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14章 痛みの意味
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からん、からんからーん。
乾いた音を立てて、真っ白な木の枝に似たそれが、床に散らばった。
「……なに、これ?」
牢屋にうずくまっていたライラは、異音に顔を上げた。檻の前には、あの寡黙な男と、ハザールとかいう老魔導士が立っている。前回の拷問から、約一日が経とうとしていた。
寡黙な男は床に散らばったそれを蹴飛ばして、ライラのいる牢の中まで転がした。カラカラと転がってきたそれを、ライラが見つめる。
「……骨?」
「そうだ。あやつらの骨じゃよ」
老魔導士はニタニタと笑いながら言った。
「あやつらは、とうとうくたばりおったのじゃ。儂のダンジョンのギミックに掛かって、灰になった。そこから拾ってきたのじゃよ」
ライラははっと目を見開くと、その骨を両手で拾い上げた。老魔導士が笑みを深くする。
「ひぃっひっひ!これでお前を迎えに来る者は、ただの一人もいなくなったのう。これ以上の強情は、お互いにとって無益だと分かっただろうが?」
「……」
ライラは、手のひらの上の骨片をまじまじと見つめた。そして、ぷっとふき出した。
「ぷっ。あははは、あははははは!」
「な……何がおかしい。なぜ笑う!」
「あははは、はぁー。だって、バッカみたいだもん。これが桜下の骨?そんなの、ノールだって騙されないよーっだ!」
「なんじゃと!ふん、戯言を。大方、仲間の死を信じたくないのだろうが……」
「きゃはは、そっちこそ何言ってんの?あのねぇ、ライラと桜下は、タマシイで繋がってるんだよ?今だって、桜下のタマシイをはっきり感じてるもん。絶対に死んでなんかない。こんなオモチャなんかに、桜下のタマシイはこれっぽちも入ってないよ」
ライラはそう言って、骨をぽいと投げ捨ててしまった。これに怒り心頭したのは老魔導士だ。なぜなら、ライラが言ったことはすべて本当のことだったからだ。人骨に似せてはいるが、偽物だ。幼い少女に企てをすべて見破られて、魔導士の高慢なプライドはひどく傷つけられた。
「きっさまぁ……!生きていることを後悔させてやるぞ!お前、やれ!」
老魔導士に腕を強く叩かれると、寡黙な男はぬうっと鉄格子に近づいた。その手には鞭と、大きな木桶が握られている。ライラは笑みを消すと、身を守るように自分の腕を抱いた。だがそれで、男が止まるはずもなかった。
「……愚かな娘だ。苦しみが長引くだけだというのに」
「……ふん。愚かなのは、どっち?」
男は諦めたように閉瞼すると、びゅんっと鞭を振り上げた。
「……ぁ」
小さなうめき声を上げて、ライラは目を覚ました。昨日と同じく、地下牢の床に転がっている。昨日と違うのは、床がびしょびしょに濡れていることだ。いつの間に、気を失っていたのだろうか……無慈悲な拷問が始まってから、すでに半日が経とうとしていた。
(たしか……)
ライラはよろよろと体を起こすと、壁に背中をもたれかけた。
今日は鞭による殴打に加えて、新たに水責めが追加された。
木桶になみなみと水を張ると、男はライラの髪を鷲掴み、無理やり桶の底へと押し付けた。両手首を括られたライラはろくな抵抗ができず、酸欠の苦しさと激しい咳に襲われた。とくに咳は応えた。脳は空気を欲しているのに、横隔膜が痙攣して酸素を受け付けないのだ。体が溺れていると錯覚して、防衛本能で必死に咳をさせているのだろうが、余計に体力を奪うばかりだった。そうして意識がもうろうとしたところで、気つけとばかりに鞭が飛んでくる。鞭にはトウガラシか何かが塗り込まれていて、痛みがいつまでも尾を引く、悪魔の仕様になっていた。
(……)
