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14章 痛みの意味
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「ライラ!」
「ライラさん!」
「ライラ嬢!」
俺たちは鉄格子にかじりついて、目の前に突然現れた仲間の名を叫ぶ。さっきの閃光は、転移魔法の光か?
(どうしてここに?なんでそいつと一緒なんだ?老魔導士の監視は振りきれたのか?)
聞きたいことは山ほどある。が、それよりなにより。
「無事だったか……よかった」
俺は格子に額をつけて、大きなため息をついた。ライラの体には、目立った外傷はなかった。酷い事されていないかと心配だったけど、俺の杞憂に済んだみたいだ。隣からは、エラゼムのため息も聞こえてきた。彼もまた、ライラの身を案じていたのだろう。
「あ、それでライラ、どうして……ライラ?」
ふと、違和感に気付く。せっかく再会できたっていうのに、ライラはこちらをちらりとも見ようとしない。口も開かず、うつむいたままだ。それに……
「ライラ、さん……?なんですか、その、首輪は……」
ウィルが途切れがちに問いかける。ほ、本当だ……ライラの首に、革の首輪がはまっている。あんなもの、前にはしていなかったぞ……?
首輪には細いチェーンが付けられ、その先は隣にいる男の手に握られていた。まるで、飼い犬に付けるリードのように……ふ、ふざけんな!
「おい、お前!なんなんだよ、ライラに何してるんだ!」
俺は格子のすき間に限界まで顔を近づけ、男に向かって吠えた。こいつ、何のつもりだ!
「その鎖を放せ!でもって、俺たちをここから出しやがれ!」
俺が歯を剥きながら怒鳴っても、男は眉一つ動かさなかった。くうぅ、相変わらず、何考えているか分からないヤローだ。そのまま返事は戻ってこないと思われたが、予想に反して、男は口を開いた。
「いいだろう」
「ふんっ!それでハイそうですかって言うわけないとは思ってたさ。お前たちが素直に従うわけが……」
「ちょちょちょ、ちょっと桜下さん!ストップ、いったんストップ!今、何て言いました?」
え?さっき男は、いいだろうって……
「え?」
「聞こえなかったか。いいだろうと言ったんだ」
二度も!聞き間違いではなかったようだ。どういう心境の変化だ?
「えっと……俺たちを、ここから出してくれるのか?」
「そう言っている」
男は表情一つ変えずに、さらりと言った。そのせいでイマイチ素直に受け取りづらいが、やはりこいつは、俺たちに協力してくれるみたいだ。
(意図が分からないけど……)
ひょっとして、ライラが説得に成功したのだろうか?だから一緒に転移してきたとか……何にしても、ラッキーだぜ!
「そ、そうか!よかった、助かるよ。なら早く……」
「ただし。条件がある」
「……なに?」
自分の顔が、どんどん渋くなっていくのが分かる。
「……いちおう、聞こうか。なんだ、条件って?」
「この娘を、ハザール様に差し出すのだ」
「んなっ……!」
男はライラの首に繋がった鎖を、じゃらりと持ち上げた。
「ふっ……ざけんな!んな馬鹿な条件があるか!」
「馬鹿ではない。一人と残り全員を交換しようというのだ。比率で考えればむしろ、お前たちはハザール様の恩情に感謝するべきだ」
これにはさすがに、俺たち全員の緒が切れた。
「てめえ!」「ふざけるのも!」「大概に!」「してください!」
鉄格子を掴んでめいめいが喚き始めたので、男は話にならんとばかりに目を閉じてしまった。
「……はぁ、はぁ。いいか、つまりだな……けほ」
さんざん叫んだせいで、息が……今まで溜まりに溜まった鬱憤が噴出したせいだ、くそっ。
「……それで、お前たちが言いたいことは全てか?それならば、こちらの話も聞いてもらおうか」
「オ、コ、ト、ワ、リだっ!誰が、てめえのふざけた話なんか……」
俺がじろりと睨むと、赤髪の男はなぜか首を振った。
「私ではない。この子の話を、だ」
男はそう言って、ライラの背中を押して、前に出させた。あれ……?そういや、どうしてライラは黙りっぱなしなんだ?自分を差し出せとかいう、ふざけた話が勃発していたっていうのに……?
