647 / 860
15章 燃え尽きた松明
13-1 聖域
しおりを挟む
13-1 聖域
「……よし。これで大丈夫でしょう。治療は済みました」
ステイン牧師は、ウォルフ爺さんの額から手を離した。
「頭を殴られたのでしょう。少し血が出ておりましたが、命に別状はありません。じき目を覚まされるじゃろう」
ほっ……よかった、爺さんは大丈夫そうだ。
俺たちはグランテンプルの一室に通されていた。俺たちとマルティナ、ミゲル、ステイン牧師と、床に寝かせられたウォルフ爺さんがいる。椅子やテーブルは端に寄せられていた。たった今、爺さんの治療が終わったところだ。
「さて……お茶をお出ししたほうがよろしいかの?それとも、すぐに本題に入りましょうか」
「後者で頼むよ。お茶請け話にしちゃ、ちょっと濃そうだしな」
「承知いたしました」
牧師は床にあぐらをかいた。俺たちもならって腰を下ろす。全員が座ったところで、牧師が口を開いた。
「まず、この度の騒動についてのお礼を申し上げまする。我が神殿のシスターとブラザーを守っていただき、感謝いたします」
俺はうなずきだけ返した。
「正直、わしもここまでの大事になるとは、予想もしておりませんでした。わしの見通しの甘さが招いた事態じゃ。犠牲者が出なかったのは、ひとえにみなさんのお力添えがあったからこそです」
「まあそこは、俺たちも驚きましたけど。まさか自爆までするなんて……」
「いやまったく……この老いぼれでは、あのような怪物には手も足も出んですじゃ」
「でも、不思議なんだ。なんでモンスターに目を付けられたんだろうって」
「うむ……」
牧師は黙り込む。どうやら、心当たりがあるようだが。
「ここまでのことになったからには、全てを明らかにするほかないでしょう。そうじゃな、マルティナ?」
牧師がマルティナに顔を向ける。マルティナは青い顔をしていたが、しっかりとうなずき返した。
「では、まず初めに。今回の事件、襲撃者の目的が何であったのか、わしにはおおよその予測が立っております。順を追って説明させてくだされ」
なんだって?マルティナには、狙われる理由があったってことか……?俺が黙って、続きを促した。
「みなさまが初めてここを訪れた際、わしが語った事件の内容は覚えていますでしょうか。近頃、マルティナの周辺に不審な人物がうろついている、と」
「ああ。神殿の人にも被害が出たから、今はあんたたちしかいないんだったよな」
「その通り。しかしながら、それは不完全な情報でした」
「不完全?」
「マルティナとミゲルに悪いうわさが付きまとい始めると、神殿の者たちはこぞって彼らを煙たがるようになりました。それは、事件の巻き添えを食うことを恐れただけではなかったのです。彼ら自身を、他の連中は恐れたのじゃ」
どういうことだ?まるで、マルティナとミゲル自体が、恐ろしい存在のようだが……?
「皆様には、隠さずお伝えしましょう。マルティナとミゲル。この二人は、セカンドミニオンなのです」
「えっ!」
セカンドミニオン!久々に聞いたな。勇者セカンドの過去の悪逆によって産まれた子どもたちだ。何を隠そう、フランもその一人だ。
「驚かれたことでしょう。無理もありませぬ。しかしながら、どうか誤解しないでいただきたい。巷で囁かれるような恐ろしい事実は、この者らには何一つありはせんのじゃ」
ステイン牧師は切々と訴えた。もちろん俺たちに、セカンドミニオンへの偏見はない。
「ああ、それは大丈夫だよ。俺たちの知り合いにも、セカンドミニオンがいるんだ。そいつら、みんないいやつらだよ」
「おお、そうでしたか。ありがたいことですじゃ……セカンドミニオンというだけで、まるで悪鬼羅刹のような目で見る者は、実に多いのです」
フランは複雑な表情で、ステイン牧師を見つめている。彼女もまた、いわれなき差別を受けた身だった。
「でもそれなら、牧師は二人をかばってたんですね」
「ええ。この子らの母は、産まれたばかりの二人を神殿に捨て去っていきました。彼女はわしもよく知る人物じゃったが、あんなことになってしもうて……しかし、子どもらには何の罪もありません。わしは二人を引き取り、神殿で育ててまいりました」
そうだったのか。この牧師さん、イジワルな人かとも思っていたけど、いい人だったんだな。
「でもそれなら、マルティナが狙われた理由って」
「ええ。十中八九、セカンドミニオンであることが関係しているのでしょうな。マルティナの身辺を嗅ぎまわっていたことからも、そのことを知らなかったとは思えません」
「じゃあ、犯人はセカンドミニオンに恨みを持ってた……?」
「そう、わしも思っておりました。しかし、あの怪物の姿を見た後じゃと、どうにも腑に落ちません。あのような異形の者に狙われるとは……」
ううむ……あのサイクロプスは、しきりに復讐と繰り返していた。それは、セカンドミニオンへの復讐だったのか?