ライラは、何度も死ぬと思った。気絶することも一度や二度ではなかった。このまま目が覚めないのでは、と何度も思った。しかし、そのたびに寡黙な男は、ライラを黙々と治療し、介抱した。そして目を覚ますと、また拷問を再開するのだ。ライラには、男が悪魔にも天使にも見えた。しかし男の寡黙な表情を見るたびに、本当はどちらでもない、ただの魔導で動く人形なのではと思うのだった。
「目が覚めたか」
何の感情も感じさせない声が、ライラのそばで聞こえた。ライラはそちらを見なかったが、あの男の声だというのは嫌でもわかった。男の手が伸びてくるのが気配で分かったので、ライラは反射的に手を払いのけた。
カラーン。ベチャ。床に木皿が落ち、中身のシチューがぶちまけられた。男は何も言わずに、皿を拾い上げると、淡々とこぼれたシチューを拭きとった。
「食事をしろ。昨日も食べていなかっただろう」
男は、ライラが半アンデッドであり、普通の食事を取る必要がないことを知らない。ライラとしても教えてやる義理はなかった。
「シチューは嫌いか。何なら食べれる。好きなものを用意しよう」
ライラは激しく首を振ると、膝を抱えて顔をうずめた。男が小さな嘆息を漏らす。少しすると、ライラの頭に、何かふわふわなものが被せられた。そしてわしわしと、ややぶっきらぼうに擦られる。
……水責めによって濡れた髪を、拭かれているのだ。そう理解した時、ライラは叫び出したい衝動に駆られた。誰のせいで、こんな目に遭っているのか。誰がこんな危害を加えたのか。
だがそこで、ライラの憎しみの対象は老魔導士へと逸れた。この男は、あの魔導士に言いつけられているに過ぎない。もちろん抵抗しないという点で、グルなことに間違いはなかったが、かといってライラへの暴行を楽しむきらいは一切なかった。命じられるままに、拷問も治療も行う……機械のようなもの。機械に癇癪を起しても、気が晴れるとは思えなかった。
そして……思い出したのは、大切な仲間たちのこと。ライラの大好きな少年は、こんな風に乱暴に髪を拭いたりはしないだろう。おねーちゃんと慕う少女は、もっと優しく頭を撫でてくれるだろう……
「……う、ぅぅぅ……」
ライラは涙腺が緩むのを感じた。抑えようと思ったが、止められなかった。一粒こぼれて頬を伝うと、堰を切ったように涙があふれだした。
「おうかぁ……おねーちゃん。みんな……ううぅ、うえぇぇ……」
ライラはぎゅうっと膝を抱え、嗚咽を漏らすまいと縮こまった。だが無論、そんなことで音が閉じ込められるはずもない。傍らにいる男にも、ライラの泣く声は聞こえていた。ライラは、きっとこのことをネタに、男が揺さぶりをかけてくると思った。自分の仲間への想いを利用されるのは悔しかったが、一度溢れたものはなかなか止められなかった。
「うっ、うっ。ぐず……」
「……」
しかし意外にも、男はライラが肩を震わせている間、一切口を開かなかった。ただ黙々と、タオルでライラの髪を拭き続けた。
ライラの嗚咽がある程度落ち着いたころ、男はタオルを除けた。ライラが気絶している間に傷の治療は終わっていたようなので、もう男がすることは何もない。ならばさっさと出て行くだろうとライラが思っていると、いつまでも足音がしないではないか。
不思議に思ったライラが顔を上げると、反対側の壁にもたれて、男があぐらをかいていた。
「……に、やって……ひっく」
「お前が食事を取るまで、戻ってくるなと言われている」
男はあくまで、老魔導士の命令に忠実だった。ライラは鼻をすすると、ぷいっとそっぽを向いた。
「ぐず。なら、ずーっとそこにいれば」
「……なぜ、何も食べようとしない。死ぬ気か?」
「ちがう!ライラは絶対、また桜下たちと会うんだから……」
また目頭が熱くなって、涙がぽろりとこぼれた。ライラは両手でぐしぐしと目をこすった。
「……生きる気があるのなら、何か食べろ。だが、あの少年たちのことは忘れるんだ。もう会えはしない」
「そんなことない。桜下は、必ず来てくれる!」
