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14章 痛みの意味
10-1 地上を目指せ
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10-1 地上を目指せ
「遅いよ……桜下……」
「ごめん……ごめんな……」
俺は飛び込んできたライラを、めいっぱいぎゅうっと抱きしめた。ふわふわの髪の感触。ああ、久しぶりだ。
「ううん……謝らないで。ちゃんと来てくれたもん。けど、どうして戻ってきて……?」
「うん?戻ってくる?……あ、ひょっとしてライラも、俺たちの幻を見せられたのか?」
「まぼ、ろし……?」
「ああ。実は俺たちのとこにも、ライラの幻が現れたんだ」
「だから、ここでお別れしよう。桜下」
おわ、かれ……?俺はライラの言ったことが、信じられなかった。
薄暗いダンジョンの小部屋で、鉄格子の向こうに立つライラは、確かに俺たちに別れを告げた。でも、そんな……そんな馬鹿な!ライラがそんなこと、言うわけないじゃないか!だって、ライラは、ライラは……
「もういい加減、諦めたらどうだ」
横槍を入れてきたのは、寡黙な赤髪の男だ。男は感情を見せない顔で、冷たくこちらを見ている。
「この少女は、自らを捧げんとしているのだ。いつまでも未練がましくすがるのは、彼女の気高い決意を侮辱する行為だ」
侮辱……?俺が食い下がれば食い下がるほど、ライラをかえって苦しめることになるのか?
「けど……こんなこと、認められるわけないだろうが!」
俺は鉄格子に頭を打ち付けた。どうすりゃいいんだ!今の俺たちは、この格子の外に出ることすらできないっていうのに……!
「ええ、その通りです!」
え?俺も、そして他の仲間たちも、一斉に声のした方を見た。大声で叫んだのは、さっきまで泣き崩れていたはずのウィルだ。ウィルはまだ鼻声だったし、頬も濡れている。だがそれでも、しっかり前を向いて、杖をぎゅっと握り締めていた。
「ウィル……?」
「私の知るライラさんは、こんなに簡単に諦めたりしません!私の知る彼女は……私の師匠の彼女は、自分の腕に誇りを持っています!自分より格下の相手にへりくだるなんて、絶対にしない!」
ウィルはきっぱりと言い切った。ウィルのやつ、ライラをそんな風に……一方で、当人であるライラは顔色一つ変えない。無視しているのか?いや、というよりはむしろ、最初から聞こえていないかのようだ……?
「今、その化けの皮を剥いでやります!」
ウィルはロッドを構えると、早口で呪文を唱え始めた。魔法を?けどこの鉄格子の破壊はできないって、さっき試したばかりじゃないか。それなら、ウィルの狙いは……?
「いけっ!ファイアフライ!」
ポンポンポン!ウィルの放った蛍光色の火の玉は、こちら側じゃなくて、鉄格子の向こう側に現れた。あ、そうか!格子を破壊することは出来なくても、その向こう側に魔法で干渉することは可能なんだ!
突如出現した火の玉に、男もさすがに寡黙さを崩し、驚いた顔をしている。
「いいぞ!そいつを焼いちまえば……って、ええ!?」
俺はてっきり、男を攻撃して、ライラを自由にするつもりだとばかり思っていた。だがあろうことか、ウィルの魔法は、ライラに向かって飛んでいく!
「おい、ウィッ……!」
俺が止める間もなく、無数の火の玉は、ライラの全身に直撃した。
パンッ!パシャ。
「は……?」
風船が割れたような音がして、小さな水たまりが広がった。ついさっきまで、ライラが立っていた場所に、だ。そしてライラの姿は、どこにも無くなっていた。
こ、これは!
「まさか、水の幻影……!魔法だったのか!」
以前、王都で見た幻影魔法!あん時も同じだ!屈強なオーガの幻は、最後は水になって弾けてしまった。さっきのライラも、それと同じだったんだ!
「やっぱり、そうだったんですね。さっきの幻は、一度も私と目が合いませんでした。初めは無視されているだけだと思いましたが、違います。ライラさん……いいえ、あの幻の術者には、私の声が聞こえていなかったんです!」
そういうことだったのか!だからライラは一度も、ウィルに返事をしなかったんだ。確かに、ウィルが呪文を唱えるのをただ黙って見ていたのも、今考えれば不自然だ。てことはつまり、その術者ってやつは、ウィルの呪文を予期できなかった人物ってことになる。この場にいて、ウィルの存在を知覚できていないのは、ただ一人。
「そいつだ!その男が、幻を操っていたんだ!」
俺が叫んだことで、赤髪の男はようやく我に返ったようだ。策略が失敗したと分かると、素早くポケットに手を突っ込み、そこから巻紙を取り出した。スクロールだ!
