568 / 860
14章 痛みの意味
7-2
しおりを挟む
7-2
「はあ……はあ……」
もう何時間、こうして暗闇の中を歩き続けているのだろう。ダンジョンの攻略を始めてから、かなりの時間が経ったはずだが……陽の光が一切届かない地下の迷宮では、時間の流れすらも淀んでいるらしい。今が昼なのか、朝なのか……
「……少し休みましょう」
何度目かの角を曲がり、いくつかの罠を避け、何回目か分からない分岐路を行ったり戻ったりした後……広めの空間に出た際に、エラゼムはおもむろに告げた。
「エラゼム、駄目だ。ライラを一秒でも早く迎えに行かないと……」
「いいえ。今優先すべきは、桜下殿。貴殿だとお見受けします。魔導士の狙いがライラ嬢である以上、彼女は最低限、身の安全が保障されます。しかし我々に、容赦はせぬでしょう」
「それは……」
「攻略を始めてから、かなりの時間が経過いたしました。ここで休むことは、今後の攻略の効率を上げることにも繋がるはずです」
エラゼムの意志は揺るがなかった。俺は諦めて肩を落とす。
「……負けた。ここじゃエラゼムがリーダーだもんな。わかったよ」
「申し訳ございません。お気持ちは重々承知しておりますが……」
「何言ってんだよ。ライラを助けたい気持ちはみんな一緒だろ。お前が悪いだなんて思わないさ」
俺はエラゼムの鎧をコンっと手の甲で叩くと、床に腰を下ろそうとした。
「お、お?おっととと……」
な、なんだこれ、膝が震える!後ろ向きに倒れそうになった俺は、そのままヨタヨタと数歩よろめき、後ろにいたアルルカにぶつかってひっくり返ってしまった。
「ぎゃあ!なにすんのよ、このバカ!」
「わ、悪いアルルカ。足が震えて……」
「いーから、さっさとどきなさいよ!どこ座ってると思ってんの!」
俺はうつ伏せになったアルルカの、お尻の上に座っていた。ああ、どうりで痛くなかったわけだ……じゃなくって。慌ててわきによけると、アルルカはプリプリしながらお尻を払った。
「ったくもう……あんよもまともにできないわけ?」
「うるせーな……なんか、思ったより疲れてて」
今もまだ、脚が小刻みに震えている。おかしいな、まだ一日も経っていないと思うのに……
「知らぬ間に、疲労がたまっていたのでしょう」
エラゼムが俺の足下に屈むと、ふくらはぎのあたりをむにっと揉んだ。
「おひっ、あひひっ」
「痛くはありませぬか?」
「あ、ああ。ただ、すげーこそばゆいというか……うひいっ」
「そうでしょう。それだけ疲れていた、ということです」
「で、でも、大した距離は歩いてないぜ?あひ」
「地下だからそう感じるでしょうが、実際はかなりの距離を進んできたはずです。ダンジョンでは方向感覚や体内時間を狂わされますので、ペースを乱されやすくなるのです」
へえ、そうなのか?けど確かに、俺は自分で思っているよりも、だいぶくたびれていた。うーむ。エラゼムが言った理由に加えて、常に罠に怯えていたこと、そしてライラを助けたい一心でがむしゃらに突き進んでいたこと、この二つも影響していそうだな。
「そうだったのか……それじゃあ、この休憩には大いに意味があるな」
「ええ。急がば回れではないですが、ここで英気を養っておきましょう」
エラゼムの言う通りだな。そうと決まれば、全力で休む!