「ライラ……お前、どうかしたのか……?」
「……桜下」
この数分間で初めて、そして何日かぶりに聞いたライラの声は、別人かと思うくらい感情がこもっていなかった。久々に聞いたせいで錯覚しているのか?いいや、この子の声は、いつももっと……
「ラ、」
「桜下。ライラは……ここに、残ることにするよ」
は……?
今のは……聞き間違いか?俺の耳が、今この瞬間におかしくなったのか?けど仲間の様子を見るに、どうやら違うらしい。ウィルは口を覆い、フランは赤い瞳をかっと見開いている。二人とも、さっきの言葉を聞いていたんだ。
「そ……それは、どういう意味だ?」
「ごめん」
「なんで、謝るんだ……意味が分からないぞ。ライラ!」
ライラはうつむくと、自分の首元……首輪に触れる。
「ライラは……もうこれ以上、痛いのは嫌なの」
「え……?」
「桜下は、知らないんだよ。ライラがどんな目に遭わされたのか。みんなが早く助けに来てくれなかったから、ライラは酷いこと、たくさんされたんだ」
なん、だと……ウィルが息をのんだ。俺はぎゅうっと、鉄格子を握る手に力をこめる。
「ごめん……ごめんな、ライラ。確かにそれは知らなかった。けど、もう大丈夫だ。ここが開きさえすれば、あとはもう逃げるだけさ。そしたら一緒に」
「無理だよ。ここは桜下が思ってるほど、簡単に逃げ出せるところじゃないんだ」
ライラはぴしゃりと、俺の言葉を跳ねのけた。
「どうしてだ……!無理なんてことない!俺たち、ずっと一緒に、いろんな壁を乗り越えてきたじゃないか!」
「じゃあ、この扉はどうするの?ここの鍵は、あの魔導士しか持ってないんだよ。脱出する方法は見つかったの?」
「そ、れは」
「無いんだよね。だから、ずっとそこにいるんだもんね」
ライラの言葉は、一言一言が胸を刺すようだった。ウィルはもはや半泣きになっている。
「ライラさん……!どうして、そんなことを言うんですか。ライラさんは、私を……私たちを、信じてくれないんですか?」
「……」
ライラはうつむいたまま、顔を上げない。
「ライラさん……返事を、してください。ライラさん……」
ウィルはいよいよ泣き崩れてしまった。俺だって泣きたいくらいだ。ライラは俺にも、ウィルにも懐いてくれていた。もちろん俺たちだって、ライラが大好きだ。だからこそ、無視をされるのは耐えがたい苦痛だった。
「ライラ……俺たちを、信じられないのか」
俺はウィルと同じ質問をした。するとライラは、ゆるゆると首を振る。
「ごめんね、桜下。ライラ、信じたかったよ。でも、ライラは敗けちゃった。ライラ一人じゃ、あの魔導士には勝てなかった。だから、こうするしか……あいつの物になるしか、なかったの」
ライラは再び、首輪に触る。
「でもね。みんなには、お世話になったから。だからせめてもの恩返しに、一つ頼みごとをしたんだよ」
「頼みごと……?」
「うん。ライラが魔導士の物になる代わりに、みんなをここから出して欲しいって。一緒には行けないけど、みんなは旅を続けれるんだよ」
なんだと。あのふざけた条件は、ライラ自らが提示したってことなのか。自らを犠牲に、俺たちの安全を保障したっていうのか……?
