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15章 燃え尽きた松明

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「オオオオオォォォ!」

一つ目の化け物へと変貌したヤンが、咆哮しながら突進してくる。どうしてこんなことになってるのか、さっぱりわかんねぇけど!

「おおお!逃げろー!」

俺はライラの腰を抱えると、一目散にダッシュした。それと入れ替わるように、エラゼムが剣を構えて踊り出る。

「オアァァ!」

「ぬうん!」

ガィン!化け物の緑色の拳が、エラゼムの剣にぶつかる。堅い金属同士がぶつかったような音だ。

「なんなんだよ、あの姿は!ヤンは人間のはずだろ!?」

『主様、あれはサイクロプスです!単眼の剛鬼、危険度A相当のモンスターです!』

「なにぃ?そのサイなんとかは、人に変身できるのか?」

『いえ、サイクロプスに擬態能力は備わっていなかったはず……あの姿が一体何なのかは、私にも分かりません。ですが、これだけは言えます。あれは、人ではなく、モンスターです!』

アニはきっぱりと言った。くそ、俺にだってあれが普通の人には見えない。けどなんだって、そんな怪物が町中に?

「やあぁぁ!」

サイクロプスの背後から、小さな影が飛び出してきた。フランだ!紫色の鉤爪を、サイクロプス目掛けて振り下ろす。ガキィン!

「えっ!?」

フランの爪が、はじき返された!?奴の甲殻、なんて堅さしているんだ!

「それなら、動きを止めてやるの!」

ヒュヒュヒュ!何本もの包帯が、俺の背後から伸びていく。ロウランのしわざか!
包帯はサイクロプスの四肢に絡みついた。この技は前に、ダイダラボッチの動きすら止めて見せた。さすがにこれなら……

「オオオオ!」

ブチブチブチ!おい、冗談だろ。あいつ、包帯を引きちぎりやがった!これにはさすがに、ロウランも唖然としている。

「無駄ダ。コレシキノチカラデ、我ヲ止メルコトナドデキン」

手を広げて、ちぎった包帯をバラバラと落としながら、サイクロプスがこちらを睨む。

「我ノ復讐ハ完遂サレルデアロウ。オマエタチ人間ヲ、ことごとク滅ボシテヤル」

くそ、悪役の定番みたいなこと言いやがって!

「なら、これでどーだあ!」

いつの間にかライラが、両手を高く掲げている。魔法で攻撃する気か?ライラの腕を疑うわけじゃないが、あいつの甲殻を破れるだろうか……

「バンブーシュート!」

ザザァァァァ。辺りの小石や砂利が、ライラの頭上に集まっていく。それらは固まると、大きな石筍になった。

「いけぇ!」

びゅん!腕を振り下ろすと同時に、石筍はサイクロプスめがけて飛んで行く。対してサイクロプスは、拳をぐっと引くと、石筍に合わせて突きを繰り出した。
ゴパァァン!

「砕いた!?」

「嘘だろ……!」

サイクロプスのパンチは、巨大な石筍を粉々にしてしまった。恐ろしい怪力だ。

「くっそー!あれがダメなら……」

「こら、クソガキ!なにぬるい攻撃してんのよ」

ライラが次の呪文を唱えようとしたその時、ばさりと翼をはためかせ、アルルカが空から降ってきた。ガキ呼ばわりされたライラは、うぅーっと歯を剥き出しにする。わざわざ文句を言いに来たのか?

「ライラはクソガキじゃない!そんなに言うなら、お前がやってみればいいじゃん!」

「いいじゃない、上等だわ。あんた、手ぇ貸しなさいよ」

「はぁ?ふんっ、どうしてライラが」

「あら、自信ないの?ま、あんたの魔法、ちぃっとも効いてなかったもんねー」

またそういう事を……案の定、ライラはゆでだこみたいになった。

「きぃー!うるさいうるさいうるさーい!」

「ほら、さっさとなさい。さっきと同じ魔法でいいわ。それとも、怖くてできない?」

「ばかにすんな!やってやる!」

ライラは怒りに任せて、早口で呪文をまくしたて始めた。けどアルルカのやつ、何考えているんだ?さっき効かなかった魔法を、もう一度撃ってどうする?