「はあー。……しっかし、こうしてると、ロウランとこの遺跡攻略を思い出すなぁ」
あの時もまた、地の底を駆けずり回る羽目になったっけ。罠や仕掛けと格闘して……あの時の俺は、度重なる戦闘で疲労困憊していた。今は、いくらかましだな。量は多くはないが、水も食料も、エラゼムが担いでいる荷袋の中に入っている。老魔導士の屋敷に足を踏み入れた時から警戒していた彼は、荷物を片時も離さなかったのだ。
「あの遺跡よりも、ここの方がよっぽど殺意は高いですけどね」
ウィルは苦笑いしながら、荷袋から食べ物を渡してくれた。地下だから火は起こせないので、丸いパンに干した果物を挟んだだけの簡単なものだったが、それのうまいのなんのって。うーむ、疲れた体に、果物の甘さが染みわたる……
「もぐもぐ。ふぉういや、ロウランは今もいるのかな」
「いるの~」
「うお!?」
いきなり隣に女の子が現れたので、俺はむせてしまった。
「ごほ、ごほごほ。ろ、ロウラン!せめて前触れくらいよこせよな。びっくりした……」
「むぅ~、ダーリンは難しいこと言うの。今から出ますよーって言えば、アタシがパッと出てきても驚かないの?」
それは……驚くかもなぁ。確かに、難しいかも。
「それに今は、ダーリンの方から呼んだんだよ?」
「あ、ごめんごめん。何の気なしだったもんだから」
「いいよ♪ダーリンがアタシの話してくれて、嬉しくなって出てきちゃったの♪」
そう言ってロウランは、ごく自然に首に腕を回してきた。だぁー、くっつくなって!ただでさえ疲れているのに、もっとくたびれる!
「ごっほん!ロウランさん、今は桜下さんには休息が必要なんです!疲れさすようなことはしないでください!」
ウィルが腰に手を当てて睨むと、ロウランはぶーぶーと唇を尖らせた。
「けち臭いこと言わないでほしいの。めったにない機会なのに。ま、でも長居はしないよ」
ロウランはようやく俺から離れると、ふわりと宙に立った。
「アタシがずっと具現化してると、ダーリンの魔力を吸い尽くしちゃうからね。あんまり危なっかしかったら出るつもりしてたけど、鎧さんが結構しっかりしてるっぽかったから。順調そうで安心したの」
ほう、地下遺跡の姫君からのお墨付きをいただいたな。
「そいつはありがたいな。この調子で行けってことだろ?」
「ううーんと……アタシね、一つだけ言いに来たんだ。警告でもあるし、励ましでもあるの」
な、なんだ?前か後ろかで、印象がガラリと変わりそうだが。
「たぶんこのダンジョン、ここからが本番なの」
「え?じゃあ、今までは?」
「んー、前座?」
ぜ、前座……
「このテのダンジョンは、奥に進むほど手ごわくなっていくパターンだと思うの。ちょっとずつ相手をいたぶるのが好きな、イヤーな性格のやつが作りそうなダンジョンだよ。気づいた時には、戻ることも進むこともできなくなってるの」
「う。い、嫌なこと言うなよ。それでも俺たちは、進むしかないんだからな」
「うん。だから、励ましなの。ダーリンたちは、ちゃんと前座は突破したんだよ。けど、ここから先も同じだと思っちゃダメ。ここからは、ダンジョンも本気を出してくるよ」
むぅ……俺は今までを思い出した。せり出す壁、箱に隠れたミミック、数々の分かれ道と罠……あれらが、全て前座だったって?
「まあけど、ダーリンなら大丈夫なの♪鎧さんのサポートもあるし、きっとなんとかなるよ」
「だといいがな……まあ、忠告は胸に刻んどくよ。ありがとな」
「うん!頑張ってね、ダーリン♪」
ロウランはにこっと笑うと、出た時と同じように、唐突にパッと消えてしまった。
「なんだかロウランさん、もとの調子に戻ったみたいですね」
ロウランが消えたあたりを見ながら、ウィルが安心した様子で言う。
「元の調子?あいつ、どっか変だったか?」
「桜下さん……」
ウィルがじとーっとした目でこちらを見る。な、なんだよ?
