じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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14章 痛みの意味

6-1 罠

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6-1 罠

「桜下!みんなぁー!」

目の前から忽然と姿を消した仲間たちを見て、ライラは叫びながら駆け出そうとした。

「おおっと!そうはさせん!」

老魔導士がさっと手を振ると、ガコン!と何かが動く音がする。次の瞬間、ライラの目の前に真っ黒な影が振り下ろされた。ガジャァァァン!けたたましい金属音に、ライラは足がすくんで、尻もちをついてしまった。
ライラと老魔導士とを隔てるように下りてきたそれは、くろがねの鉄格子だった。

(閉じ込められた!)

ライラはすぐに判断し、飛び切り強力な魔法の詠唱を開始した。屋敷が吹き飛ぼうが、知ったことではない。この魔導士は敵だ。ライラは自分が敵とみなした人間には、容赦しなかった。

「ブレス・オブ・ワイバーン!」

シー……ン。何も起こらない。ライラは驚愕して、自分の手のひらを見つめた。おかしい、確かに呪文は完成していたはずなのに……

「はっ。そうだ、防魔室……!」

「くくく……わっはっはっは!」

老魔導士が背筋をそらせ、狂ったように高笑いをしている。ライラは老魔導士をぎりりと睨みつけた。

「揃いも揃って馬鹿ばかりじゃな。いまだ自分の置かれた状況を理解していないらしい」

「お前……!なんなの!ライラたちに何をした!」

「まだ分からぬか。おぬしらは罠に嵌ったのだ。この部屋に施された紋様は、防御のための物ではない。魔術を打ち消すための物じゃ。ちょうどお前のような、魔術に優れたモノを捕えるためのな」

「ライラを、捕える……?」

「そうだとも。この部屋はお前のためだけにしつらえたのだぞ。最初から儂の狙いは、ライラ。お前ただ一人というわけよ」

「き、気安くライラって呼ばないで!お前みたいなじじいに……」

「おお、嘆かわしい。“父親”に向かって、なんという口の利き方か」

ライラは我が耳を疑った。今、この魔導士は何と言った……?いや、そんなはずはない。自分には、母と兄、その二人しか家族はいない。ライラは馬鹿にしたように笑った。

「はあ?お前、バカじゃないの?ライラはお前の事なんて、ちっとも知らないよ。一度も会ったことないのに、何が父親だ!」

「おや、忘れてしまったか?お前と母親、そしてお前の兄は、この屋敷で暮らしていたではないか」

「だから、何言って……」

「では、誰がお前に魔法を教えたというのだ?お前はまだ持っているんじゃないのかね。儂が与えた魔導書を」

ライラの目が、再び見開かれた。魔導書……?

「どうして、そのことを……」

「どうしても何も、最初から言っておる。儂がお前の父親なのじゃ。……もっとも、血と遺伝子の情報を与えただけにすぎん関係ではあるがのう」

「いでんし……?」

老人は車いすの車輪を手で回すと、部屋の隅に置かれた、布で覆われた機械のもとまで移動した。そしてその布を掴むと、ずるるっとはぎ取る。中から現れたのは、巨大な装置……中央に大きな試験管が二本備えられ、そこに様々な計器やパイプが繋がれている。

「なに、これ……」

「お前は、ここで生まれたのだ」

「え?」

「儂の生涯をかけた計画であった……すべての魔術師が目指した、至高なる到達点。魔力を操る者であれば誰もが望まずにはいられない、深淵の底の底……」

老魔導士はぶつぶつと、意味不明なうわごとを繰り返している。しかしライラは、不思議と老魔導士の言葉を、戯言だと一蹴することができなかった。なぜか、あの装置を見ると、体の震えが止まらなくなるのだ。

「ライラ……それはあの女が付けた、仮の名だ。お前の本当の名は、被検体・壱零零壱号」

老魔導士はやせ細った腕を持ち上げて、ライラを指し示した。

「お前は、儂が造り出した、魔導生物じゃ」



「お前が、造った……?ライラを……?」

ライラには到底、老魔導士の言っていることが理解できなかった。いや、理解したくもなかった。

「は、あはは……バッカみたい。お前、まほーの使い過ぎで、頭がいかれちゃったんだ」

「そうじゃのう。儂も一時期は、自分をそう俯瞰した時もあった。千を超える挑戦、千を超える挫折……筆舌しがたい苦痛であった。儂は至高に到達することができないのかと、何度も諦めかけた。じゃが……」

突然、老魔導士は自分のしわだらけの顔を手で覆うと、天を仰ぐようにのけ反った。

「じゃが!今日この瞬間!儂は間違っていなかったことが証明された!儂は正しかった!ついに儂は、誰も成しえなかった偉業を成し遂げたのじゃ!」

老魔道士はのけ反った顔を戻すと、興奮して血走った目で、ライラを凝視した。

「四属性!人類史上初の、四属性を宿す魔術師を、儂は完成させたのだ!あぁーっはっはっは!」

大声で笑う老魔道士。まるでライラのことを、自分が造り出した最高傑作とでもうたっているようだ。ライラの怒りが爆発する。

「ふざけるな!お前の手柄なんかじゃない!四属性を持っているのはライラ!それでもって、ライラを産んでくれたのは、おかーさんだけだ!」

「はっはっは、はぁー……やれやれ、まだ理解していないか。お前という存在の“核”を生み出したのは、この儂じゃ。あの女は、核をはらに宿しただけに過ぎない。ようは、単なる入れ物だ」