「ね、わかるでしょ。こうするのが、一番の方法なんだよ。もうこうするしか、ライラも、桜下たちも生きる術はない」
こうするしか……生きる術はない……
ライラはゆっくりと顔を上げ、初めて俺をまっすぐに見た。
「だから、ここでお別れしよう。桜下」
ギイィ……
扉が開かれ、地下牢獄に一人の魔導士が入ってきた。魔導士の名はハザール。年老い、細くしなびた枯れ木のような老魔導士は、車いすに乗っていた。胸元には奇妙な、鱗のような首飾りがかけてある。命の輝きが尽きつつある彼の中で、色違いの双眸だけが、異様に爛々とした光を放っていた。
「さて……ライラ。起きているかね?」
老魔導士は、しわがれた声で牢の中へと呼びかけた。大きな牢屋の中には、小さな女の子が一人、ぽつんとうずくまっている。
「ライラ。今日はお前の為に、お客様を連れてきてやったぞ」
「っ」
うずくまっていたライラは、ばっと顔を上げた。そしてよたよたと四つん這いで、鉄格子のそばまでやって来る。
「みんなを……桜下たちを、連れてきたの?」
「ああ、そうじゃとも。ほれ、入りたまえ」
老魔導士が振り向いて手招きをすると、扉が開いて、何者かが部屋に入ってきた。その誰かが格子に近づくと、ライラは目を見開いた。
「桜下……!」
ライラの見知った少年が、そこにはいた。奇妙に無表情だが、どこも怪我してはいない。無事にダンジョンを突破したんだと、ライラはほっとし、それと同時につんと鼻の奥が痛んだ。
「桜下……おうかぁ……」
ライラは鉄格子のすき間から、目の前の少年に向かって手を伸ばした。しかし少年は、その手からふいと目を逸らしてしまった。
「え……桜下……?」
ライラの伸ばした手は、取られることなく、だらりと垂れた。それを見た老魔導士がニヤニヤと笑う。
「ヒッヒッヒ。感動の再会を邪魔して悪いがの、彼がお前に話があるそうなんじゃ」
「話……?」
「ああ。さあ、話したまえ」
老魔導士に促されると、少年はライラの目を見ないまま口を開く。
「ライラ……」
その声は、確かに少年のものであったものの、感情というものが全て抜け落ちたような、ひどく無機質な声であった。
「桜下……?どうしちゃったの?それに、おねーちゃんとか、他のみんなは?」
「ああ……みんなには、待ってもらってる。アルルカも無事だよ」
……?そこでどうしてアルルカなんだと、ライラは少し疑問に思ったが、すぐにそれも喜びで吹き飛んだ。
「そう……でもじゃあ、みんな脱出できたんだね!すごいや、ライラ信じてたもん!」
「……」
ライラが声を弾ませても、少年の顔色は優れない。むしろ、どんどん青ざめていくようですらあった。
「ライラ……俺たち、ダンジョンを脱出できたわけじゃないんだ」
「え?でも、今……」
「抜け出したんじゃない。出して貰ったんだ」
「どういうこと……?」
「俺たちは、出られなかったんだよ。自分たちの力じゃどうにもならなくて、助けてもらった。俺たちは、敗けたんだ」
「まけ、た……?桜下たちが……?」
ライラには、少年の言葉が信じられなかった。今まで、どんな窮地も脱してきた彼らが、こんなにもあっけなく敗けを認めるなんて……
「でも……でも!なら、今からでもいい!戦おうよ!それで、そこのじじいをやっつけて、それでここから逃げ出そう?」
「無理だよ……俺たちが地下でどんな目に遭ったか、知らないだろ?もう俺たちには、戦う力は残っていないんだ……」
少年の言葉は、氷のナイフのように、ライラの胸を冷たくえぐった。まるで、何も知らないライラを非難するような口ぶりだ。確かにライラは、彼らの苦労を知らない。けれど、ライラだって、牢屋の中でずっと昼寝していたわけじゃないのに……
「おう、か……」
「だけどな、ライラ。一つだけ、俺たちがここを抜け出す方法があるんだ」
「っ!それ、なに?ライラ、何でも手伝うよ!」
「そうか。なら……ライラ。お前は、ここに残ってくれ」
それは、どういう意味?そう言ったつもりだったが、ライラの言葉はかすれた吐息にしかなっていなかった。それくらい、今の発言は衝撃的だった。
「……」
「魔導士が約束したんだ。お前を差し出せば、俺たち全員を出してくれるって。俺、こんなところで死にたくないよ。な?分かってくれるよな」
ライラは口が動かなかったので、ただ、ふる、ふる、と首を横に振った。
「ライラ。お前ひとりで、全員が助かるんだ。それに、お前も死ぬわけじゃない。そうだ、こう考えてみろよ。お前は、魔導士に弟子入りするんだ。ここでなら、もっと優れた魔法を教えてもらえるぞ」
ライラはさっきよりも激しく、首を振った。
「……そっか。残念だ」
少年の声には、はっきりとした失望が感じ取れた。ライラは思わず、すがるように手を伸ばす。しかし少年は、その小さな手を握ろうとはしなかった。
「ごめんな。それでも、こうするしかないんだ……ここでお別れだ、ライラ」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「あ、それでライラ、どうして……ライラ?」
ふと、違和感に気付く。せっかく再会できたっていうのに、ライラはこちらをちらりとも見ようとしない。口も開かず、うつむいたままだ。それに……
「ライラ、さん……?なんですか、その、首輪は……」
ウィルが途切れがちに問いかける。ほ、本当だ……ライラの首に、革の首輪がはまっている。あんなもの、前にはしていなかったぞ……?