「桜下さんってば、気が付かなかったんですか?さっき出てきたロウランさん、とっても取り乱していたじゃないですか」
「え?あ、ああ……確かにそうだったか。でも、さっきはいきなりダンジョンに転移させられたんだぜ?誰だって驚くだろ」
「そうですけど、それ以上に、桜下さんが心配だったんですよ。きっと」
「む……そう、なのかな」
「ええ。ロウランさんって、いつも軽いノリですけど、やっぱり不安になることもあるんですね」
うーん……俺のイメージするロウランは、いつもベタベタくっついてきて、にこにこ笑っていて……そういう意味では、さっきの取り乱したロウランは、確かに珍しかったのかもな。ロウランも人間、ってことか。
「それで、エラゼムさん。さっきロウランさんが言ってたことって……」
ウィルは俺から、エラゼムへと顔を向けた。エラゼムはガシャリと腕を組む。
「うむ……ロウラン嬢のおっしゃっていたことは、間違いではありませぬ。ダンジョンは“迷宮”と、そして侵入者を待ち受ける“仕掛け”によって構成されるといいます。多少差はあれど、基本的にはギミックがいくつか点在し、それをメイズが繋ぐという構造です」
「えっと、メイズと、ギミック……?」
「難しければ、ギミックが大部屋、メイズが通路と思ってください。大部屋同士をつなぐ無数の通路、その全体をまとめてダンジョンと呼びます」
なるほど。RPGなんかのダンジョンは、まさにそういう形だな。ウィルも納得したようだ。
「そして、今まで吾輩たちが通ってきた部分は、その中のメイズに該当するでしょう」
ええ?俺は思わず口を挟んでしまった。
「だって、今までも迷路だけってことはなかったろ?罠やモンスターもいたじゃないか」
「あれは、言うならば……小手調べ、と言ったところでしょうか。おそらく作成者も、そこまで罠としての効果は期待していなかったはず。回避も容易でしたし、発見もたやすいものばかりでした」
そうかなぁ?フランの目と、エラゼムの注意力があったからどうにかなった気がするけど。ウィルがエラゼムに問いかける。
「じゃあ、これから行くところは、大部屋……ギミックってことになるんですか?」
「恐らくは。ロウラン嬢も、それが分かっていて警告を発したのでしょう」
「……やっぱり、危険なところなんですね?」
「ええ。メイズは侵入者を分断、もしくは疲労させる、ある種の時間稼ぎとしての役割を持ちます。ここで倒れるようなひ弱な侵入者相手に、大掛かりなギミックを動かすのは割に合わないのでしょうな。ですが、メイズを突破できる実力者相手には、いよいよ肝煎りの仕掛けで迎撃をするというわけです」
肝煎りの仕掛け……さっきまでのシンプルな仕掛けじゃないってことだな。
「それって、どんな……?」
「わかりません」
エラゼムは、兜を横に振った。
「こればかりは、実際に目にしてみるまでは。そしておそらく、避けては通れんでしょう。大方のメイズは、ギミックに至るように設計されています。通路が交わる要所だからこそ、凝った仕掛けを施すわけですな」
「じゃあ、罠だと分かってて飛び込まなきゃいけない場合も……?」
「十分ありえます」
う、うーむ……俺もウィルも、顔がより一層こわばってしまった。俺は肩をぐりぐりと回す。
「ふぅー。今休んどけって言われた意味が分かったよ」
「はい。ですが、ご安心を。ことはそう難しくはありません」
「え?」
さっきと言っていることが矛盾してないか?俺がエラゼムを見ると、彼はしっかりとうなずき返した。
「今までは、見えない罠に怯えながら進んでおりました。桜下殿の疲弊も多かったことでしょう。しかしここからは、見えている罠に飛び込んでゆけばよいだけです。危険はもちろんございますが、ずいぶん単純になったとは思いませぬか?」
俺はぽかんと彼を見た。彼の兜の中は、真っ黒で見えない。だけど、もしそこに顔があったとしたら、にやりと笑っている気がした。
「は……あはは!まったく、その通りだな。正面突破なら、俺たちの得意技じゃないか」
「ええ。いつも通り、十分に気を付けてまいりましょう。特別なことは何もいりません」