「一応訊くけど、マルティナさん自身にも、心当たりはないんだよな?」
俺が訊ねると、マルティナはゆるゆると首を振った。
「まったく……まだまだ未熟な私ですが。シスターとして人々に尽くしてきましたから。恨みを買うようなことは……」
「そう、だよなぁ」
「あ、ただ、一つだけ……以前に襲われた際、あれはこう言っていました。“お前は、しかるべき主の下へ戻るべきだ”と」
「しかるべき、主?」
どういう意味だろう。マルティナ自身にも意味は分からないようだった。でもそう考えるとサイクロプスは、ヤンを初めから殺そうとしていたわけじゃなさそうなんだよな。恐ろしい話だが、その時に自爆をしていたなら、マルティナは確実に神の下へ召されていただろう。
(となると、あくまで自爆は、最後の手段だったってことなのか?)
あのモンスターは、俺たちには明確な殺意を抱いていた。だが一方で、マルティナとミゲルのことは、ひたすら追いかけていただけだ。つまり、普通の人間である俺たちは殺すが、セカンドミニオンはそうではなかったと……?
「このくらいのことしか、分からないのですが……」
俺がうつむいて思案していると、マルティナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、十分だ。ありがとな」
「いえ、そんな。皆様にしていただいたことに比べれば……」
マルティナはまた深々と頭を下げた。
どちらにしても、これ以上は分かりようがない。犯人は死んでしまった。もし訊けるとすれば、後は……
「う、むむ……」
お?噂をすれば、だな。床に寝かされていたウォルフ爺さんが、うめき声と共に目を開けたのだ。ミゲルがさっと駆け寄る。
「お爺さん。気分はいかがですか?」
「ん、んん……?ここは……?」
「ここはグランテンプルです。あなたは気絶していて、ここに運び込まれたんですよ」
「グランテンプル……?気絶……?どういうことなんじゃ?」
んん?爺さんはさっぱりわけが分からないという顔をしている。おかしいな?記憶が混乱しているのか?
「爺さん、俺は覚えてるか?」
俺が話しかけると、ウォルフ爺さんはぽんやりと俺の顔を見る。
「おお……?確か、昨日うちに来た小僧じゃな。どうしてここに?」
「俺たちが、あんたをここまで連れてきたんだ。あんた、家の中で倒れてたんだぜ?」
「なんじゃと?そりゃあ、ありがとうのぉ。助かったわい」
「あ、ああ。なんだけど、どうして倒れてたのか気になるっていうか……」
「はて、どうしてと言われてものぉ……さっぱり覚えておらんのじゃ」
爺さんは禿げた頭を撫でる。おいおい……ほんとに大丈夫か?
「じゃあさ、爺さん。あんたの娘について訊きたいんだけど……」
「なに?なんて言った?」
「娘だよ。ヤンについて……」
「だから、何を言っておるのじゃ。娘がいるはずなかろう」
「へ?」
な、何言ってるんだ?俺はぽかんと爺さんを見つめる。アルルカが小さくちっと舌打ちした。
「そのジジイ、気絶した拍子に記憶まで失くしたんじゃないの?」
「こら、アルルカ……えっと、ウォルフ爺さん。いまいち、言っている意味が分からないんだけど。昨日俺たち、あんたの娘に会ってるはずだぜ?」
「そんな馬鹿な。人違いじゃないのか?ヤンが、まだこの世にいるはずがないじゃろうが」
「んなはずは……まて、なんだって?この世にいるはずない?」
「そうじゃ……ヤンはもう、五年も前に死んでしもうた」
な……部屋の温度が、一気に下がった気がした。もう死んでいる?