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「おい、お前!なんなんだよ、ライラに何してるんだ!」
俺は格子のすき間に限界まで顔を近づけ、男に向かって吠えた。こいつ、何のつもりだ!
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俺が歯を剥きながら怒鳴っても、男は眉一つ動かさなかった。くうぅ、相変わらず、何考えているか分からないヤローだ。そのまま返事は戻ってこないと思われたが、予想に反して、男は口を開いた。
「いいだろう」
「ふんっ!それでハイそうですかって言うわけないとは思ってたさ。お前たちが素直に従うわけが……」
「ちょちょちょ、ちょっと桜下さん!ストップ、いったんストップ!今、何て言いました?」
え?さっき男は、いいだろうって……
「え?」
「聞こえなかったか。いいだろうと言ったんだ」
二度も!聞き間違いではなかったようだ。どういう心境の変化だ?
「えっと……俺たちを、ここから出してくれるのか?」
「そう言っている」
男は表情一つ変えずに、さらりと言った。そのせいでイマイチ素直に受け取りづらいが、やはりこいつは、俺たちに協力してくれるみたいだ。
(意図が分からないけど……)
ひょっとして、ライラが説得に成功したのだろうか?だから一緒に転移してきたとか……何にしても、ラッキーだぜ!
「そ、そうか!よかった、助かるよ。なら早く……」
「ただし。条件がある」
「……なに?」
自分の顔が、どんどん渋くなっていくのが分かる。
「……いちおう、聞こうか。なんだ、条件って?」
「この娘を、ハザール様に差し出すのだ」
「んなっ……!」
男はライラの首に繋がった鎖を、じゃらりと持ち上げた。
「ふっ……ざけんな!んな馬鹿な条件があるか!」
「馬鹿ではない。一人と残り全員を交換しようというのだ。比率で考えればむしろ、お前たちはハザール様の恩情に感謝するべきだ」
これにはさすがに、俺たち全員の緒が切れた。
「てめえ!」「ふざけるのも!」「大概に!」「してください!」
鉄格子を掴んでめいめいが喚き始めたので、男は話にならんとばかりに目を閉じてしまった。
「……はぁ、はぁ。いいか、つまりだな……けほ」
さんざん叫んだせいで、息が……今まで溜まりに溜まった鬱憤が噴出したせいだ、くそっ。
「……それで、お前たちが言いたいことは全てか?それならば、こちらの話も聞いてもらおうか」
「オ、コ、ト、ワ、リだっ!誰が、てめえのふざけた話なんか……」
俺がじろりと睨むと、赤髪の男はなぜか首を振った。
「私ではない。この子の話を、だ」
男はそう言って、ライラの背中を押して、前に出させた。あれ……?そういや、どうしてライラは黙りっぱなしなんだ?自分を差し出せとかいう、ふざけた話が勃発していたっていうのに……?
「ライラ……お前、どうかしたのか……?」
「……桜下」
この数分間で初めて、そして何日かぶりに聞いたライラの声は、別人かと思うくらい感情がこもっていなかった。久々に聞いたせいで錯覚しているのか?いいや、この子の声は、いつももっと……
「ラ、」
「桜下。ライラは……ここに、残ることにするよ」
は……?
