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14章 痛みの意味
10-2
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10-2
「ここはまだ、地下だったよな?」
薄暗い廊下を足早に歩きながら、俺は現在地を再確認する。ついさっきまでは、ここよりもずうっと下にいた。そこから死ぬ思いで這い上がってきたもんだから、ここがまだ地下だということを忘れそうになる。
「そのはずですな。吾輩たちは、あの自動で昇降する箱に乗って、ここまで下りてまいりました」
「じゃあ、またあれに乗るしかないか」
俺の記憶にある限り、地上へ上る手段はあれしかない。他に階段とかもあるのかもしれないが、場所を知らなかった。
「けどあの箱って、魔導士が命令しないと動かないんじゃなかったですか?」
ウィルにそう言われて、思い出した。確かに、あれは魔法が動力のエレベーターもどきだ。電気で動く機械じゃないから、当然、操作パネルはくっ付いていない。
「そうだった、どうすっかな……」
「いいわよ。穴が開いてさえすれば、あとはあたしがどうにかしてあげるわ」
ほう?アルルカのやつ、意外と頼もしいな。よし、やつの言葉を信じよう。
地下の廊下は、ミノタウロスたちがドスドス走って行ったせいで、壁の照明が壊されていたり、置かれていた荷物が散乱していたりした。くそ、歩きにくいったらありゃしない。
「ねえ……」
ん?散らばった魔導書の山を蹴飛ばしながら進んでいると、ライラがぽつりとつぶやいた。
「みんなは、どうやって出てきたの……?」
「ん?ああ。あのダンジョンをってことだろ?そっか、まだ説明してなかったな」
あのミノタウロスと、大量の死霊たち。そしてなにより、ロウランの活躍によって、俺たちは地下の迷宮から脱出することができたんだ。
廊下はまだまだ続きそうだ。俺は歩みを緩めずに、その時のことをかいつまんで説明し始めた。
「さあて、どうしてやろうか」
俺は拳をパキパキ鳴らしながら、赤髪の男を威嚇した。男の手は氷漬けにされ、もうスクロールを使うことはできない。ふん、ざまーみろだ!
ところが、男は腕を覆う氷に顔をしかめながらも、とくだん焦った様子はない。
「どうするだと?そちらこそ、どうするつもりだ?その鉄格子をどかす目途が立ったようには、到底見えないが」
「ぐっ……」
た、確かに。閉じ込められているっていう、根本的な問題はまだ解決していない。
「そ……それは。おい、あんた!今俺たちを出さないと、ひどい目みるぞ!」
「脅しか?残念ながら、それは私には通用しない」
かぁー、この男の態度!舐ぁーめやがって!
「いい度胸だ!俺たちだって、今は非常事態だからな。なりふり構わないぞ!」
「いいだろう。好きなだけいたぶるといい。だが、どれだけしようが、お前たちはそこから出ることはできんがな」
ああ?口を割る気は無いってことか。けど、男の口ぶりからするに、むしろ……フランが疑念を言葉にする。
「こいつ、鍵を持ってないんだ」
男はこくりとうなずいた。
「もともと、お前たちを外に出す気はなかった。お前たちがあの少女を見捨てると口にすれば、それを録音して、あの少女に聞かせる計画だったからな」
な、なんだと!どこまでも汚ねえこと考えやがる!