「スノーフレーク!」
「ぐああ!」
パキパキパキ!今まさにスクロールの封を切ろうとした男の指が、腕ごと凍り付いてしまった。魔法が通じると分かったアルルカが、一瞬の早業で凍結させたのだ。
「うかつね。逃すわけないじゃない」
「いいぞアルルカ!さぁーて、どんな礼をさせて貰おうか?ずいぶん趣味の悪いマネをしてくれたじゃねえか……!」
よりにもよって、ライラの姿で誑かそうとしてくるとは。手段としちゃ下の下、サイッテイだ。どんな報いを受けたって、文句は言えないだろ……!
俺は拳をバキバキ鳴らして、氷の痛さに顔をしかめる男を睨んだ。
「……てなことがあってな」
「幻影魔法……そっか、だからおねーちゃんとアルルカを間違えて……」
へ?ウィルとアルルカを?ぷはは、そりゃ笑えるな。こっちはこっちで、まぬけな間違いが起きていたらしい。だけど、腹を抱えるのは後回しだ。
「てわけだ、クソジジイ!おめえの薄汚い策略は、ぜーんぶ御破算だぜ!」
俺はビシッと言い放ったが、あいにく老魔導士は聞いちゃいなかった。暴れまわるミノタウロスがうるさすぎて、それどころじゃないんだ。ミノタウロスは穴から巨体を引っ張り出すと、目障りだとばかりに鉄格子を殴りつけた。グワジャーン!数度殴っただけで、格子はぐにゃりとひん曲がってしまった。フラン並みの馬鹿力だな。それとこの部屋には、破壊を防ぐ魔法は掛けられていないようだ。
「く、く、来るなぁ!」
老魔導士はぎゃあぎゃあ喚いて、車いすを限界まで引いている。ふん、いい気味だぜ。多少は気が晴れるな。
だがその時、老魔導士の手がローブの裾に伸び、さっきも見たスクロールを取り出したではないか。おっと、まずい!そうはさせるか!
「アルルカ!」
「わかってるわ!スノーフレーク!」
アルルカが杖をひと振りすると、銀色の冷気が老魔導士に向かって伸びていく。よし、これで封じた!
パンッ!パシャ。
え!?老魔導士の姿が、あぶくのようにはじけて消えた!
「っ!野郎、また幻影魔法か!?いつの間に!」
「ひっひっひ!優れた魔術師は、常に二手三手先を読むものじゃ」
くそ、どこだ?あ、いた!老魔導士は、扉の前に移動していた。逃げる気か?
アルルカの魔法をかわした老魔導士は、悠々とスクロールを開いた。
「ワンダーフォーゲル!」
パァー!まばゆい光に包まれ、老魔導士の姿が消えてしまった。
「ああっ、くそ!テレポートか!」
ちっ!あのジジイ、逃走手段を残してやがったのか。ワープされたんじゃ、後を追いようがない。
「ヴオオオオオ!」
突然の閃光でさらに興奮したのか、ミノタウロスは太い腕を振り回して、壁の一部を破壊してしまった。ドカアアアン!
「ウモオオオオ!」
ミノタウロスは天を仰いで雄たけびを上げると、壁の穴から外の廊下に飛び出していってしまった。よほど青空が恋しいと見える。もしくは、自身を閉じ込めていた老魔導士への復讐に燃えているか。どちらにせよ、その怒りの矛先がこちらに向かなくて助かった。
その後に続いて、スケルトンとシェードたちも部屋を出て行く。
(あいつらとの奇妙な共闘関係は、これで終わりだな)
どうしてミノタウロスやアンデッドと一緒だったのかと言うと、まあ紆余曲折あったんだが……それより今はこっちだ。
「さて……あのクソジジイに仕返しをしてやりたい気もするけど、今はそれよりも、脱出が優先だよな?」
復讐は魅力的だが、今はクレバーに行くべきだろう。俺はライラの様子を伺う。
「ライラ、立てるか?……あれ?お前、なんか髪が……」
改めて見たことで気が付いたが、ライラの髪型がびみょうに違っている気がする。というか、所々で、髪がちぎれている……?