ライラはきっぱりと言い切った。するとその時、初めて男の顔に、まともな表情らしい表情が浮かんだ。同情とも、悲嘆しているともとれる顔だった。
「……ありもしない希望にすがるのはよせ。それはお前に痛みを与えても、救いを与えはしない」
「……どういう意味」
「そのままの意味だ。あのダンジョンに出口はない。出てくることは不可能だ……何も、お前を折らせようと嘘を言っているわけじゃない」
ライラが素早く反論しようとしたので、男は被せるようにそう言った。
「私は、見てきた。多くの人間があのダンジョンに落とされ、そして死にゆくのを。そして私は聞いた。残された彼らの仲間が、決まって言う言葉を」
「……なんて、言ったの」
ライラは自然にそう問うていた。この男を信用したわけでも、興味をそそられたわけでもなかったが……男に初めて人間らしい表情が浮かんだことで、警戒が揺らいだのかも知れなかった。
「『もっと早く諦めていればよかった』、だ。仲間が必ず迎えに来ると信じ、痛みに耐え続けた結果、得られたのはさらなる絶望だけだ。むしろ、希望を長く持ち続けたぶん、絶望も深くなる……ならば、そんなもの持ち続けたところでなんになる?こうなった時点で、お前に他の選択肢は残されていない。ならばできるだけ早く、それを受け入れるほうが賢明じゃないのか」
ライラは驚いた。内容よりも、この男がこれほど長く喋ったことに驚いた。
「……それも、あのじじいに言えって言われたの?」
「違う。……私からのせめてもの助言だ」
男はぼそりと言うと、膝を立てて立ち上がった。
「もう一度聞く。何なら食べれる。果実一かけらでもいい、口に入れろ」
「……それ、なら……」
「なんだ」
「……あめ」
「飴か。分かった」
男は二つ返事で了承すると、牢屋を出て行った。
後に残されたライラは、あの男が悪魔なのか天使なのか、それとも機械なのか人間なのか、分からなくなってきていた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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乾いた音を立てて、真っ白な木の枝に似たそれが、床に散らばった。
「……なに、これ?」
牢屋にうずくまっていたライラは、異音に顔を上げた。檻の前には、あの寡黙な男と、ハザールとかいう老魔導士が立っている。前回の拷問から、約一日が経とうとしていた。
寡黙な男は床に散らばったそれを蹴飛ばして、ライラのいる牢の中まで転がした。カラカラと転がってきたそれを、ライラが見つめる。
「……骨?」
「そうだ。あやつらの骨じゃよ」
老魔導士はニタニタと笑いながら言った。
「あやつらは、とうとうくたばりおったのじゃ。儂のダンジョンのギミックに掛かって、灰になった。そこから拾ってきたのじゃよ」
ライラははっと目を見開くと、その骨を両手で拾い上げた。老魔導士が笑みを深くする。
「ひぃっひっひ!これでお前を迎えに来る者は、ただの一人もいなくなったのう。これ以上の強情は、お互いにとって無益だと分かっただろうが?」
「……」
ライラは、手のひらの上の骨片をまじまじと見つめた。そして、ぷっとふき出した。
「ぷっ。あははは、あははははは!」
「な……何がおかしい。なぜ笑う!」
「あははは、はぁー。だって、バッカみたいだもん。これが桜下の骨?そんなの、ノールだって騙されないよーっだ!」
「なんじゃと!ふん、戯言を。大方、仲間の死を信じたくないのだろうが……」
「きゃはは、そっちこそ何言ってんの?あのねぇ、ライラと桜下は、タマシイで繋がってるんだよ?今だって、桜下のタマシイをはっきり感じてるもん。絶対に死んでなんかない。こんなオモチャなんかに、桜下のタマシイはこれっぽちも入ってないよ」