「お前ら、どこまで腐ってるんだ!くそ、だったらお前を人質に取ってやる!そんであのジジイに鍵を持ってこさせる!」
「無駄だ。ハザール様は、私を捨てる方を選択するだろう」
俺は絶句した。男は淡々と事実を口にしている様子だ。こ、こいつらの関係って、どうなっているんだ?ああそうか、奴隷と主人だったっけか……
「けど、なら……なら!俺たちは、一体どうすれば……」
「お困りなの?それなら、アタシが手を貸したげよっか♪」
え?次の瞬間、俺は掴んでいた鉄格子が、ぐにゃりとひん曲がるのを感じた。
「リードアメーバ!」
え、え?見る間に格子が崩れて、どろどろと溶けていく。こ、こんなの、ずいぶん前にも見たことが……そうだ、俺がこの世界に来たての頃、牢屋にぶち込まれた時に……
「でも、あいつはもう……」
「むぅ。あいつって誰?これをやったのは、ア・タ・シ!」
むぎゅ。頬を挟まれたかと思うと、ぐいっと首を曲げられた。鼻同士がくっつきそうなほど近くに、薄桃色の髪をした、可愛らしい女の子の顔がある……
「って、ろ、ロウラン?」
「そうなの♪ダーリン、こんな短い間なのに、もう忘れちゃったの?」
「い、いや、そういうわけじゃ。ち、近い近い!とりあえず、放してくれって」
むくれたロウランは、ようやく俺の顔を放した。ウィルが驚いた様子で、溶けた鉄格子とロウランとを交互に見比べている。
「こ、これ、ロウランさんがやったんですか?」
「うん。これが邪魔だったんでしょ?」
「で、でも。このダンジョンの物は、どんなにやっても壊せないはずなのに……」
「壊したんじゃないの。ちょっと形を変えただけ」
どこが、ちょっとなんだ?完全に原型をとどめていないが……けど、思い出した。ロウランは、金属を操る魔法が使えるんだっけ。
「ロウランの魔法で、形を変えたってことか?」
「そうなの。確かに破壊耐性はガッチガチだったけど、形状変化までは対策してなかったみたいだね。防御魔法は空間に掛けられるものだから、その範囲外となる、物体の内側から力をかける魔法に弱いの。こんなになっても一応、破壊はできないはずだよ。魔法を解除したわけじゃないから」
そ、そうなんだ、としか言いようがない。俺みたいな素人からしたら、何がどう違うのかさっぱりわからないけど。やっぱ俺に、魔法は理解不能だな。
「ば、馬鹿な。どうやって……」
ドロドロになった格子を見て、男が目を丸くしている。おおっと。さすがにこれには、あの寡黙な男も驚きを隠せないみたいだな?
「ふはーっはっはっは!さあ、これで形勢逆転だなぁ?自由になりゃ、こっちのもんよ!」
「……どうだかな。確かに檻の外には出られたようだが、この地下から出られないようでは、まるで意味がない」
「ふん!ご親切にどうも、だ。あいにくだが、そっちについちゃ、ちゃーんと策があるんだよ!」
俺はビシィ!と、男の凍った腕……その手に握られっぱなしの、スクロールを指さした。
「大方そいつは、ここを出るための手段だろ?テレポートかなにかの。どうだ?」
男は何も言わない。図星か?わははは。
「そいつを奪って、俺たちが使えばいいんだ。どうだ!」
完璧だ!ウィルがおおー、と手を叩いている。わはは、もっと褒めてくれ。
「……それは、やめた方が身のためだな」
「あん?」
男はこの期に及んで、まだいい訳をしようとしているようだ。
「見苦しいぞ。誰が騙されるか!」
「謀ろうとしているのではない。お前は、このスクロールで飛んだ先がどこになるのか、分かっているのか?」
「え?」
「どこに行くかもわからない、元は敵が持っていたスクロールを使って、絶対に安全だと言い切れるか、と訊いている」
「そ、それは……」
もしも……もしも、ワープ先が、マグマの上とかだったら。俺たちはまさしく、飛んで火にいる夏の虫……
「……はっ!そうだ、それはさっき、お前が使おうとしてただろ!飛んだ先が危険なら、お前は使うわけないだろうが!」
はい、論破だ!だが男は、あくまで冷静だ。
「私にとっては危険ではないからな。このスクロールの行き先は、ハザール様の研究室だ。それも、屋敷の最も奥の奥にある、な」
「……なに?」
「私が使えば、ただ主人の下に戻るだけだが、お前たちが使えば、敵の懐に飛び込むことになるぞ。それでもいいのか?」
「う、だ、だとしても……だったら、なんで警告なんかするんだ。お前たちからしたら、俺らが罠に嵌った方が都合いいんじゃないのかよ」
「いいや、私の帰還手段はこれしかない。確かにお前たちが使って、ハザール様に再び捕えられても構いはしない。だが、私自身も戻れないのは困る。だから別の方法を探せと言ったのだ」
う、う……あくまで合理的な理由から、こいつは警告しているってわけか。うぅーん、説得力がある……ウィルは手のひら返して、褒めて損したかしら、なんてぼやいている。この、薄情者!