「……っ!ライラさん、その背中の傷!どうしたんですか!」
え、傷?びっくりしてライラの目をのぞき込むと、ライラは顔を曇らせて、俺に背中を向けた。そっと赤毛を持ち上げると、その下からは……
「っ」
「ひどい……」
傷は塞がっていたが、痕ははっきり残っている。かすり傷なんてレベルじゃない。これだけの痕を残すには、それこそ常軌を逸した行為を受けないと……
「……」
俺はライラの薄い肩を掴むと、こちらを向かせた。そして胸の真ん中に右手を置く。
「……ディストーションハンド・ファズ」
ヴン。右手が輪郭を失い、わずかにライラの中へと溶け込む。これで、全ての痕は消えたはずだ。髪も元通りになった。けれど、体の傷は消えても、心が受けた傷は、そう簡単に癒えはしない。この子が受けた痛みを思うと、なおさら……
「ライラさん……」
ウィルがライラの隣にかがみ込んで、自分の胸に抱き込んだ。それを見て、俺はぎゅっと拳を握り締めた。
「……くそったれが。あの魔導士、許せねえ……!」
拳が震えるのが分かる。俺は、人生で初めて、本気の殺意を感じていた。人を殺してやりたいだなんて、生まれて初めて思った。
復讐なんて、クレバーじゃないって?クソ食らえだ!あのクソ野郎に仕返ししないと、気がおさまらねえ!それも、一発二発殴るだけじゃダメだ。ライラが受けた痛みを、そっくりそのまま返してやりたい……それであの老人が、死ぬことになってもだ。
「殺す……ぶっ殺してやる……!」
「……桜下」
……?フランがそっと、俺の震える拳に、自分の手を重ねた。
「フラン……」
「あいつを、殺すの?」
「そうだ!ライラと同じ目に遭わせてやるんだ……!」
「……わかった。じゃあ、わたしがやる。桜下たちは逃げて」
なに……?
「フラン、何言って……」
「わたしが必ず、あいつを殺す。でも、何が起こるか分からない。あなたはライラを連れて、安全なところに」
フランが何を言っているのか、分からない。難しいことは、言っていない気がするが……
(いや、そうだ。難しい事じゃない。むしろ、いつも通りのことじゃないか)
戦闘で先陣を切るのは、フランの役目だ。俺やライラは、後方に。何度もやった、俺たちの基本フォーメーション。
(今ここで、俺が戦うことを選択したら。手を汚すのは、フランになるのか……?)
……ダメだ。
俺は目を閉じて、怒りに満ち溢れた脳内を回転させた。こういう時こそ、思考を緩めちゃいけない……考えろ。この衝動に身を任せたら、どうなる?あの老魔導士を追いかける。あいつを捕まえて、ぶちのめす。ライラが受けた痛みを与えて、あの老人を殺してやる……俺の中の復讐心は、すっきりと満たされるだろう。
(バカか、俺は!)
今重要なのは俺じゃないだろ!ライラの気持ちだ!