おお、なんだ、すっごく簡単なことに思えてきたぞ。もちろん、実際はそうじゃないんだろうけど、さっきまでの恐れは無くなった。心なしか、体も軽くなった気がする。隣ではウィルが、今の会話の内容でどうして元気になれるの?という顔をしていた。なぁに、俺はウィルと違って馬鹿なのさ。あれこれ考えるよりも、一直線に突っ走っていくほうが俺好みだ。
それから、俺たちはゆっくり休み、少しだけ眠った。休息の効果は抜群で、俺はすっかり元気を取り戻した。さあ、攻略再開だ。
じきに、ロウランやエラゼムが言っていた通り、ぐねぐねした迷路は終わりを告げた。今、俺たちの前には、巨大な扉がそびえている。それ以外に道は見当たらない。つまり、ここに入るしかない。
「……いっちょ、行ってみるか」
エラゼムが扉を押し開く。いよいよ、このダンジョンの本気の姿とご対面だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「はあ……はあ……」
もう何時間、こうして暗闇の中を歩き続けているのだろう。ダンジョンの攻略を始めてから、かなりの時間が経ったはずだが……陽の光が一切届かない地下の迷宮では、時間の流れすらも淀んでいるらしい。今が昼なのか、朝なのか……
「……少し休みましょう」
何度目かの角を曲がり、いくつかの罠を避け、何回目か分からない分岐路を行ったり戻ったりした後……広めの空間に出た際に、エラゼムはおもむろに告げた。
「エラゼム、駄目だ。ライラを一秒でも早く迎えに行かないと……」
「いいえ。今優先すべきは、桜下殿。貴殿だとお見受けします。魔導士の狙いがライラ嬢である以上、彼女は最低限、身の安全が保障されます。しかし我々に、容赦はせぬでしょう」
「それは……」
「攻略を始めてから、かなりの時間が経過いたしました。ここで休むことは、今後の攻略の効率を上げることにも繋がるはずです」
エラゼムの意志は揺るがなかった。俺は諦めて肩を落とす。
「……負けた。ここじゃエラゼムがリーダーだもんな。わかったよ」
「申し訳ございません。お気持ちは重々承知しておりますが……」
「何言ってんだよ。ライラを助けたい気持ちはみんな一緒だろ。お前が悪いだなんて思わないさ」
俺はエラゼムの鎧をコンっと手の甲で叩くと、床に腰を下ろそうとした。
「お、お?おっととと……」
な、なんだこれ、膝が震える!後ろ向きに倒れそうになった俺は、そのままヨタヨタと数歩よろめき、後ろにいたアルルカにぶつかってひっくり返ってしまった。
「ぎゃあ!なにすんのよ、このバカ!」
「わ、悪いアルルカ。足が震えて……」
「いーから、さっさとどきなさいよ!どこ座ってると思ってんの!」
俺はうつ伏せになったアルルカの、お尻の上に座っていた。ああ、どうりで痛くなかったわけだ……じゃなくって。慌ててわきによけると、アルルカはプリプリしながらお尻を払った。
「ったくもう……あんよもまともにできないわけ?」
「うるせーな……なんか、思ったより疲れてて」
今もまだ、脚が小刻みに震えている。おかしいな、まだ一日も経っていないと思うのに……
「知らぬ間に、疲労がたまっていたのでしょう」
エラゼムが俺の足下に屈むと、ふくらはぎのあたりをむにっと揉んだ。
「おひっ、あひひっ」
「痛くはありませぬか?」
「あ、ああ。ただ、すげーこそばゆいというか……うひいっ」
「そうでしょう。それだけ疲れていた、ということです」
「で、でも、大した距離は歩いてないぜ?あひ」
「地下だからそう感じるでしょうが、実際はかなりの距離を進んできたはずです。ダンジョンでは方向感覚や体内時間を狂わされますので、ペースを乱されやすくなるのです」
へえ、そうなのか?けど確かに、俺は自分で思っているよりも、だいぶくたびれていた。うーむ。エラゼムが言った理由に加えて、常に罠に怯えていたこと、そしてライラを助けたい一心でがむしゃらに突き進んでいたこと、この二つも影響していそうだな。
「そうだったのか……それじゃあ、この休憩には大いに意味があるな」
「ええ。急がば回れではないですが、ここで英気を養っておきましょう」
エラゼムの言う通りだな。そうと決まれば、全力で休む!