「う~ん……それなら……」
「そういうことなら、別の手段で戻ればいいって思うの」
へえっ?再びロウランが、突拍子もないことを言いだした。
「あの、ロウラン?そんなのがあれば、最初から苦労はしてないんだけど……」
「うーうん。たぶん、あるの」
「え、ある?」
「うん。その方法なら、わざわざ危険な手段を取らなくて済むよ。試してみない?」
そんなのがあれば、願ったり叶ったりだが。ロウランは部屋をぐるりと見回すと、うなずいてから、俺に目を戻した。
「ダーリン。もしダーリンが防御魔法を掛けるとして……」
「あーロウラン。俺、魔法はさっぱりだぞ」
「ぷぅ。じゃあじゃあ、そうだね……自分の部屋に、絵の具かなにかを塗りたくるって考えてみて」
なんだ、そりゃ?それが今と、どう関係するんだろ。よく分からないけど、俺は自分の部屋を、白いペンキで塗りたくる想像をしてみた。懐かしいなぁ、もう遠い過去に思える、自室のイメージだ。
「してみたけど」
「どうなった?」
「どうって……そりゃ、白一色になったぞ」
「ほんとに?ほんとのほんとに、一色になった?テーブルの脚の下とか、窓ガラスなんかは、塗れてないんじゃない?」
おっと、そこまで厳密にするのか?俺はぬぅと唸って、もう一度考え直してみた。確かに、一色にはならないな。家具を全て取り除けたとしても、照明やコンセントみたいな、色を塗れない箇所が出てくる。
「まあ確かに、何か所かは無理だな」
「でしょう?防御魔法をかける時も、それと同じ感覚なんだよ。空間に対して魔法をかける時、でっぱりやへこみがあると、そこがどうしても漏れてきちゃうの」
「は、はあ……」
言っている意味は分かるが、いまいちピンとこないな。すっきりしない俺を見てか、ロウランまでうーんと考え込んでしまった。
「どう言ったらうまく説明できるかなぁ……あ、そうだ!じゃあじゃあ、アタシに色を塗るってしたら、どう?」
「は?ロウランに?」
「そう!アタシにも、でっぱりやへこみがあるでしょ?例えば」
「そこまで!」
ウィルがロウランの口を塞いだことによって、ロウランの説明は中断された。邪魔がなかったらロウランのやつ、なんて言うつもりだったんだろう?
「説明はともかく、ロウランさんの言っていることは本当です」
ふがふが言っているロウランの代わりに、ウィルが補足をしてくれた。
「真四角の空間に魔法を施すのは簡単ですが、複雑な形状に合わせるのはとても大変なんです。私なんかじゃ、とてもできません」
するとウィルに続いて、アニもちりんと揺れる。
『このダンジョンは、これだけ入り組んでいるにも関わらず、ミノタウロスの給餌口まで魔法が掛けられていました。あの魔導士は相当の腕だということになります』
ウィルもうなずいて続ける。
「ですが、ロウランさんが言ったように、どうしても漏れる箇所っていうのは出てくるんですよ。例えば、出入り口とか」
「お!出入り口って言ったら、まさにここじゃないか」
「そうです。何かが出入りする場所というのは、どうしても空間の定義が揺らぎます。つまり、この場所なら、防御魔法を打ち破ることができるかもしれない……そう言いたかったんですよね、ロウランさん?」
やっとウィルが手を放すと、ロウランはぷはっと息を吐いた。
「もぉー、全部言われちゃったの!でも、そういうことだよ。ねえ、あなた。ちょっと試して見てくれない?」
ロウランは、ちょいちょいとフランを手招いた。フランは怪訝そうな顔をする。
「何を」
「ここの、こっち側の壁。引っ掻いてみて」
ロウランが指示したのは、格子の向こう側だった方の壁だ。もしや……?フランは爪を一本突き出して、壁をガリっと引っ掻いた。
壁には、一本の深い筋傷が刻まれた。
「おおっ!」
「やっぱりなの♪」
ロウランは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。ここの壁は、壊せるんだ!俺はかぁっと、体温とテンションが上がるのを感じた。
「なら、壁をぶっ壊しちまえばいいんだ!ぶっ壊して、それから……」
「それから、どーすんのよ?みんな仲良く生き埋めにでもなる気?」
アルルカの冷めたツッコミに、俺の心も冷めていく。そうだよ、壊せたところで、ここは地下じゃないか……しなしなと萎れた俺だったが、その肩にロウランが、ふわりと手を置いた。
「だいじょーぶなの、ダーリン。アタシにまかせて?」
え……?俺がロウランを見ると、彼女はにっこり笑った。
「アタシに、いい考えがあるの。それにはダーリンにも、みんなにも協力してほしいんだ。それはね……」
ロウランは大胆な、だが画期的な作戦を話し始めた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ここはまだ、地下だったよな?」
薄暗い廊下を足早に歩きながら、俺は現在地を再確認する。ついさっきまでは、ここよりもずうっと下にいた。そこから死ぬ思いで這い上がってきたもんだから、ここがまだ地下だということを忘れそうになる。
「そのはずですな。吾輩たちは、あの自動で昇降する箱に乗って、ここまで下りてまいりました」
「じゃあ、またあれに乗るしかないか」
俺の記憶にある限り、地上へ上る手段はあれしかない。他に階段とかもあるのかもしれないが、場所を知らなかった。
「けどあの箱って、魔導士が命令しないと動かないんじゃなかったですか?」
ウィルにそう言われて、思い出した。確かに、あれは魔法が動力のエレベーターもどきだ。電気で動く機械じゃないから、当然、操作パネルはくっ付いていない。
「そうだった、どうすっかな……」
「いいわよ。穴が開いてさえすれば、あとはあたしがどうにかしてあげるわ」
ほう?アルルカのやつ、意外と頼もしいな。よし、やつの言葉を信じよう。
地下の廊下は、ミノタウロスたちがドスドス走って行ったせいで、壁の照明が壊されていたり、置かれていた荷物が散乱していたりした。くそ、歩きにくいったらありゃしない。
「ねえ……」
ん?散らばった魔導書の山を蹴飛ばしながら進んでいると、ライラがぽつりとつぶやいた。
「みんなは、どうやって出てきたの……?」
「ん?ああ。あのダンジョンをってことだろ?そっか、まだ説明してなかったな」
あのミノタウロスと、大量の死霊たち。そしてなにより、ロウランの活躍によって、俺たちは地下の迷宮から脱出することができたんだ。
廊下はまだまだ続きそうだ。俺は歩みを緩めずに、その時のことをかいつまんで説明し始めた。
「さあて、どうしてやろうか」
俺は拳をパキパキ鳴らしながら、赤髪の男を威嚇した。男の手は氷漬けにされ、もうスクロールを使うことはできない。ふん、ざまーみろだ!
ところが、男は腕を覆う氷に顔をしかめながらも、とくだん焦った様子はない。
「どうするだと?そちらこそ、どうするつもりだ?その鉄格子をどかす目途が立ったようには、到底見えないが」
「ぐっ……」
た、確かに。閉じ込められているっていう、根本的な問題はまだ解決していない。
「そ……それは。おい、あんた!今俺たちを出さないと、ひどい目みるぞ!」
「脅しか?残念ながら、それは私には通用しない」
かぁー、この男の態度!舐ぁーめやがって!
「いい度胸だ!俺たちだって、今は非常事態だからな。なりふり構わないぞ!」
「いいだろう。好きなだけいたぶるといい。だが、どれだけしようが、お前たちはそこから出ることはできんがな」
ああ?口を割る気は無いってことか。けど、男の口ぶりからするに、むしろ……フランが疑念を言葉にする。
「こいつ、鍵を持ってないんだ」
男はこくりとうなずいた。
「もともと、お前たちを外に出す気はなかった。お前たちがあの少女を見捨てると口にすれば、それを録音して、あの少女に聞かせる計画だったからな」
な、なんだと!どこまでも汚ねえこと考えやがる!
「お前ら、どこまで腐ってるんだ!くそ、だったらお前を人質に取ってやる!そんであのジジイに鍵を持ってこさせる!」
「無駄だ。ハザール様は、私を捨てる方を選択するだろう」
俺は絶句した。男は淡々と事実を口にしている様子だ。こ、こいつらの関係って、どうなっているんだ?ああそうか、奴隷と主人だったっけか……
「けど、なら……なら!俺たちは、一体どうすれば……」
「お困りなの?それなら、アタシが手を貸したげよっか♪」
え?次の瞬間、俺は掴んでいた鉄格子が、ぐにゃりとひん曲がるのを感じた。
「リードアメーバ!」
え、え?見る間に格子が崩れて、どろどろと溶けていく。こ、こんなの、ずいぶん前にも見たことが……そうだ、俺がこの世界に来たての頃、牢屋にぶち込まれた時に……
「でも、あいつはもう……」
「むぅ。あいつって誰?これをやったのは、ア・タ・シ!」
むぎゅ。頬を挟まれたかと思うと、ぐいっと首を曲げられた。鼻同士がくっつきそうなほど近くに、薄桃色の髪をした、可愛らしい女の子の顔がある……
「って、ろ、ロウラン?」
「そうなの♪ダーリン、こんな短い間なのに、もう忘れちゃったの?」
「い、いや、そういうわけじゃ。ち、近い近い!とりあえず、放してくれって」
むくれたロウランは、ようやく俺の顔を放した。ウィルが驚いた様子で、溶けた鉄格子とロウランとを交互に見比べている。
「こ、これ、ロウランさんがやったんですか?」
「うん。これが邪魔だったんでしょ?」
「で、でも。このダンジョンの物は、どんなにやっても壊せないはずなのに……」
「壊したんじゃないの。ちょっと形を変えただけ」
どこが、ちょっとなんだ?完全に原型をとどめていないが……けど、思い出した。ロウランは、金属を操る魔法が使えるんだっけ。
「ロウランの魔法で、形を変えたってことか?」
「そうなの。確かに破壊耐性はガッチガチだったけど、形状変化までは対策してなかったみたいだね。防御魔法は空間に掛けられるものだから、その範囲外となる、物体の内側から力をかける魔法に弱いの。こんなになっても一応、破壊はできないはずだよ。魔法を解除したわけじゃないから」
そ、そうなんだ、としか言いようがない。俺みたいな素人からしたら、何がどう違うのかさっぱりわからないけど。やっぱ俺に、魔法は理解不能だな。
「ば、馬鹿な。どうやって……」
ドロドロになった格子を見て、男が目を丸くしている。おおっと。さすがにこれには、あの寡黙な男も驚きを隠せないみたいだな?
「ふはーっはっはっは!さあ、これで形勢逆転だなぁ?自由になりゃ、こっちのもんよ!」
「……どうだかな。確かに檻の外には出られたようだが、この地下から出られないようでは、まるで意味がない」
「ふん!ご親切にどうも、だ。あいにくだが、そっちについちゃ、ちゃーんと策があるんだよ!」
俺はビシィ!と、男の凍った腕……その手に握られっぱなしの、スクロールを指さした。
「大方そいつは、ここを出るための手段だろ?テレポートかなにかの。どうだ?」
男は何も言わない。図星か?わははは。
「そいつを奪って、俺たちが使えばいいんだ。どうだ!」
完璧だ!ウィルがおおー、と手を叩いている。わはは、もっと褒めてくれ。
「……それは、やめた方が身のためだな」
「あん?」
男はこの期に及んで、まだいい訳をしようとしているようだ。
「見苦しいぞ。誰が騙されるか!」
「謀ろうとしているのではない。お前は、このスクロールで飛んだ先がどこになるのか、分かっているのか?」
「え?」
「どこに行くかもわからない、元は敵が持っていたスクロールを使って、絶対に安全だと言い切れるか、と訊いている」
「そ、それは……」
もしも……もしも、ワープ先が、マグマの上とかだったら。俺たちはまさしく、飛んで火にいる夏の虫……
「……はっ!そうだ、それはさっき、お前が使おうとしてただろ!飛んだ先が危険なら、お前は使うわけないだろうが!」
はい、論破だ!だが男は、あくまで冷静だ。
「私にとっては危険ではないからな。このスクロールの行き先は、ハザール様の研究室だ。それも、屋敷の最も奥の奥にある、な」
「……なに?」
「私が使えば、ただ主人の下に戻るだけだが、お前たちが使えば、敵の懐に飛び込むことになるぞ。それでもいいのか?」
「う、だ、だとしても……だったら、なんで警告なんかするんだ。お前たちからしたら、俺らが罠に嵌った方が都合いいんじゃないのかよ」
「いいや、私の帰還手段はこれしかない。確かにお前たちが使って、ハザール様に再び捕えられても構いはしない。だが、私自身も戻れないのは困る。だから別の方法を探せと言ったのだ」
う、う……あくまで合理的な理由から、こいつは警告しているってわけか。うぅーん、説得力がある……ウィルは手のひら返して、褒めて損したかしら、なんてぼやいている。この、薄情者!
「う~ん……それなら……」
「そういうことなら、別の手段で戻ればいいって思うの」
へえっ?再びロウランが、突拍子もないことを言いだした。
「あの、ロウラン?そんなのがあれば、最初から苦労はしてないんだけど……」
「うーうん。たぶん、あるの」
「え、ある?」
「うん。その方法なら、わざわざ危険な手段を取らなくて済むよ。試してみない?」
そんなのがあれば、願ったり叶ったりだが。ロウランは部屋をぐるりと見回すと、うなずいてから、俺に目を戻した。
「ダーリン。もしダーリンが防御魔法を掛けるとして……」
「あーロウラン。俺、魔法はさっぱりだぞ」
「ぷぅ。じゃあじゃあ、そうだね……自分の部屋に、絵の具かなにかを塗りたくるって考えてみて」
なんだ、そりゃ?それが今と、どう関係するんだろ。よく分からないけど、俺は自分の部屋を、白いペンキで塗りたくる想像をしてみた。懐かしいなぁ、もう遠い過去に思える、自室のイメージだ。
「してみたけど」
「どうなった?」
「どうって……そりゃ、白一色になったぞ」
「ほんとに?ほんとのほんとに、一色になった?テーブルの脚の下とか、窓ガラスなんかは、塗れてないんじゃない?」
おっと、そこまで厳密にするのか?俺はぬぅと唸って、もう一度考え直してみた。確かに、一色にはならないな。家具を全て取り除けたとしても、照明やコンセントみたいな、色を塗れない箇所が出てくる。
「まあ確かに、何か所かは無理だな」
「でしょう?防御魔法をかける時も、それと同じ感覚なんだよ。空間に対して魔法をかける時、でっぱりやへこみがあると、そこがどうしても漏れてきちゃうの」
「は、はあ……」
言っている意味は分かるが、いまいちピンとこないな。すっきりしない俺を見てか、ロウランまでうーんと考え込んでしまった。
「どう言ったらうまく説明できるかなぁ……あ、そうだ!じゃあじゃあ、アタシに色を塗るってしたら、どう?」
「は?ロウランに?」
「そう!アタシにも、でっぱりやへこみがあるでしょ?例えば」
「そこまで!」
ウィルがロウランの口を塞いだことによって、ロウランの説明は中断された。邪魔がなかったらロウランのやつ、なんて言うつもりだったんだろう?
「説明はともかく、ロウランさんの言っていることは本当です」
ふがふが言っているロウランの代わりに、ウィルが補足をしてくれた。
「真四角の空間に魔法を施すのは簡単ですが、複雑な形状に合わせるのはとても大変なんです。私なんかじゃ、とてもできません」
するとウィルに続いて、アニもちりんと揺れる。
『このダンジョンは、これだけ入り組んでいるにも関わらず、ミノタウロスの給餌口まで魔法が掛けられていました。あの魔導士は相当の腕だということになります』
ウィルもうなずいて続ける。
「ですが、ロウランさんが言ったように、どうしても漏れる箇所っていうのは出てくるんですよ。例えば、出入り口とか」
「お!出入り口って言ったら、まさにここじゃないか」
「そうです。何かが出入りする場所というのは、どうしても空間の定義が揺らぎます。つまり、この場所なら、防御魔法を打ち破ることができるかもしれない……そう言いたかったんですよね、ロウランさん?」
やっとウィルが手を放すと、ロウランはぷはっと息を吐いた。
「もぉー、全部言われちゃったの!でも、そういうことだよ。ねえ、あなた。ちょっと試して見てくれない?」
ロウランは、ちょいちょいとフランを手招いた。フランは怪訝そうな顔をする。
「何を」
「ここの、こっち側の壁。引っ掻いてみて」
ロウランが指示したのは、格子の向こう側だった方の壁だ。もしや……?フランは爪を一本突き出して、壁をガリっと引っ掻いた。
壁には、一本の深い筋傷が刻まれた。
「おおっ!」
「やっぱりなの♪」
ロウランは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。ここの壁は、壊せるんだ!俺はかぁっと、体温とテンションが上がるのを感じた。
「なら、壁をぶっ壊しちまえばいいんだ!ぶっ壊して、それから……」
「それから、どーすんのよ?みんな仲良く生き埋めにでもなる気?」
アルルカの冷めたツッコミに、俺の心も冷めていく。そうだよ、壊せたところで、ここは地下じゃないか……しなしなと萎れた俺だったが、その肩にロウランが、ふわりと手を置いた。
「だいじょーぶなの、ダーリン。アタシにまかせて?」
え……?俺がロウランを見ると、彼女はにっこり笑った。
「アタシに、いい考えがあるの。それにはダーリンにも、みんなにも協力してほしいんだ。それはね……」
ロウランは大胆な、だが画期的な作戦を話し始めた。
つづく
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