「……ふぅー」
俺は握り拳をほどいた。上っていた血が冷める。
「……すぐに、ここを出よう。今は一秒でも早く、ライラを休ませてやりたい」
俺の下した決断に、フランは再度手を握った。
「……いいの?」
「ああ。最優先は、ライラだ。それを忘れかけてた……フラン、ありがとな」
「ううん。わたしは、あなたが決めたことに従うよ」
「よし。じゃあ、先導を頼む」
フランはこくりとうなずいて、外の様子を見に行った。
「桜下さん……」
「ウィル。ライラのそばに付いててやってくれ」
「……分かりました」
ウィルの顔は、ひどくこわばっていた。おおかた彼女も、俺とおんなじことを考えていたんだろうと思う。あの老魔道士は、許せない。許せないが、優先すべきなのは、仲間だ。
ライラは、目に見えて衰弱している。肉体もそうだが、心が、弱っているんだ。冷静になった今、それが痛いほどわかった。
(早く休ませてあげないと、取り返しがつかなくなる)
復讐なんかにかまけている場合じゃない。こんなところ、すぐに脱出すべきだ。
ウィルがライラと手を繋ぎ、フランとエラゼムが先頭に立つ。俺たちはミノタウロスが破壊していった壁の穴を通って、屋敷の出口を目指し始めた。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「遅いよ……桜下……」
「ごめん……ごめんな……」
俺は飛び込んできたライラを、めいっぱいぎゅうっと抱きしめた。ふわふわの髪の感触。ああ、久しぶりだ。
「ううん……謝らないで。ちゃんと来てくれたもん。けど、どうして戻ってきて……?」
「うん?戻ってくる?……あ、ひょっとしてライラも、俺たちの幻を見せられたのか?」
「まぼ、ろし……?」
「ああ。実は俺たちのとこにも、ライラの幻が現れたんだ」
「だから、ここでお別れしよう。桜下」
おわ、かれ……?俺はライラの言ったことが、信じられなかった。
薄暗いダンジョンの小部屋で、鉄格子の向こうに立つライラは、確かに俺たちに別れを告げた。でも、そんな……そんな馬鹿な!ライラがそんなこと、言うわけないじゃないか!だって、ライラは、ライラは……
「もういい加減、諦めたらどうだ」
横槍を入れてきたのは、寡黙な赤髪の男だ。男は感情を見せない顔で、冷たくこちらを見ている。
「この少女は、自らを捧げんとしているのだ。いつまでも未練がましくすがるのは、彼女の気高い決意を侮辱する行為だ」
侮辱……?俺が食い下がれば食い下がるほど、ライラをかえって苦しめることになるのか?
「けど……こんなこと、認められるわけないだろうが!」
俺は鉄格子に頭を打ち付けた。どうすりゃいいんだ!今の俺たちは、この格子の外に出ることすらできないっていうのに……!
「ええ、その通りです!」
え?俺も、そして他の仲間たちも、一斉に声のした方を見た。大声で叫んだのは、さっきまで泣き崩れていたはずのウィルだ。ウィルはまだ鼻声だったし、頬も濡れている。だがそれでも、しっかり前を向いて、杖をぎゅっと握り締めていた。
「ウィル……?」
「私の知るライラさんは、こんなに簡単に諦めたりしません!私の知る彼女は……私の師匠の彼女は、自分の腕に誇りを持っています!自分より格下の相手にへりくだるなんて、絶対にしない!」
ウィルはきっぱりと言い切った。ウィルのやつ、ライラをそんな風に……一方で、当人であるライラは顔色一つ変えない。無視しているのか?いや、というよりはむしろ、最初から聞こえていないかのようだ……?
「今、その化けの皮を剥いでやります!」
ウィルはロッドを構えると、早口で呪文を唱え始めた。魔法を?けどこの鉄格子の破壊はできないって、さっき試したばかりじゃないか。それなら、ウィルの狙いは……?
「いけっ!ファイアフライ!」
ポンポンポン!ウィルの放った蛍光色の火の玉は、こちら側じゃなくて、鉄格子の向こう側に現れた。あ、そうか!格子を破壊することは出来なくても、その向こう側に魔法で干渉することは可能なんだ!
突如出現した火の玉に、男もさすがに寡黙さを崩し、驚いた顔をしている。
「いいぞ!そいつを焼いちまえば……って、ええ!?」
俺はてっきり、男を攻撃して、ライラを自由にするつもりだとばかり思っていた。だがあろうことか、ウィルの魔法は、ライラに向かって飛んでいく!
「おい、ウィッ……!」
俺が止める間もなく、無数の火の玉は、ライラの全身に直撃した。
パンッ!パシャ。
「は……?」
風船が割れたような音がして、小さな水たまりが広がった。ついさっきまで、ライラが立っていた場所に、だ。そしてライラの姿は、どこにも無くなっていた。
こ、これは!
「まさか、水の幻影……!魔法だったのか!」
以前、王都で見た幻影魔法!あん時も同じだ!屈強なオーガの幻は、最後は水になって弾けてしまった。さっきのライラも、それと同じだったんだ!
「やっぱり、そうだったんですね。さっきの幻は、一度も私と目が合いませんでした。初めは無視されているだけだと思いましたが、違います。ライラさん……いいえ、あの幻の術者には、私の声が聞こえていなかったんです!」
そういうことだったのか!だからライラは一度も、ウィルに返事をしなかったんだ。確かに、ウィルが呪文を唱えるのをただ黙って見ていたのも、今考えれば不自然だ。てことはつまり、その術者ってやつは、ウィルの呪文を予期できなかった人物ってことになる。この場にいて、ウィルの存在を知覚できていないのは、ただ一人。
「そいつだ!その男が、幻を操っていたんだ!」
俺が叫んだことで、赤髪の男はようやく我に返ったようだ。策略が失敗したと分かると、素早くポケットに手を突っ込み、そこから巻紙を取り出した。スクロールだ!
