を振り解こうとジタバタもがいていると、急にロウランがぴたっと動きを止めた。しめた!その隙に腕を引っこ抜く。だけど俺が離れても、ロウランは目をぱちくりしているだけだった。

「……どうした?」

「いや……おかしいなって。いつもならこの辺で……ねえ、突っかかってこないの?」

うん?そう言ってロウランが振り向いたのは、フランの方だった。あ、確かに。いつもならこの辺でツッコミが……
フランはしかめっ面をしているが、やっぱり飛び掛かってはこない。

「……まあね。少し、考え方を変えたの」

「ふーん。シンキョーの変化ってやつなの?まあけど、いいことだと思うの。アタシも無駄に喧嘩はしたくないし。ダーリンが仲良くしてるとは、アタシも仲良くしたいの♪」

「……勝手にすれば」

フランはふいっとそっぽを向いてしまったが、ロウランは構わずにこにこと笑っている。
へーえ、フランのやつ、本当に怒らなくなったんだな。どうやら彼女の中で何かが変わったらしい。

(ひょっとして、あのアルルカとのケンカのおかげか?)

オトメゴコロに詳しいウィル曰く、あのケンカにはそれなりの意味があるのだとか。俺にはさっぱり想像もつかないけど。二人の間になにがあったんだろう?

「ねぇねぇ、それでさぁ。聞かせてほしいの、ダーリンたちのこと」

「あ、そういやそうだった。えーっと、じゃあまず、俺がこの世界に呼び出された時のことから……」

そこから俺は、今までの冒険について順を追って話して聞かせた。たまにあやふやな部分をフランに訊ねたり、ウィルによる妨害にあったりしたが(おもに彼女のパーソナルな部分で。事実なんだから認めりゃいいのに)、長話は気楽で退屈な馬車の旅の時間つぶしにはもってこいだった。ロウランはいちいちはしゃいだり笑ったり忙しいので、話している俺も楽しかったしな。

遺嶺洞を抜けたのは、それから数日後のことだった。後は王都まで一直線だ!街道をひたすら、東へ、東へ!



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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