「違う!ライラのおかーさんは、たった一人だ!」

「そう思うか?単なる奴隷の小娘ごときが産んだ仔が、偶然四属性を持つと?そしてたまたま、優れた魔術を教え込まれていたと?そんなことが、起こり得ると思うかね?」

「そ、れは……」

ライラは言い返せなかった。ライラ自身、どうして四つもの属性を持てたのか、疑問に感じた事があったからだ。

「まあ、お前の意見なぞ、どうでもよいことよ。あの女もまた、儂の所有物だった。その仔供ということは、すなわちお前も儂のものじゃ」

ライラは絶句した。ショックだったわけではない。ただ、あまりにも怒りが強すぎて、すぐに言葉が出てこなかったのだ。

「ふっ……ふざけるな!誰がお前のものなもんか!ライラは……もしも、ライラが誰かのだとするなら……それは、桜下だけだ!」

そう言ったとたん、ライラの胸の中に、ぞくりとする不安が沸き上がってきた。

「お、桜下は……みんなは、どうなったの!?」

すると老魔導士は、残忍な笑みを浮かべた。

「お前の連れのことか?なに、ここで消し炭にしてやってもよかったのだがな。少々厄介な力を持っておるそうじゃないか。故に、うってつけの場所に送ってやったわ」

「じゃあ、さっきの光は転移まほー……なら桜下たちは、生きてるんだね!?」

「おやおや、無意味な希望を抱くでないぞ。あやつらが落ちたのは、儂のダンジョンじゃ」

ダンジョン……ライラはこの部屋に来る途中で聞いた、恐ろしい魔物の咆哮を思い出した。老魔道士は自信たっぷりに言う。

「儂のダンジョンは、少々辛口でな。生きて出た者は一人もおらん」

「ふ……ふん!お前、みんなを甘く見過ぎだよ。かならず脱出して、お前をぶっ飛ばしに来るんだから!」

「それは無理じゃ」

「無理なもんか!」

だが次の老魔導士の一言は、ライラの心に黒いくさびを打ち込んだ。

「無理なものは無理じゃろうて。なにせ儂のダンジョンには、出口というものが存在しておらんからのう」

ライラの顔にショックが広がったのを見て、老魔導士は笑みを深くした。

「無論、地下数百キュビットの迷宮から、地面をすり抜けて脱出する手段があるのなら別じゃがな。霊魂にでもなれば可能かも知れぬが、残念じゃのう。儂のダンジョンには、特別な結界が施してある。奴らの魂ですら、抜け出すことは不可能じゃろう」

魂ですら……それなら、幽霊のウィルが抜け出すことも難しいのではないか。ライラは唇を噛んだ。

「ついでに加えれば、ダンジョンには無数の罠と魔獣が潜ませてある。運よくそれらを回避したとしても、地下には水も食料もないからのお。それでもお前は、やつらが迎えに来ると思うのか?」

「あ……当たり前だよ」

ライラの声には、悲しいほどに力がこもっていなかった。

「ふっふっふ、そうかそうか。まあいずれ、やつらの骨が上がってくることじゃろう。それをお前の鼻先に突き付けた時にも同じことが言えるかどうか、見物じゃな」

「……ライラは、桜下たちを信じてる。絶対に!」

ライラは、不安だった。自分ひとりが囚われ、魔法も封じられ、大好きな仲間たちは危機的状況に置かれている。狂いそうなほど不安だった。頭を抱えて、床に転がり、大声で泣き叫びたいくらいには追い詰められていた。
それでもライラは、気丈に笑った。絶対に、この魔導士の思惑通りになるものか。ライラの心の中には、兄のように慕う少年、桜下の姿があった。彼ならば、絶対にライラのことを諦めたりしない。どんな困難が立ちふさがっていようと、必ず自分を取り戻しに来てくれる。
ライラには確信があった。今まで一緒に旅をしてきた姿が、ライラの狂いそうな心を支えていた。

「……ふむ」

終始意地の悪い笑みを浮かべていた老魔導士が、初めて明確に顔を曇らせた。口先でどうとでも言いくるめられると思っていた幼い少女が、ことのほか頑固だったことにたいする苛立ちだった。

「……気が変わったぞ。ゆるりと待つつもりじゃったが、それでは手間取りそうだ。先に言っておくが、儂は必ず、お前を儂のものにする。お前の四属性の力は、全て儂の為に使われるべきなのだ。必ずそうしてやる」

「ふーんだ。そんな日がくればいいけどね。でもその前にお前が死んじゃうんじゃないの?きゃはは!」

「そうじゃ。儂には時間がない。奴らの屍を突き付ければ、お前の心も変わるだろう。が、あまりのんびりともしていられないのでな。こちらでも、できる手は打つとしようかの」

するとその時、鉄格子のそばに、何者かが立っていることにライラは気付いた。そいつは、寡黙な赤髪の男……老魔道士のノーマだ。その手には、鞭が、握られていた。

「殺すなよ。死ななければ、何をしてもよい」

老魔導士が言いつけると、男はこくりとうなずいて、鉄格子へ一歩踏み込んだ。頑丈そうな格子は、男が近寄ると途端にぐにゃりとねじれて、男が通るための穴を開けた。
男が格子の内側へと入ってくる。ライラは後ずさり、部屋の隅へと逃げたが、それ以上はどこにも行きようがなかった。ライラは壁に背をつけて、迫ってくる男を見上げる。
男の目には、一切の情も、慈悲もなかった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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