じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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15章 燃え尽きた松明

12-2

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12-2

「おかしい」

ウォルフ爺さんの玄関口に立った際、フランは警告するように言った。だが今回ばかりは、俺でもその理由が分かった。

「明かりが消えてる」

時刻は真夜中も近い。闇夜に浮かぶ爺さんちの窓には、明かりが一つも灯っていないのだ。

「もう、寝ているとかは……」

ウィルの声には全然自信がない。

「確かめるっきゃないな」

俺は息を吸い込むと、扉をゆっくりノックした。ドン、ドン。

「……」

「……出ませんね」

中から物音は聞こえない。本当に寝ているのか……?俺が何とはなしに取っ手に手を掛けると、キィと音を立てて開いたじゃないか。

「おい、開いてるぞ……」

「え?ど、どうして……鍵は……」

「してないみたいだな」

扉の内側には、かんぬきを掛けるための金具がついている。そこに本来ならはめられているはずの板切れは、わきに立てかけられていた。

「気を付けてよ。なにがあるか分からない」

フランの警告にうなずくと、そっと扉の中に入った。
家の中は真っ暗だった。火が焚かれていた様子もない。冷え冷えとして、静まり返っている。

「……」

俺はアニから放たれる細い明りを頼りに、室内の様子を探る。元が小さなボロ屋だから、そこまで広くはない。キッチンとリビング、そして扉が一つ。扉か……

「あの部屋も見てみるか……」

俺はそろそろと足を踏み出した。ぐに。

「うおぉ!?」

「きゃああ!」

俺が悲鳴を上げると、ウィルが飛び上がった。何か、踏んづけたぞ!俺はとっさに、アニを足元へ向けた。そこにいたのは……

「じ、爺さん!」

倒れていたのは、ウォルフ爺さんだ。頭から血を流している!俺は慌てて屈むと、爺さんの肩をゆする。

「爺さん、しっかりしろ!」

「……ぅ、ぅ……」

「まだ息はある!アニ、治癒魔法を!」

『承知しました。……キュアテイル!』

アニから青色の光が放たれ、爺さんの体を包み込む。

「爺さん!しっかりしろ!」

「う、うぅ……誰……わしは……?」

「爺さん!何があったんだ?あんたの娘は?」

「娘……?ヤンは……ヤンは……」

ウォルフ爺さんはうわごとのように、ヤンの名前を繰り返している。

「くそ、意識が混乱してるのか?」

『頭部へのダメージが影響しているのかも知れません。私の魔法では、そこまでの治癒は難しいです』

「そうか……なら、グランテンプルで治してもらおう。どうせこの後行くんだし」

「ダーリン、アタシが運ぶの」

ロウランは包帯をしゅるしゅると伸ばすと、爺さんの体を優しく持ち上げた。器用な使い方もできるんだな。

「よし、急ごう」

あっちの様子も気になるし、爺さんの治療も早い方がいいはず。俺たちが慌ただしく家から出ると、爺さんがしきりに何かをつぶやいていることに気付いた。

「ヤンが……ヤンと、目があったんだ……」

「え?爺さん、なんだって?」

「目が合った……目玉が……ヤンの目……目が……」

目が合った?ひょっとして、ヤンの嘘のことか?つっても、これだけじゃよく分からないな。そもそも、ヤンはどこに行った?

「桜下殿!準備が整いましたぞ!」

「あ、悪い!行こう!」

エラゼムの手を掴んで、俺はストームスティードにまたがった。



「はぁ、はぁ……」

「ミゲル、大丈夫?」

「ああ、マルティナ。だが……くそ、あいつは一体何なんだ……!」

肩で息をするミゲルを、マルティナが涙のたまった目で見つめている。ミゲルは額と右腕から血を流していた。

「ミゲル……ごめんなさい。私のせいで……」

「お前のせいじゃない。何も、悪いことなんてしていないだろう」

「でも……」

「いいから。それより、あいつはどこに行った?」

ミゲルは手を付きながら立ち上がると、格子のすき間から外を伺う。二人は、神殿の側の納屋の中に隠れていた。
数十分ほど前、何者かが神殿の門を叩いた。不審に思いながらも、二人は表へと出た。いくら怪しいといっても、訪問者を出迎えもしない神殿は、大陸広しと言えど聞いたこともない。幸い門にはのぞき窓があるので、危険そうなら門を開けなければいいだけだ。二人はそう楽観していた。
だが来訪者は、二人の想像を超えていた。二人の足音を聞くや否や、門を無理やりおしやぶってきたのだ。閂が折れ曲がり、丈夫な木の門がメキメキと音を立てる光景に、二人は度肝を抜かれ、それからすぐに正気に戻って逃げ出した。
しかし侵入者は、どこまでも二人を追ってくる。逃げながら何とかスキをついて、ミゲルが角材で一撃を与えもしたが、まるで効いていない様子だ。二人は撃退を諦め、広い敷地を必死に逃げ回った。助けは期待していなかった。二人を助けてくれる人間は、ここにはいないと知っていたから。

「はぁ、はぁ……どうやら、撒けたらしいぞ。姿が見当たらない」

「ほ、本当?よかった……」

「ああ。チッ、あの生意気な小僧たち、犯人を捕まえるだとか粋がっていたくせに。まったくできてないじゃないか」

「そんな、ミゲル……あの子たちだって、私たちの為に色々してくれたのよ」

「どこがだ?肝心な時に役に立たないで、なにが……」

その時だった。二人が隠れている納屋の扉が、ものすごい力で叩かれた。ドガン、ドガン!