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「そ……それは、どういう意味だ?」
「ごめん」
「なんで、謝るんだ……意味が分からないぞ。ライラ!」
ライラはうつむくと、自分の首元……首輪に触れる。
「ライラは……もうこれ以上、痛いのは嫌なの」
「え……?」
「桜下は、知らないんだよ。ライラがどんな目に遭わされたのか。みんなが早く助けに来てくれなかったから、ライラは酷いこと、たくさんされたんだ」
なん、だと……ウィルが息をのんだ。俺はぎゅうっと、鉄格子を握る手に力をこめる。
「ごめん……ごめんな、ライラ。確かにそれは知らなかった。けど、もう大丈夫だ。ここが開きさえすれば、あとはもう逃げるだけさ。そしたら一緒に」
「無理だよ。ここは桜下が思ってるほど、簡単に逃げ出せるところじゃないんだ」
ライラはぴしゃりと、俺の言葉を跳ねのけた。
「どうしてだ……!無理なんてことない!俺たち、ずっと一緒に、いろんな壁を乗り越えてきたじゃないか!」
「じゃあ、この扉はどうするの?ここの鍵は、あの魔導士しか持ってないんだよ。脱出する方法は見つかったの?」
「そ、れは」
「無いんだよね。だから、ずっとそこにいるんだもんね」
ライラの言葉は、一言一言が胸を刺すようだった。ウィルはもはや半泣きになっている。
「ライラさん……!どうして、そんなことを言うんですか。ライラさんは、私を……私たちを、信じてくれないんですか?」
「……」
ライラはうつむいたまま、顔を上げない。
「ライラさん……返事を、してください。ライラさん……」
ウィルはいよいよ泣き崩れてしまった。俺だって泣きたいくらいだ。ライラは俺にも、ウィルにも懐いてくれていた。もちろん俺たちだって、ライラが大好きだ。だからこそ、無視をされるのは耐えがたい苦痛だった。
「ライラ……俺たちを、信じられないのか」
俺はウィルと同じ質問をした。するとライラは、ゆるゆると首を振る。
「ごめんね、桜下。ライラ、信じたかったよ。でも、ライラは敗けちゃった。ライラ一人じゃ、あの魔導士には勝てなかった。だから、こうするしか……あいつの物になるしか、なかったの」
ライラは再び、首輪に触る。
「でもね。みんなには、お世話になったから。だからせめてもの恩返しに、一つ頼みごとをしたんだよ」
「頼みごと……?」
「うん。ライラが魔導士の物になる代わりに、みんなをここから出して欲しいって。一緒には行けないけど、みんなは旅を続けれるんだよ」
なんだと。あのふざけた条件は、ライラ自らが提示したってことなのか。自らを犠牲に、俺たちの安全を保障したっていうのか……?