「スノーフレーク!」
「ぐああ!」
パキパキパキ!今まさにスクロールの封を切ろうとした男の指が、腕ごと凍り付いてしまった。魔法が通じると分かったアルルカが、一瞬の早業で凍結させたのだ。
「うかつね。逃すわけないじゃない」
「いいぞアルルカ!さぁーて、どんな礼をさせて貰おうか?ずいぶん趣味の悪いマネをしてくれたじゃねえか……!」
よりにもよって、ライラの姿で誑かそうとしてくるとは。手段としちゃ下の下、サイッテイだ。どんな報いを受けたって、文句は言えないだろ……!
俺は拳をバキバキ鳴らして、氷の痛さに顔をしかめる男を睨んだ。
「……てなことがあってな」
「幻影魔法……そっか、だからおねーちゃんとアルルカを間違えて……」
へ?ウィルとアルルカを?ぷはは、そりゃ笑えるな。こっちはこっちで、まぬけな間違いが起きていたらしい。だけど、腹を抱えるのは後回しだ。
「てわけだ、クソジジイ!おめえの薄汚い策略は、ぜーんぶ御破算だぜ!」
俺はビシッと言い放ったが、あいにく老魔導士は聞いちゃいなかった。暴れまわるミノタウロスがうるさすぎて、それどころじゃないんだ。ミノタウロスは穴から巨体を引っ張り出すと、目障りだとばかりに鉄格子を殴りつけた。グワジャーン!数度殴っただけで、格子はぐにゃりとひん曲がってしまった。フラン並みの馬鹿力だな。それとこの部屋には、破壊を防ぐ魔法は掛けられていないようだ。
「く、く、来るなぁ!」
老魔導士はぎゃあぎゃあ喚いて、車いすを限界まで引いている。ふん、いい気味だぜ。多少は気が晴れるな。
だがその時、老魔導士の手がローブの裾に伸び、さっきも見たスクロールを取り出したではないか。おっと、まずい!そうはさせるか!
「アルルカ!」
「わかってるわ!スノーフレーク!」
アルルカが杖をひと振りすると、銀色の冷気が老魔導士に向かって伸びていく。よし、これで封じた!
パンッ!パシャ。
え!?老魔導士の姿が、あぶくのようにはじけて消えた!
「っ!野郎、また幻影魔法か!?いつの間に!」
「ひっひっひ!優れた魔術師は、常に二手三手先を読むものじゃ」
くそ、どこだ?あ、いた!老魔導士は、扉の前に移動していた。逃げる気か?
アルルカの魔法をかわした老魔導士は、悠々とスクロールを開いた。
「ワンダーフォーゲル!」
パァー!まばゆい光に包まれ、老魔導士の姿が消えてしまった。
「ああっ、くそ!テレポートか!」
ちっ!あのジジイ、逃走手段を残してやがったのか。ワープされたんじゃ、後を追いようがない。
「ヴオオオオオ!」
突然の閃光でさらに興奮したのか、ミノタウロスは太い腕を振り回して、壁の一部を破壊してしまった。ドカアアアン!
「ウモオオオオ!」
ミノタウロスは天を仰いで雄たけびを上げると、壁の穴から外の廊下に飛び出していってしまった。よほど青空が恋しいと見える。もしくは、自身を閉じ込めていた老魔導士への復讐に燃えているか。どちらにせよ、その怒りの矛先がこちらに向かなくて助かった。
その後に続いて、スケルトンとシェードたちも部屋を出て行く。
(あいつらとの奇妙な共闘関係は、これで終わりだな)
どうしてミノタウロスやアンデッドと一緒だったのかと言うと、まあ紆余曲折あったんだが……それより今はこっちだ。
「さて……あのクソジジイに仕返しをしてやりたい気もするけど、今はそれよりも、脱出が優先だよな?」
復讐は魅力的だが、今はクレバーに行くべきだろう。俺はライラの様子を伺う。
「ライラ、立てるか?……あれ?お前、なんか髪が……」
改めて見たことで気が付いたが、ライラの髪型がびみょうに違っている気がする。というか、所々で、髪がちぎれている……?