ライラはそう言って、骨をぽいと投げ捨ててしまった。これに怒り心頭したのは老魔導士だ。なぜなら、ライラが言ったことはすべて本当のことだったからだ。人骨に似せてはいるが、偽物だ。幼い少女に企てをすべて見破られて、魔導士の高慢なプライドはひどく傷つけられた。
「きっさまぁ……!生きていることを後悔させてやるぞ!お前、やれ!」
老魔導士に腕を強く叩かれると、寡黙な男はぬうっと鉄格子に近づいた。その手には鞭と、大きな木桶が握られている。ライラは笑みを消すと、身を守るように自分の腕を抱いた。だがそれで、男が止まるはずもなかった。
「……愚かな娘だ。苦しみが長引くだけだというのに」
「……ふん。愚かなのは、どっち?」
男は諦めたように閉瞼すると、びゅんっと鞭を振り上げた。
「……ぁ」
小さなうめき声を上げて、ライラは目を覚ました。昨日と同じく、地下牢の床に転がっている。昨日と違うのは、床がびしょびしょに濡れていることだ。いつの間に、気を失っていたのだろうか……無慈悲な拷問が始まってから、すでに半日が経とうとしていた。
(たしか……)
ライラはよろよろと体を起こすと、壁に背中をもたれかけた。
今日は鞭による殴打に加えて、新たに水責めが追加された。
木桶になみなみと水を張ると、男はライラの髪を鷲掴み、無理やり桶の底へと押し付けた。両手首を括られたライラはろくな抵抗ができず、酸欠の苦しさと激しい咳に襲われた。とくに咳は応えた。脳は空気を欲しているのに、横隔膜が痙攣して酸素を受け付けないのだ。体が溺れていると錯覚して、防衛本能で必死に咳をさせているのだろうが、余計に体力を奪うばかりだった。そうして意識がもうろうとしたところで、気つけとばかりに鞭が飛んでくる。鞭にはトウガラシか何かが塗り込まれていて、痛みがいつまでも尾を引く、悪魔の仕様になっていた。
(……)
ライラは、何度も死ぬと思った。気絶することも一度や二度ではなかった。このまま目が覚めないのでは、と何度も思った。しかし、そのたびに寡黙な男は、ライラを黙々と治療し、介抱した。そして目を覚ますと、また拷問を再開するのだ。ライラには、男が悪魔にも天使にも見えた。しかし男の寡黙な表情を見るたびに、本当はどちらでもない、ただの魔導で動く人形なのではと思うのだった。
「目が覚めたか」
何の感情も感じさせない声が、ライラのそばで聞こえた。ライラはそちらを見なかったが、あの男の声だというのは嫌でもわかった。男の手が伸びてくるのが気配で分かったので、ライラは反射的に手を払いのけた。
カラーン。ベチャ。床に木皿が落ち、中身のシチューがぶちまけられた。男は何も言わずに、皿を拾い上げると、淡々とこぼれたシチューを拭きとった。
「食事をしろ。昨日も食べていなかっただろう」
男は、ライラが半アンデッドであり、普通の食事を取る必要がないことを知らない。ライラとしても教えてやる義理はなかった。
「シチューは嫌いか。何なら食べれる。好きなものを用意しよう」
ライラは激しく首を振ると、膝を抱えて顔をうずめた。男が小さな嘆息を漏らす。少しすると、ライラの頭に、何かふわふわなものが被せられた。そしてわしわしと、ややぶっきらぼうに擦られる。
……水責めによって濡れた髪を、拭かれているのだ。そう理解した時、ライラは叫び出したい衝動に駆られた。誰のせいで、こんな目に遭っているのか。誰がこんな危害を加えたのか。
だがそこで、ライラの憎しみの対象は老魔導士へと逸れた。この男は、あの魔導士に言いつけられているに過ぎない。もちろん抵抗しないという点で、グルなことに間違いはなかったが、かといってライラへの暴行を楽しむきらいは一切なかった。命じられるままに、拷問も治療も行う……機械のようなもの。機械に癇癪を起しても、気が晴れるとは思えなかった。
そして……思い出したのは、大切な仲間たちのこと。ライラの大好きな少年は、こんな風に乱暴に髪を拭いたりはしないだろう。おねーちゃんと慕う少女は、もっと優しく頭を撫でてくれるだろう……
