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15章 燃え尽きた松明

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な、何を言い出すんだ?俺はびっくりして、フランから体一つ分離れた。するとフランも、お尻を浮かせて詰めてくる。ま、またからかうつもりか?

「な、な、何言ってんだよ!」

「もう何度も見てるでしょ。なんだったら、触ってもいるのに。そんなに恥ずかしがる?」

「だっ、当たり前だ!」

こういう変態じみたことは、アルルカの専売特許だろうが。フランまで、何かに毒されたか?

「……はぁ。そうだよね」

お?意外とフランは、あっさりと引き下がった。やっぱり冗談だったのか。俺はじーっとフランの様子を見た後、訊ねる。

「一体全体、どういうつもりなんだ?」

「……ほんとはね。その下のタオルだって、巻いてるのは嫌だったの。もぎ取ってやろうかと思ったのに」

「え!?」

俺は思わず、腰をぎゅっと押えた。恐ろしいことを言う……

「なんでだよ……俺のまっぱなんか見ても、なんにも得しないだろ」

「だって、嫌だったんだもん。恥ずかしがって、他人行儀みたいでさ」

「他人行儀って……赤の他人とこうして風呂になんて入らないだろ。どっちかってーとこれは、親しき中にも礼儀ありだぜ」

「でも……ほんとうに気の置けない仲、例えばお父さんとお母さんだったら、いちいちそんなの気にしないでしょ?」

え?うーん、それはどうだろう……まあ、そういう夫婦もいるとは思うけどな。親のいないフランの中のイメージは、やや偏っているのかもしれない。

「でも、それは夫婦の話だろ。俺たちと関係ないじゃないか」

するとフランは、少し拗ねた表情になった。

「……わたしは、あなたとそういう関係になりたいと思ってる」

「えっ」

「いつか、だけど」

……び、びっくりした。心臓がドクドク言っている。いかん、少しのぼせてきたかもしれない。

「そ、それは流石に……まだ早いというか……」

「そう……」

フランは背中を丸めると、ふぅとため息をついた。

「ウィルみたいには、いかないな……」

へ?ウィル?なんで今、あいつのことを……
さっきから、フランの様子が明らかにおかしい。フランはクールに見えて、実は甘えたがりなところもあるけれど、こんなにグイグイ来るタイプじゃない。それになんだか……焦っている、みたいだ。

(わけ分かんねーけど……)

投げ出さずに、ちゃんと考えたほうがいいよな。
フランはさっき、ウィルの名前を出していた。ウィル……あいつ関連で、最近何かあったっけ?記憶に新しいのは、港町でのデートだ。ひょっとして、それが原因か?
フランの焦りの理由。ウィルとのデート。それらを合わせて考えると、つまり……

「……ぷっ。くはははは!」

「な、なに?」

「いや、悪い……あはは」

「な、なんなの!」

ああ、おっかしいなぁ。これはフランなりの、精いっぱいのアピールだったんだ。
お風呂にいっしょに入って、髪を洗ってくれとねだって。フランからしたら、デートと同じくらいの、ドキドキイベントのつもりだったんだ。なのに俺ときたら、きっちり隠すものは隠して、普段通りに務めていた。それが面白くなかったんだろうな。だから、あんな風にわがままを……ほんとうに、かわいい。

「…………」

一しきり笑い終えると、フランはすっかりむくれてしまってた。すべてが分かると、悪いことしたなと思う。

「なあ、フラン」

「……なに」

拗ねたフランは、こちらを向いてくれない。しょうがないな、きちんと面と向かって言いたかったけれど。

「俺さ、お前に惚れてんだ」

「…………は」

フランは、油の切れた機械のように、ぎこちなくこちらを見た。

「いま、なんて」

「お前に惚れてる」

「い、つから」

「シェオル島で、お前のドレス姿を見た時。まあその前から、嫌いじゃなかったけどさ」

元々フランに告白された時から、ほとんど惚れていたようなもんだ。ただ、あの時は俺自身に、まだそれを受け入れる余裕がなかった。

「告白された時に比べて、俺もちっとは強くなれたと思うんだ。新しい技も手に入れたし、昔の記憶も全部取り戻した。みんなの主として、少しは胸を張れるようになったかなって」