「ね、わかるでしょ。こうするのが、一番の方法なんだよ。もうこうするしか、ライラも、桜下たちも生きる術はない」
こうするしか……生きる術はない……
ライラはゆっくりと顔を上げ、初めて俺をまっすぐに見た。
「だから、ここでお別れしよう。桜下」
ギイィ……
扉が開かれ、地下牢獄に一人の魔導士が入ってきた。魔導士の名はハザール。年老い、細くしなびた枯れ木のような老魔導士は、車いすに乗っていた。胸元には奇妙な、鱗のような首飾りがかけてある。命の輝きが尽きつつある彼の中で、色違いの双眸だけが、異様に爛々とした光を放っていた。
「さて……ライラ。起きているかね?」
老魔導士は、しわがれた声で牢の中へと呼びかけた。大きな牢屋の中には、小さな女の子が一人、ぽつんとうずくまっている。
「ライラ。今日はお前の為に、お客様を連れてきてやったぞ」
「っ」
うずくまっていたライラは、ばっと顔を上げた。そしてよたよたと四つん這いで、鉄格子のそばまでやって来る。
「みんなを……桜下たちを、連れてきたの?」
「ああ、そうじゃとも。ほれ、入りたまえ」
老魔導士が振り向いて手招きをすると、扉が開いて、何者かが部屋に入ってきた。その誰かが格子に近づくと、ライラは目を見開いた。
「桜下……!」
ライラの見知った少年が、そこにはいた。奇妙に無表情だが、どこも怪我してはいない。無事にダンジョンを突破したんだと、ライラはほっとし、それと同時につんと鼻の奥が痛んだ。
「桜下……おうかぁ……」
ライラは鉄格子のすき間から、目の前の少年に向かって手を伸ばした。しかし少年は、その手からふいと目を逸らしてしまった。
「え……桜下……?」
ライラの伸ばした手は、取られることなく、だらりと垂れた。それを見た老魔導士がニヤニヤと笑う。
「ヒッヒッヒ。感動の再会を邪魔して悪いがの、彼がお前に話があるそうなんじゃ」
「話……?」
「ああ。さあ、話したまえ」
老魔導士に促されると、少年はライラの目を見ないまま口を開く。
「ライラ……」
その声は、確かに少年のものであったものの、感情というものが全て抜け落ちたような、ひどく無機質な声であった。
「桜下……?どうしちゃったの?それに、おねーちゃんとか、他のみんなは?」
「ああ……みんなには、待ってもらってる。アルルカも無事だよ」
……?そこでどうしてアルルカなんだと、ライラは少し疑問に思ったが、すぐにそれも喜びで吹き飛んだ。
「そう……でもじゃあ、みんな脱出できたんだね!すごいや、ライラ信じてたもん!」
「……」
ライラが声を弾ませても、少年の顔色は優れない。むしろ、どんどん青ざめていくようですらあった。
「ライラ……俺たち、ダンジョンを脱出できたわけじゃないんだ」
「え?でも、今……」
「抜け出したんじゃない。出して貰ったんだ」
「どういうこと……?」
「俺たちは、出られなかったんだよ。自分たちの力じゃどうにもならなくて、助けてもらった。俺たちは、敗けたんだ」
「まけ、た……?桜下たちが……?」
ライラには、少年の言葉が信じられなかった。今まで、どんな窮地も脱してきた彼らが、こんなにもあっけなく敗けを認めるなんて……
「でも……でも!なら、今からでもいい!戦おうよ!それで、そこのじじいをやっつけて、それでここから逃げ出そう?」
「無理だよ……俺たちが地下でどんな目に遭ったか、知らないだろ?もう俺たちには、戦う力は残っていないんだ……」
少年の言葉は、氷のナイフのように、ライラの胸を冷たくえぐった。まるで、何も知らないライラを非難するような口ぶりだ。確かにライラは、彼らの苦労を知らない。けれど、ライラだって、牢屋の中でずっと昼寝していたわけじゃないのに……
「おう、か……」
「だけどな、ライラ。一つだけ、俺たちがここを抜け出す方法があるんだ」
「っ!それ、なに?ライラ、何でも手伝うよ!」
「そうか。なら……ライラ。お前は、ここに残ってくれ」
それは、どういう意味?そう言ったつもりだったが、ライラの言葉はかすれた吐息にしかなっていなかった。それくらい、今の発言は衝撃的だった。
「……」
「魔導士が約束したんだ。お前を差し出せば、俺たち全員を出してくれるって。俺、こんなところで死にたくないよ。な?分かってくれるよな」
ライラは口が動かなかったので、ただ、ふる、ふる、と首を横に振った。
「ライラ。お前ひとりで、全員が助かるんだ。それに、お前も死ぬわけじゃない。そうだ、こう考えてみろよ。お前は、魔導士に弟子入りするんだ。ここでなら、もっと優れた魔法を教えてもらえるぞ」
ライラはさっきよりも激しく、首を振った。
「……そっか。残念だ」
少年の声には、はっきりとした失望が感じ取れた。ライラは思わず、すがるように手を伸ばす。しかし少年は、その小さな手を握ろうとはしなかった。
「ごめんな。それでも、こうするしかないんだ……ここでお別れだ、ライラ」
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彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
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