「……う、ぅぅぅ……」
ライラは涙腺が緩むのを感じた。抑えようと思ったが、止められなかった。一粒こぼれて頬を伝うと、堰を切ったように涙があふれだした。
「おうかぁ……おねーちゃん。みんな……ううぅ、うえぇぇ……」
ライラはぎゅうっと膝を抱え、嗚咽を漏らすまいと縮こまった。だが無論、そんなことで音が閉じ込められるはずもない。傍らにいる男にも、ライラの泣く声は聞こえていた。ライラは、きっとこのことをネタに、男が揺さぶりをかけてくると思った。自分の仲間への想いを利用されるのは悔しかったが、一度溢れたものはなかなか止められなかった。
「うっ、うっ。ぐず……」
「……」
しかし意外にも、男はライラが肩を震わせている間、一切口を開かなかった。ただ黙々と、タオルでライラの髪を拭き続けた。
ライラの嗚咽がある程度落ち着いたころ、男はタオルを除けた。ライラが気絶している間に傷の治療は終わっていたようなので、もう男がすることは何もない。ならばさっさと出て行くだろうとライラが思っていると、いつまでも足音がしないではないか。
不思議に思ったライラが顔を上げると、反対側の壁にもたれて、男があぐらをかいていた。
「……に、やって……ひっく」
「お前が食事を取るまで、戻ってくるなと言われている」
男はあくまで、老魔導士の命令に忠実だった。ライラは鼻をすすると、ぷいっとそっぽを向いた。
「ぐず。なら、ずーっとそこにいれば」
「……なぜ、何も食べようとしない。死ぬ気か?」
「ちがう!ライラは絶対、また桜下たちと会うんだから……」
また目頭が熱くなって、涙がぽろりとこぼれた。ライラは両手でぐしぐしと目をこすった。
「……生きる気があるのなら、何か食べろ。だが、あの少年たちのことは忘れるんだ。もう会えはしない」
「そんなことない。桜下は、必ず来てくれる!」
ライラはきっぱりと言い切った。するとその時、初めて男の顔に、まともな表情らしい表情が浮かんだ。同情とも、悲嘆しているともとれる顔だった。
「……ありもしない希望にすがるのはよせ。それはお前に痛みを与えても、救いを与えはしない」
「……どういう意味」
「そのままの意味だ。あのダンジョンに出口はない。出てくることは不可能だ……何も、お前を折らせようと嘘を言っているわけじゃない」
ライラが素早く反論しようとしたので、男は被せるようにそう言った。
「私は、見てきた。多くの人間があのダンジョンに落とされ、そして死にゆくのを。そして私は聞いた。残された彼らの仲間が、決まって言う言葉を」
「……なんて、言ったの」
ライラは自然にそう問うていた。この男を信用したわけでも、興味をそそられたわけでもなかったが……男に初めて人間らしい表情が浮かんだことで、警戒が揺らいだのかも知れなかった。
「『もっと早く諦めていればよかった』、だ。仲間が必ず迎えに来ると信じ、痛みに耐え続けた結果、得られたのはさらなる絶望だけだ。むしろ、希望を長く持ち続けたぶん、絶望も深くなる……ならば、そんなもの持ち続けたところでなんになる?こうなった時点で、お前に他の選択肢は残されていない。ならばできるだけ早く、それを受け入れるほうが賢明じゃないのか」
ライラは驚いた。内容よりも、この男がこれほど長く喋ったことに驚いた。
「……それも、あのじじいに言えって言われたの?」
「違う。……私からのせめてもの助言だ」
男はぼそりと言うと、膝を立てて立ち上がった。
「もう一度聞く。何なら食べれる。果実一かけらでもいい、口に入れろ」
「……それ、なら……」
「なんだ」
「……あめ」
「飴か。分かった」
男は二つ返事で了承すると、牢屋を出て行った。
後に残されたライラは、あの男が悪魔なのか天使なのか、それとも機械なのか人間なのか、分からなくなってきていた。
つづく
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