「はあー。……しっかし、こうしてると、ロウランとこの遺跡攻略を思い出すなぁ」
あの時もまた、地の底を駆けずり回る羽目になったっけ。罠や仕掛けと格闘して……あの時の俺は、度重なる戦闘で疲労困憊していた。今は、いくらかましだな。量は多くはないが、水も食料も、エラゼムが担いでいる荷袋の中に入っている。老魔導士の屋敷に足を踏み入れた時から警戒していた彼は、荷物を片時も離さなかったのだ。
「あの遺跡よりも、ここの方がよっぽど殺意は高いですけどね」
ウィルは苦笑いしながら、荷袋から食べ物を渡してくれた。地下だから火は起こせないので、丸いパンに干した果物を挟んだだけの簡単なものだったが、それのうまいのなんのって。うーむ、疲れた体に、果物の甘さが染みわたる……
「もぐもぐ。ふぉういや、ロウランは今もいるのかな」
「いるの~」
「うお!?」
いきなり隣に女の子が現れたので、俺はむせてしまった。
「ごほ、ごほごほ。ろ、ロウラン!せめて前触れくらいよこせよな。びっくりした……」
「むぅ~、ダーリンは難しいこと言うの。今から出ますよーって言えば、アタシがパッと出てきても驚かないの?」
それは……驚くかもなぁ。確かに、難しいかも。
「それに今は、ダーリンの方から呼んだんだよ?」
「あ、ごめんごめん。何の気なしだったもんだから」
「いいよ♪ダーリンがアタシの話してくれて、嬉しくなって出てきちゃったの♪」
そう言ってロウランは、ごく自然に首に腕を回してきた。だぁー、くっつくなって!ただでさえ疲れているのに、もっとくたびれる!
「ごっほん!ロウランさん、今は桜下さんには休息が必要なんです!疲れさすようなことはしないでください!」
ウィルが腰に手を当てて睨むと、ロウランはぶーぶーと唇を尖らせた。
「けち臭いこと言わないでほしいの。めったにない機会なのに。ま、でも長居はしないよ」
ロウランはようやく俺から離れると、ふわりと宙に立った。
「アタシがずっと具現化してると、ダーリンの魔力を吸い尽くしちゃうからね。あんまり危なっかしかったら出るつもりしてたけど、鎧さんが結構しっかりしてるっぽかったから。順調そうで安心したの」
ほう、地下遺跡の姫君からのお墨付きをいただいたな。
「そいつはありがたいな。この調子で行けってことだろ?」
「ううーんと……アタシね、一つだけ言いに来たんだ。警告でもあるし、励ましでもあるの」
な、なんだ?前か後ろかで、印象がガラリと変わりそうだが。
「たぶんこのダンジョン、ここからが本番なの」
「え?じゃあ、今までは?」
「んー、前座?」
ぜ、前座……
「このテのダンジョンは、奥に進むほど手ごわくなっていくパターンだと思うの。ちょっとずつ相手をいたぶるのが好きな、イヤーな性格のやつが作りそうなダンジョンだよ。気づいた時には、戻ることも進むこともできなくなってるの」
「う。い、嫌なこと言うなよ。それでも俺たちは、進むしかないんだからな」
「うん。だから、励ましなの。ダーリンたちは、ちゃんと前座は突破したんだよ。けど、ここから先も同じだと思っちゃダメ。ここからは、ダンジョンも本気を出してくるよ」
むぅ……俺は今までを思い出した。せり出す壁、箱に隠れたミミック、数々の分かれ道と罠……あれらが、全て前座だったって?
「まあけど、ダーリンなら大丈夫なの♪鎧さんのサポートもあるし、きっとなんとかなるよ」
「だといいがな……まあ、忠告は胸に刻んどくよ。ありがとな」
「うん!頑張ってね、ダーリン♪」
ロウランはにこっと笑うと、出た時と同じように、唐突にパッと消えてしまった。
「なんだかロウランさん、もとの調子に戻ったみたいですね」
ロウランが消えたあたりを見ながら、ウィルが安心した様子で言う。
「元の調子?あいつ、どっか変だったか?」
「桜下さん……」
ウィルがじとーっとした目でこちらを見る。な、なんだよ?