「行くよ!バンブーシュート!」

再びライラの頭上に、石筍が生み出された。

「おりゃあぁー!」

半ば八つ当たりのように、サイクロプスに石筍が飛ぶ。当然敵も、さっき同様に打ち砕く構えを見せた。しかしその瞬間、アルルカがすかさず魔法を撃った。

「スノーフレーク!」

シャアー、ピシピシピシ!銀色の冷気は、サイクロプスではなく、地面に向けて放たれた。奴は見当違いの魔法に目もくれず、淡々と拳を打ち出す。ドゴッ!

「オオォォ!?」

え?サイクロプスがひっくり返ったぞ!石筍に押し負け、高く足を振り上げる奴の姿は、控えめに言って滑稽だ。でも、どうして……

「あ!足元の氷か!」

アルルカの狙いは、奴の足下をつるつるにして、踏ん張りを利かなくすることだったんだ!いくら怪力があっても、空中じゃ力が出せないのと同じ理屈。

「フレイムパイン!」

そこへウィルが畳みかける。凍った地面を突き破って、燃え盛る柱がせり出してきた。しかも今回のは、地面に対して斜めに生えている。柱は、転倒したサイクロプスを押さえつける形になった。

「今です!」

「感謝いたします、ウィル嬢!」

機を逃さずに、エラゼムが大剣をぶぅんと振り回す。

「ぬうぅぅぉおおりゃあぁぁぁ!」

気合一閃、エラゼムの大剣が恐ろしい速度で打ち下ろされた。ゴッキィーーン!バキッ!

「フラン嬢っ!」

エラゼムがさっとその場を譲った、一瞬だけ見えたサイクロプスの腹は、甲殻が砕けて、赤紫色の肉がむき出しになっている。
エラゼムと入れ替わりになって飛び込んで来たフランは、両手を頭上で固く組んだ後、とんっとその場で跳躍した。

「やああぁぁぁ!」

落下の勢いも併せて、フランは組んだ両手を、ハンマーのように打ち下ろした。ドゴォ!

「ゴオォッ……!」

サイクロプスの絞り出すような呻き声。生身への一撃は、さすがの奴でも効いたようだ。よし、いいぞ!

「オォ……オオオオオ!」

うわ、なんだ?突如、サイクロプスが咆哮した。だが、まだウィルのフレイムパインは生きている。身動きは取れないはずだが、何をする気だ。

「コンナトコロデ、我ガ復讐ヲ邪魔サレテナルモノカ……!」

「諦めろ!お前の負けだ!」

フランがびしっと鉤爪を突き付けるが、サイクロプスはもがくのをやめない。

「負ケダト?自惚レルナ、人間!マダ奥ノ手ガアルゾ……!」

お、奥の手?突然、サイクロプスの瞳孔が急に引き絞られた。それと反比例するように、奴の目玉がどんどん大きくなっていく。なんだろう、ものすごく嫌な予感がする……!

「っ。フラン、引けー!」

俺は思わず叫んでいた。フランはすぐさま飛び退ったが、それでも奴は止まらない。今や目玉は、頭部よりも大きくなろうとしていた。まるで今すぐにでも、パーンと破裂しそうな……うわあ、嫌なこと考えた。
次の瞬間。

ドドドドドオオオォォォォーーーーーーン!!!!



……。
俺は一瞬、気を失っていたらしい。
目の前に、恒星でも降ってきたのかと思った。凄まじい光が炸裂し……次の瞬間には、真っ暗になっていた。一体何が起こったんだ?

「……」

(……はっ。ライラ!)

俺の腕の中には、ぐったりしたライラがいた。いつの間に抱きしめていたのだろう。ばっと胸に手を置くと、確かにトクントクンと鼓動を感じる。よかった、ライラも気絶しているだけか。

(あとのみんなは……)

お、すぐ近くにフランが見えた。フランは腕で顔を覆っていたが、俺たちに気付くと、すぐにこちらにやってくる。

「……!……?」

ただ、なぜかずっと口パクしているんだよな。なんで声を出さないんだ?