「っ」「っ!」

ミゲルははっと顔を上げ、マルティナは縮み上がった。鍵もない納屋の扉は、簡単に破られてしまう。バリバリ!
戸口には、真っ黒な人影が立っていた。かなりの大柄で、体つきもがっしりしている。全身をすっぽりとマントで覆っているせいで、それ以上の情報は不明だ。唯一確かなのは、この人物が、二人をここまで追い詰めた張本人だという事だった。

「ぐっ……」

「ミゲル……!」

二人は固く抱き合った。もはやそれ以外に、打つ手はなかったのだ。黒い人影が、納屋の中へ押し入ろうとする。
ダガァーン!

「え?」

突如、人影が吹っ飛ぶように消えた。唖然とする二人の前に、ひょいっと顔がのぞく。

「よっ。間に合ってよかった」



「やあぁ!」

倒れた黒マントに、フランが鉤爪を抜いて追撃を仕掛ける。ビリィー!
フランの鉤爪は、マントを切り裂いただけだった。奴は素早くわきに転がって避けると、足のばねを使ってさっと立ち上がる。俊敏だな、あいつ。
フランに引き裂かれたマントは、しゅうしゅうと黒い煙を上げ始めた。鉤爪の毒による腐食にギョッとしたのか、奴はマントを慌てて脱ぎ捨てる。ばさりと、黒い布が宙を漂い、闇夜に消えた。

「やっぱり……ヤン。あんただったんだな」

「……」

マントの下から出てきたのは、頭にバンダナを巻いた、中年の女性。ウォルフ爺さんの娘、ヤンだった。

「ヤン!どういうつもりだ!爺さんを怪我させたのもお前か?」

「……」

ヤンは口を開こうとしない、ただ恐ろしい目で、こちらを睨むだけだ。いいだろう、だんまりなら、こっちから好き勝手喋ってやる。

「ヤン、答えろ!なんで自分の父親を!そんなことしてまですることが、シスターを襲う事か?なかなか見上げたもんだな、ヤン!」

「黙れ!邪魔をするな、小僧!」

低く恐ろしい声と共に、ヤンは滑るような足さばきでこちらに向かってきた。うっ、まるで手練れの暗殺者みたいじゃないか。昼間と全く印象が違う。

「ヴィントネルケ!」

ピュウウゥゥゥ!突如、つむじ風が巻き起こり、ヤンの動きががくんと止まった。ライラが両手を突き出して、風の鎖を生み出したんだ。

「よし、捕まえた!」

「いけー、フラン!」

フランが姿勢を低くしながら、猛スピードで突っ込んで行く。渾身の右ストレートが直撃すると、ヤンはくの字になってぶっ飛んだ。

「決まった!一発ノックアウトか?」

「いや、まだだよ」

え、おい。嘘だろ。ヤンはぶっ飛ばされはしたが、受け身でも取ったのか、瞬時に起き上がった。ガーゴイルすらぶっ飛ばす、フランのパンチをもらったんだぞ?あり得ないだろ、あいつ。

「……おい。なぜ私だと分かった、小僧」

あん?ヤンが話しかけて来たのは、俺か?とりあえず、答えておくか?

「あんたが、ちょっとしたミスをしたことに気付いたんだ。昼間の会話で」

「ちっ。やはりあの時、始末しておくべきだったか」

おお、怖いことを言う。そうか、昼間の時点で、ヤンは俺たちを怪しんでいたんだな。思い返せば、少しだけ様子がおかしかった気もする。

「それより、俺も答えたんだから、そっちも答えてもらいたいね。なんでこんなことを?」

「ふん、いいだろう。……これは、復讐だ」

「復讐?」

「それに、お前は知らんのだ。その女は、普通の人間とは違う」

なんだって?俺は納屋の中の、マルティナを振り返った。

「どういう事だ?どう見てもただの人だろう」

「知らぬならいい。そのまま死ぬがよい!」

うおっと、まだやる気ってか?だが、ヤンの様子がおかしい。その場で棒立ちしたまま、両手を握り合わせている。

「おおおぉぉぉォォォォオオオオ!」

ビリビリビリッ!
な、なんだ!?突然ヤンが叫んだ。この声、人間のそれか?ヤンの咆哮はだんだんと歪み、人ならざるものへとなっていく。

「オオオアアアアア!」

ブチブチブチ!ヤンの服が張り裂けた音だ。体がどんどん膨張している……と思った次の瞬間には、皮膚そのものが引き裂けた。中からは血が噴き出る代わりに、緑色の甲殻が姿を現す。
ヤンの顔だった部分は、どんどん引き延ばされて、棘だらけの首へと置き換わった。バンダナが巻いてあった頭部には、毛が無い。唯一あった、一筋の亀裂のようなものがカパッと開かれると、巨大な一つ目がぎょろりとこちらを睨んだ。
おののく俺たちが見つめる中、ヤンは瞬く間に、一つ目の化け物へと姿を変えてしまった。

「コノ姿ヲ見タ者ハミナ、殺ス」

緑色の化け物は、一つ目をギョロギョロと回転させた。

「マジかよ……」



つづく
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読了ありがとうございました。

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