「それ、詳しく訊いてもいいか……?」
「うむ……まだヤンが、十代の娘っ子だった頃じゃよ。ヤンとわしは、ケンカばかりしている親子じゃった。その日は、わしも口がすべってのぉ。いらんことまで言うてしまった。ヤンはひどく怒って、家を飛び出していってしもうて……」
「家出してたのか……その後は?」
「ああ……十年ほど前に、ヤンから手紙が届いたのじゃ。また一緒に暮らさないかと、そう言ってくれての……わしはヤンが生きていたことにも驚いたし、また一緒に居ようと言ってくれたことにも驚いた……わしはすぐに返事を書き、娘の家族のいる町へと移り住んだのじゃ。なのに……それからすぐに、ヤンは流行り病に倒れて……」
十年前……爺さんが町を離れた時と一致する。爺さんは痩せた体を震わせて、さめざめと泣き始めた。
「どうして……かけがえのない時間は、こうもすぐに終わってしまうのか……う、うっうっうっ……」
ウォルフ爺さんの背中を、ミゲルが撫でている。でも俺は、ずいぶんと非情な人間らしい。涙を流す爺さんを前にしても、さっきの言葉ばかり考えてしまう。
(ヤンは、すでに故人だった。あの様子じゃ、演技ってこともなさそうだよな……)
だとしたら、俺たちが会ったヤンは……最初から、あのサイクロプスが変身していた姿だってことだ。だが、何も知らない俺たちは騙せても、実の父親である爺さんまで騙されるってのは、一体どういうわけなのか。
アニは、本来サイクロプスには変身能力はないと言っていた。ならさっきの奴は、かなり特殊な個体だったということになる。もしや他にも能力が、例えば催眠能力みたいなのがあって、それを爺さんに掛けていたとしたらどうだろう?だがら爺さんは娘だと思い込み、そして「目が合った」と言う嘘も、疑うことなく信じてしまった。そして奴が死んだ今、暗示が解けたのだとしたら……
(でも、それなら。あのサイクロプスは、めちゃめちゃに特別ってことになる。しかも、セカンドミニオンをつけ狙い、人間を憎悪している、特別なサイクロプス)
いくら何でも、不自然すぎる。もっとも、じゃあ一体どういう理由があって、あんな怪物が生まれたのかは分からないが……
(もしかすると……まだ何か、俺たちの知らない繋がりがあるのか……?)
はらはらと泣き続けたウォルフ爺さんは、そのまま眠ってしまった。ミゲルが爺さんを寝室に運び、戻ってきたタイミングで話しかける。
「ミゲル、爺さんの様子は?」
「今は、よく眠っています。よほど疲れていた様子で……恐らく、あれ以上質問をしても、有益な答えは返ってこなかったでしょう」
「そっか……気になるけど、しょうがないな。よし、それなら、事件の話は終わりにしよう。そろそろ、本題の方に入らしてもらいたいんだけど」
そう。事件の解決は、あくまで通過点に過ぎない。大事なのはここからだ。
「ステイン牧師。俺たちとの約束、果たす気はあるかな」
俺はまっすぐに、牧師を見据える。牧師は長い髭を一撫ですると、疲れたようにため息をついた。
「ふぅむ。そのことについては、ずいぶん考えておりました。前にも言うたように、わが教団の取り決めは、わしの一存で変えられるものではございません」
むっ……この期に及んで、ごねる気だろうか?仲間たちの顔が曇る。
「しかしながら……現在、この神殿を任されているのは、このわしです。軽々しく伝統を変えることは許されぬことじゃが、変える判断が可能なのもまた、このわししかおらぬ。そこでじゃ。わしよりもさきに、みなさま方がそれを知りたがる理由をお聞かせ願えぬじゃろうか」
「理由を?……質問を質問で返すようで悪いけど、その理由を訊いてもいいかな」
「はい。実はこの教えには、教団が決めたという理由の他に、そのお方自らがそれを望んだから、という面もあるのです」
「え?その、光の魔力の持ち主が?」
「左様ですじゃ。聖人とも呼ばれたお方のお望みなら、わしも無下にはしとうない。ですから、まずみなさまの心の内を知りたいのです。みなさまが何故あの方を追い求めるのか、あの方がそれを望まれるのか、それを判断したいのじゃ」
むう……秘密にするのは、そういう理由だったのか。
俺は背後を振り返った。そこには一人座らず、まっすぐに立つエラゼムの姿がある。俺が彼を見ると、彼もまたこちらを見、そしてうなずいた。
「牧師殿」
エラゼムが静かな声で、牧師に語り掛ける。
「この方々がそれを望まれる理由は、吾輩のためなのです」
「あなたの?」
「はい。……牧師殿がシスターたちの秘密を明かしてくれたのならば、こちらだけ腹の底を隠すのも不義理というもの。吾輩も、全てを打ち明けましょう」
そう言ってエラゼムは、自分の兜に手を掛けた。まさか、エラゼム……!