“フラン、どうしたんだ?”

あれ?おかしいな、声が出ないぞ。どうして……いや待て、これ、俺が聞こえていないのか?

(まさか、さっきの光のせいか)

さっきのとんでもない光は、まさか、爆発?サイクロプスが自爆したのか?だとしたら、あんな至近距離にいた俺たちが、無事で済むはずがないじゃないか!

(まさか……俺、死んじまったのか!?)

霊魂なら、体に傷一つないのもうなずける。で、でもそんな……こんなところで……
するとなぜか、フランが呆れた顔で、手をこっちに伸ばしてきた。

(いててて!)

なんでほっぺをつねるんだよ!ってあれ、痛いな?それなら俺、まだ生きてる?
フランが手招きして、ウィルを呼んだ。そのまま何かを話すと、ウィルはうなずいて、何かをぶつぶつ呟き始めた。魔法?

「……!」

ウィルのロッドから青い光が放たれた。それが俺の体を包み込むと、耳の奥で羽音のような、ジジジ……という音がし始めた。

(うっ、なんだこれ……)

音はだんだん大きくなっていく。ぐぅ、耳が痛い!思わずぎゅっと耳を押さえてうずくまっていると、次第に音は薄らいでいった。その時になってようやく、俺はさっき聞こえていた羽音みたいなのが、自分の心臓の音だったことに気が付いた。

「……かさん。桜下さん、私の声が聞こえますか?」

「ウィル?ああ、ようやくな……」

ウィルの声は、くぐもっているというか、少し違って聞こえてくる。まだ本調子じゃないみたいだな。

「つつつ……いったい、何がどうなったんだ?」

「え?桜下さん、覚えてないんですか?」

「いや、なんかものすごい眩しかったことは覚えてるけど、それだけでさ」

「ああ……間一髪だったんですよ。ほら」

ん?ウィルが指さした方を見ると、そこには見たこともない、金色の壺?のようなものが置かれていた。丸いドームから、ひょろりと煙突のように筒が伸びている。

「なんだこれ。いつの間にできたんだ?」

「これ、ロウランさんのですよ。とっさにこれで、私達を守ってくれたんです」

ロウランの?サイクロプスが自爆をしたから……そうか、ロウランは金でサイクロプスを覆ってから、爆発のエネルギーを空に逃がしたんだ。

「そうだったのか……ロウラン、助かった。ほんとに危ないところだったよ」

彼女のとっさの機転が無ければ、今頃俺たちは、文字通り木っ端みじんだ。俺が礼を言うと、ロウランは照れ臭そうに鼻の頭をこすった。

「えへへ。ダーリンが無事でよかったの」

その声は、少し疲れていた気がする。光と音だけでも気絶するほどの大爆発を防いだんだからな、当然だろう。

「じゃあ、あいつは……ヤンは、死んだんだな」

「ええ……まさか、自爆までするなんて。復讐と言ってましたけど、いったいどれほど恨んでいたのか……」

暗い顔をするウィル。結局、彼女の目的も……そもそも、彼女が本当にヤンなのかも分からないが、とにかくすべては闇の中だ。モヤモヤした幕切れだが、みんなが無事だったんだから、まあ良しとしよう。

「あ、そうだ。二人は大丈夫か?ミゲルと、マルティナは」

すっかり忘れていたが、あの二人を助ける戦いだった。納屋を振り返ると、入り口には、茫然とする二人が立っていた。

「皆さんが、これを……?」

マルティナの消え入りそうな声。これってのは、戦闘のことかな。

「まあ、な。あいつが犯人だったんだ……なんて、言うまでもないか。その辺のこと、牧師さんにも話したいなって思うんだけど。どうかな?」

俺がそう提案すると、ミゲルは固い顔で、こくりとうなずいた。



つづく
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