「……だから、受けてくれたの?」

「……っていうのは、建て前でさ。あん時のフランの笑った顔を見たら、なんか全部どうでもよくなっちゃって。ははは……」

恋に落ちるっていうのは、よく言ったもんだと思う。本当に、すとんっと落っこちてしまった。建て前も理屈も、取り出す暇はなかった。

「あー……ごめん。俺の方から色々ごちゃごちゃ言っておいて、結局そんなオチなんだけど」

「……」

「……怒ったか?」

「……そんなことない。こうなったらいいって、ずっと思ってた……」

そう言うとフランは、俺の胸に寄りかかってきた。フランが胸板に顔を押し付けると、しっとり濡れた前髪が肌をくすぐった。

「うれしい……ほんとうは、ずっと不安だった。ずっと、このまま変わらなかったらどうしようって……」

「……ごめん」

「いい。今日この日で、今までの全部帳消しにできるから」

フラン……俺は思わず、フランの髪を撫でた。すると、彼女が顔を上げた。かちりと目が合う。

「……」

「……」

真っ赤な宝石のような瞳と、至近距離で見つめ合う。俺は胸がドキリと高鳴るのを感じた……

「……」

「……」

フランは何かを訴えるようなまなざしを送ると、すっと目を閉じた。
……ここでヘタレたら、俺は一生フランに恨まれることになるだろう。ええい、俺も男だ!一度くらい、キザなことしてみろ!
俺は酷くぎこちなく、人生で初めて、自分からキスをした。フランの唇は温泉のおかげでしっとりとしていて、ぷにぷにと温かい。まるで生きているみたいだ……なんだかずっとこうしていたいと、ぼんやり思っていた時だ。にゅる。

「ん!?」

俺はびっくりして目を開けた。何かが、口の中に……!身を引こうとしたが、なぜだか体が、金縛りにあったように動かない。見れば、フランも薄く目を開けていた。深紅の瞳は、怪しい熱を帯びたように、うるうると光っている。まさか、瞳の力で……?
俺はフランと見つめ合ったまま、未知の感覚に溺れていた。

「……ぷぁ」

「はぁ……はぁ……」

フランが顔を離すと、銀の橋がつうっと、俺とフランの間にかかった。さっきから、心臓がバクバク言っている。俺、どうしちまったんだ……?

「……さっき、ああ言ったけど」

そう言ったフランの顔も真っ赤だった。瞳とお揃いで、きれいだ。あれも温泉のせいだろうか?それとも……?

「ごめん。やっぱり、先に進みたいの」

フランは、おもむろに俺の手を取ると、それを自分の胸元へと導いた。やらかい感触……

「さわって?」

そう言ったとたん。頭の中で、ブレーカーが弾けた音がした。

(あ。もうだめだ)

ディスプレイの電源を落としたみたいに、目の前が急に暗くなっていく……フランの声が遠のいていくのを聞きながら、俺の意識は闇に沈んだ。



「のぼせたぁ?」

うう、ウィル……あんまり耳元で、大声出さないでくれ……頭に響く……

「ああ、びっくりした……ぐったりおんぶされて帰ってきたもんですから、何事かと思いましたよ……でも、もう大丈夫なんですよね?」

「たぶん……さっき、アルルカの氷を飲ませたから」

受け答えしたのはフランだ。当の俺は、口どころか、指一本動かす事さえできない……ううぅ、情けない。仮にも元勇者が、湯あたりで倒れるなんて……そよそよと風が当たっているのは、ライラの魔法だろうか?ありがたくって、涙が出そうだ。

「ほんとにもう、脅かさないでくださいよ。まさか、あんなに注意したのに、居眠りしたんじゃないでしょうね?」

「ううん、そうじゃなくて、ちょっと事情が……」

フランも気まずそうだ。そもそもの原因を作ったのは彼女だからな。

(でも、もしあのままにしてたら、どうなっちゃってたんだ……?)

のぼせる寸前だったので朧気だけど、俺とフランは、かなり怪しい雰囲気だった気がするんだが。それも、よそ様の家で……ううぅ、やめよう。また茹ってきそうだ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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