「こういうわけです」
「……っ!」
エラゼムの鎧の中を見て、牧師は言葉を失った。マルティナとミゲルも、驚愕の表情をしている。
「……あなた方の戦いぶりを聞き、尋常ならざる御仁だとは思っておったが……この世に未練を残された方でしたか」
「おっしゃる通り。その未練こそ、秘密を求める所以です」
エラゼムは兜を戻すと、改めて牧師を見た。
「その方は、吾輩の主だった方かもしれぬのです。牧師殿。どうか、あなたの知る所を打ち明けてはくださらぬでしょうか」
エラゼムが深々と頭を下げる。牧師は彼の兜をじっと見つめ、そして……
「……かしこまりました」
そう、告げた。
つづく
====================
ゴールデンウィークは更新頻度2倍!
しばらくの間、毎日0時と12時の1日2回更新を実施します。
長期休暇に、アンデッドとの冒険はいかがでしょうか。
読了ありがとうございました。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「……よし。これで大丈夫でしょう。治療は済みました」
ステイン牧師は、ウォルフ爺さんの額から手を離した。
「頭を殴られたのでしょう。少し血が出ておりましたが、命に別状はありません。じき目を覚まされるじゃろう」
ほっ……よかった、爺さんは大丈夫そうだ。
俺たちはグランテンプルの一室に通されていた。俺たちとマルティナ、ミゲル、ステイン牧師と、床に寝かせられたウォルフ爺さんがいる。椅子やテーブルは端に寄せられていた。たった今、爺さんの治療が終わったところだ。
「さて……お茶をお出ししたほうがよろしいかの?それとも、すぐに本題に入りましょうか」
「後者で頼むよ。お茶請け話にしちゃ、ちょっと濃そうだしな」
「承知いたしました」
牧師は床にあぐらをかいた。俺たちもならって腰を下ろす。全員が座ったところで、牧師が口を開いた。
「まず、この度の騒動についてのお礼を申し上げまする。我が神殿のシスターとブラザーを守っていただき、感謝いたします」
俺はうなずきだけ返した。
「正直、わしもここまでの大事になるとは、予想もしておりませんでした。わしの見通しの甘さが招いた事態じゃ。犠牲者が出なかったのは、ひとえにみなさんのお力添えがあったからこそです」
「まあそこは、俺たちも驚きましたけど。まさか自爆までするなんて……」
「いやまったく……この老いぼれでは、あのような怪物には手も足も出んですじゃ」
「でも、不思議なんだ。なんでモンスターに目を付けられたんだろうって」
「うむ……」
牧師は黙り込む。どうやら、心当たりがあるようだが。
「ここまでのことになったからには、全てを明らかにするほかないでしょう。そうじゃな、マルティナ?」
牧師がマルティナに顔を向ける。マルティナは青い顔をしていたが、しっかりとうなずき返した。
「では、まず初めに。今回の事件、襲撃者の目的が何であったのか、わしにはおおよその予測が立っております。順を追って説明させてくだされ」
なんだって?マルティナには、狙われる理由があったってことか……?俺が黙って、続きを促した。
「みなさまが初めてここを訪れた際、わしが語った事件の内容は覚えていますでしょうか。近頃、マルティナの周辺に不審な人物がうろついている、と」
「ああ。神殿の人にも被害が出たから、今はあんたたちしかいないんだったよな」
「その通り。しかしながら、それは不完全な情報でした」
「不完全?」
「マルティナとミゲルに悪いうわさが付きまとい始めると、神殿の者たちはこぞって彼らを煙たがるようになりました。それは、事件の巻き添えを食うことを恐れただけではなかったのです。彼ら自身を、他の連中は恐れたのじゃ」
どういうことだ?まるで、マルティナとミゲル自体が、恐ろしい存在のようだが……?
「皆様には、隠さずお伝えしましょう。マルティナとミゲル。この二人は、セカンドミニオンなのです」
「えっ!」
セカンドミニオン!久々に聞いたな。勇者セカンドの過去の悪逆によって産まれた子どもたちだ。何を隠そう、フランもその一人だ。
「驚かれたことでしょう。無理もありませぬ。しかしながら、どうか誤解しないでいただきたい。巷で囁かれるような恐ろしい事実は、この者らには何一つありはせんのじゃ」
ステイン牧師は切々と訴えた。もちろん俺たちに、セカンドミニオンへの偏見はない。
「ああ、それは大丈夫だよ。俺たちの知り合いにも、セカンドミニオンがいるんだ。そいつら、みんないいやつらだよ」
「おお、そうでしたか。ありがたいことですじゃ……セカンドミニオンというだけで、まるで悪鬼羅刹のような目で見る者は、実に多いのです」
フランは複雑な表情で、ステイン牧師を見つめている。彼女もまた、いわれなき差別を受けた身だった。
「でもそれなら、牧師は二人をかばってたんですね」
「ええ。この子らの母は、産まれたばかりの二人を神殿に捨て去っていきました。彼女はわしもよく知る人物じゃったが、あんなことになってしもうて……しかし、子どもらには何の罪もありません。わしは二人を引き取り、神殿で育ててまいりました」
そうだったのか。この牧師さん、イジワルな人かとも思っていたけど、いい人だったんだな。
「でもそれなら、マルティナが狙われた理由って」
「ええ。十中八九、セカンドミニオンであることが関係しているのでしょうな。マルティナの身辺を嗅ぎまわっていたことからも、そのことを知らなかったとは思えません」
「じゃあ、犯人はセカンドミニオンに恨みを持ってた……?」
「そう、わしも思っておりました。しかし、あの怪物の姿を見た後じゃと、どうにも腑に落ちません。あのような異形の者に狙われるとは……」
ううむ……あのサイクロプスは、しきりに復讐と繰り返していた。それは、セカンドミニオンへの復讐だったのか?
「一応訊くけど、マルティナさん自身にも、心当たりはないんだよな?」
俺が訊ねると、マルティナはゆるゆると首を振った。
「まったく……まだまだ未熟な私ですが。シスターとして人々に尽くしてきましたから。恨みを買うようなことは……」
「そう、だよなぁ」
「あ、ただ、一つだけ……以前に襲われた際、あれはこう言っていました。“お前は、しかるべき主の下へ戻るべきだ”と」
「しかるべき、主?」
どういう意味だろう。マルティナ自身にも意味は分からないようだった。でもそう考えるとサイクロプスは、ヤンを初めから殺そうとしていたわけじゃなさそうなんだよな。恐ろしい話だが、その時に自爆をしていたなら、マルティナは確実に神の下へ召されていただろう。
(となると、あくまで自爆は、最後の手段だったってことなのか?)
あのモンスターは、俺たちには明確な殺意を抱いていた。だが一方で、マルティナとミゲルのことは、ひたすら追いかけていただけだ。つまり、普通の人間である俺たちは殺すが、セカンドミニオンはそうではなかったと……?
