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13章 歪な三角星

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「む……桜下殿、見えましたぞ。桜下殿?」

「はあ……ふう……」

や、やっとか。疲れた……ひどく緊張した状態で走り続けたので、馬に乗っていたとは思えないくらい息が切れている。だけどその甲斐あってか、もう背後からアルラウネのおぞましい叫び声は聞こえてこない。安心してもよさそうだ。

「はあぁ……ところで、エラゼム。なにが見えたって?」

「ええ。ようやく目的地にたどり着いたようです」

目的地……?俺の疲れた頭は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。俺たちはどうして、あんなにも走っていたんだっけ……?

「あ。そ、そうだったな。てことは、やっとオンドルについたのか!」

「はい。ようやく一息つけそうですな」

「ああ……だってさ、聞いたかウィル?」

「はい……とりあえず、ほっとしました」

ウィルは疲れた声色で言った。緊迫した状況で立て続けに魔法を使ったせいで、ずいぶんくたびれているみたいだ。そのせいで俺の背中に上半身をほとんど預けている。ウィルは軽いので全然苦ではないが、できればそろそろ離れてくれないかな……さっきから水風船みたいな感触が、ぐにぐにと背中に当たっているんだ。
エラゼムの言った通り、やがてうっそうとしていた森が開けた。視界がよくなったところで、改めて前方をのぞいてみると、なるほど確かに村がある。湖畔のほとりに作られた小さな集落だ。人口はそれほど多くはなさそうだけど、不思議と寂しい雰囲気は感じられない。遠くに、放牧された羊たちが大勢見えるおかげだろうか。
村に入っていくと、コテージ風の家々が目に留まった。中には水上に建てられているものもある。けっこうしゃれているな。ここに来るまでの道は、あんなに荒れ果てていたのに。

「意外ときれいなところだね」

フランのつぶやきに同感だ。ちなみに担がれていたアルルカは、フランへの礼もそこそこに、とっくに空へと舞い上がっている。天高くを悠々と飛ぶ姿はトンビのようだ。久々に翼が伸ばせるようになったので、開放感を満喫しているらしい。きっと村の人も鳥としか思わないだろうし、ほっとこう。

「で、着いたはいいけど。こっからどうすりゃいいんだ?」

「確か、渡しの船が出てるって書いてありましたけど」

「んじゃ、そいつに乗ればいいんだな。岸辺に行ってみようか」

俺たちはストームスティードから降りると、下り坂を岸辺に向かって下りていった。目の前には大きな湖が、キラキラ輝く水をたたえている。大きさは一の国のクリスタルレイクに及ばないが、美しい湖だ。パンフレットを読み込んだウィルによると、あれは湖に見えて、実は海と繋がった入り海なんだそうだ。なるほど確かに、よく見ると湖を囲む山脈の一部に、筋のようなすき間がある。あそこから海まで続いているんだろう。湖の水平線上には、大きな島が浮かんでいた。あれが目的地、シェオル島だ。

「あ、あそこが船着き場じゃないですか?」

ウィルが指さした先には、砂浜から突き出した桟橋があった。いくつかのボートが停められているが、網を積んでいるところからして漁船だろう。その中に一隻だけ、飴色の船体をした風変わりな船があった。笹の葉で作った船に形が似ているけど、あれってゴンドラって言うのかな?リゾート地にお客を乗せていく船としては、あれほどぴったりなものはないな。俺たちは迷わずその船へと向かう。

「ん……おめえさんたち、みったことねえ顔だな」

おや。桟橋の淵に腰掛けた、麦わら帽子を被ったおじさんが話しかけてきた。その言葉には独特のイントネーション、いわゆるなまりがある。おじさんは立ちあがると、俺たちの方に向き直った。縞模様のシャツを着ているが、立派なお腹のせいでラインが歪んでいる。

「ほほう、なかなかにけぇった面子のようだな。遊覧船をご所望かい?」

「遊覧って言うか、あっちの島に行きたいんだけど」

「シェオル島に?そいつぁは、ちと難しいぜな」

「え?でも、そこに立派な船があるじゃないか」

「そら、行くことには行けっけどよ。知らねえのかい?あの島に立ち入るには、それなりの資格が必要なんだ」

「資格?っていうと……」

「まー、あれだ。かみさんの親父がどこそこの領主だとか、父ちゃんの遠い親戚に国の要人がいるだとか。俺らみてぇな庶民でも行けないこたねぇけんど、かなり値は張るぜ?それで言うと、お前さんたちは……」

おじさんは俺たちのおよそきらびやかとは言えない恰好を見て、困ったように笑った。

「ま、そういうこった。諦めな。入れはしねえけんど、周りの海を見るだけでも十分価値はあるからよ。俺がたったの五セーファで船を出してやっから、安心しな」

おじさんにぽんぽんと肩を叩かれて、俺は苦笑いを浮かべた。けど確かに、俺たちに金はない。貴族というわけでもないし……

「困ったな。なにかないのか?」

俺はカバンからパンフレットを取り出し、どこかに入場チケットでもくっ付いていないかと探す。せめて、割引券とか……ヘイズのやつ、入るのに審査があるだなんて、一言も言ってなかったじゃないか。

「うーん。特にはないか……」

「そうですね。私とライラさんで隅々まで読みましたけど、それっぽいものはなかったと思います」

ウィルはそう言った後で、ちょいちょいと俺の肩をつついた。

「けど、桜下さん。ほら、あれがあるじゃないですか。ファインダーパス」

「あ、あれか」

確かにあれなら、国境も顔パスで渡れるんだ。ここでも効果を発揮するかもしれない。

「えーっと、おじさん。こいつを見てくれよ」

「あん?」

俺はカバンから、金属のプレートを取り出した。おじさんはプレートを受け取ると、怪しむような目でじいっと見入っている。まるで偽物なんじゃないかと疑うような目だ。

「……むーん。驚いたな」

やがておじさんは、俺にパスを返した。

「確かに国が発行した国交手形だな。どうしてそんなもんをお前さんみたいな子どもが持っているのか……にわかには信じらねっけども、こうして実物を見せられちゃ、ぐうの音も出ねえな。わかったよ、連れて行ってやる。乗りな」

お、やった!おじさんは桟橋に立て掛けてあった長いオールを手に取ると、ひょいとゴンドラの後部に飛び乗った。おじさんが乗っても船はほとんど揺れなかったのに、俺たちが片足を乗せただけでもグラグラ揺れるもんだから、乗り込みには若干苦労した。

「そいじゃ、出発するぞ。」

おじさんは麦わら帽子のつばをつまむと、オールをぎっちらぎっちら漕ぎ始めた。水をかき分けて、ゴンドラが滑るように進みだす。目の前にたたずむ、シェオル島へと向かって。どんな島なんだろう?ワクワクしてきたな。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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