「桜下さんってば、気が付かなかったんですか?さっき出てきたロウランさん、とっても取り乱していたじゃないですか」
「え?あ、ああ……確かにそうだったか。でも、さっきはいきなりダンジョンに転移させられたんだぜ?誰だって驚くだろ」
「そうですけど、それ以上に、桜下さんが心配だったんですよ。きっと」
「む……そう、なのかな」
「ええ。ロウランさんって、いつも軽いノリですけど、やっぱり不安になることもあるんですね」
うーん……俺のイメージするロウランは、いつもベタベタくっついてきて、にこにこ笑っていて……そういう意味では、さっきの取り乱したロウランは、確かに珍しかったのかもな。ロウランも人間、ってことか。
「それで、エラゼムさん。さっきロウランさんが言ってたことって……」
ウィルは俺から、エラゼムへと顔を向けた。エラゼムはガシャリと腕を組む。
「うむ……ロウラン嬢のおっしゃっていたことは、間違いではありませぬ。ダンジョンは“迷宮”と、そして侵入者を待ち受ける“仕掛け”によって構成されるといいます。多少差はあれど、基本的にはギミックがいくつか点在し、それをメイズが繋ぐという構造です」
「えっと、メイズと、ギミック……?」
「難しければ、ギミックが大部屋、メイズが通路と思ってください。大部屋同士をつなぐ無数の通路、その全体をまとめてダンジョンと呼びます」
なるほど。RPGなんかのダンジョンは、まさにそういう形だな。ウィルも納得したようだ。
「そして、今まで吾輩たちが通ってきた部分は、その中のメイズに該当するでしょう」
ええ?俺は思わず口を挟んでしまった。
「だって、今までも迷路だけってことはなかったろ?罠やモンスターもいたじゃないか」
「あれは、言うならば……小手調べ、と言ったところでしょうか。おそらく作成者も、そこまで罠としての効果は期待していなかったはず。回避も容易でしたし、発見もたやすいものばかりでした」
そうかなぁ?フランの目と、エラゼムの注意力があったからどうにかなった気がするけど。ウィルがエラゼムに問いかける。
「じゃあ、これから行くところは、大部屋……ギミックってことになるんですか?」
「恐らくは。ロウラン嬢も、それが分かっていて警告を発したのでしょう」
「……やっぱり、危険なところなんですね?」
「ええ。メイズは侵入者を分断、もしくは疲労させる、ある種の時間稼ぎとしての役割を持ちます。ここで倒れるようなひ弱な侵入者相手に、大掛かりなギミックを動かすのは割に合わないのでしょうな。ですが、メイズを突破できる実力者相手には、いよいよ肝煎りの仕掛けで迎撃をするというわけです」
肝煎りの仕掛け……さっきまでのシンプルな仕掛けじゃないってことだな。
「それって、どんな……?」
「わかりません」
エラゼムは、兜を横に振った。
「こればかりは、実際に目にしてみるまでは。そしておそらく、避けては通れんでしょう。大方のメイズは、ギミックに至るように設計されています。通路が交わる要所だからこそ、凝った仕掛けを施すわけですな」
「じゃあ、罠だと分かってて飛び込まなきゃいけない場合も……?」
「十分ありえます」
う、うーむ……俺もウィルも、顔がより一層こわばってしまった。俺は肩をぐりぐりと回す。
「ふぅー。今休んどけって言われた意味が分かったよ」
「はい。ですが、ご安心を。ことはそう難しくはありません」
「え?」
さっきと言っていることが矛盾してないか?俺がエラゼムを見ると、彼はしっかりとうなずき返した。
「今までは、見えない罠に怯えながら進んでおりました。桜下殿の疲弊も多かったことでしょう。しかしここからは、見えている罠に飛び込んでゆけばよいだけです。危険はもちろんございますが、ずいぶん単純になったとは思いませぬか?」
俺はぽかんと彼を見た。彼の兜の中は、真っ黒で見えない。だけど、もしそこに顔があったとしたら、にやりと笑っている気がした。
「は……あはは!まったく、その通りだな。正面突破なら、俺たちの得意技じゃないか」
「ええ。いつも通り、十分に気を付けてまいりましょう。特別なことは何もいりません」
おお、なんだ、すっごく簡単なことに思えてきたぞ。もちろん、実際はそうじゃないんだろうけど、さっきまでの恐れは無くなった。心なしか、体も軽くなった気がする。隣ではウィルが、今の会話の内容でどうして元気になれるの?という顔をしていた。なぁに、俺はウィルと違って馬鹿なのさ。あれこれ考えるよりも、一直線に突っ走っていくほうが俺好みだ。
それから、俺たちはゆっくり休み、少しだけ眠った。休息の効果は抜群で、俺はすっかり元気を取り戻した。さあ、攻略再開だ。
じきに、ロウランやエラゼムが言っていた通り、ぐねぐねした迷路は終わりを告げた。今、俺たちの前には、巨大な扉がそびえている。それ以外に道は見当たらない。つまり、ここに入るしかない。
「……いっちょ、行ってみるか」
エラゼムが扉を押し開く。いよいよ、このダンジョンの本気の姿とご対面だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
111
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる