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15章 燃え尽きた松明
2-1 意外な同行者
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2-1 意外な同行者
俺とウィルが“ネッド”の宿に戻ってきたのは、陽がとっぷりと暮れたころだった。部屋に戻ると、何やら話し合っていたのか、フランとエラゼムがテーブルで向かい合っている。ライラは目が覚めたばかりなのか、寝癖を付けた頭でぼーっとしていた。アルルカはよく分からないけど、上下逆さまになって天井の梁からぶら下がっている……とうとう心までコウモリになったのか?
「ん、おかえり」
俺たちが入ってくると、フランがこちらに首を巡らせた。エラゼムも会釈をする。
「おう。ところで二人とも、なんか話してたのか?」
「うん。ちょうどよかった、二人にも聞いてもらいたかったから」
「あん?」
なんだろう。俺とウィルは顔を見合わせると、椅子を引いてテーブルに着いた。それを見届けてから、エラゼムが口を開く。
「実は、昼間に町で得た情報について、フラン嬢に話していた所だったのです」
「おお、そうだったのか。で、何か有力な手掛かりでも?」
「はい。とある露天商の主人に訊いたのですが、ここから西へ西へと行った町で、かつて光の魔力を持つ者がいた、との噂を聞いたことがあるとのことで」
光の魔力!確かエラゼムの城主・メアリーは、その魔力の持ち主だったとか。それに、光の魔力はとても珍しく、そうほいほいといるもんでもないはずだ。
「それ、もしかして、ビンゴなんじゃ……!」
「残念ながら、まだ確定したわけではございません。その露天商も、名前などは存じておりませんでしたので」
「うーん、そっか……それでも、あてずっぽうよりはずっと期待が持てるよな」
俺が言うと、エラゼムもガシャリと鎧を鳴らしてうなずいた。フランが言い添える。
「それで、あなたたちが帰ってきたら、次の行き先を相談しようって話してたの」
「ああ、そういうことだったのか。いいぜ、俺は賛成だ」
「しかし、桜下殿。今回の一件、王城に連絡せずとも良いのでしょうか?」
「んん?王城って、ロアにか?」
「ええ。マリカ嬢の件は、いちおうは王城あずかりではありませぬか」
あー、そっか。マリカの支援は、二の国からの依頼ということになっている。確かに、彼女は無事に故郷へ帰ったと伝えるべきかもしれないが……
「でもさ、俺たち、あの魔道士のじじいをぶっ飛ばしちゃってんだぜ?んなこと伝えたら、ロアのやつ、カンカンになりそうだ」
「ううむ、確かにそうかも知れませぬな」
「それに、マリカに付いて来てくれた、侍女と兵士がいるじゃないか。あいつらが国に帰ったら、どうせ伝えてくれるだろ。それでいいんじゃないか?」
遅いか早いかの違いなら、人任せにしても構わないだろう。エラゼムも納得してくれたようだ。
「そうですな。わざわざ自分から虎の尾を踏む事もありますまい。ありがとうございます、桜下殿」
「それはいいんだけど、肝心の、町の名前は分かるのか?西っつってたけど」
「ええ。ヒルコ、という名だそうです」
ヒルコ……初めて聞くな。西ってことは、当然一の国のなかだ。
「なあアニ、ヒルコって町、どんくらい遠いんだ?」
リンと音を発して、胸元のガラスの鈴が答える。
『川を一つと、山脈を一つ越えることになります。遠すぎるということもないですが、近くもないでしょう』
「なるほど。じゃ、しっかり準備したほうがいいな。明日の朝で支度をして、それから出発って感じにしようか」
仲間たちはうなずいた。よし、これで今後の予定も決まりだな。
「じゃ、そうと決まれば……メシ、食ってくるか」
あとやることと言ったら、メシ食って寝るだけだ。その内の一つをこなしに行こう。
この宿の食堂は、地下にある。半地下になっていて、高い位置に作られた窓からは、町の通りが見えている。テーブルには泊り客がちらほらと着き、静かに食事を楽しんでいた。俺たちも、その中の一つに加わる。
すぐに若いウェイターが注文を取りに来た。俺はシンプルなパンとスープを頼む。昼間脂っこいものを食べたから、夜はさらっと済ませてしまおうっと。
「んじゃ待つ間、旅程について決めちまおうか……って、ん?」
おや?静かだった食堂に、なにやら賑やかな話し声がしてきたぞ。入口の方に、マントにフードを被った二人連れの、旅人らしき連中が現れた。二人は何やら、あれやこれやと話し合っているようだ。
「……ですから、なにもこんな店を選ばなくとも」
「何を言う、いい宿ではないか。おぬし、何か不満か?」
「宿に不満はございません、しかし、あなた様には身分というものが……」
んん?なんだろう。お偉いさんと、その家来って組み合わせかな?声からして、二人とも女性のようだが。
「身分が何だというのだ。この国において、余が泊まっていけない場所など、あるわけなかろう」
「ですが、閣下!」
はえー、ずいぶん不遜なことを……ん?今、“閣下”って言ったか?
「ねえ、今の……」
フランも気付いたらしい。ちらちらと目配せしてくる。俺も黙ってうなずき返した。それに、あの連中の声。記憶が正しければ、前にどこかで聞いた様な……
「さて、席は……おや?」
やべっ!!!連中の一人が、こっちを見た!俺たちは慌てて顔を伏せた。が、ただ一人、話を聞いていなかったアルルカだけは、ぼけーっと天井を眺めていた。ああっ、バカ!案の定、そいつはこっちに気付いて、ずんずんとこちらに歩いてきてしまった。
「やぁやぁ。これは、二の国のご一行じゃないか!こんなところで、奇遇だな」
フードを外したそいつは、予想通り、よく知る顔をしていた。色黒の肌に、鬣のような髪。男性と見まごうほどがっしりとした体つきのその人は、一の国の女帝、ノロ・カンダル・ライカニールその人だった。
「の、ノロ皇帝……」
「久しいな、桜下よ。シェオル島以来だな」
ノロはニカッと笑うと、まだ俺たちが何も言ってないのに、勝手に席についてしまった。ひえぇ、どうすんだよ、これ?するとノロの後ろから、さっき一緒だった連れが追いかけてくる。
「閣下!そこにはすでに旅人が……って!」
お、おお?その連れもまた、顔見知りだぞ。フードの中の顔は、鳶色の髪の少女だった。一の国の傭兵、アルアだ。アルアは俺たちに……というか、俺に気付くと、顔をしわくちゃにした。挨拶だな、おい。
「閣下!そのような下賤な輩と同じ卓になど、おすわりになってはいけません!」
「なに?アルア、何を申すか」
ノロは太い眉を持ち上げた。下賤な輩とは、失礼な。ノロはちょいちょいとアルアを呼びつけると、腕組をした。
「失礼ではないか、隣国の勇士に対して?」
「でっ、ですが閣下……!」
「アルア。お前の事情は、余もよく知るところだ。そこについて、とやかく言うつもりはない。がしかし、時と場合を選べないのは問題だ。おぬしは今、余のお付きであろうが。おぬしが礼節を欠けば、それは余が礼儀を知らぬ帝と見做されることと同義ではないか」
「そ、それは……」
ノロの口調は普段通りだったが、そこには明らかに叱責の意が感じ取れた。アルアも次第に威勢が無くなってくる。やーいやーい、怒られてやんの!
「も、申し訳、ございませんでした。そこまで気が回らず……」
「ふむ、まぁ分かればよい。おぬしはまだ若い、失敗も多かろう」
ノロがあっさり許すと、アルアはほっとした顔になった。ちぇ、どうせならもっと怒ればいいのに。あはは、なんてな。んなもん見たら、メシがまずくなるぜ。
失態を許されたアルアは、安心した様子で頭を下げる。
「寛大なお言葉、感謝いたしま……」
「だがしかし、何も無しにというわけにはいかないな。二の国のご一行を前に、それでは余の顔が立たん。おぬしには、後でおしおきを受けてもらおうか」
安心したのも束の間、アルアの顔から血の気が引いた。おいおい、やめてくれよ。アルアはどうでもいいとしても、俺の夢見が悪くなるじゃないか。
「あのー……俺たちのことは、別に気にしなくても……」
俺がそろそろと声を掛けると、ノロはきっぱりと首を振った。
「いいや。部下のしつけがなっていなかった、余の失態だ。自分の失態は、自分で取り戻すのが皇帝というもの。口出しは無用だ」
「む、う……それなら、あんまりきついのはよしてくださいよ。俺たちの顔を立ててくれるんなら」
「うむ。心得ておこう」
ったく、ほんとだろうな?アルアは嫌なやつだが、だからって同年代の女の子が酷い目に遭うのは、さすがに気分が悪い。ライラの一件の後だし、叩かれたり、泣かされたりするのは、胸糞わるかった。
「さて……騒がせてしまって、申し訳なかったな。固いことはここまでにしよう。ここからは、食事を楽しもうではないか。余も相席して構わんな?」
席に着いてから、それを訊くのか?うなずく以外にないけど……気まずい空気に、俺たちがギクシャクしていると、ノロは一人、場違いに笑う。
「はっはっは。そう緊張するな。謁見ならともかく、こんな場末の宿だぞ。余のことは、顔見知りぐらいに思ってくれてよい」
(誰のせいで緊張してると思ってんだよ!)
アルアはさっき叱られた手前、口を挟んではこなかったが、それでも眉を吊り上げてこっちを睨んでいる。これで俺が「分かったぜ、ノロ!」なんてやったら、その場で切り伏せられそうだ。
「さ、さすがにそれは……あ、ですけど、ノロ皇帝。どうしてこんなところに?お言葉を借りれば、場末の宿なんかに、ですけど」
「おお、そうだった。ここは場末だが、余の行きつけでな。公務でここの港に来るときは、いつも寄るのだ。今宵もそうして立ち寄ってみたら、偶然にもそなたたちを見つけたというわけだよ」
「そうだったんですか……でも公務なのに、お二人だけってのはおかしくないですか?」
するとノロは、ぴくっと眉を動かした。反対にアルアは、疲れたような、うんざりしたような顔になる。な、なんだなんだ?
「くははは!これは、痛いところを突かれたな。その通り。実は今は、いわゆるお忍びというやつなのだ」
「へ?」
「言葉の貴賤を問わずに言えば、抜け出してきた。そこのアルアは、特定の事柄を除けば、融通の利く奴なんでな。そやつだけを連れているのは、そう言う事情だ」
……いや、絶対に違う。アルアの顔は、「無理やり連れだされたんです」と雄弁に語っていた。たぶん、ノロに押し切られたんだろう。なんだか、苦労人に見えてきたな?
「おおそうだ、余はそう言った事情だが、桜下。そなたたちは、一体どのような用件で我が国へ?確か、そなたたちが入国したという報せは、来ていなかったはずだが」
ぎくぅ!し、報せだって?そんなのが行くようになっているのか?初耳だぞ……俺たちは今回、きちんと国境の関所を通っていない。大勢の元奴隷たちを連れていくために、密入国同然の裏ルートを通ったからだ。
「あぇえっと、その……お、おかしいっすね?そのうち、上がってくるんじゃないですか?」
「ふむ。そうだろうか……」
「ああそれと、こっちに来た目的でしたね!えっと、これから西の方へ行こうと思ってまして」
ノロに余計なことを勘ぐられないように、俺は矢継ぎ早に喋った。さいわい、ノロはこの話に乗ってきた。
「西?我が国西方には、砂漠が広がっているが」
「あ、そこまでは行かないんです。ヒルコ?っていう町に言ってみたくて」
「ほほう……ヒルコ、か」
ん、ん?なぜかロアの目が、きらりと光った。何か、マズかっただろうか……?
「ふぅむ、ふむ。旅の目的はわかった。ところで、桜下よ。そなたたちは、ライカニールの地理には詳しくないのではないか?慣れぬ地での旅ともなると、さぞかし不安だろう」
「へ?いや、アニ……じゃなくて、エゴバイブルが」
「そこで、だ。そなたたちが旅先で迷い人とならぬよう、余が一つ、力添えをしてやろう」
あ、あれ?ロアは俺の言葉を遮って、そんなことを言ってきた。聞こえてなかったのか?
「あ、あの。それは、ありがたいんですけど……」
「そうだろう。では、このアルアを、そなたたちの案内役として遣わそう」
「え?」
「はい!?」
俺とアルアは、同時に素っ頓狂な声を上げた。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ん、おかえり」
俺たちが入ってくると、フランがこちらに首を巡らせた。エラゼムも会釈をする。
「おう。ところで二人とも、なんか話してたのか?」
「うん。ちょうどよかった、二人にも聞いてもらいたかったから」
「あん?」
なんだろう。俺とウィルは顔を見合わせると、椅子を引いてテーブルに着いた。それを見届けてから、エラゼムが口を開く。
「実は、昼間に町で得た情報について、フラン嬢に話していた所だったのです」
「おお、そうだったのか。で、何か有力な手掛かりでも?」
「はい。とある露天商の主人に訊いたのですが、ここから西へ西へと行った町で、かつて光の魔力を持つ者がいた、との噂を聞いたことがあるとのことで」
光の魔力!確かエラゼムの城主・メアリーは、その魔力の持ち主だったとか。それに、光の魔力はとても珍しく、そうほいほいといるもんでもないはずだ。
「それ、もしかして、ビンゴなんじゃ……!」
「残念ながら、まだ確定したわけではございません。その露天商も、名前などは存じておりませんでしたので」
「うーん、そっか……それでも、あてずっぽうよりはずっと期待が持てるよな」
俺が言うと、エラゼムもガシャリと鎧を鳴らしてうなずいた。フランが言い添える。
「それで、あなたたちが帰ってきたら、次の行き先を相談しようって話してたの」
「ああ、そういうことだったのか。いいぜ、俺は賛成だ」
「しかし、桜下殿。今回の一件、王城に連絡せずとも良いのでしょうか?」
「んん?王城って、ロアにか?」
「ええ。マリカ嬢の件は、いちおうは王城あずかりではありませぬか」
あー、そっか。マリカの支援は、二の国からの依頼ということになっている。確かに、彼女は無事に故郷へ帰ったと伝えるべきかもしれないが……
「でもさ、俺たち、あの魔道士のじじいをぶっ飛ばしちゃってんだぜ?んなこと伝えたら、ロアのやつ、カンカンになりそうだ」
「ううむ、確かにそうかも知れませぬな」
「それに、マリカに付いて来てくれた、侍女と兵士がいるじゃないか。あいつらが国に帰ったら、どうせ伝えてくれるだろ。それでいいんじゃないか?」
遅いか早いかの違いなら、人任せにしても構わないだろう。エラゼムも納得してくれたようだ。
「そうですな。わざわざ自分から虎の尾を踏む事もありますまい。ありがとうございます、桜下殿」
「それはいいんだけど、肝心の、町の名前は分かるのか?西っつってたけど」
「ええ。ヒルコ、という名だそうです」
ヒルコ……初めて聞くな。西ってことは、当然一の国のなかだ。
「なあアニ、ヒルコって町、どんくらい遠いんだ?」
リンと音を発して、胸元のガラスの鈴が答える。
『川を一つと、山脈を一つ越えることになります。遠すぎるということもないですが、近くもないでしょう』
「なるほど。じゃ、しっかり準備したほうがいいな。明日の朝で支度をして、それから出発って感じにしようか」
仲間たちはうなずいた。よし、これで今後の予定も決まりだな。
「じゃ、そうと決まれば……メシ、食ってくるか」
あとやることと言ったら、メシ食って寝るだけだ。その内の一つをこなしに行こう。
この宿の食堂は、地下にある。半地下になっていて、高い位置に作られた窓からは、町の通りが見えている。テーブルには泊り客がちらほらと着き、静かに食事を楽しんでいた。俺たちも、その中の一つに加わる。
すぐに若いウェイターが注文を取りに来た。俺はシンプルなパンとスープを頼む。昼間脂っこいものを食べたから、夜はさらっと済ませてしまおうっと。
「んじゃ待つ間、旅程について決めちまおうか……って、ん?」
おや?静かだった食堂に、なにやら賑やかな話し声がしてきたぞ。入口の方に、マントにフードを被った二人連れの、旅人らしき連中が現れた。二人は何やら、あれやこれやと話し合っているようだ。
「……ですから、なにもこんな店を選ばなくとも」
「何を言う、いい宿ではないか。おぬし、何か不満か?」
「宿に不満はございません、しかし、あなた様には身分というものが……」
んん?なんだろう。お偉いさんと、その家来って組み合わせかな?声からして、二人とも女性のようだが。
「身分が何だというのだ。この国において、余が泊まっていけない場所など、あるわけなかろう」
「ですが、閣下!」
はえー、ずいぶん不遜なことを……ん?今、“閣下”って言ったか?
「ねえ、今の……」
フランも気付いたらしい。ちらちらと目配せしてくる。俺も黙ってうなずき返した。それに、あの連中の声。記憶が正しければ、前にどこかで聞いた様な……
「さて、席は……おや?」
やべっ!!!連中の一人が、こっちを見た!俺たちは慌てて顔を伏せた。が、ただ一人、話を聞いていなかったアルルカだけは、ぼけーっと天井を眺めていた。ああっ、バカ!案の定、そいつはこっちに気付いて、ずんずんとこちらに歩いてきてしまった。
「やぁやぁ。これは、二の国のご一行じゃないか!こんなところで、奇遇だな」
フードを外したそいつは、予想通り、よく知る顔をしていた。色黒の肌に、鬣のような髪。男性と見まごうほどがっしりとした体つきのその人は、一の国の女帝、ノロ・カンダル・ライカニールその人だった。
「の、ノロ皇帝……」
「久しいな、桜下よ。シェオル島以来だな」
ノロはニカッと笑うと、まだ俺たちが何も言ってないのに、勝手に席についてしまった。ひえぇ、どうすんだよ、これ?するとノロの後ろから、さっき一緒だった連れが追いかけてくる。
「閣下!そこにはすでに旅人が……って!」
お、おお?その連れもまた、顔見知りだぞ。フードの中の顔は、鳶色の髪の少女だった。一の国の傭兵、アルアだ。アルアは俺たちに……というか、俺に気付くと、顔をしわくちゃにした。挨拶だな、おい。
「閣下!そのような下賤な輩と同じ卓になど、おすわりになってはいけません!」
「なに?アルア、何を申すか」
ノロは太い眉を持ち上げた。下賤な輩とは、失礼な。ノロはちょいちょいとアルアを呼びつけると、腕組をした。
「失礼ではないか、隣国の勇士に対して?」
「でっ、ですが閣下……!」
「アルア。お前の事情は、余もよく知るところだ。そこについて、とやかく言うつもりはない。がしかし、時と場合を選べないのは問題だ。おぬしは今、余のお付きであろうが。おぬしが礼節を欠けば、それは余が礼儀を知らぬ帝と見做されることと同義ではないか」
「そ、それは……」
ノロの口調は普段通りだったが、そこには明らかに叱責の意が感じ取れた。アルアも次第に威勢が無くなってくる。やーいやーい、怒られてやんの!
「も、申し訳、ございませんでした。そこまで気が回らず……」
「ふむ、まぁ分かればよい。おぬしはまだ若い、失敗も多かろう」
ノロがあっさり許すと、アルアはほっとした顔になった。ちぇ、どうせならもっと怒ればいいのに。あはは、なんてな。んなもん見たら、メシがまずくなるぜ。
失態を許されたアルアは、安心した様子で頭を下げる。
「寛大なお言葉、感謝いたしま……」
「だがしかし、何も無しにというわけにはいかないな。二の国のご一行を前に、それでは余の顔が立たん。おぬしには、後でおしおきを受けてもらおうか」
安心したのも束の間、アルアの顔から血の気が引いた。おいおい、やめてくれよ。アルアはどうでもいいとしても、俺の夢見が悪くなるじゃないか。
「あのー……俺たちのことは、別に気にしなくても……」
俺がそろそろと声を掛けると、ノロはきっぱりと首を振った。
「いいや。部下のしつけがなっていなかった、余の失態だ。自分の失態は、自分で取り戻すのが皇帝というもの。口出しは無用だ」
「む、う……それなら、あんまりきついのはよしてくださいよ。俺たちの顔を立ててくれるんなら」
「うむ。心得ておこう」
ったく、ほんとだろうな?アルアは嫌なやつだが、だからって同年代の女の子が酷い目に遭うのは、さすがに気分が悪い。ライラの一件の後だし、叩かれたり、泣かされたりするのは、胸糞わるかった。
「さて……騒がせてしまって、申し訳なかったな。固いことはここまでにしよう。ここからは、食事を楽しもうではないか。余も相席して構わんな?」
席に着いてから、それを訊くのか?うなずく以外にないけど……気まずい空気に、俺たちがギクシャクしていると、ノロは一人、場違いに笑う。
「はっはっは。そう緊張するな。謁見ならともかく、こんな場末の宿だぞ。余のことは、顔見知りぐらいに思ってくれてよい」
(誰のせいで緊張してると思ってんだよ!)