「このくらいのことしか、分からないのですが……」
俺がうつむいて思案していると、マルティナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、十分だ。ありがとな」
「いえ、そんな。皆様にしていただいたことに比べれば……」
マルティナはまた深々と頭を下げた。
どちらにしても、これ以上は分かりようがない。犯人は死んでしまった。もし訊けるとすれば、後は……
「う、むむ……」
お?噂をすれば、だな。床に寝かされていたウォルフ爺さんが、うめき声と共に目を開けたのだ。ミゲルがさっと駆け寄る。
「お爺さん。気分はいかがですか?」
「ん、んん……?ここは……?」
「ここはグランテンプルです。あなたは気絶していて、ここに運び込まれたんですよ」
「グランテンプル……?気絶……?どういうことなんじゃ?」
んん?爺さんはさっぱりわけが分からないという顔をしている。おかしいな?記憶が混乱しているのか?
「爺さん、俺は覚えてるか?」
俺が話しかけると、ウォルフ爺さんはぽんやりと俺の顔を見る。
「おお……?確か、昨日うちに来た小僧じゃな。どうしてここに?」
「俺たちが、あんたをここまで連れてきたんだ。あんた、家の中で倒れてたんだぜ?」
「なんじゃと?そりゃあ、ありがとうのぉ。助かったわい」
「あ、ああ。なんだけど、どうして倒れてたのか気になるっていうか……」
「はて、どうしてと言われてものぉ……さっぱり覚えておらんのじゃ」
爺さんは禿げた頭を撫でる。おいおい……ほんとに大丈夫か?
「じゃあさ、爺さん。あんたの娘について訊きたいんだけど……」
「なに?なんて言った?」
「娘だよ。ヤンについて……」
「だから、何を言っておるのじゃ。娘がいるはずなかろう」
「へ?」
な、何言ってるんだ?俺はぽかんと爺さんを見つめる。アルルカが小さくちっと舌打ちした。
「そのジジイ、気絶した拍子に記憶まで失くしたんじゃないの?」
「こら、アルルカ……えっと、ウォルフ爺さん。いまいち、言っている意味が分からないんだけど。昨日俺たち、あんたの娘に会ってるはずだぜ?」
「そんな馬鹿な。人違いじゃないのか?ヤンが、まだこの世にいるはずがないじゃろうが」
「んなはずは……まて、なんだって?この世にいるはずない?」
「そうじゃ……ヤンはもう、五年も前に死んでしもうた」
な……部屋の温度が、一気に下がった気がした。もう死んでいる?
「それ、詳しく訊いてもいいか……?」
「うむ……まだヤンが、十代の娘っ子だった頃じゃよ。ヤンとわしは、ケンカばかりしている親子じゃった。その日は、わしも口がすべってのぉ。いらんことまで言うてしまった。ヤンはひどく怒って、家を飛び出していってしもうて……」
「家出してたのか……その後は?」
「ああ……十年ほど前に、ヤンから手紙が届いたのじゃ。また一緒に暮らさないかと、そう言ってくれての……わしはヤンが生きていたことにも驚いたし、また一緒に居ようと言ってくれたことにも驚いた……わしはすぐに返事を書き、娘の家族のいる町へと移り住んだのじゃ。なのに……それからすぐに、ヤンは流行り病に倒れて……」
十年前……爺さんが町を離れた時と一致する。爺さんは痩せた体を震わせて、さめざめと泣き始めた。
「どうして……かけがえのない時間は、こうもすぐに終わってしまうのか……う、うっうっうっ……」
ウォルフ爺さんの背中を、ミゲルが撫でている。でも俺は、ずいぶんと非情な人間らしい。涙を流す爺さんを前にしても、さっきの言葉ばかり考えてしまう。
(ヤンは、すでに故人だった。あの様子じゃ、演技ってこともなさそうだよな……)
だとしたら、俺たちが会ったヤンは……最初から、あのサイクロプスが変身していた姿だってことだ。だが、何も知らない俺たちは騙せても、実の父親である爺さんまで騙されるってのは、一体どういうわけなのか。
アニは、本来サイクロプスには変身能力はないと言っていた。ならさっきの奴は、かなり特殊な個体だったということになる。もしや他にも能力が、例えば催眠能力みたいなのがあって、それを爺さんに掛けていたとしたらどうだろう?だがら爺さんは娘だと思い込み、そして「目が合った」と言う嘘も、疑うことなく信じてしまった。そして奴が死んだ今、暗示が解けたのだとしたら……
(でも、それなら。あのサイクロプスは、めちゃめちゃに特別ってことになる。しかも、セカンドミニオンをつけ狙い、人間を憎悪している、特別なサイクロプス)
いくら何でも、不自然すぎる。もっとも、じゃあ一体どういう理由があって、あんな怪物が生まれたのかは分からないが……
(もしかすると……まだ何か、俺たちの知らない繋がりがあるのか……?)