「……っ!ライラさん、その背中の傷!どうしたんですか!」
え、傷?びっくりしてライラの目をのぞき込むと、ライラは顔を曇らせて、俺に背中を向けた。そっと赤毛を持ち上げると、その下からは……
「っ」
「ひどい……」
傷は塞がっていたが、痕ははっきり残っている。かすり傷なんてレベルじゃない。これだけの痕を残すには、それこそ常軌を逸した行為を受けないと……
「……」
俺はライラの薄い肩を掴むと、こちらを向かせた。そして胸の真ん中に右手を置く。
「……ディストーションハンド・ファズ」
ヴン。右手が輪郭を失い、わずかにライラの中へと溶け込む。これで、全ての痕は消えたはずだ。髪も元通りになった。けれど、体の傷は消えても、心が受けた傷は、そう簡単に癒えはしない。この子が受けた痛みを思うと、なおさら……
「ライラさん……」
ウィルがライラの隣にかがみ込んで、自分の胸に抱き込んだ。それを見て、俺はぎゅっと拳を握り締めた。
「……くそったれが。あの魔導士、許せねえ……!」
拳が震えるのが分かる。俺は、人生で初めて、本気の殺意を感じていた。人を殺してやりたいだなんて、生まれて初めて思った。
復讐なんて、クレバーじゃないって?クソ食らえだ!あのクソ野郎に仕返ししないと、気がおさまらねえ!それも、一発二発殴るだけじゃダメだ。ライラが受けた痛みを、そっくりそのまま返してやりたい……それであの老人が、死ぬことになってもだ。
「殺す……ぶっ殺してやる……!」
「……桜下」
……?フランがそっと、俺の震える拳に、自分の手を重ねた。
「フラン……」
「あいつを、殺すの?」
「そうだ!ライラと同じ目に遭わせてやるんだ……!」
「……わかった。じゃあ、わたしがやる。桜下たちは逃げて」
なに……?
「フラン、何言って……」
「わたしが必ず、あいつを殺す。でも、何が起こるか分からない。あなたはライラを連れて、安全なところに」
フランが何を言っているのか、分からない。難しいことは、言っていない気がするが……
(いや、そうだ。難しい事じゃない。むしろ、いつも通りのことじゃないか)
戦闘で先陣を切るのは、フランの役目だ。俺やライラは、後方に。何度もやった、俺たちの基本フォーメーション。
(今ここで、俺が戦うことを選択したら。手を汚すのは、フランになるのか……?)
……ダメだ。
俺は目を閉じて、怒りに満ち溢れた脳内を回転させた。こういう時こそ、思考を緩めちゃいけない……考えろ。この衝動に身を任せたら、どうなる?あの老魔導士を追いかける。あいつを捕まえて、ぶちのめす。ライラが受けた痛みを与えて、あの老人を殺してやる……俺の中の復讐心は、すっきりと満たされるだろう。
(バカか、俺は!)
今重要なのは俺じゃないだろ!ライラの気持ちだ!
「……ふぅー」
俺は握り拳をほどいた。上っていた血が冷める。
「……すぐに、ここを出よう。今は一秒でも早く、ライラを休ませてやりたい」
俺の下した決断に、フランは再度手を握った。
「……いいの?」
「ああ。最優先は、ライラだ。それを忘れかけてた……フラン、ありがとな」
「ううん。わたしは、あなたが決めたことに従うよ」
「よし。じゃあ、先導を頼む」
フランはこくりとうなずいて、外の様子を見に行った。
「桜下さん……」
「ウィル。ライラのそばに付いててやってくれ」
「……分かりました」
ウィルの顔は、ひどくこわばっていた。おおかた彼女も、俺とおんなじことを考えていたんだろうと思う。あの老魔道士は、許せない。許せないが、優先すべきなのは、仲間だ。
ライラは、目に見えて衰弱している。肉体もそうだが、心が、弱っているんだ。冷静になった今、それが痛いほどわかった。
(早く休ませてあげないと、取り返しがつかなくなる)
復讐なんかにかまけている場合じゃない。こんなところ、すぐに脱出すべきだ。
ウィルがライラと手を繋ぎ、フランとエラゼムが先頭に立つ。俺たちはミノタウロスが破壊していった壁の穴を通って、屋敷の出口を目指し始めた。
つづく
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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