アルアはさっき叱られた手前、口を挟んではこなかったが、それでも眉を吊り上げてこっちを睨んでいる。これで俺が「分かったぜ、ノロ!」なんてやったら、その場で切り伏せられそうだ。
「さ、さすがにそれは……あ、ですけど、ノロ皇帝。どうしてこんなところに?お言葉を借りれば、場末の宿なんかに、ですけど」
「おお、そうだった。ここは場末だが、余の行きつけでな。公務でここの港に来るときは、いつも寄るのだ。今宵もそうして立ち寄ってみたら、偶然にもそなたたちを見つけたというわけだよ」
「そうだったんですか……でも公務なのに、お二人だけってのはおかしくないですか?」
するとノロは、ぴくっと眉を動かした。反対にアルアは、疲れたような、うんざりしたような顔になる。な、なんだなんだ?
「くははは!これは、痛いところを突かれたな。その通り。実は今は、いわゆるお忍びというやつなのだ」
「へ?」
「言葉の貴賤を問わずに言えば、抜け出してきた。そこのアルアは、特定の事柄を除けば、融通の利く奴なんでな。そやつだけを連れているのは、そう言う事情だ」
……いや、絶対に違う。アルアの顔は、「無理やり連れだされたんです」と雄弁に語っていた。たぶん、ノロに押し切られたんだろう。なんだか、苦労人に見えてきたな?
「おおそうだ、余はそう言った事情だが、桜下。そなたたちは、一体どのような用件で我が国へ?確か、そなたたちが入国したという報せは、来ていなかったはずだが」
ぎくぅ!し、報せだって?そんなのが行くようになっているのか?初耳だぞ……俺たちは今回、きちんと国境の関所を通っていない。大勢の元奴隷たちを連れていくために、密入国同然の裏ルートを通ったからだ。
「あぇえっと、その……お、おかしいっすね?そのうち、上がってくるんじゃないですか?」
「ふむ。そうだろうか……」
「ああそれと、こっちに来た目的でしたね!えっと、これから西の方へ行こうと思ってまして」
ノロに余計なことを勘ぐられないように、俺は矢継ぎ早に喋った。さいわい、ノロはこの話に乗ってきた。
「西?我が国西方には、砂漠が広がっているが」
「あ、そこまでは行かないんです。ヒルコ?っていう町に言ってみたくて」
「ほほう……ヒルコ、か」
ん、ん?なぜかロアの目が、きらりと光った。何か、マズかっただろうか……?
「ふぅむ、ふむ。旅の目的はわかった。ところで、桜下よ。そなたたちは、ライカニールの地理には詳しくないのではないか?慣れぬ地での旅ともなると、さぞかし不安だろう」
「へ?いや、アニ……じゃなくて、エゴバイブルが」
「そこで、だ。そなたたちが旅先で迷い人とならぬよう、余が一つ、力添えをしてやろう」
あ、あれ?ロアは俺の言葉を遮って、そんなことを言ってきた。聞こえてなかったのか?
「あ、あの。それは、ありがたいんですけど……」
「そうだろう。では、このアルアを、そなたたちの案内役として遣わそう」
「え?」
「はい!?」
俺とアルアは、同時に素っ頓狂な声を上げた。
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