はらはらと泣き続けたウォルフ爺さんは、そのまま眠ってしまった。ミゲルが爺さんを寝室に運び、戻ってきたタイミングで話しかける。
「ミゲル、爺さんの様子は?」
「今は、よく眠っています。よほど疲れていた様子で……恐らく、あれ以上質問をしても、有益な答えは返ってこなかったでしょう」
「そっか……気になるけど、しょうがないな。よし、それなら、事件の話は終わりにしよう。そろそろ、本題の方に入らしてもらいたいんだけど」
そう。事件の解決は、あくまで通過点に過ぎない。大事なのはここからだ。
「ステイン牧師。俺たちとの約束、果たす気はあるかな」
俺はまっすぐに、牧師を見据える。牧師は長い髭を一撫ですると、疲れたようにため息をついた。
「ふぅむ。そのことについては、ずいぶん考えておりました。前にも言うたように、わが教団の取り決めは、わしの一存で変えられるものではございません」
むっ……この期に及んで、ごねる気だろうか?仲間たちの顔が曇る。
「しかしながら……現在、この神殿を任されているのは、このわしです。軽々しく伝統を変えることは許されぬことじゃが、変える判断が可能なのもまた、このわししかおらぬ。そこでじゃ。わしよりもさきに、みなさま方がそれを知りたがる理由をお聞かせ願えぬじゃろうか」
「理由を?……質問を質問で返すようで悪いけど、その理由を訊いてもいいかな」
「はい。実はこの教えには、教団が決めたという理由の他に、そのお方自らがそれを望んだから、という面もあるのです」
「え?その、光の魔力の持ち主が?」
「左様ですじゃ。聖人とも呼ばれたお方のお望みなら、わしも無下にはしとうない。ですから、まずみなさまの心の内を知りたいのです。みなさまが何故あの方を追い求めるのか、あの方がそれを望まれるのか、それを判断したいのじゃ」
むう……秘密にするのは、そういう理由だったのか。
俺は背後を振り返った。そこには一人座らず、まっすぐに立つエラゼムの姿がある。俺が彼を見ると、彼もまたこちらを見、そしてうなずいた。
「牧師殿」
エラゼムが静かな声で、牧師に語り掛ける。
「この方々がそれを望まれる理由は、吾輩のためなのです」
「あなたの?」
「はい。……牧師殿がシスターたちの秘密を明かしてくれたのならば、こちらだけ腹の底を隠すのも不義理というもの。吾輩も、全てを打ち明けましょう」
そう言ってエラゼムは、自分の兜に手を掛けた。まさか、エラゼム……!
「こういうわけです」
「……っ!」
エラゼムの鎧の中を見て、牧師は言葉を失った。マルティナとミゲルも、驚愕の表情をしている。
「……あなた方の戦いぶりを聞き、尋常ならざる御仁だとは思っておったが……この世に未練を残された方でしたか」
「おっしゃる通り。その未練こそ、秘密を求める所以です」
エラゼムは兜を戻すと、改めて牧師を見た。
「その方は、吾輩の主だった方かもしれぬのです。牧師殿。どうか、あなたの知る所を打ち明けてはくださらぬでしょうか」
エラゼムが深々と頭を下げる。牧師は彼の兜をじっと見つめ、そして……
「……かしこまりました」
そう、告げた。
つづく
====================
ゴールデンウィークは更新頻度2倍!
しばらくの間、毎日0時と12時の1日2回更新を実施します。
長期休暇に、アンデッドとの冒険はいかがでしょうか。
読了ありがとうございました。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる